計画
今まで『女王陛下』と表記されていた個所を『王妃様』に訂正いたしました。
第2章 書類整理だけをしていたかったんだ。
--計画--
あらすじ:王妃様の依頼で手紙を届ける事になった。
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王妃様からの依頼を果たすべく街に出る許可をもらってシンドイネン夫人の屋敷を訪れた。辺境伯の夫人の家だからものすごく大きくて、逃げ回ったソンオリィーニ子爵様の家よりも大きい。大きな屋敷の大きな門の前で夫人を尋ねなきゃならないことに気後れしていた。
普通はボクみたいな平民なら立派な正門は使わない。裏口を使ってそこにいる使用人に手紙を渡しておしまいになるのが一般的だ。でも、今日は夫人に直に会いに来たんだから、使用人の裏口を通ってはダメなんだそうだ。カナンナさんに言われている。
大きな屋敷に構えられた立派な門の前で深呼吸をしてから、そこにいた門番に恐る恐る話しかけた。だって普通はボクみたいな平民は話しかけないんだよ。
「こんにちは。ボクは王宮図書館で働かせてもらっているヒョーリと申しますが、落とし物を拾ったので届けに来たのですけど。」
「こ、これは…。」
ボクが見せた手紙に門番の人がうろたえる。そりゃ、手紙についている封印は王妃様の物だからね。でも、ここからが少し厄介だ。なにせ落とし物を届ける事が目的じゃない。シンドイネン夫人に会う事が目的なのだ。だけど平民のボクがいきなり来ても会えないよね。
「封印しか押されていないので差出人が解らないのですが、知り合いに相談したらこちらへ届ける方が良いと言われまして、できれば夫人に直接お渡ししたいのですけど。」
使用人がすべての貴族の封印を覚えているとは限らない。王妃様の印は有名だろうけど、ボクみたいな新参者や貴族様と直接会わないような人には知らない人も多いだろう。
「いや、拾得物を届けてきただけの者をむやみに奥様にお会いさせるわけにはいかない。大変に申し訳ない事だが、こちらから追って連絡するので今日の所はお引き取り願いたい。」
ボクの心配をよそに丁寧に門番の人が答えてくれる。まぁ、落とし物を拾ったどこの誰とも解らない人を夫人に近づけたりしないよね。
だから、もう一通の手紙を出すことになってしまった。
「これはナサルカネ家のご令嬢の紹介状になります。実は最近、王宮でおかしな事が続いているらしくて、彼女に夫人に直接渡すように言われてしまったのです。お手数ですが、どなたかに確認してもらえないでしょうか?」
おかしな事とは、シンドイネン夫人から送られる手紙が誰かに盗み見されている事だ。ついでに、ナサルカネ家のご令嬢とはカナンナさんの事だったりする。
図書館にサボりに来ていた侍女が貴族のご令嬢だったことが未だに信じられないけど、彼女が書いた紹介状にはボクが手紙を拾った事と、王宮で手紙が誰かに盗み見されているかも知れない事、そして王女様がボクを使った|朗読会を予定されている事が書かれている。
紹介状の読み方によっては、手紙を拾って渡しに来たことはついでで、ボクがシンドイネン夫人に売り込みに来たように書いてあるんだ。
いや、ボクが王妃様の使いとして来たように思わせないためだろうけど、どうして恥ずかしい朗読を売り込みに来たように見せないといけないのか。できれば、最初の王妃様の手紙を拾ったという件だけでシンドイネン夫人に会いたかった。
まぁ、紹介状が功を奏してシンドイネン夫人に無事に会える事になったんだけどね。
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ナンシカ・ホンマ・シンドイネン辺境伯夫人。
シンドイネン辺境伯家は王宮より南にある領地を治める事を許されている大貴族だそうだ。辺境伯家の治める土地は暖かく豊かな海が有って貿易もできる船も持っている。なにより魔王の軍勢が侵攻してきている北の方とは反対の方角にあるから王都よりも平和なんだ。
ボクが通された応接間にも見た事もないような大きくてぐるぐる渦巻いた貝殻が置いてあったり、立派な帆船の模型が飾ってあった。
夫人はゆったりとした籐で編まれた椅子に座って、南国特有のオレンジと涼しそうな水色を使ったさっぱりとした服を着て王妃様の手紙を手早く読んでくれた。
「解ったわ。この手紙の受け取り方ができれば他にも使い道がありそうね。試してみたいのだけどいいかしら?」
「もちろんです。」
受け取り方とは言っても、どこかに隠した手紙をボクの『失せ物問い』で探すだけだ。
「そうね、ドヤロ夫人から届いた手紙が行方不明なの。解る?」
シンドイネン夫人の問いかけに『失せ物問い』の妖精が囁いてくれる。
「そちらの本棚の上から2列目、左から5冊目の本の59ページ目に挟まっています。」
「ふうん。面白いわね。」
ボクが妖精の囁き通りに答えると、シンドイネン夫人は手紙を探しもせずに笑った。もしかしたら、夫人は最初から手紙のある場所を知っていたのかもしれない。
「それで、アナタも私の領地に来るの?」
「は?いえ、ボクは内容について全く知らされていないのですが。」
続いたシンドイネン夫人の言葉にボクは言葉を失った。
「あら、そうなの?ウチナちゃんのお気に入りみたいだから、てっきり一緒に来ると思っていたわ。」
手紙の内容についてはボクには全く知らされていない。王妃様が内緒で何かをしようとしているんだ。知ってしまったら大変な事に巻き込まれそうなので知らない方が良いと思っていたんだ。
「ウチナちゃんが勇者のお嫁さんになるかもしれないって話は知っているわよね。」
「少しだけ聞いた事が有ります。」
その話はカナンナさんから聞いたことがある。ウチナ王女様を襲ったソンオリィーニ子爵様の裏に居た黒幕が、勇者様と王女様の結婚を反対している中でも過激な人だったと言っていた。
「王妃様もウチナちゃんを野蛮な勇者にあげるのは反対なのよ。だから、しばらく私の領地で預かる事にしようって話になったのよ。表向きは魔王軍の侵攻からの疎開って事になるのだけどね。預かっている間にウチナちゃんの結婚先を決めて勇者と結婚できないようにする予定なのだけど、ちょっと邪魔が入ってしまっているのね。」
そして、勇者様と王女様を結婚させたい人たちは、自分たちの手の内を知っているから、こんなまだるっこしい手段をとっているのだと夫人は笑った。
まぁ、確かにボクも商売道具をダメにされた経験があるくらいに勇者様は凶暴だ。ボクが彼女の父親だったとしたらどうにかして結婚を阻止したいと思うだろう。勇者様怖いし。
「ウチナちゃんのお気に入りなんだから付いてくると思ったのだけど。面白そうだし歓迎するわよ。」
いやいやいや、ボクの仕事は図書館の書類整理だからね。朗読はボクの仕事じゃないから!海には興味があるけど、朗読ばかりさせられるのはさすがに嫌だ。
ただでさえ、歌のレッスンも追加されてボクの仕事が何か解らなくなってきているんだ。
「いえ、ボクの仕事は図書館の整理で、いちおう冒険者ギルドから派遣されているだけですので。」
「あら、そうなの。でも、せっかくだからウチナちゃんのお気に入りの声を聞かせてもらえるかしら?」
結局、ボクはシンドイネン夫人の前でも詩の朗読をさせられてしまった。まぁ、気に入ってもらえてよかったとは思うよ。
恥ずかしい朗読までさせられたんだ。
帰り道のついでに、孤児院に少し寄るくらいは許してもらえるよね。
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次回:選択できない『選択肢』




