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九 湖の不穏
村の子どもたちが口ずさんでいる歌が、重三郎の耳に留まった。
「おおきな湖、ちゃぷちゃぷらんらん……
ちゃぷちゃぷらんらん、沈んでしまえ……」
奇妙な節回しで、どこか楽しげに歌う。
問いただせば、山の奥で野狐が群れて歌っていたのを真似たのだという。
重三郎は眉をひそめ、杖を突きながら境内に戻った。
「……銀狐。あの手の歌、聞いたことは?」
「知らぬ。だが不吉な調べだな」
水干姿の瞳が黒から一瞬、銀に揺れた。
◇◇◇
その夜、村の老人がぽつりと漏らす。
「最近、山で獣を見かけんのだ」
「猟師仲間も同じことを言ってる」
静かなはずの夜山は、不自然にしんと沈黙していた。
まるで動物たちが一斉にどこかへ消えたかのように。
◇◇◇
数日後。
重く低い雲が垂れ込め、冷たい雨が降り続いた。
村人たちは土間で火を絶やさずに過ごすが、不安の色は隠せない。
雨脚を見ながら、重三郎は呟いた。
「……あの野狐ども、何かを企んでいるな」
天狗が羽団扇を抱え、軒に降り立つ。
「山で見たぜ。あいつら群れてた。まるで何かに呼ばれるみたいに、湖の方へ集まってた」
銀狐は黙って池の方角を見つめていた。
月は厚い雲に隠れ、水面は黒く沈んでいた。
「……湖が荒れる。そう遠くないうちに」
水干の袖が、夜風にひらりと揺れた。




