餞別
--餞別--
あらすじ:冒険者ギルドで遺跡探索に必要そうなものを買ってきた。
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「あ~!いたいた。」
カナンナさんが侍女のエプロンドレスを翻しながら大きな荷物を抱えて食堂に入ってきた。
冒険者ギルドを出て孤児院で院長先生に挨拶してから王宮の寮に戻ってきた。だいぶ時間がかかったみたいで、すでに夕食の時間になっていたから、ボクは部屋に荷物を置いて一直線に食堂に行って大盛ご飯を注文した。だってもう少ししたら、ここのご飯が食べられなくなるんだよ。
旅の食事は気になるけど、使用人たちのご飯とは言え、ここの食事は貴族様に出す練習にも使われているくらいなんだから間違いなく美味しい。何よりお金を払わなくても良いのだ。旅に出る一番の心残りは間違いなく食堂だよね。
「どうしたの?カナンナさん。貴族のお嬢様もここで食べたりするの?」
第一王女付きの侍女であるカナンナさんは、驚いたことに宰相様の御息女だった。王女様に仕えるんだから、身元のはっきりした人がなるって本人は言っていたけど、ドゴ様の言い方だと行儀見習いの側面の方が大きいのかもしれない。
「何よ?食べちゃ悪いの?」
料理人のヌクイさんに料理の乗ったトレイを貰いながらカナンナさんが返事をしてくる様はどう見たって貴族のお嬢様に見えない。ものすごい手慣れて見える。
「いや、だってここで食べている姿なんて見かけたこと無いし、家に帰った方が美味しいご飯が食べられるんじゃないの?」
この食堂ですら、これだけ美味しいご飯が食べられるんだ。本物のお貴族様のご飯はもっと美味しいに違いない。
「あのね、私は王女様の侍女をやっているのよ。食事の時間は王女様のお世話をするに決まっているじゃない。」
「なるほど、それもそうだ。」
図書館に王女様が来たときに、紅茶を飲むのでさえティーポットを持って横で待機しているのだ。食事の時間にも侍女がサポートしていてもおかしくはないね。
「それに、王女様の召し上がる姿を見るのも行儀見習いの修行のひとつだからね。王女様だって先生に怒られながら食べるのよ。私も家に帰れば同じように窮屈な食事をしなきゃならないじゃないじゃない。」
「それは、イヤだね。だから、そんなに手慣れているんだ。」
食事の時間くらい自由に気楽に食べたいモノね。美味しい食事ならなおさら。ボクも食事の時間までヤワァ夫人に見られていると思うとゾッとする。「そんなにガッツくんじゃありません!」とか怒られそう。
だけど、王女様やカナンナさんは貴族同士、あるいは他の国の賓客を招いて食事会もするのだから、食事のマナーはしっかりと覚えておかなきゃならないし、場合によっては他の国のマナーまで覚えなきゃならないみたいだ。
カナンナさんも色々な国のマナーを知っているようで、変なマナーやボク達とは全く正反対のマナーなんかを教えてくれた。
その間も、大口で食べるカナンナさんは見ていて楽しい。でも、手元の所作はきれいで、ちゃんと上品に食べているんだよ。
「ところで、ボクに何か用なの?」
食事が終わって一息、お茶を飲みながらカナンナさんに尋ねてみた。食後にお茶を飲めるってのもここの食堂の良い所だよ。
食事の間はカナンナさんが楽しそうに食べているから聞かなかったけど、彼女はボクに用があって来たはずだ。それに、不思議じゃない?食事の時間は王女様に付いて居るはずの彼女がボクと同じ食事の時間に食堂にいるなんて。
「ああ、そうそう。コレ、みんなからの餞別ね。」
そう言って、大きな袋の中身を取り出していった。中に入っていたのは、革の鎧。革のマント。それにナイフだった。濃緑色の軽そうな革の鎧に、こげ茶色でフードまで付いている革のマント。少し拵えの良い小さなナイフだった。
「鎧は王妃様から、ナイフは王女様からよ、そして、マントは私とお父様ね。」
「どうして、ボクに?だって、ボクは王妃様たちの期待を裏切って勇者様といっしょに行ってしまうのに。」
「ヒョーリに帰ってきて欲しいからに決まっているじゃない。」
カナンナさんは当たり前のようにそう言うと、2通の手紙を渡してきた。
1通は王妃様。
『今回は残念だったが、戻ってきたら私の元で働いてくれることを期待している。鎧は最新の試作品だ。ついでに使い心地も試して報告書を寄越してくれ。』
1通は王女様
『早く戻ってきて、また本を読んでね。楽しみにしてるわ。』
「お父様からも無事に戻って来るように伝言を預かっているわ。」
「ありがとう。いつの間に用意してくれたのかな?冒険者ギルドじゃ手直しする時間が無くて手に入れられなかったんだ。」
冒険者の人たちが着ている鎧にはボクの体には大きすぎて、簡単な手直しじゃ着る事が出来なかったんだ。小さいと動き辛いし、大きくてぶかぶかだと体がこすれて怪我をしてしまうんだ。
「一応、ここには兵士用の物が常備されているからね。色々なサイズが揃っているのよ。特殊なものだと侍女が着れるように女の子用の物もあるのよ。」
そうか、普段は何気なく挨拶しているけど、図書館の前にだって衛兵がいたっけ。他にも色々と重要そうな場所に兵士がいるし、訓練場で練習している人たちだって見る事ができる。
「ありがとう。」
ボクは再びお礼の言葉を述べる。だって、村を出て占い師になるために街に来てから、こんなに必要とされている事は無かったんだ。
「鎧でもないとヒョーリなんてすぐに死にそうだからね。」
冗談めかして彼女は笑った。
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次回:旅立ち(予定)




