エピローグ
結局、レオンは戻らなかった。
フェイズアンカー消失から数日。
周辺宙域の捜索は徹底して行われた。
プラントの設備も総動員された。
だが何も見つからなかった。
二人の痕跡は最後まで発見されなかった。
フェイズアンカーの消滅は人類圏との繋がりの消失でもあった。
この星系の座標は知られている。
しかしフェイズアンカーを失った以上、再びこの場所へ到達することは絶望的だった。
地球も。
火星も。
今や遥か彼方の存在だった。
⸻
その日、ステラ・ヴィアのラウンジには調査団の全員が集められていた。
重い空気が漂っている。
誰も理由を聞いていない。
だが全員が何となく察していた。
前方に立つセレナは何か吹っ切れたような顔をしていた。
彼女はしばらく沈黙した後、静かに口を開く。
「話があるわ」
誰も言葉を発しない。
セレナは一人ひとりの顔を見た。
オスカー。
マルコ。
アイリ。
ルカ。
シグ。
ノア。
メイ。
イーサ。
リナもいた。
そして他の乗員たち。
皆、調査団の仲間だ。
だからこそ。
嘘だけはつきたくなかった。
「フェイズアンカー消失事件についてです」
食堂が静まり返る。
セレナは逃げなかった。
目も逸らさなかった。
「事件を主導したのは私よ」
誰かが息を呑む。
だが驚きの声は上がらない。
ある程度予想していた者もいたのだろう。
その声は震えていない。
淡々としている。
だからこそ重かった。
「レオン艦長とミレイを殺したのも私。責任は全て私にあるわ」
沈黙。
誰も口を開かない。
セレナは続ける。
「ミレイは私の計画に協力してくれました」
言葉が詰まる。
ミレイの最後の姿が脳裏をよぎる。
食堂の空気は重いままだった。
誰もセレナを責めない。
だが許しているわけでもない。
ただ受け止めきれないのだ。
やがて。
椅子が動く音がした。
シグだった。
全員の視線が集まる。
シグは立ち上がり、セレナを見る。
長い沈黙。
そして。
「確認します」
軍人らしい口調だった。
「あなたは自らの意思でフェイズアンカー停止計画を実行した」
「そうよ」
「結果として艦長が死亡した可能性が高い」
セレナは目を閉じる。
「そうね」
「異論はありませんか」
「ないわ」
シグは頷く。
そして全員が予想しなかった言葉を続けた。
「了解しました」
それだけだった。
ただ事実を確認しただけ。
セレナは思わず顔を上げた。
「それだけ……?」
シグは静かに答える。
「フェイズアンカーが消失した時点で我々はお尋ね物です。ここで仲間割れしたところで何にもなりません」
誰も反論できなかった。
地球もない。
今ここにあるのは、自分たちだけだ。
「判断する権限を持つ人間がいませんから」
その言葉は残酷だった。
そして現実だった。
レオンが死んだ今。
調査団を率いるべきはセレナだ。
シグは続ける。
「副艦長に今後の方針をお聞きしたい」
一瞬だけ。
シグの声に感情が混じる。
シグはセレナを真っ直ぐ見た。
セレナの胸が締め付けられる。
レオンの最後の言葉が蘇る。
――愛してる。
シグは静かに席へ座った。
それ以上は何も言わなかった。
「分かったわ」
⸻
会議が終わり。
人々が去った後。
ラウンジにはセレナだけが残っていた。
スクリーンにはアニマが投影されている。
青く美しい星。
守りたい惑星。
なのに胸の中にあるのは達成感ではない。
今は喪失感が大きい。
「レオ……」
誰にも聞こえない声。
答える人はいない。
もう二度と。
それでも。
彼が最後に託した未来は残っている。
この星系で生きていく未来。
私達の新しい未来。
それが正しいのか。
間違っているのか。
まだ誰にも分からない。
―――
遥か未来
彼等はGalactic Calendar GCを未だ使い続けていた。
何故か?
特に変える必要が無かったからだ。
記録ではGC321年が建国年とされた。
彼らはもはや地球人でも火星人でもなかった。
いつしか自らをセクトと呼ぶようになった。
それは彼らが主星に付けた名前でもある。
セクト。
彼らの種族名であり、国家名。
そして恒星の名。
⸻
孤立した人類社会は変化を必要としていた。
最初は生存のためだった。
次に発展のため。
そしてやがて進化のため。
彼らは自らの肉体を改造し始めた。
自然選択的進化では限界があったからだ。
宇宙放射線。
低重力環境。
彼等は宇宙に居住する道を選んだ。
マナドライブ製造設備にあった研究施設を利用して自ら遺伝子改造を行っていった。
初期メンバーであるイーサの存在は大きかった。
彼は様々な基礎研究を行った。
様々な思考錯誤の結果。
彼らは旧人類とは異なる存在へ変貌していく。
最も大きな変化は細胞修復能力だった。
宇宙放射線によるDNA損傷をほぼ完全に修復する。
細胞老化そのものを制御する。
身体機能の劣化を極限まで抑える。
その結果。
老いは消えた。
少なくとも外見上は。
二十歳で成熟した肉体はほぼそのまま維持される。
百年を生きても。
百四十年を生きても。
見た目は二十代後半から三十代前半程度。
古代人類が夢見た不老に近い状態だった。
しかし代償もあった。
生殖機能である。
遺伝子改変を重ねた結果、自然妊娠はほぼ不可能になった。
新たな生命は人工子宮で育成される。
出生は国家管理となった。
それは従来の生物としてのあり方も変化させるには十分だった。
生物は本来自らの遺伝子を残す為に生きるのだ。
そして世代を重ねるに連れ進化していく。
積み重ねこそが進化なのだ。
しかし彼等はその積み重ねを止めた。
それを悲劇と考える者もいた。
究極の進化と考える者もいた。
正解ではないかもしれないが、彼等には必要だったのだ。
⸻
政治体制も変化した。
民主主義は非効率だった。
彼等の寿命はおよそ百五十年程度。
人の細胞分裂の限界はおおよそそのくらいが限界だったのだ。
高度な教育。
極めて少ない人口増加率。
そんな社会では短期的な選挙政治は機能しない。
彼らが目指したのは緩やかな先制国家だった。
初代の王はセレナ・ヴェイル・アークトゥルス
以降アークトゥルスの名を冠する者が王家の系譜となっていった。
そして、ステラ・ヴィアのクルー達の子孫がそれぞれ諸侯となって国政を支えていた。
複数の専門家集団が王を支え、国家運営を担う。
数十年単位。
時には百年単位で政策が進められる。
彼らは急がなかった。
時間は十分にあったからだ。
⸻
そして何よりも。
彼らは建設を続けた。
永遠とも思える年月をかけて。
マナドライブ製造設備だったもの・・・今は面影がないほどに拡大されている。
プラントを拡張する。
新たな居住区を建設する。
惑星を改造する。
巨大な環状都市を造る。
しかし、アニマだけは彼等にとって絶対不可侵な存在だ。
セクトはアニマを守る者として宿命を植え付けられている。
彼等はさらにその外側へ。
さらにその先へ。
世代を超えて。
彼等は拡大を続けた。
彼等には恐れがある。
いつかは旧人類と遭遇する。
その時のため、軍事力の増強は最優先に行われた。
彼等は無我夢中で拡大を続けていったのだ。
やがて恒星セクトを取り囲むように無数の人工構造物が並んでいく。
それはあたかもアニマを守る守護神のようでもあった。
これで魔術師の原罪は終わりになります。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
次はセクトと旧人類の出会いの話です。
次はもう少し少ない文字数を考えてます。




