第2章
ザグボレラ火山を中心とする一帯・・この地域には小規模な村クラスのコロニーがいくつかあるのみで大きな町や都市はなかった。
火山地帯と言うと、常に火山弾や火山灰の脅威にさらされているイメージを持つかも知れないが、それは必ずしも当たっているわけではない。
どんな場所でも、そこで人が生活しているのにはそれなりの理由がある。
リヴィンを出発してから約5日、一行はようやくこの辺りでは1番大きな村に辿りついた。とはいえ、ここに着くまでの間も夜はちゃんとダミナートの宮殿に戻って疲れをとっていたのだが。
単純な距離を考えると、これでも相当早くたどり着いたのだ。なにしろ、事前にレーヌがダミナートからこの村に放っていた密偵の足では、片道だけでもひと月以上は悠にかかったのだ。
どういった方法を取ったのかについては追い追い語るとして、とにかくこれからはその日のほとんどを移動だけに費やさなくても良くなったのは確かだ。
しかも、これから先更に移動にかかる時間は短くなっていくことだろう。
「暖かくて気持ちがいいなぁ・・火山のすぐ近くだというから、もっとサウナみたいな場所かと思ってた。」
ウッキー ウッキー!
今夜から腰を落ち着ける部屋のベッドに頭陀袋を下ろし、窓から外の風を部屋の中へ呼び込みながら独りごちたつもりだったカッキーにタカが相槌を打つ。
カッキーの住んでいた日本でも、活火山のすぐ近くに人が住んでいる所などいくらでもあるのだが・・
「入りますよ、ユータさん?」
当然かつ残念ながら、レーヌは別室だ。
頼み込んでなんとかこの宿屋に宿泊許可をもらったタカは、お互いに残念ながらカッキーとルームシェアである。
開きっぱなしのドアをコツコツやってから、レーヌが部屋に入ってくる。
「宿の女将さんに聞いたのですが、祠はこの村の裏手にあるみたいなので・・今日はとりあえずその祠だけでも調べておくことにしましょう。」
レーヌが聞いたところによると、この村がこの辺りでは一番大きく発展したのも祠のご利益をあてにして人が集まったからだという。
祠へは簡単に辿り着いた。このあたりにはライカンスロープたちがうろついているということもない様子だ。
ここの祠も残骸と化してはいたが、文字の刻まれた破片は見つかった。
「えーと・・ところどころ砕けていますが。。灼熱の熔岩を纏いし 鋭利なマグマ・・でしょうか・・?」
「変な文だね? 一体どんなヤツだろ?」
ウッキー?
一応前回と同じように、魔力探知で足跡を追えないか試みてみたが、周辺にそれらしきものは見当たらない。
タカはしきりに祠の石を嗅ぎまわっていたが、見たところ石の表面にもそれらしきものは発見出来ずにひとまずここは断念。
「実体化した時期が古いのでしょうか? 仕方がないですね。村に戻って温泉にでも浸かりましょう。」
火山地帯には火山地帯の恩恵、魅力がある。
その一つが天然温泉。
まぁ、元いた世界では温泉回などお約束、加えて温泉回に男が味わう理不尽もよく知られていたので、カッキーは過剰な期待はしないように心を落ちかせた。
映像作品なら、このへんで色っぽいレーヌの入浴シーンがカッキーの妄想として挿入される頃合いだろう。
かねてから思っていたが、あのテの演出はズルい。現実のことではないという言い訳の元、しっかりヒロインのお色気シーンは映像として見せているのだから。
そろそろ日も沈む頃だ、温泉も楽しみだが山あいの温泉宿ってどんな晩飯が出るんだろう? 風呂上がりに羽織る浴衣みたいなのは部屋に置かれてたし、あれを着たレーヌとさし向かいで晩酌を酌み交わすのもいいな。
まぁ、こいつがいるとちょっとばかり興ざめなんだけど・・とカッキーとタカが同じことをぼんやり考えていた時。。
ジュジュボッフ!!!
村の上空にひと塊りの黒煙が上がった。一瞬だったがどう見てもかまどで飯を炊いているような穏やかなものではない。
急いで村に戻ると、泊まっている温泉宿の前に大勢の人が集まり騒ぎとなっていた。
「あの! 俺たちここに泊まってるんですが、一体何があったんですか!?」
野次馬の男を1人捕まえて尋ねると、ちょっと聞いただけだがと前置きをして驚くべきことを口にした。
「ここの露天風呂で、人がマグマの噴出に巻き込まれたらしいんだよ。」
聞くと同時にレーヌは走り出していた。入り口で止める人がいたが、振り切って宿へ飛び込み案内図を確認すると露天風呂への廊下一本道を小走りで駆け抜ける。
大浴場から繋がる露天風呂への出口付近では、ただごとではない異臭が漂っていた。
「治癒魔法が使えます! ケガ人はいませんか!?」
そこへ集まっている人々の背中へレーヌが声をかける。ケガ人で済むのか分からないが、この場合こう言っておくに越したことはない。
「い、いや・・ケガ人は・・大丈夫だ・・ケガ人はいないんだ・・」
人垣の中の1人が、言葉を選んでそう告げる。何人かがおそらくは裸に浴衣のようなものを羽織らされた状態でへたり込んでいた。
呆然とした表情で立ち尽くしている女性従業員の姿を見つけると、レーヌは比較的落ち着きのある男性従業員らに彼女らをすぐにここから離して休ませるように依頼する。
あれは、出迎えの時にちょっと会ったこの宿の女将だ。
「私は中央都市ダミナートの現当主レーヌ・リネサキです。取り急ぎこの現場の調査許可を頂きます!」
レーヌがペンダントを取り出して見せると、従業員連中はやや驚いた様子だったが皆すんなりと頷いた。あれって警察手帳みたいな効果があるのかな・・便利だ・・
「じきに、役人たちが来たらここは封鎖されると思います。今のうちに現場を見ておきましょう!」
レーヌは、一足お先にとばかりに露天風呂のある中庭へ足を踏み入れた。
露天風呂は直径5メートルほどの円に近い形をしている。驚くほど広いというわけではないが、数人が同時に浸かるには十分広々とした大きさだ。
その表面で半ば黒く固まりかけた熔岩がブクブクと泡立ち、辺り一面にモワモワとした白い水蒸気が立ち込めていた。
「うわぁ・・跡形もないな・・」
「・・確かにこれは・・マグマが冷やされて固まった熔岩みたいですね・・」
「火山のマグマがここまで噴き出したってこと?」
「普通はあり得ないのですが。。火山というのはその真下数キロのところにマグマ溜りがありまして・・」
温泉は地下に染み込んだ雨水などの天然水が、その周辺の地熱を帯びた地層で温められてから再び地表に出てくるものです。
レーヌが空中に指で図を描きながら分かりやすく説明してくれた。
温泉が出来る地層というのも、マグマ溜りからはずいぶんと距離的に離れているらしい。
「ということは・・」
「・・・」
その後到着した役人たちに身分を説明して交代すると、その足でレーヌとカッキーは女将の様子を見に行くことにした。
見舞いにチンパンジーを連れて行くのは流石にインパクトが強すぎるので、タカは先に部屋へ戻す。
「失礼します、入ってもよろしいでしょうか?」
宿の入口を入って左にある受付の向かい側に備えられた部屋を訪ねると、女将は1人の男性従業員に付き添われながら長椅子にもたれるように座っていた。
「女将さん、少し落ち着きましたか? よろしければ私眠りへ誘う魔法も持ち合わせていますが・・」
最初に会った時も、さきほど露天風呂の前で見かけた時にもカッキーは思ったのだが、この女将まだ若い。おそらくは30にも届いていないだろう。
なんとも言えない色気がある顔立ちで、このように少し髪を乱してシナを作っている姿が不謹慎ながら魅力的な女性だ。
「いえ、大分落ち着いてきたので大丈夫でっす。それに、この後もやらなければならない仕事もありますのっで・・色々とお気を回していただき、ありがとうございましった。」
芯は強そうだが、独特の気だるげな喋り口調に引き込まれそうになる。
「先ほど女将さんと一緒に風呂場を出た方たちのご様子はいかがでしょう?」
レーヌは、女将から付き添いの男性従業員に視線を移して尋ねた。
「へい、それぞれお部屋に戻られました。最初私たちが付いておりましたが、みなさんある程度落ち着きましたので、今はめいめいでお休み中です。」
「・・その中に・・犠牲になられた方のお連れなどは・・?」
「幸い・・と言ってしまって良いのっか・・皆さまおひとりで参られましたので、ショックではあったでしょうけれっど・・」
不幸中の幸い、深い悲しみの中にある人はその中にはいないようである。
「バタバタしてしまいましたが、今お座敷部屋に夕飯の支度を整えましたのでお召し上がりくだっさい。明日からはしばらくの休業も考えておりますが、どうぞ今夜はごゆっくりお休みになってくださいまっし。」
女将が今しばらく休息を取りたいというので、2人はお辞儀をして部屋から出る。
レーヌはそのまま受付に向かうと、後ろを気にしながら備え付けの宿泊台帳をパラパラとめくり、壁にかかった調度品をザッと見渡した。
「それでは、とりあえず・・お座敷部屋に行きましょうか。えーと・・ここですね。1度部屋に戻ってから落ち合いましょう。ユータさん、タカを連れてきてくださいね。」
カッキーが自分の部屋の前にたどり着いてみると、タカが大層ご立腹だった。
ウッキー! キー! キー!
「あ! そうか、ルームキーな!? 渡すの忘れてたよな!」
仕方ないとはいえ、1匹だけ除け者にされた上に部屋にも入れないのでは怒るのも当然だ。
「悪い悪い! いや、マジすまんて。。」
ムッキャー!! フンッ!!
「晩飯のオカズ、お前に好きなもの一品やるから機嫌なおせ! な!」
ホッキャー ホッキャー!
「ふう・・交渉成立か・・レーヌが待ってるからさっさと行くぞ。」
座敷部屋は、レーヌの部屋の方に近い位置にある。カッキーとタカの泊まる部屋と彼女の部屋はけっこう離れた場所にあった。
連れ同士であっても別室を希望すると、男女で意図的に部屋を遠ざける方針なのかも知れない。
席に着くと、目の前のテーブルにはなるほど温泉宿っポイ料理の数々が並べられている。
ウッキャー! ウキウキ!
タカがその料理を見渡して、早速ある皿に目をつけた。って、これは。。!?
「え!? 刺身!?」
そう、カッキーが驚いたのは新鮮そうな魚の刺身が並んでいたことである。
もちろん、日本人であるカッキーには魚の刺身は目にする機会は多かったものだが、それにしてもこの山あいの村の温泉宿でこれが出るとは想像していなかったのだ。
「ユータさんにとっては、お刺身は珍しい料理なのでしょうか?」
レーヌの反応は意外と普通だ。
「いや、電気のない世界だから冷凍庫とか冷凍車もなさそうなのに、こんな場所にお刺身って予想外でさ・・ホラ、照明もランプだし。。」
「電気・・というと、ユータさんの武器に使われているというエネルギーでしたね? 確かにそれはこの世界にはないものですが、冷凍の技術ならありますよ?」
そう言ってレーヌは小さく呪文を唱えた。すると、カッキーの鼻の頭の部分だけが突然ヒンヤリと冷たくなり始める。
「うお!? 冷て!? てか、痛!?」
「あ、すみません! 温度下げ過ぎました。大丈夫ですか!?」
危うく霜焼けになりかかったカッキーの真っ赤なお鼻を、心配気な顔で覗き込むレーヌという名の天使。
「この世界のエネルギーは大体が魔力で賄われています。魔法の力を封じ込めた道具もたくさんあるんですよ。」
頭上で蛍光灯ほどもある白熱光を発しているランプも、そういった道具の一つなのだそうだ。冷凍庫や冷蔵庫に該当するものも存在しているのだという。
ムッチー ムッチー!!
無知いうな、このチンパンジー!
「・・それはそうとして、この食事は魔力探知で調べておいた方がいいかも知れませんね・・」
!?
「女将さんも、あの従業員も、おそらく示し合わせて嘘をついていますので・・」
レーヌは、急にここからヒソヒソ声で話し出した。つられてカッキーも小声で聞き返す。タカは相変わらずうるさいが、まぁ今は2人の声を外に聞こえにくくする為のカムフラージュになるだろう。
「え・・嘘って・・?」
「先ほど宿帳を見てきましたが、この宿には私たちの前にはひと月前に一人泊まったきりなんです。しかも、その一人は私が放った密偵が使う偽名でした。」
「ん? でも、さっき・・露天風呂で被害にあった人たちみんな泊まり客だって・・」
「そう・・2人とも確かにそう言ってましたよね? しかも、残った人もみんな部屋に戻ったと・・でも・・」
あの時、レーヌが受付の調度品で見ていたのは部屋の鍵かけだったようだ。部屋番号が振られたタグ付きの鍵の中で、あそこにかかっていなかったのはカッキーとタカの部屋のものとレーヌの部屋のものだけだったそうである。確かにこれは不自然な話だ。
「いくら居心地が良くても、温泉宿にひと月以上もずっと泊まり続けている人がそうそう何人もいるとは思えません・・」
カッキーとレーヌは頷き合うと、待ちきれずにつまみ食いしようとしていたタカを制止して、料理の毒味をすることにした。
「アブノーマルインスペクション!」
レーヌの魔法がテーブルに並べられた料理を包み込む。すると、料理の所々が緑色のぼんやりとした光を発し始めた!
「緑は、何か魔法的な力が加えられています! 刺身・・鍋・・どうやら魚ですね。」
やはり、この料理には一服盛られていたのだ。タカがヨダレを引っ込めて飛びのく。
「な、何が入っているのかな・・? 食べたらコロリといくんだろうか・・」
「・・毒・・というワケではなさそうですが・・何でしょう? なんだかとってもイヤな感じがします・・」
ワンワン!
その時、部屋の窓の下から犬の吠える声がした。レーヌはハッとすると、すぐさま窓を開けて下を確かめる。
「・・首輪をしていない・・痕もない・・野良犬のようです。」
リネサキの迷うような表情を伺って、カッキーは意を決っしたように自分の刺身の皿から数切れを窓の下に放った。
こんなこと、女の子にやらせちゃ男がすたるというものだ。
ムシャコラムシャコラ
のべつ飢えているであろう野良犬のこと。毒薬なら自慢の嗅覚でなんとか見破ったのかも知れないが、魔力的なものとなると全くの無防備だな・・
「キャ! なにをするんですか!?」
レーヌはカッキーの顔を一瞬確かめるように見たが、口元を手で押さえながらも窓の下で刺身をガッつく野良犬に視線を移すと食い入るように見つめた。
うまそうに平らげた野良犬の身体が、ぼんやりとした怪しげな光に覆われてゆく。
そして、驚くべきことが起こった。
まず野良犬のしっぽの先にピラピラとしたものが表れたと思うと、次に4本の足がみるみるうちに縮み始めたのだ。
口吻も短くなり、明らかに犬のそれとは異なるニョロリとした髭が生えてくる。
こ、これは・・アレだ! 西から登ったお日様が東に沈んでネコヤナギ!
さっきまで毛がフサフサとしていた野良犬は、みるみるうちにヌルヌルとした体表の『ナマズイヌ』に姿を変えていったのだった。
ナマズイヌはどんどんと姿を変じ、ついには窓の下の地面でピチピチと跳ね始めた。これはもはや、イヌナマズと呼ぶべきか。
「いけない! このままだと死んでしまいます!」
なにか容れ物は。。!?
レーヌの叫びに反応して、タカが飯櫃のご飯をモリモリ食いだす・・大した早食いだ。
あっという間に空となった飯櫃に、レーヌが魔法で水を満たす。
すかさず窓から飛び出したカッキーの手によって既にほぼナマズそのものの姿になったその生き物は飯櫃の中でピチピチと水を撥ねだした。
ふうー、う〜手がヌメッとする・・
わけもわからないまま、ひとまずイヌナマズを救ったことにホッとしたカッキーが額の汗をうまく拭えずに難儀していた時、後ろから彼の方にポンと手がかけられた。
ギョっとして振り返ったカッキーは続けざまに魚っとさせられることになった。
暗がりにヌッと立ち、部屋の明かりを照り返して浮かび上がったその者の顔は、人と魚が混じり合ったようなギョロ目の異形だったのだ。
思わずその鳩尾に肘打ちを食らわせ、魚人間がドウと地面に倒れこんだ隙に、必死に窓枠に手をかけ鉄棒の前回りの要領で部屋の中へ逃げ戻る。カッキーが再び外へ目を向けたのと、レーヌが小さな悲鳴をあげたのは同時だった。
ウッキャー! キャキャキャキャー!
タカが小刻みにジャンプしながら、歯をむき出して『それら』に威嚇する。
ムクリと起き上がった魚人間の後方の闇から、いくつもの魚面が浮かび上がってくる。
レーヌは急いで窓を閉めるとカーテンを下ろした。
全員で部屋の入り口寄りに退避し、武器や呪文を準備しつつの襲撃にそなえたが、窓が破られる気配はなかった。
「! います・・襲ってくる様子はないようですが・・ウロウロ歩き回っていますね・・」
恐る恐る壁伝いに窓へ近づき、カーテンをめくりあげたレーヌは不気味に村を徘徊する魚人間たちの数がどんどんと増していることに気がついた。
「あれだけの数に一斉に来られたら対応しきれません。ひとまず一旦は退却した方が良さそうです。」
一行は急いでダミナートへ戻って態勢を練ることにした。そのためには、まずレーヌの部屋へ向かう必要がある。
イヌナマズは少々邪魔だが、放ったらかしにしておくワケにもいかない。
タカが飯櫃を担ぎ、座敷部屋を出て早足気味に目的の部屋に向かう。
レーヌが鍵を開けて中へ入ろうとした時、ふいに廊下の向こうから声がかかった。
「もし。。お食事はもうお済みですっか?」
この独特の喋り口調は女将さんだ。
「あ、女将さん。いえ、ちょっと俺たち・・」
あまりにも普通に話しかけられたので、普通に誤魔化そうと作り笑いを向けたカッキーだったが、その考えは甘かった。
「お召しにならなかったようでっすね・・」
2人の従業員服のお供を連れて、女将さんの声口調で話すその人物の顔は、先ほど窓の外で徘徊しているのを見たばかりの魚人間のそれだったのである。
カッキーは、レーヌとタカを押し入れるように部屋になだれ込むと、内側から鍵をかけた。タカはよろめきながらも片手で飯櫃をキープ、お座敷芸でやったら喝采物のバランス感覚だ。
ガチャガチャ
『ちょっと、鯖の間の合鍵を取ってきてくだっさい。』
一人分の足音がトタトタと廊下を遠ざかっていく。あまり猶予がない。
「どうしたのですかユータさん!? ・・まさか!?」
「ご明察! 女将さんも他の従業員も、さっきのヤツらと同じ魚人間になってるよ!」
「!? とにかく急いで逃げましょう! さあ、早くここへ。。!!」
ガチャガチャ ギィ〜。。
早くも合鍵が届いたらしく、レーヌの部屋のドアは泊まり主の許可なく開かれてしまった。
が、既に明かりの絶えた部屋はもぬけの空である。窓が全開に開け放たれ、カーテンが夜風に身を任せるようにたなびいているのみだった。
「思った通り、これはライカンスロープの亜種ですね。」
間一髪でダミナートの宮殿に戻った一行は、連れ帰ったイヌナマズをレーヌの魔法研究室で分析していた。
まぁ、分析とは言っても命の危険に晒したり
痛い思いをさせたりしたわけではないのでご安心を。
ほんのちょこっと、表面のヌメヌメを採取させてもらっただけである。
イヌナマズは広い水槽に移されて元気に底をのたくっていた。
「それじゃ、やっぱり女将さんたち村の人も?」
「ええ。おそらく村人たちが魚型のライカンスロープに変えられたんだと思います。魚料理で経口感染させて・・」
もしかしたら、あのお刺身も元はニワトリかなにかだったのかも知れませんね。
いやな話である。確かにわざわざ野良犬や野良猫を使いはしないとは思うが、魚に変身させられたニワトリのお刺身など気持ちが悪い。
「昼間人間の姿だったのはどうして?」
「変身型なんだと思います。例えば普段は人間の姿でも満月の光を見て変身したり・・」
「あ、知ってる、そういうの! 俺らの世界ではホントにいるワケじゃなくて作り話だケドね。」
弾けて混ざれば戦闘力10倍だっけ?←違う
「彼らはおそらく昼夜のサイクルです。このナマズイヌが朝元に戻っていれば間違いありません。それにしても・・」
状況を整理すると、魚人間たちは外から村を訪れた人も仲間に引き入れようとしているってことになる。
リネサキが放った密偵もとっくにあちら側に付いていた可能性があるな。
あの時念を入れずに食事に手を付けていたらと思うとゾッとする。自分らもあの魚人間たちに混じって暗い村を歩き回っていたかも知れないのだ。
「どちらにしてもあの村には戻らないといけないのですが、村人を魚人間に変えて操ってるのはやはり守護霊獣ですよね?」
「うん、そいつを倒せばみんな元に戻せそうな気がするよね。」
魔獣スタグホーンが倒れると森のライカンスロープたちが元の動物に戻ったことを考えれば可能性大だ。
「でも、村人から情報を集めたり出来ないとすると・・山って広いしなかなか探し出すのが大変そうだ。」
「そうですか? 私はもう少し近くにいるような気がしているんですが・・」
とにかく、あとは明日になってからですね。活躍を期待していますよ、ユータさん!
研究にけっこうな時間を取られてしまい、もういい真夜中だ。驚くことが多くて忘れてたケド、結局夕飯食い損ねてしまったな・・
「おら、タカ! 行くぞ、ちゃんと寝室で寝ろよ!」
カッキーは研究室の床でとっくに大の字になってイビキをかいていたタカを軽く蹴り起こす。この宮殿でもなぜかカッキーはタカとルームシェアなのだ。
ムッキー! ムッキー!
叩き起こされたタカはご機嫌ナナメだ。もっとも、この後はカッキーの方に機嫌を害する番が回ってくるのだが・・
イビキだけでもうるさい上に、このサル夢を見出すとウッキームッキーホッキャラキャー!とイミフな寝言が止まらないのである。
夜が明けて、果たしてあのイヌナマズは・・と一行が実験室へ向かってみると、ひっくり返った水槽の横で身体中の毛を濡らしヘッヘヘッヘと舌を出していた。完全に犬である、魚要素どこにもなし。
早起きすれば変身の瞬間くらい見れたのだろうが、タカのおかげでカッキーが眠れたのは3時を回った頃だった。眠い。
これで、昼夜で変身したり戻ったりするってのは間違いない。となれば、村人も今頃は人間の姿に戻っているだろう。
まぁ、どれだけの違いがあるかと言われればそれまでだが、あの顔がヌッと目の前に現れるのは昼間であろうとも心臓にはよろしくない。
一行は朝食をたっぷり摂ってから最寄りの転移ゲートを目指して宮殿を後にする。
「それじゃ、また村に飛びます。このままだと頭をぶつけますので伏せてください。」
レーヌは全員を転移ゲートの魔法陣の上に這いつくばらせると、『コネクション』の呪文を唱えた。一瞬で目の前の景色が変わる。
その視界は、あのレーヌが借りた部屋をベッドの下から覗いたものである。
これが、一行がダミナートに帰還しながら旅の目的地を目指すことが出来た秘密の方法その1。持ち運びの出来るゲートロールだ。
大きな麻布に転移ゲートの魔法陣が刺繍された魔道具で、持ち運んだ先に楔や鋲で設置するとこのように利用するとこが出来る。
まぁ、便利な反面難点もあるのだがそれを語るのは次の機会でいいだろう。
部屋の中に誰かの足などが見当たらないことを確認した上で、もぞもぞと這い出す。
これで、ベッドの上で待ち伏せなどされていたら上手をいかれたと腹をくくるしかないのだが大丈夫、昨日偽装で開けて行った窓は閉められていたが部屋の中は今はもぬけの殻だ。
もぬけの殻ともなかの皮はどこか似ている、とも思ったがそんなことを考えている場合でもない。
「それでは、私とユータさんは外側から回っていくということで・・タカは思いっきり大騒ぎして人を引きつけておいてくださいね!」
まずはタカが窓の外に出て、2人の目指す場所とは逆方向に走って距離をとると大声を張り上げて存在をアピールした。
ホキャー!!! ホキャキャキャー!!!
このくらいの作戦なら、マリオネットファミリアなどに頼らずともこなせるのだから、タカはもともと賢いチンパンジーの中でもかなり優秀な方のだろう。
「サルだー! チンパンジーが見つかったぞー!!」
順調にタカは発見され、数人の追っ手を引き連れて作戦通りに逃げ出したようだ。あちらはもう大騒ぎである。
「・・うまくいったようです。今なら注意はあちらに向いてますね。ここの従業員だけならそんなに数はいないでしょう。一応魔法も準備して・・さあ、行きますよ!」
カッキーとレーヌも窓の外に飛び出し、出来るだけ壁沿いの垣根に身を隠しながら目的地を目指す。
途中で1人出くわしたが、レーヌの睡眠魔法の前には声をあげるヒマもなく夢の世界へ送り込まれてしまった。
整えられた庭木をかいくぐり、やがて2人は目的地へと到る。
もう想像はついていると思うが彼らが目指したのはここ。そう露天風呂だ。
「ちょっと待ちなっさい!!」
その時、大浴場の入り口のドアをバタリと開けて女将が出てきた。あ、もちろん人間の方ね。
「あら、こんにちは女将さん。思っていたより早く気づかれてしまいました!」
レーヌは素直に感心した表情でそう答えた。
「仲間のサルが1匹で意味不明なバカ騒ぎを起せば、陽動だとすぐに分かりまっす!」
「さすがはお魚さんたちのリーダーですね。でも、この通り、私たちはここへたどり着いてしまいました。」
女将が忌々しそうな目つきでリネサキを睨みつける。
「村の支配がここまで進んでいれば、わざわざ離れた場所よりも内部にいた方が都合がいいはず・・あなたたち魚人間を操っている犯人はこの中にいます!」
まるで、ジッチャンの名にかけたような台詞だが、レーヌが指を指したのは固まりかけた熔岩に蓋をされた露天風呂である。
「温泉の中にマグマが噴き出したのではなくその逆です! この村へ訪れた人の目を一時的に欺くため、溶けた熔岩で満たされた露天風呂の表面に水をかけて冷やし固めたんですよね!? その後近づけない為にいかにも危険な事故を装って!」
さぁ、いい加減にそこから出てきなさい!
レーヌってば、さっきから長い台詞もスラスラのノリノリだ。好きなのかなこういうの。
『ケキョケキョ・・俺様がここに潜んでいるという確たる証拠でもあるのか・・?』
熔岩の下からくぐもってはいるが甲高い声が聞こえた。
・・いや、推理モノで探偵に追い詰められた犯人なら最後のあがきとしてそのセリフ頂きだけどさ・・もしかして、ここの霊獣はバカなのか?
「バ・・い、いえ、その・・バレてますって熔岩マグロっ様! かくなる上はそのお力でこやっつらを!!」
今絶対に手下の女将にまで言われかけた。支配下に置かれた人たちみんな苦労してそうだ・・
ピキピキピキ!!
固まっていた熔岩に亀裂が入り、その中心にボコリと穴が開いたかと思うと、そこから何かがニュルリと顔を覗かせた。
『ケキョー! まだ出てないのにネタバレすんじゃねーよ女将!!』
あー・・確かにいきなり見てたら、何!?マグロだと!? くらい叫んでたかも知れないけど・・女将さんちょっとフライングしちゃったな・・
うん・・マグロだ。沸々とした真っ赤なドロドロの熔岩に浸かったマグロの頭部が外へ突き出している。
「魚人間の王様だけにトロか。悪いが三枚におろさせてもらうぞ。』
ようやく出番となった恵方巻きを腰から抜き、カッキーが挑発を交えながら身構える。
「灼熱の熔岩を纏いし鋭利なマグマ、じゃなくて鋭利なマグロだったんですね!?」
あ、そゆこと? 意外なとこで驚いてもらえてよかったな。レーヌも落ち着いたもんだ。
緊張感湧かないもんな、今ひとつ・・
『ユータよ、ボルトゥーナは完全に魔獣体と融合しているようだ。遠慮はいらんから思い切りやってやれ!』
あ、ソボロスティックとなったスタグホーンさんチワッス、お久しぶり。
『聞いて驚け俺様の名を! 泣く子も殴って黙らせる! あ、熔岩マグロのボルトゥーナだぁー!!!』
なんかゴメン・・その名もタッチの差で先に聞いてしまった。驚くかどうかは別として。
『キサマらまとめて俺様の熔岩鉄砲マグマグナムの餌食にしてくれるぞ!!』
マグロが息を吸って、という表現も変だが、とにかくそれっぽいタメを作ったあとで、ボルトゥーナはベッベッっと立て続けにドロドロの熔岩の塊を口から撃ち出してきた。
「うお!!?」
もちろん、カッキーもレーヌも、そして女将も飛びのいてかわしたのだが、細かい飛沫が地味に厄介な攻撃だ。
「・・て、私もまとめるんっかい!? このバカー!」
もう、女将もバカよわばりに躊躇がないよ。
「ユータさん! これを使ってください! さあ、あなたも!」
レーヌが、ローブの懐から取り出した小瓶をカッキーと女将に放った。そして、レーヌ自身も小瓶の中身の液体を身体に振りかける。
「熱さを冷たさに変換する魔法薬です! 飛沫ならこっちの方がマシですが、直撃だけは避けてください。どちらにしても一撃で即死しますから!」
カッキーと、女将も真似をして中の薬を身体に振りかける。女将も疑ってる余裕とかないんだろうな・・この人も罪があるわけではないので可能なら助けないと。
ああ、なるほど・・飛沫が肌に触れるとヂリっとする感覚にはそれほど差がないが、こっちの方が全然平気だ。
なによりも、これは埃のような飛沫からでも衣服に火が着いて燃えるのを防げるのが一番のメリットだな。
しかし、半分固まった熱い熔岩で徐々に足場が狭まってくるので長期戦には出来ない。
「スタグホーンさん! 疾風のチカラ、レンタルします!」
カッキーは恵方巻きにスタグホーンが宿った鹿肉ソボロスティックをカシャリとはめ込んだ。代わりに雷の力を宿した卵焼きのスティックが押し出される。こういう仕組みだからね、簡単でしょ番台にゃむ子さん?
念を込めると、吹き狂う微細なカマイタチで形成された長モノが飛び出す!
「スコール恵方巻き如意スピアー!」
なんで能力や使い方を知ってんのかって、カッキーも正体不明の能力を実戦で初使用するような素人ではない。ちゃんとあらかじめ陰で研究、練習を行っているのである。
尚、このネーミングはレーヌも割と気に入ってくれたのだが、そこんところだけ少し気になるかな?
如意はもちろん如意棒の如意だ。なぜかというと・・
カッキーがボルトゥーナの熔岩攻撃をかいくぐって突きを放つと、群生カマイタチの矛先は一直線に伸びボルトゥーナの額を直撃した。
そう、この風の槍は伸び縮みが自在なのだ。しかも、伸びるとなったら際限なく伸びる。
『ウケキョ!!』
不意を突かれて仰け反ったボルトゥーナの喉へ、カッキーは怒涛の突きラッシュを叩きこんだ。自由自在で使い易いのではあるが、この武器は一撃ごとの威力はそれほど強くはない。手数で攻めなくてはならないのだ。
『ウケキョキョキョキョキョ!!!』
たとえそれが子供の平手打ちだったとしても、くらい続ければダメージが蓄積されるもの。ボルトゥーナもさすがにマグロッキーしかけたその時。
「そこまでだ! これを見ろ!」
「タカ! 捕まってしまったのですか!?」
ウッキー ウッキー!!
大浴場への扉から大勢の人と、縄で繋がれたタカが現れた。
クソっ、従業員だけじゃなく他の村人にも応援を要請したな・・いくらすばしこいタカでもあの人数でかかられては・・
「でかした、おまえたっち! ホラ、このサルがどうなってもいいのっかい!? 熔岩マグロ様への攻撃をやめっな!」
サル質を取られては分が悪い。カッキーは言われるままに矛を収めた。女将も思わずバカ呼ばわりすることはあっても基本的にはあのマグロの忠実な手下か。
『フウ・・ケッキョー!!!』
身体の自由を取り戻したボルトゥーナは、いったん熔岩の中に身を沈めたかと思うと、次の瞬間ザッパーン!と音をあげて露天風呂の上空に飛び上がった。
!? こいつ、飛べるのか!?
それまで見えていなかったボルトゥーナの胸ビレはトビウオのように長く、それをハエの羽のように高速で振動させてホバリングしていた。尾びれも観賞用の金魚のようにふわりと広がった意外とオシャレな形だ。
腹の部分には例の簀巻きが巻かれている。熔岩に耐えるのかアレ・・
『これでもう、おまえの技からチョコマカと逃げ回れるぞ!! 覚悟しろっキョ!!』
言いたいことはだいたい分かるが、このマグロはどこか台詞回しがおかしい。
「いや熔岩マグロ様! 人質がおりますのっで、逃げ回らずとももはやそやつは手出し出来まっせんよ!」
「さいですよ、ほんとバカなんだから! もはやこちらの思うがままなんですからね!」
ほらぁ、手下たちの方がよほど分かっていらっしゃる。
レーヌはタカの首筋にナイフを突きつけられて動けず、あっさりと捕まってしまった。
カッキーもスッと恵方巻きを足元に置いて横へ蹴飛ばし両手を挙げる。抵抗しない意思の表明だ。
「よし! それでは誰か刺身を持って参っれ! 今度こそこやつらも我らが同胞とするのっだ!」
女将の命令で、従業員が皿に盛られたあの刺身を運んできた。
「それでっは、まずは娘とサルから食わせっよ!」
暴れるタカと身をよじって抵抗するレーヌの口に無理やり刺身がねじ込まれる。。!
う・・うう・・ゴクッ!
ウッ ウッキィ・・ゴクッ!
食っちゃった・・飲み込んで間もなく、レーヌとタカの目つきが変わった。
「ケキョケキョ! 熔岩マグロボルトゥーナ様、これよりあなた様に心より忠誠を誓いますっキョ!」
ウッキョー ウッキョー!
膝をついて、忠誠の宣誓をするレーヌとタカ!
「よし、それでは次はその男にっも・・」
「お待ちくださいっキョ! その役目、是非私レーヌとそこのタカにお任せを! 既知のよしみ、せめて彼も我らの手で仲間に加えてやります。ケキョ!」
ウッキョー ウッキョー!
「ほう、それもまた一興。それでは、おまえたち忠誠の証としてそやつにこの刺身食わせてみっよ。」
『これはなかなかの見ものだキョ! 屈辱にまみれながら我に服従を誓うがよいっキョ!』
ウッキョー! キョキョ!
タカが後ろからカッキーを羽交い締めにしレーヌがその白魚のようなw指で刺身をつまみあげて迫った。
「キョキョ! さぁ、ユータさん・・アーンしてくださいっキョ!」
「くっ・・タカ離せ! レーヌ、やめてくれ!」
ウンガッグッグ! ゴクッ!
カッキーも食べちゃった。みるみるうちに目つきが変わる。
「キョキョー! 柿崎ゆうた、同じくこれよりボルトゥーナ様に忠誠を誓います!」
カッキー、レーヌ、タカは数歩ボルトゥーナの近くへ歩み寄ると膝をついて深々と頭を垂れた。
『ウキョキョキョキョ! 愉快である! 苦しゅうない! 面を。。キョキョー!? う、動けんだと!?』
跪いたレーヌが、口を小さく動かして呪文を唱えていた。
「・・マジカルパラライザー! ユータさん、今です!」
カッキーのスタンバイはもう出来ていた。跪いた場所は先ほど恵方巻きを蹴り飛ばしたところである。
下げた頭で手元を隠しながら、鹿肉ソボロから卵焼きへの換装も既に済んでいた。
そしてこの位置からなら・・一飛びで届く!
ジャンプ一閃! ボルトゥーナも急いで回避しようとはしたが、痺れた鰭ではうまく羽ばたけずにスピードが間に合わない。狙いはズレたが伸びた雷の刀身はその尾を一撃で切り落としていた。
『ケ・・ケキョ・・! は、計ったな。。だが、なぜ・・!?』
ムムン!!
ボルトゥーナの身体から魔力の波動が放たれた。それを浴びた女将をはじめとする村人の姿は一瞬で魚人間に変わったが、カッキー、レーヌ、タカには何ら変化は現れない。
『や、やはり・・おまえたち! どうなっているっキョ!?』
魚人間たちの間に戸惑いのざわめきが巻き起こる。
「た、確かに感染させたニワトリウオの刺身を食わせたのです! なぜ、効かんのだ!?」
すっくと立ち上がったレーヌが、得意げに魚人間たちを振り返る。
「病原体に対して抗体があるように、魔力にも魔力抗体というものがあるのです!」
こんな事態も想定して、私たちはイヌウナギのヌメリから精製した魔力抗体を摂っておきましたのでお刺身の効果は出ません!
今が夜じゃないのがザンネンでしたね!
『ケキョ・・魔力抗体だと〜? まんまといっぱい食わされたというワケっキョ!?』
どうもケキョケキョ言うから変だなーとは思ってたっキョ! 刺身にそんな作用はないっキョ! 今思うとバカにされた気分だっキョ!
足はないが地団駄を踏んで悔しがるボルトゥーナ。
「バカなんだから仕方ないっキョ? 急所は外されはしたが、相当なダメージだ。もう観念したらどうだバカマグロ!」
『ケ・・キョ・・ま、まだまだ・・火山のマグマに浸かりさえすれば、尻尾など一瞬で再生するっキョ! 必ずリベンジしてやるから待ってろケキョ!』
そう叫ぶと、ボルトゥーナは残っている力を両の胸鰭につぎ込んでその場を離脱した。その向かう先には高々とそびえるザグボレラ火山!
「逃がさないぞ! レーヌ、行ってくる!」
「まだ慣れていないので気をつけてくださいね!」
ここで逃げられると厄介だ。カッキーは恵方巻きに鹿ソボロスティックを装填すると手前に放り、ひょいとその上に片足で立ってみせた。恵方巻きはカッキーの身体を支えたまま宙に浮いている。
「スコール恵方巻きスクーター!」
恵方巻きの後ろの切り口から風の力が解放され、そのエネルギーを推進力にカッキーの身体もジェット機のように空へ飛び出した。そして、火山を目指して飛んで逃げるボルトゥーナを追う!
この技はバランスを取るにはコツがいるが、恵方巻きは足の裏に海苔の接着力でピタリとくっつくので落っこちる心配はないのだ。
ボルトゥーナの飛行スピードも大したものだったが、追うカッキーも負けてはいない。
あっという間にザグボレラ火山の火口上空までやってきた。ボルトゥーナがスピードを落として止まったところへカッキーが追いつく!
『ケ・・ケ・・ゼイゼイ・・よくついてこれたと褒めてやりたいところだが。。武器も持たずにそこから何をするつもりケキョ!?』
「油断大敵! いくぞボルトゥーナ!」
カッキーが足の裏から念を送り込むと、推進力を生み出しているのとは逆の切り口から風の鉾がグインと伸びた。
「恵方巻きには切り口が2つあるってこと覚えとけ! スコール恵方巻き如意スピアー!」
際限なく長さを増すカマイタチの矛がボルトゥーナの胸鰭の付け根にヒット!
カッキーはそのまま押し込むようにスクーターの推進力を増す。
一瞬のうちに距離を詰めることによってカマイタチが矛先の一点に凝縮されてゆく、空気とは柔らかなクッションのようなものではあるが、圧縮する事によって驚くべき力を生み出すのだ。耐えきれなくなったボルトゥーナの胸鰭はバラバラに粉砕された。
同時にその威力によって糸を寸断された簀巻きも剥がれ飛ぶ!
羽である胸鰭を片方失ったボルトゥーナはグラリとバランスを失い、錐揉みしながら真っ逆さまに火口へ向かって落ちていった。
『ケキョー! だがしかし、ポジショニングの勝利! どれだけヤバいダメージを食らおうと、あの火口にさえ飛び込めば・・!!』
カッキーはすかさず後を追い、懐から取り出した小瓶の蓋を取って真上から投げつけた。
ボルトゥーナの身体にキラキラとした液体がふりかかる。
「マグマはおまえにとって温泉みたいなもんかい? 風呂に入ったら水だった、なーんて経験・・今までしたこたぁないよな!」
ボルトゥーナはそのまま火口にダイブ、カッキーは180度Uターンで上空に離脱する。
『ケキョ・・ち、ちべて!!!』
下を振り返ったカッキーは見た、一瞬でカチコチに凍りついたボルトゥーナが火口のマグマに激突した瞬間小さな爆発を起こしたのを。
「どうだいボルトゥーナ、冷凍マグロになった気分は!」
火口からモヤモヤと魚の形をした陽炎が上がってくる。
『いや助かった、ありがとう少年。おかげでようやくワシも自由の身じゃわい・・よぉスタグホーン、おぬしとも久しぶりじゃな。』
あ、霊獣ボルトゥーナさんはケキョー!とか言わないワケね・・口調からするとのんびりしたカンジのジジイキャラといったところか・・あのテンションに付き合わされるのはさぞかし疲れたことだろうな・・
再開を喜び合う霊獣が長話を始める前に、カッキーはレーヌとタカの待つ村へ向けてスクーターを走らせた。
「ボルトゥーナさん! 一緒に行きましょう。積もる話は後でごゆるりと!」
ー後日談ー マグロに睡眠魔法は効きません
霊獣ボルトゥーナはスタグホーン同様、カッキーの新たな力として同行してくれるらしい。依り代は魔獣体から切り離した尾の身。これからツナ柵スティックを切り出して宿ってもらうことにした。
その晩はスタグホーンとボルトゥーナの昔話に花が咲きカッキーの枕元は朝まで賑やかだったという。。地味にうっせえ、タカもうっせえ、カッキーは今夜も寝不足だ・・
それからレーヌが放っていた密偵だが、後で調べてみたところ、この人もやっぱり刺身を食べさせられてずっとボルトゥーナの手下にされていたらしい。ただ、帰国しリネサキに嘘の報告をするお役目の後は忘れさられていたみたい。ダミナートの彼の家付近に夜現れる魚人間の噂は、レーヌたちの知らぬところで半ば都市伝説化しかけていたようだ。
ある意味・・この事件で一番の被害者なんじゃないか?
あと、ボルトゥーナを討伐したカッキーが村へと舞い戻った時の一幕がこれ。
「ただいま、レーヌ、タカ! マグロは退治し・・ん? どうしたのレーヌ?」
恵方巻きからスタンと地に降り立ったカッキーだったが、どうも様子が変である。レーヌが後ろを向いて顔を両手で覆っていた。
ウッキャー ヒィヒィ
「もう! タカのバカ! 自分はなんともないからって笑わないでください! こんな顔になっちゃって私・・どうしたらいいのか・・」
ヱ!?
「レ、レーヌ・・まさか・・」
まさか、魔力抗体の効きが悪くて今頃あの刺身の効果が現れてしまったのか。。?
「・・ユータさん? そこにいるのですか? ・・勝ったんですね?」
「う、うん、勝ったケド、レーヌあの・・」
「ユータさんなら、私がどんな顔になっても笑ったりしませんよね・・?」
笑うどころか、カッキーにしてみるとそれはエラいショックなんだが・・
ゴクッ
「・・もちろん。笑うワケないよ。俺、どんなことがあってもレーヌのことが好きだから・・それに絶対そのうち戻るさ。さ、安心してこっち向いてよ。」
「やっぱり優しいんですね、ユータさん・・じゃあ・・」
意を決したようにクルリと振り向くレーヌ。
!?
「ブッ! ブヒャヒャヒャヒャ!!」
「あ! ヒドイ! 笑わないって言ってくれたじゃないですか、もう!!」
ヒドイのはレーヌの方だ。カッキーが見たのは彼女の渾身の『変顔』だったのである。
美少女が不意打ちで繰り出す変顔というのはけっこうな破壊力だ。タカもこのイタズラに一枚噛んでたおかげですっかり虚をつかれたカッキーには、心の準備はまったく出来ていなかったのだからどうしようもない。
「ユータさんがひとりで飛んで行ってしまってから退屈で・・村の人たちが元に戻ったから勝ったのはわかっていましたよ。」
気がつくと側で見ていた女将さんがクスクスやっている、みんなグルかー!?
平和の戻ったこの村に、ゆっくりと笑いの波は広がっていった。
カッキーがどさくさに紛れてしてしまったレーヌへの告白も、この波によってすっかり流されてしまったのだった・・
さて、レーヌ一行次なる霊獣退治稼業はいかなるものになりますか?
その話はまた次回の講釈で(第3章へ続く)




