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八 昔話
夜。
境内は静まり返り、ただ池が月を映していた。
銀狐は欄干に凭れ、誰に聞かせるでもなく、空に語りかける。
「……昔のことを、誰も知らぬ」
「金狐は、戦場を駆ける炎だった。『恐れるな!』と吼え、軍を押し返し、やがてその炎のまま燃え尽きた。
黒狐は、闇を操り敵を欺いた。『勝つためなら穢れも呑め』と笑い、そして最後に吾へ言った。
――『お前は死ぬな』。
その一言が、今も枷のように絡みつく」
銀の光が瞳に宿り、池の水面に揺れて映る。
「白狐は……分からぬ奴だった。人と泣き、人と笑い、傷つくことすら厭わなかった。馬鹿げていると、ずっと思っていた。
だが――あの白き影を追って、吾はいまも稲荷の社に縛られている」
月は水面に揺れ、銀狐の姿と重なり合って、ひとつの幻のようになった。
空にも、池にも、銀狐の影はただひとり。
「羨ましく思ったりなんか……しないさ」
強がる声は、夜気に溶け、池の波紋と共に消えていった。




