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授業が終わり、三人は中庭の四阿に場所を移した。
ローラとシャロンはカフェで頼んだキャラメルマキアートを飲みながら。ギルバートは同じくカフェで注文した、ぎっしり詰まったお重のお弁当を堪能しながら。
「本当によく食べるわね…」
「食べないと持たないんですよ。理性が」
シャロンの呟きに対して、ギルバートの返事が不穏すぎる。
「キャラメルマキアート美味しいいいい!えー!前世で飲んだのとほとんどおんなじ!すごい!美味しいですね、シャロン様!」
「ええ。でもわたくしはローヤルゼリーがいいわ」
「どれも美味しいけど、ぼくも馴染みがあったのはメープルかな」
それぞれの好みを知ってローラはふんふんと頷いた。
「あー、パンケーキ食べたあああい」
「食べればいいじゃない」
「え?」
「うん、カフェで注文できるよ。クリームとかフルーツいっぱい乗ってるあれだろ?それで食べた後に後悔するまでが流れなんだろ?本当、人間ってよくわかんないよなあ。けど全部乗せの魅力に抗えないのは理解する」
「え?」
―――この世界なんかすごい。
「シャロン様はどんな前世だったんですか?」
「えっと、わたくしは……」
「あ、ちょっと待ってください!やっぱり先にわたしが話します!むしろ聞いてください!」
だってこの世界の人たち、せっかく転生したのにわたしの話聞いてくれないんだもん!
「わたし会社員だったんですけど。ちょうど繁忙期で連日残業続きで……あー!残業代に期待してたのに結局お給料もらえないまま死んじゃった!」
ほしいものいっぱいあったのに!
カード使って先に買っておけばよかった!
「でね、もう疲れたーってなって、コンビニでご飯とお菓子とアイスとプリンも買っちゃおーって思ってコンビニ行こうとしたら、なんとね、おじいちゃんが運転する車が突っ込んできたんですよー!」
あ。シャロン様、車ってわかります?
わからない?あーそういう時代ね。おっけ、理解した。
「青信号で横断歩道渡ってたのに、信号無視ですよ!しかも止まらないで加速してきて!だから過信しちゃいけないんですよ、免許の返納もちゃんと考えないと!」
「ギルバート、そのお肉は何味?」
「テリヤキソースですね、絶妙ですよ」
「あー、思えばあのコンビニにほしいプリン売ってなかったなあ。別のコンビニに行ってればよかった。でもなあ…」
「シャロン嬢はトッピング何にしたんですか?」
「ローストナッツとシナモンよ。当たりだわ」
「でも異世界に転生とか本当にあるんですね!驚きました!ところであの、シャロン様はどうしてお亡くなりになってしまったんですか?いや、こんなことを聞くのもあれですけど…」
「わたくし?」
ギルバートと話をしていたシャロンはきょとんとローラを見た。
「そうね。わたくし最期は圧死というか、蒸し焼きというか……」
「えっ、なんか惨い!!どうしてですか?処刑…?地位のある方だったんですか?」
「そうね、女王だったわ。敵の軍勢に負けてしまったの」
「わああ、そういう時代かー。でもシャロン様が女王様とか似合いすぎですね…!」
「ぼくはね」
そこでギルバートが言った。
「ちょっとヘマしちゃってね、銃でパンって」
「えっ、ギルバートも前世持ちなの!?」
ローラは驚きに目を剥いた。
「そうだよお。知ってると思ってたけど」
「し、知らないよおお!言ってくれればよかったのに!」
ギルバートはもぐもぐと口を動かしている。彼はぶれない。
「一人で行動してたんだけど、追手に見つかっちゃったんだよね」
「スパイ映画みたいでちょっとかっこいい!」
「オレは」
そこに第三者の声が割って入った。
「オレは最期はかあちゃんに……」
「え、誰」
気付けば、四阿の卓にはもう一人座っていた。
かあちゃんって何、こわい。虐待?
「イザーク!」
シャロンが声を上げる。
年上の彼は騎士服を着込み、腰にはしっかりと剣を二本帯びていた。
彼はイザーク・マンティス。
公爵令嬢であり王子殿下の婚約者であるシャロンに付けられた、専属の護衛だ。所属は王宮の近衛騎士団である。
「すみませんね、お嬢様。おもしろそうな話をしているからつい。あと期待のホープくんとも話してみたかったんですよ」
そう言ってイザークがギルバートを見る。
「聞きしに勝る大食漢だな。そんな身体で動けるのか?」
「近衛の騎士団長様ですか。はじめまして。いえ、簡単に勝てる自信がありますが」
そしてギルバートは卓に座る面々をくるりと見回した。
「ぼくにとってはどれも食料。大して腹の足しにはなりませんけど」
「てめえ、このグリズリーが!!」
「あはは!カマキリさん怒っちゃった?」
立ち上がって二本の剣を抜くイザークから「きゃー!」とふざけて逃げる巨漢のギルバート。意外に動きが俊敏だ。
「グリズリー?カマキリ…?」
「ああ」とシャロンが告げた。
「彼らの前世の生態ね」
「まさかそんな…だったら、シャロン様は…」
呆然とするローラにシャロンは照れたように笑う。
「オオスズメバチの女王蜂だったの」
―――まじか。
ローラは転生前の話をする度になぜ芳しくない反応を受けていたのかを理解する。彼らに比べれば人間なんて脆弱なものだ。
そして。
もしかしたらもしかしてヒロイン枠かも!?とか考えていたけど――違う。さすがに察した。そもそもテンプレでもなんでもないわね、これ。
主人公の名前は、ローラ・ヒトナノカ