勇者の剣
第3章 遺跡になんて行きたくなかったんだ。
--勇者の剣--
あらすじ:教会の床が抜け落ちた。
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ドスン。ドドスン。ドスン。
ボク達は崩れた床石の上に落とされた。
床に使われていた石は薄く切り出されたものだったけど、それだってボクの腕より厚さがあって、ボクより重いに違いない。上から降ってきていたらと思うと震えがする。
床の崩落で起きた土煙が治まると、ここはどうやら教会の下に作られた地下室みたいだ。抜け落ちた天井、入ってきた所からすれば床だね、から差し込む明かりがまだ埃を反射してキラキラしている。
太い丸木でできた梁の上に板が敷いてあって、その上に床石を敷いていたみたいだ。落ちる前に聞いたミシミシと言った音は、この板が割れる音だったんだろう。梁と梁の間を渡してある丁度真ん中が抜け落ちている。
「やぁ、コレはまた乱暴な入り方をしたもんだね。」
墜ちた衝撃で痛む体に治癒の魔法をかけて戻る事ができない高さの天井の穴をジルと見上げていると、暗い地下室の奥から声が聞こえた。少し高い良く通る声だ。
人が居るとは思わなかったからビクッとしてしまった。驚かさないで欲しいとは思ったけど、魔王の森の不思議な教会に来ているんだから、ボクの注意が不足していたかもしれない。ボヤっと上を眺めるより先に周りを確認するべきだったね。
「ごめんなさい。まさか床が抜けるとは思わなくて。」
何と答えれば良いのか分からなくて悩んだけど、とりあえず謝ることにした。言い訳付きで。だって本当に床が抜けるとは思っていなかったんだから仕方がない。
「なんだ、ワザと壊したんじゃ無いのか。てっきり床をぶち抜いて降りて来たのかと思ったよ。」
「いや、まさかそんな力なんて無いですよ。」
ボクは暗闇に向かって細い両手を上げて見せる。
ボクの細腕じゃ勇者様ご一行みたいな力なんて出せるわけが無いし道具だって無い。解ってもらうために両腕を見せてみたんだ。
「『ギフト』とかってヤツがあるんじゃないの?」
『ギフト』の中には自分の力を増幅させるモノもある。聞いた事があるものでは『力こそパワァ』とか『巨獣の剛腕』とか言う名前らしい。畑を作る時や土木工事、もちろん戦争でも重宝される有用な『ギフト』だ。
「ボクの『ギフト』は『失せ物問い』と言って、探し物をするだけの能しか無いですよ。」
言っていて少し悲しくなる。少しは役に立つようになってきたけど、ここでは全く役に立たないからね。
「探し物?探し物?とすると、勇者の剣でも探しに来たのか?」
「知っているんですか?」
勇者の剣の名前を言われて反射的に答えてしまうと、ジルの(あちゃぁ~。)と頭を抱える声が『小さな内緒話』で頭に響いてきた。そんな声を出されたってボクには交渉事は向いていない。
「まぁ、この村に残っている物なんてたかが知れているからね。実際、大したモノは残って無かっただろう?」
「え、えぇ、まあ、確かに。」
昨日からの事を思い返してみても、廃墟の中で使えそうだったものは僅かに壺くらいだったものね。魔王の森まで来て、わざわざ危険を冒してまで探すものじゃ無い。
「人間が居なくなって久しいからね。ボクも、こうやって話をするなんて久しぶりすぎてドキドキしているんだ。」
「はぁ。」
何と無く話しかけられたから会話をしていたけど、まだ顔も見ていない。相手は地下室の奥、闇の中に居るんだ。地上の廃墟になった村の様子や、荒れた畑を思い返してみれば人間が住んでいるとは思えない。少なくとも畑の手入れくらいは食べるためにするよね。
例え畑に関する『ギフト』を持っていなくても。
もしかして、今はなしている相手は噂に聞く魔族なんだろうか。魔王の手下と言われる魔族が遺跡に勇者の剣を取りに来たとか。
少し心配になって腰に吊るしてあるハズのショートソードを左手で探してしまった。もしかすると床が抜けて落ちた時にどこかに転がって行ったかもしれないと思って。
「ああ、ああ、暴力は止めてくれよ。ボクに戦う意思は無いよ。」
闇の中から慌てた声が聞こえる。
「あ、いや、ボクも戦う気は無いです。」
相手の慌てた声にボクも慌てて、もう一度両手を上げる。
戦ったら負ける。それはもう確実だと思えるくらい自分の実力くらいは知っている。剣を振り回したって当たる気なんてしないしね。もういっそ手を上げ続けて戦いの意志が無い事を表し続けた方が良いかもしれない。何かが聞こえればボクより耳が良いジルが警告してくれるだろうし。
「ああ、よかった。よかった。戦いになったらボクなんて手も足も出ないからね。まぁ、手なんて無いんだけどさ。」
「手が無い?」
「ん、ああ、キミからは見えていないのか?ボクからは見えているから、てっきり、てっきり。ちょっと待ってね。あ~、もう魔力がほとんど残っていないや、えぇっと。」
何やら闇の中でゴソゴソと聞こえて、しばらくすると灯りが点いた。
「これは明かり?」
てっきり魔法の火で松明を点けるのかと思ったんだけど、天井に付いた棒がほんのりと明るくなった。こんな明かり見た事ない。
「いや、ごめん、ホントはもっと明るくなるんだけど、なにせ魔力がすっかり抜けていてさ。コレしか明るくならないんだ。しかも、長持ちしそうにない。」
ヘンテコに白く光る棒に気を取られていると、いつの間に近づかれたのか隣から声を掛けられる。
「うわぁあ!」
薄汚れた大きな綿の塊のような体には枝や蜘蛛の巣がまとわりついて、白いのっぺりとしたお面のような顔に白目の無い黒い瞳、その横にはぐるぐると巻かれた角が付いていた。
「うわっ!なに!?なに!?何か出たの!?」
闇から聞こえていた声が大きな薄汚れた綿の塊から聞こえてくる。
ボクの倍くらいはありそうな塊だ。
「…キミがさっきから話しかけているの?」
魔族かも知れないと身構えていたけど、手が無いと言う彼の言葉通り、手のあるべき部分には細い棒のような蹄の付いた前足が伸びていた。少なくとも、話しに聞く魔族は四足歩行じゃない。人間と同じように2本の足で歩いて手もあるはずだ。
驚いた彼は前足をバタバタさせていて可愛い。
「ん、ああ、ボクだよ。カプリオってんだ。よろしく。」
カプリオは器用に後ろ足を曲げてボクに前足の蹄を差し出して来る。きっと握手がしたいのだろうと思い、彼の手を握り返した。
「ボクはヒョーリ。占い師だよ。」
適当に自己紹介をするけど、ジルの事は隠したままの方が良いだろう。必要ならジルから声をかけてくれるだろうしね。
「ヒョーリ、ヒョーリか。変わった名前だね。勇者の剣を探しに来たの?」
ボクの名前はそんなに変わった名前じゃない。人間の街なら。カプリオの方が聞いた事も無い名前だよ。そんな事より、勇者の剣の方と言う言葉の方が気になった。
「勇者の剣がココにあるの?」
ボク達は勇者の剣を探しに来たんだ。これさえ見つかれば後は帰るだけだし、アンクス様に怒られずに済む。占いの結果が曖昧だったからここまで来る羽目になったんだよね。
「あるよ。ほら、あそこに。それと、あっちにも。」
彼の差した蹄の先には沢山置かれた木箱の隙間に像が置いてあって、剣が刺さった壺が2個、無造作に置いてあった。とても大事な剣が置いて有るようには見えない。まるで倉庫の片隅に忘れ去られたかのように置いてある。
他にも槍やら杖やら箒まで刺さっているんだよ。武器屋で数打ちの安物を並べているのと変わりない。
ドゴ様の質問に答えた、『『賢者の居ない遺跡』の最奥の賢者の像の右か左か。』と言う『失せ物問い』の妖精の囁きから、ボクは立派な飾られた賢者の像が2本の剣を持っているんだと思っていた。
「どっちが勇者の剣なの?」
勇者の剣は1本だと思うんだけど。壺に刺さった剣は2本ある。よく見ると片方は立派な宝飾が付いた魔法の剣。アンクス様が持っている雷鳴の剣に似ている。もう片方はただの鉄の剣にしか見えない。それこそ数打ちの安物の様で、この場に相応しいとさえ感じる。
「勇者の剣と愚者の剣。さあ、どっちが勇者の剣だと思う?」
カプリオの白いのっぺりとした顔が嗤ったように思えた。
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次回:カプリオと『昔話』




