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転生したら武器が恵方巻きで山  作者: 鼻ふぇち
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第1章

一夜明けた早朝、まだ虫たちが草葉に溜まった露に口を付けてもいない時刻。鎧を着込んだカッキーは、旅用のローブ姿のレーヌと共に宮廷の者たちに見送られながら出立した。


支給されたこのライトプレートメイルという鎧は、軽量かつ硬度の高い合金の板金を幾重にも重ねて作られたもので、胸周りのみを重点的に護るようコンパクトに出来ている。

カッキーの戦法や動きを見ていたレーヌや兵士たちの協議で、極力スピードを殺さないこれが選ばれた。

重量的には剣道着の胴とさほど変わらないのだが、試合場でごく短時間しか身につけないそれとは違い、このままの状態で長時間過ごすとそれだけで予想外に体力を消耗するというのも初めての経験である。

しかも、これに雑貨を詰めたリュックも背負うのだから、徐々にこの感覚に身体を慣らしていかなくてはならない。


レーヌによると最初の目的地である西の都市『リヴィン』には、『転移ゲート』というものをを通って時間や労力をかけずに行けるらしいので今はまだありがたい。


「リヴィンに関しては、霊獣やその配下の直接的な影響はまだ受けていないことがはっきりしていますので・・ここを最初の目的地としますね。」


周りを森林に囲まれた地方都市リヴィンでは、住民の多くが林業によって生計を立てていたという。

そんな仕事柄屈強な男が多く、霊獣に従う獣人部隊の都市への侵入をこれまで幾度となく退けてきたらしい。

おかげで都市の内部へは直接飛ぶことが出来るのだ。移動にかける時間的にもそうだが、安全な都市を拠点に出来るという点でも、最初に選ぶ場所としては最も攻略し易いという判断のようだ。


ところで転移ゲートというのは数人が入れる程度の小さな魔方陣のことで、どの都市内にもあちこちに描かれているが、現在ダミナートのものには全てロックがかけられている。

既に敵の影が内部に及んでいる可能性の高い都市のものを含めてどこのゲートとも繋がる為、開きっぱなしにしておくと危険なのだ。


だが、この転移ゲートはダミナート内に限ってみても非常に便利な移動手段だった為、住人は買い物をするにも以前より苦労するようになり、復旧を切望されているという。


「・・大丈夫なようですね。今このゲートに他所からアクセスしようとしている気配はありません。ロック解除後そのままリヴィンの総督府近くに繋げます。万が一の時の為に武器を構えておいてください。」


ロックを解除している状態で、先にどこかのゲートから逆にアクセスされてしまった場合は無条件で繋がってしまう。

あっという間に敵兵がなだれ込んできてしまう状況にもなりかねないので、一応の用心はしておかなくてはならないのだ。

まぁ、電話回線みたいな仕組みと思ってもらえればいい。


カッキーは、レーヌの脇に立ってバッティングセンターでボール待ちでもしているようにライトニング恵方巻きブレードを構えていたが、ここでは特にハプニングは起こらず無事リヴィンと繋ぐことが出来たようである。


なに、武器のネーミングがダサい?

それには致し方ない理由もあって・・このネーミングを最初に言い出したのはカッキーではあったが、もちろん彼のセンスからしてもこれは激ダサだ。

むしろ、このナンセンスさに突っ込んでもらっておどけるのが狙いだったのだが、レーヌがこれをいたくお気に召してしまったのだ。確かに外国人の感覚だとカッコ悪い響きでも日本人の耳にはカッコ良く聞こえたりするので、あんなに褒められては仕方がない。


おかげで、カッキーが本当に名付けようとしていた『電光エホーマカリバー』はお蔵入りとなってしまった。


ゲートに乗ってみると、エレベーターで降下した時に似た玉の浮く感覚がきて、一瞬で目の前の景色が入れ替わった。


「さあ、着きました。まずはこの都市の総督に会いに行きます。その前に・・」


リネサキは呪文を唱えて今利用したゲートを再ロックする。


「あれ? これって、こっちからロックするだけでいいの?」


「ええ、繋がっている間のゲートとゲートは例えれば1枚の扉の表と裏のようなものなので・・片側から鍵をかければ反対側から見ても鍵はかかっているというのと同じです。」


コネクトも一回ごとに自動で切れるので、これで使う前と同じ状態です。


レーヌの例えは解り易い、話していると彼女の知識は単に本を読みかじっただけの形骸化したものではないことが感じられる。

それに、こちらの意図を汲みながら話す能力にも長けているようだ。


納得したところで、カッキーはリヴィンの街並みを見渡した。開店準備を始めているおばちゃんや新聞のようなものを戸口に配って歩いている少年・・

まだ早朝で人通りこそまばらだが、見たところ確かにここはなんの変哲もない平和そうな風景だ。そして、街中だが空気がかなり澄んでいる。


「のどかでのんびりした雰囲気の街だね。」


「ダミナートと比べたら、やっぱりそうでしょうか・・林業で生計を立てる家庭が多かったので、お店なんかも少ないですし。でも、それはまだ今の状況になってからそんなに時間が経っていないからだと思います。」


レーヌのその言葉は、この後リヴィンの総督であるキケル氏の口からも改めて語られることになる。


到着した総督府で、レーヌを通し互いに紹介を受けたキケル氏は、白髪の剛毛を短く刈りそろえ、モノクルをかけた恰幅のいい壮年男性だった。彼も若い時分には林業でブイブイいわせた体力自慢らしいが、今は短めのマントが付いた白の礼服をピッチリと着こなしている。


ほどなく食堂へ通され、用意された朝食のテーブルを囲んでの会食形式で話は進められることになった。


「事前に遣いの者からは・・聞いていましたが、まさか本当に・・レーヌさま自らお越しくださるとは・・有り難きこと・・この上ありません・・」


はち切れんばかりの体躯で、ポツリポツリと途切れるように丁寧な口調で話す。口に料理を運ぶたびモノクルをつまみあげる所作がどことなくコミカルで好感の持てる人物である。


「止める者もいましたが、今ダミナートで誰よりも古代の文献に目を通しているのは私です。それに・・」


レーヌはとなりでスープにがっついているカッキーの方をチラリと見やった。


「彼はこの作戦の切り札とするべく、私が自ら異世界より召喚した勇者。私には彼に助言し、協力し、共に戦う義務があります。」


「このキケルを始め・・リヴィンの民も・・皆協力を惜しまぬでしょう・・今はまだ屈強な男衆の奮闘によって・・都市の中にまでは敵勢力の侵入を・・許しておりませんが・・実際のところほぼ都市全体が籠城・・立て籠もりの状態です・・」


??? 変にブツ切れるな?


都市を囲む壁の外には・・既に多数のライカンスロープ兵たちが跋扈・・しており、危険過ぎてとても林業など・・営んでいられないのです、とキケル氏は嘆いた。

レーヌの考えていた通り、備蓄で踏ん張れる間を過ぎてしまうと身動きが取れなくなるので、余力のあるうちに手を打たなければとずっと思案していたのだという。


「ありがとうございます。必要になったら人員をお貸しいただくかも知れません。ただ、現段階ではこの作戦はいわば守護霊獣をターゲットとする少数ゲリラ戦のつもりです。まずは、そのための情報をいただきたいのですが・・」


「はい、なんなりと・・お尋ねください。」


「まず、この土地に祀られていた守護霊獣ですが、どのような能力を持っているか分かりますか?」


「具体的な能力については・・ほとんど分かっておりません。長きにわたって都市の近くにある祠にて・・静かに祀られていた存在なので・・ただ、祠に彫られた古代文字は・・こう解読されています。」


夙き脚 逞しき角を持つ森林の王


「あの・・キケルさん、俺からも質問していいですか?」


「ワッハッハ! いいぞ、こわっぱ。なんでも聞けい!」


あれ? なんかレーヌへの言葉遣いとずいぶん違うぞ? もしかしてこっちが素で、目上のレーヌには無理してる? ・・こわっぱ?


「ドリガロンってヤツが、エネルギー体だった霊獣を実体化させたとリネサキに聞いたんですが、具体的にどうやったんだか分かります?」


「ワシは直接見てはおらんが、祠の管理をしていた者によると。こう。。祠をドカーン!と破壊して飛び出してきた何かモヤモヤ!としたものにな?」


「え、ええ、モヤモヤしたものに・・?」


「ジャラ!っとしたものを、バッ!と投げつけて、グルグル!と巻いたらボフン!だそうだ。」


「は、はぁ、なるほど。ジャラ! バッ! グルグル! ボフン! ですか・・」


・・ワケが分からない。


「・・ということは、その人は霊獣の姿を見たんですよね? どんなヤツだったか言ってませんでしたか?」


「角の生えた獣だと言っとったなぁ。」


・・祠の文面と大した変わらん情報だな。


「あと、現状をもう少し詳しく。それから、何か気づいたことや変わった出来事などがあればお聞かせください。」


「はい・・その後霊獣はドリガロン・・と共に森林の奥へ姿を消し・・それから我々の前には現れてはおりませんが・・その事件から間もなく森林より・・大勢のライカンスロープ兵が攻めて・・来たのです。奴らは自ら霊獣様の使いの・・兵だと名乗りました。」


「被害はどんなカンジだったんですか?」


「ワッハッハ! まぁ、その時はワーフォックスやら、ワータヌキやら、それほど強いのがいなかったんでうちの男衆で軽く捻ってやったわ!」


素の方が好きだなこのオッチャン・・とカッキーは内心思う。


「だが、その後奴らに外壁の外に造られた動物園の檻を破られてな! それからというもの敵勢の中にワーライオン、ワーエレファント、ワースカンクといった連中が混じるようになり、いや強いの臭いので大苦戦よ! ワッハッハ!」


そうか、ソリンの例も鑑みるに霊獣は普通の動物たちをライカンスロープ化させ、眷属として使役出来るらしいな。


「もし、動物園にいた猛獣たちでまだ残ってそうなヤツらのリストとかあればお願いします。」


キケルさんの部下にリストを用意してもらってみると、小動物などの弱そうなものは省略してある上、これまで倒した猛獣・猛禽には✖️が付けてありかなり参考になりそうだ。


「ところで、こわっぱよ! ワシからも1つ頼みがある!」


「はい? なんでしょうか?」


「レーヌ様の命をお護りするという、紹介された時に聞いたお前のその最強の武器と技とやらを見せてくれんか!?」


「わかりました・・少し離れていてください。」


カッキーは恵方巻きの柄に念を込めて、雷の刀身を伸ばしてみせた。昨日あの後密かに練習したもんね。

そして、いくつかの攻防の型を演じる。演舞というよりはシャドーだ、仮想敵をイメージして本当の死闘のように虚空と斬り結んでゆく。


と、いきなりカーテンの陰から人影が飛び出してきた。細身の長剣で突きを仕掛けてくる!

カッキーは、まるでシャドーがそのまま続いているかのような流れる体捌きでその突きを躱すと、素早く剣を片手に持ち替え空いた手で相手の手首を抑えた。

そして、相手の剣の真ん中あたりに雷の刀身を当ててゆっくりと焼き斬ってみせる。

切り口を半ば溶かされ両断された男の剣先がゴトリと床に落ちて決着はついた。


「うむ、見事な腕前だ! その武器の威力も聞きしに勝る。いや、悪かった、お前の実力が知りたかったのだ。ワッハッハ!」


なんと、カッキーを襲った男は総督護衛団で最も腕の立つ序列筆頭だったらしい。しかも、彼は本気でカッキーを殺す気で挑んだし、逆に自分が殺される覚悟をもしていたというのだ。


「これで安心してお前にレーヌ様を預けることが出来る。その武器、何というのだ、覚えておきたい是非教えてくれ!」


「あ、えーと・・ライトニング恵方巻きブレードです・・」


「ワッハッハ! そうか! もの凄い武器だが名はクソダサいな! ワッハッハ!」


総督府を後にしてからの道すがら、レーヌは苦笑いをしながら、すみませんあの人センスあまりないんです・・とか言っていたが、あの護衛団の男もなんか笑い噛み殺してたみたいだったし・・まぁ、いいか・・


カッキーとレーヌは、いざ森林探索に出かけることにした。



リヴィンの西の外れにある裏正門には、防衛の任についた若い衆がたむろっていた。みんな屈強そうな筋肉隆々の身体をしている。

カッキーも実はかなりの細マッチョだが、彼らは全員がゴリマッチョだ。

これは確かにキツネ男やタヌキ男くらいなら簡単に千切って投げられそうだ。


遠くにいた者までゾロゾロと集まってきて囲まれたが、レーヌの顔は当然のように知れ渡っているし、この作戦についても事前に伝わっていたようである。


まぁ、彼らが内心レーヌの美貌やカッキーの持つ見慣れない武器に興味津々なのは見てとれる。

なにしろ、平時であったならば林業で思いっきり身体を動かしている彼らだ。敵が攻めて来ない間の防衛待機など、身体が疼くような退屈でしかないのだろう。


裏正門の扉は巨大な観音開きの鋼鉄製だが、それとは別に鍵付きの小型の扉『通用門』というのがある。

ここの通用門は巧みに正門に施されたレリーフに偽装されており、一見しただけではそれと分からないように作られていた。


櫓で見張りをしていた男のOKサインを確認した後、2人は素早く都市の外に出される。


目の前にはやや開けた平地。その奥には林が見える。更に奥へ進めば森へと続いているそうだ。


「まず、例の祠に向かいましょうか。話を聞く限りもうその残骸だと思いますが・・」


レーヌが頭陀袋からこの周辺の地図を取り出して左斜め前を確認する。地図と言っても先の方はただの樹海で林道すら描かれていない簡素なものだ。

そちらの方向にある林道の入口あたりに、祠のマークが印されていた。


都市の外壁に沿って左手側に進むと、遠くに壁に隣接した形で建築された何かの施設らしきものが見えた。


「あれは?」


「あれが動物園です。私も昔はよく連れて来てもらったものです。」


もっともそちらも、今は空の檻ばかりが立ち並ぶ廃墟と化しているのだろう。


「でも、目印にはなりますよ。・・このあたりで林へ向かうと祠のようですね。」


動物園には何度も来たことがあるのに、祠に行くのは初めてなんだな・・カッキーは漠然とそう考えながらレーヌの後を歩いていたが、そうそう若い娘や幼子が寺やら祠などという抹香臭い場所へ行きたがるわけもない。

しかも無意識に自分にとって都合よく考えている為、レーヌが『誰に』あの動物園へ連れて来てもらったのかも安心出来る範囲で想像しているのである。

こういうところもカッキーがリア充を経験したことのない要因の1つなのだが、本人に自覚はない。まぁ話を戻すとしよう。


「あ、あれじゃないか!? きっとあれが祠の跡だ!」


カッキーが見つけたのは石造りの人工物の残骸だが、これなら元のサイズもせいぜいちょっと気合いの入ったカマクラ程度だ。近寄って調べると、割れた石の表面に文字のようなものが彫り込まれているのを発見した。


「夙き脚・・と書かれています。これに間違いないようですね。」


「よしビンゴ! ここからどうするの?」


「ビンゴ? 霊獣がここで実体化したということなら足跡が残っているかも知れません。あれば、それを魔力探知にかけましょう。」


「レーヌ! この石のここんとこ!」


早速カッキーが手掛かりを発見。崩れた石の表面に蹄がめり込んだような痕がある。


「ええ、足跡ですね。この深さ普通じゃありません・・凄い力です・・」


レーヌは足跡に指を触れて呪文を唱えると、そこへ魔力を注入した。

すると、蹄の痕を起点として蛍光ブルーの足跡がリズミカルに地面にスタンプされていく。


「これが霊獣の走った跡ってことか・・魔法って便利だね。これならあっという間に見つけられるんじゃない?」


「ええ・・どこかで大人しくしててくれればそうなのですが・・」


そうか、確かに。霊獣がこの森林の中を絶えず縦横無尽に駆け回っているとしたら・・追跡するだけでヘトヘトな上に追い付ける可能性も高くはない。


「でも、まずはこれが一番の手掛かりですから。さあ、林へ入りますよユータさん!」


カッキーとレーヌは霊獣の足跡追跡を開始した。


「それにしても歩幅がずいぶんとあるんだなあ・・」


走っているのだろうが、歩幅がひと蹴りで10メートルは飛んでいる。レーヌによれば、これもその凄まじいスピードと身軽さ、そしてそれを生み出す恐るべき脚力を想像させるので、改めてゾッとしたのだとか。


二人は足跡を辿ってどんどんと林の奥の方へ入っていく・・

それはだんだんと木々の間隔が狭まってきて、整然と植林されたエリアの先に入り組んだ自然の木立が見えてきたあたりだった。


!?


カッキーは斜め背後の頭上から何かが自分の後頭部に向けて投擲されたのを察知した。首を傾けて避ける。地面に落ちて転がったその物体を見やると、齧りかけの木ノ実である。


「キャ!? ユータさん!」


「レーヌ!? ・・ヱ???」


レーヌの悲鳴にすぐさま振り向いたカッキーだったが、後ろの光景に絶句した。


「猿!? い、いやレーヌ!」


やや混乱しながらもようやくそう叫んだカッキーだったが、別に猿だかレーヌだか区別が付かないものがそこにいたわけではない。

いたのは、レーヌを小脇に抱えて歯をむき出している・・チンパンジー!?


ウッキーウッキー!!


「離して! 助けてくださいユータさん!」


チンパンジーは興奮した様子で2、3度軽く飛び跳ねると、地面についたままのレーヌの足先をズルズルと引きづってその場から逃げだした。


「えーと・・あの・・」


あまりの予想外に一瞬呆然としかけたカッキーの記憶にあの動物園のリストが蘇る。

・・そういやいたぞ! まだ行方をくらましたままの動物の中にチンパンジーの『タカ』という名が確かにあった!


「ワーチンパンジーか!? いや、それにしては素っ裸だしあまりにもサル丸出しだ。ライカンスロープ化される前に逃げたのか・・どっちにしても、冗談じゃないぞ!」


軽量、軽装のレーヌとはいえ、人間1人抱えているクセにチンパンジーは走るのが早く、すぐに後を追ったがなかなか追いつけない。

レーヌの助けを求める声も次第に遠のいてゆく。


森へと入られると、木々が視界を遮る障害物となりあっというまに見失ってしまった。


「見失ってしまったじゃ済まんだろこれ・・え、何? 霊獣退治しに来て、あっというまにサルに姫さまかっさらわれたって・・え? 俺どうなるの!?」


テンパりながらしばらく当て所もなく森の中を彷徨っていたカッキーだったが、これを怪我の功名と言っていいのかそれともただの不運か、そのうちに奇妙光景に行き当たった。

木、である。もちろんただの木ではない。けっこうな太さのある木々が、何かとてつもない力でぶち折られたようになっており、幹の途中から上が失われていた。それも、一本や二本ではない。

ハッとなって周りを見ると、その木々の根元にはあの蛍光ブルーの足跡がたくさん付いていた。


固唾を飲みながら視線を足跡の行き来している森の更に奥へと移して凝らして見ると・・森の景色には不釣り合いな人工の塚のようなものが見えた。


「大木を折り重ねて建てた・・あれは・・もしかして祠のつもりか・・?」


あれは守護霊獣が、長年安らかに宿っていた石の祠の代わりに寝ぐらとして建てた木の祠だ。状況の全てがその結論を指している。


レーヌの身を案じながらも、己の身に迫った危険に急激に心拍が上がってゆくのを感じ、カッキーは腰の恵方巻きにスッと手をかけた。それに呼応するように、木の祠からブルブルという荒々しい鼻息が漏れ聞こえ、入口の奥の闇に赤い6つの光点が不気味に浮かび上がるのを彼は見た。


『我が聖域へ土足で踏み込むのは誰か?』


鼓膜というより脳髄に直接ビリビリと響いてくるような重低音波だ!

いや、土足でと言われてもここは森の中だからそこは大目に見てもらいたいものだが・・そんなことを言っている場合ではない。

この声は聞いているだけで吐き気がする!


『このスタグホーンの聖域を穢す者は、そこな木々のごとく真っ二つとなるがいい!!』


次の瞬間、おそらくは内部より加えられたものすごいパワーによって祠が粉々になって四散した。


あ・・神聖な祠は自分で壊しちゃうんだ・・


パラパラと降り注ぐ木っ端の中に雄々しく立つのは・・首と肩の筋肉が異常なまでに盛り上がり、6つの血のように紅く燃える目を持った鹿・・とでも形容すればいいのか?

おまけに、その角は鹿のそれではなく・・例えるならば巨大なクワガタ虫のアゴ!


元々の姿なのか、それともドリガロンのイメージする悪意の意匠なのか、どう見ても守護霊獣というには禍々し過ぎる異形だった。


足場も悪い! どう戦う!?


荒ぶる森林の王が、ついにその牙を剥く。


電光渦巻く雷の刃が現出する。ライジング恵方巻きブレードを中段に構え、カッキーも戦闘態勢を整えた。


巨大な枝切り鋏にも似た鋭利な角をグワリといっぱいに広げ、頭部を地面スレスレに下げたスタグホーンが、電動ノコギリのような耳障りな音を立てて突っ込んできた!

あの体勢でも、最後列の2つの目が真っ直ぐにこちらの姿を捉えている。


腰の丈ほど残っていた木々の幹も、全く障害物にならない。根ごと掘り返すのではなく、地面に近い高さから瞬時につるりと刈りあげるその角の切れ味は、まさによく手入れされた床屋の剃刀が髭を剃るが如し。しかもパワーはブルドーザーに匹敵する。


大迫力の太い幹が左右正面ランダムでビュンビュン吹き飛ばされている。


あるものは避け、あるものは切り裂きながら、カッキーはスタグホーン本体にもっとも神経を集中した。


これは端的に言うと、目くらましの後に強烈な一撃を食らわせんとする二段構えの攻撃と見なすことが出来る。


もっとも、飛んでくる木の幹にまともに当たっただけで最低でも骨折、脳震盪は避けられないだろうが、それよりもスタグホーン本体の方が圧倒的にヤバい。

最終的にアレをぶちかまされると、あの木々のように両足首を切断されたカッキーの身体が、優に数十メートルは飛ばされるだけの衝撃で後方の木に叩きつけられることになる。まず間違いなく即死、だ。


カッキーが見出したベストな避難場所は、スタグホーンの首の後ろ側だった。ギリギリであの下げた首を駆け上ることが出来れば、角度的にも衝撃は少ないし無防備に見える背中を攻撃出来るかも知れない。


タイミングを計り、飛んでくる木々の軌跡をも見切りながら、カッキーは大地を蹴った。

・・その時だ、スタグホーンが急にその首をグイと持ち上げたのである。


頸にうまく足をかけてさらに次の一歩を踏み出そうとした瞬間に、同じベクトルへ力を加えられた。


結果、カッキーの身体はトランポリンで弾かれたように、スタグホーンの背中を大きく飛び越えその後方に投げ出される。


一瞬の判断で刀身は一度空中で引っ込め、なんとか受け身を取って着地したが、刈り取られた地面スレスレの切り株に半身を打ちつけた為、ただの草むらに落ちるよりはるかに大きなダメージを負うことになった。


「グッハ!!」


鈍痛が走ったが、ライトプレートアーマーによる軽減もあって動けなくはない。カッキーは歯を食いしばってすぐさま立ち上がると、スタグホーンのいる方向に向き直って再び刀身を出現させる。


(直前で鎧が届いていない腹に狙いをシフトしようとしたのか・・? より直接的な致命傷を与えるために・・それで俺を持ち上げたとは偶然とはいえ運のいいヤツだ・・)


だが、ゆっくりと首から振り返ったスタグホーンがニヤリと口元に笑いを浮かべたのを見て、カッキーは察した。


(違う!! こいつ俺がああする可能性まで読んでいたんだ! そう、あれは・・柔だ!)


この霊獣、なんと格闘技の理合をもってして戦いを組み立てている!

少なくとも今の攻防では、フェイント、2択に対応した先読み、そして柔を使いこなしていた。

むしろ、致命傷ではなかっただけこちらの判断はマシだったのだ。


・・しかし、これで少し条件は違ってくる。

今のカッキーの位置からスタグホーンのいる場所までは、最初の攻撃の刈り取りで障害物が綺麗に姿を消している。

せいぜい1車線分といったところだが、さっきまでと違い足場はある程度整った。


スタグホーンはカッキーに顔を向けて牽制したまま、右方向へ迂回するように木立の中へと移動してゆく。

再び、有利な場所からの攻撃を狙っているのだろう。


ん・・何だ?


この時、カッキーは初めてスタグホーンを真横から見る形となり、その背中から腹にかけて何かが巻きつけられているのに気がついた。


「そうか、きっとあれが実体化のアイテムだな!?」


見たところ簀巻きのようなものだ。なるほど、ジャラ!と巻きつくという証言とピッタリ合う。


あれを外せば。。あいつは実体を失い善良な霊獣に戻るのだろうか。

ただ、その為には少なくともスタグホーンの背に乗るか、動きを止めなくてはならない。


思った通り、スタグホーンは角を閉じるとスッと木立の中へ消えていった。一旦、カッキーから見えない距離まで引き、再び先ほどと同じ攻撃に転じる気なのだろう。


実際、この時スタグホーンもそう考えていた。勝ちを焦る必要はない。

現にこちらの思惑通り、あの人間は毎回どうあれ攻撃を受けざるを得ないのだ。

確実にダメージを蓄積させていき、最後に動けなくなったところでトドメに胴を切り離してやれば良い。


そう算用しながら、カッキーとの間にたっぷりと木々を挟んだ位置に着くとその匂いを探った。


おまえの匂いは既に覚えた。横に飛ぼうと斜めに逃げようと、一度捉えれば確実に追尾してやる・・


そこだ・・!!


スタグホーンは再び首をグイと低く構えると、今は木々に隠れて見えない敵の位置を狙い定めた。


さあ、徐々に体力を削られるか、あるいはたったの二度目で観念するか!? 行くぞ!


木々を根本からズバズバと刈り取って進みながら、スタグホーンは標的が逃げる気配もなく一直線上の先で動きを止めていると確信した。


ほう、一度我の攻撃を見た上で・・左右に場が拓けているというのに微動だにしないのか。見苦しく逃げまわらないのは褒めてやろう。


では、その勇気をもって食らうがいい!!


!?


次の瞬間、森中で聞こえるほどの悲痛な嗎が響き渡った。


スタグホーンはカッキーまでの距離残り数メートルのところで、突然顔面右半分に灼熱を帯びた激痛を感じ、もんどり打ってドドドッと横薙ぎに倒れこんだ。激突した木がメリメリと軋んで折れ曲がる。


右側の角は根本の位置から断ち切られ、右一列の3つの目も全て顔面の肉ごと抉れていた。焼け焦げるように煙がブスブスと燻っている。


スタグホーンは、残る左一列の視界に、あの人間が何かを拾いあげる姿を捉えた。


『オォォ・・いったい何をしたのだ!?』


「・・あんたが、あの技ひとつで俺を仕留める自信があると分かった。あれは、対策なしで続けられればいつか俺が倒されていたからな・・柔の技はそのタイミングに入る前に崩すのがいい。」


カッキーは、回収したばかりの恵方巻きをスタグホーンに見せた。


「だから次も同じ戦法でくると信じて、コイツを俺の正面数メートル先の木の陰に埋めに走り、刀身を上へ向けて発生させてから真っ直ぐもとの場所まで下がった。」


あんたが、ゆっくり迂回して森へ入ってくれたおかげでその時間がとれたんだ。実力的にはまるで敵わなかったと思う。さすがだ、ホントに怖かったよ・・


「さーて、それじゃ剥ぎ取りチャレンジといきますか・・?」


カッキーはナイフを取り出すと地に伏しているスタグホーンをギロリと見下ろした。


『剥ぎ取り・・なんだその物騒なのは! やめろ! いや、せめてひと思いに殺ってからにしろ!』


「あんま喋んないでくれ。あんたの声聞いてると吐き気がしてくるんだ。」


『何気に酷いなお前・・なぁ、命がけで戦った者同士だろう。私に生き恥など・・』


「はいはい。でも、勝者が敗者を好きに出来るのは当然の権利だから・・」


『ヤ、ヤメろォーーー!!!』


ブチブチブチ!


!?


カッキーがナイフを入れたのは、スタグホーンの身体ではなく、その背と腹に巻かれた簀巻きの糸だった。

接合の外された簀巻きを丁寧にめくりあげて外してやる。


「ホラ、どうだ?」


『お、お前・・』


スタグホーンの身体から何かモヤモヤとした陽炎のようなものが抜け出てきた。

モヤモヤは次第に美しい白鹿の姿になってカッキーの前に浮かび上がる。


「それが、あんたの本来の姿なのか・・うん、それでこそ守護霊獣ってカンジだわ。」


『油断するな少年! その者が動き出すぞ!』


先ほどまでの声はまるで違う柔らかくて心地よい声が、しかし緊張した口調で叫ぶ。


促されるままにカッキーは視線を地面におろし、そこで既に起こっていた異変に慄いて飛び退った。

なんと、魂ともいえる本体が抜け出たはずのスタグホーンの肉体がムクリと起き上がってきたではないか!

しかも、紅かった目がドス黒い紫色に染まっている。


「こ、これは!?」


絶対的にヤバいものを感じ、後ずさりで距離をとろうとするカッキーに追いすがるように、スタグホーンの肉体は残る左の角を差し向けてきた。


間に合わない、届く!


思わず目を閉じ観念しかけたカッキーだったが、彼の身体に角が突き刺さる感覚はこなかった。


目を開くと、エネルギー体のスタグホーンがその角にまとわりつき、クッションのようになって彼を護ってくれていた。


『気をつけろ、その者こそが私を縛り付けていた魔獣体だ! 破壊の意思しか持たぬ、まさしく悪意の権化!』


なに!? 霊獣スタグホーンを縛り付けていた・・魔獣のスタグホーン!?


グルルルル・・


魔獣スタグホーンは、カッキーへ攻撃が通じないと知ると、くるりとその身を翻した。

そして、一目散に走り去ってしまった。


「え? 何がどうなったってんだ・・!?」


『ヤツの狙いはおそらく都市の陥落。私と一体化していた間はあくまで手順を踏んでの制圧を目的としていたが・・もはや力づくで徹底的に滅ぼすつもりなのだろう!』


予想していなかった展開だが、今はグズグズしている時間はあまりなさそうだ。


「どうすればいい!?」


『ヤツは間違いなくリヴィンへ向かっているな・・よし、私がひと時力を貸してやろう。先回りして都市へ入る前に迎え撃つのだ!』


「なんてこった・・! まだレーヌも助け出せてないのに・・!」


『レーヌ? 仲間か? 』


カッキーは、レーヌが攫われた一部始終を説明した。


『なるほど・・その者はこの森林内にいるということだな・・私はこの一帯のことならば手にとるように分かる・・うむ、いた・・その者も戦力になるならば連れて行こう・・だが、いささか危ない状況だ、急ぐぞ!』


そう言ったが早いか、エネルギー体スタグホーンはカッキーの肉体に飛び込んできた。


『これで、お前は千里の道もあっという間に駆けることが出来る。私がその者のいる場所まで案内してやるから、さあ走れ!』


カッキーは促されるままに駆け出した。脚が軽い! 普段の一歩とはまるで感覚が違っているが障害物はスイスイと避けられる。


まるで頭の中にナビが搭載されている感覚で、どこをどう進めばいいのかが走りながら把握出来た。


あれだ!


林道で何かを追うように走る数人の獣人たち、その先をチンパンジーに手を引かれて必死に逃げているのがレーヌだ!


カッキーは後ろから疾風のようにライカンスロープ兵たちを追い抜き、リネサキに並んだ。


「お待たせ! 遅くなってごめんレーヌ!」


「ハァハァ・・え!? ユータさん!」


ヒァアヒァア・・ホキャ? ウーキャ?


この誘拐魔! いかにもゆうただがウーキャじゃない! カッキーは並走しながらリネサキの手を掴んでいるチンパンジーの手首に手刀を叩きこんだ。


ウッキー!!


チンパンジーはたまらずリネサキの手を離してバランスを崩すと、ゴロゴロと地面を転がった。


「ユータさん! 乱暴はやめてください!」


レーヌが転ばないように支えつつ、数歩足並みを揃えながら止まったカッキーは、彼女の責めるように眉を寄せる顔を見て驚いた。


「えっと・・あの・・俺、レーヌのこと助けに・・ですね・・」


「す・・すみません・・言い過ぎでした・・でも、あのチンパンジーのタカは・・ライカンスロープに狙われていた私たちを助けようとしてくれただけなので・・あれは、ちょっとかわいそう・・」


レーヌは、ケツをピラミッドのようにおっ立てて伸びているチンパンジーをチラリと見た。


「え・・そうなんだ?」


「はい。タカから直接そう聞きましたので・・ともかくユータさんと再会出来て心強いです、敵を先に片付けましょう!」


「う、うん・・」


カッキーはキツネにつままれたような表情のまま、追いついて遠巻きにジリジリと様子を見ているワーフォックスたちに向かって恵方巻きを構え・・はしなかった。


「こいつら、元はこの森林に住んでたただの動物ってことだよな・・なら・・」


カッキーは、木刀の代わりになりそうな丈夫な枝を拾い上げると、5体ほどいるキツネ男の群れに颯爽と突っ込み目にも止まらない速さでそれを振るった。

数瞬間を置いてから、キツネ男たちが立て続けにバタバタと倒れる。

いわゆる峰打ち、気絶させただけである。


「速い! ソリンを倒した時よりずっと速いです!」


グーに握った両手を口元に当てて感動してくれるレーヌがかわいい・・


「ああ、これね。脚の方は訳あって霊獣さんに力を貸してもらってるから・・今はすごく速いよ。剣さばきの方は元からこのくらい軽いけど。」


レーヌも魔法でサポートしようと思っていたらしいのだが、彼女が呪文を唱え始めたあたりで既にぜんぶ終わっていたそうである。


『霊獣』という言葉に食いついて根掘り葉掘り聞いてくるレーヌをひとまずなだめて・・急いでリヴィンへ戻らなくてはならないことを告げる。


「スタグホーンさん。3人・・というか2人と1匹でもなんとかなりますか?」


『うむ。手を繋げば全員に私の力は伝わる。急ぐのだ、ヤツも私と同化していた時ほど速くは走れんはずだが・・それでもそれほど時間の余裕はない。』


となれば・・とりあえずチンパンジーを起こすか。


「おらー、起きろタカ! お前・・レーヌを攫ったのかと思ったら、俺たちをあいつらから遠ざけようとしてくれてたのか・・」


ウッキー! ウッキー! ムヒョホ!


タカは頷いた後、カッキーを指差してちょっと歯をむき出してみせた。


「俺がちゃんと追いかけてこなかったの怒ってんのか・・わかったわかった、悪かったよ。ひとまず握手だ、ホラ。」


カッキーが手を出すと、タカはギュっと握り返してくる。力強え!? 軽く握っているように見えるのに、骨を砕かれそうだ。握手ってのはサルの世界でも友好の証なんだろうな?


「じゃ、レーヌはこっちの手握って!」


「え!? あ、あの・・ハイ・・では失礼します・・」


ポッと頬を赤く染めてもじもじしながら、レーヌはカッキーの差し出した手をとった。


ムッキー!!!


「なんだ、お前もレーヌと手を繋ぎたいだと? うっさい、さっきまでたっぷり握ってただろ! 行くぞ!」


まぁ、レーヌと手を繋いだカッキーにはタカの気持ちもよく分かってた。温かくて柔らかい。。俺一生この手離さないぞ!と思わずにはいられない繋ぎ心地だ。←大迷惑


カッキーが駆ける! レーヌも駆ける! もの凄いスピードでタカの身体は半分浮いているほどだ!

霊獣スタグホーンの力が伝播した一行が林の中をリヴィンへ向けてひた走る!


ん? 男に女子にチンパンジー・・あ、これアレだ、デブが加わりゃスーがスーッと消えて時速119キロだ。


リヴィンの門を破られる前に、絶対魔獣スタグホーンを倒すぞ!


2人と1匹がリヴィンの裏正門まで辿り着いた時、少し離れた林の奥から木のへし折れる音とつんざく嗎が聞こえた。

先回りには成功したが、ヤツもすぐ近くまで迫っている!


すぐさま声を張り上げて、櫓の見張りに住民を街の中央に避難させるよう呼びかける。

門や外壁を破壊して突破された時、可能な限り都市の中心に集まっていてもらった方が安全だ。

見張りは直ちに下に構える男衆に指示を伝え、総督府の広い中庭やその付近の頑丈な建物などへの避難勧告・誘導を促した。

間も無く都市中サイレンが鳴り響く。


「さて、じゃあこっちは彼らに出来る限り頑張ってもらうとして・・出来れば門や壁も護りたい。なんとかならないかな?」


「・・あ! 動物園跡にうまく誘い込むことが出来れば・・あの中はある程度複雑に区画されていますし、頑丈な檻はバリケードの役目をしてくれますので時間もいくらか稼げると思います!」


「ナイスアイデア! でも、どうやってあそこへ誘い込めば・・」


『よし、今一度私がヤツの身体に憑依してそこへ連れて行く。全力で拒絶されるだろうが、先ほどまで一体化していた身体だ。短い時間ならなんとか操れるだろう。』


だが、私に出来るのはおそらくそこまでだ。すぐに追い出されてしまうだろう。その後はお前たちに託すが良いか!?


レーヌが頷く、カッキーも頷く、タカはよく状況が飲み込めていないようだが一応猿真似で頷いておく。


意見は一致し、霊獣スタグホーンのエネルギー体は一行から抜け出た。


『ヤツがもう少し近くに来たタイミングで乗り移り連れて行く。お前たちは先に行って待ち構えておるのだ!』


霊獣スタグホーンは魔獣体の位置を探りながら上空へ、一行は動物園跡へ向かう。

スタグホーンさんが抜けたら、なんだか普段以上に身体が重く感じてしまうな・・


動物園の入口はライカンスロープ兵たちに破られたまま放置されていた。

園内に飛び込んでみると、荒れた様相ではあったが、なるほどレーヌの言う通りだ。

時間をかせぎつつ闘うには、これ以上望むべくもない格好の舞台だ。


ウッキー!!


タカが空を指差す。このサルが作戦の内容を分かっているのかどうかは怪しいが、揺らめく陽炎のように空を漂っていた霊獣スタグホーンのエネルギー体が確かに林の方に向かって飛んでいくのが見えた。


さて、まずあの突進は封じたいところだが・・こちらもある程度の広さがないと戦えない。園内案内の看板を頼りに周囲を檻の裏の壁で囲まれた円形の広場まで進んで待つ。


この広場には中央に大きな噴水があるので、ヤツも動きにくいだろう。

レーヌがいち早く呪文の詠唱を始めた。タカは落ちていた空きカンを覗きこんで何やら腹を立てている。何やってんだおまえ。。


カッキーが恵方巻きを握る手に汗が滲み始めたころ・・


通路のフェンスに肉を打ち付ける鈍い音と、石で舗装された地面をかち割るがごとく蹄の音がこちらへ近づいてくる。と思う間もなく、ロデオ馬のように後脚を跳ね上げ暴れる紅い目のスタグホーンが広場へダッと踊り込んできた!

そして、2、3度小刻みに震えた後、突然その身体を大きく振り乱し、霊獣スタグホーンの陽炎のようなエネルギー体を一気に体外へ弾き飛ばす。


フッフゥーグルルル・・


あれは、自分の身体に入り込んで無理やりここへ走らせた邪魔者をようやく追い払えたことによる安堵の一息だろう。

左側一列の3つの目を細め、しばし乱れた呼吸を整えるように脚を休めていたが、急にカッとその目を見開いてカッキーらを睨みつけてきた。その目は既にドス黒い紫に染まっている。


「あれですか!? 何て禍々しい・・正視するのも耐えがたいほどです・・!」


このレーヌの感想はヤツの顔右半分の生々しく抉れた疵のことを言っているのだ。

ごめんレーヌ、グロいもの見せちゃって・・あれ俺がやったんだわ・・


あの歯をむき出し怒りに燃えた表情・・ヤツの方もここで一戦交える気満々だ。立ちはだかっている人間とサルが、都市を襲う妨害をしようとしているのが分かるのかも知れないな・・

それとも、魔獣スタグホーンにも先ほどカッキーにヤラれた記憶があって恨みに思ってるのか・・


魔獣スタグホーンはいきなり大きく首を振ると、左側に残っていた巨大角をブーメランのようにブンっと飛ばしてきた!


え!? アレ飛ばせるの!?


まさしくブーメランのように高速で回転しながら、中央の噴水を避ける弧を描いてブンブンと唸りを上げ超スピードで迫ってくる!


「エアロシールド!!」


レーヌが詠唱していた呪文を放つ!


彼女の手から円盤状に固められた空気が放たれ、角のブーメランと見事衝突!

圧縮された空気の盾によって勢いが相殺され、推進力が弱まった。


「斬ってください、ユータさん!」


スピードは殺したものの、まだ届く! カッキーはレーヌの指示通りに、飛来する角の真ん中に狙い合わせて雷の刀身で斬りつけた。


角は見事に両断され、カッキーたちの左右足元にガランガランと派手な音を立てて転がった。

ライトニング恵方巻きブレードは力で押し切っているわけではないのでカッキーの手に反動や痺れはこないが、この音と質感、それにあの爆発の衝撃波にも押し負けないところをみると、かなり重くてしかも硬い。普通の剣では弾けないヤツだ。


今のもレーヌがスピードを殺してくれなかったら、カッキーもうまい位置に剣を合わせるのは難しかっただろう。


だが、角は無くなったぞ・・これで突進の威力も・・


!?


カッキーは信じたくないものを見た。魔獣スタグホーンの頭部右側に僅かに残っていた角の根っこの部分がズルリと石畳の上に抜け落ちたかと思うと、左右の角が抜けた穴から真新しい角の先っぽが突き出てきたのである。


え・・嘘、アレ・・生え替わるの!?


「今のを二本で挟み撃ちされたら・・ちょっと厳しそうですね・・」


落ち着いた声を出してはいるが、レーヌも冷や汗を流している。


魔獣スタグホーンの新しい角は生え始めで、おそらくあの長さではまだ飛ばすことは出来ないと思うが、じきにその準備も整うだろう。

よく見ると、両の角はズリズリと奇妙に蠢きながら少しずつせり出してきている。


「なんとか、アレが伸びきってしまう前にケリをつけたいですね・・」


同感だ。


「レーヌ・・あいつの急所・・弱点はどこだと思う?」


「急所? ・・そうですね・・バケモノと言えばバケモノですが・・よく見ると身体的な特徴は鹿に近いようです・・それなら。。」


レーヌは、あくまで猟の本で読んだ鹿に関することだと前置きしてからその予想を話した。

それによると、まず左脚の付け根あたりを横から貫いた場所に心臓があり、猟師が鹿を狙うならまずそこだそうだ。


「でも、それはあくまで獲物として見た場合のベストです。あとで美味しい部分を食べたり、商品としての価値を残そうとしないのでしたらむしろ狙うべきは・・」


「・・へえ、そうなのか。でも・・そこにライトニング恵方巻きブレードを叩きこむには、数秒でもいいからヤツの動きを止めたいな・・実はさっき戦った時・・」


「・・そうですね。それに、もうあの遠距離攻撃はさせたくありません。あの角が生え終わるまではあそこで粘るつもりかも知れないので、早くこちらから仕掛けなければ・・」


タカに協力してもらいましょう!


レーヌはポンと手を打つと、空きカン潰しに夢中になっているタカに呪文をかけた。


「マリオネットファミリア!」


レーヌは空きカンから彼女に注意を移したタカにゴニョゴニョと何かを吹き込んでゆく。


ウイキャッキャー!!


タカは突然レーヌに敬礼して駆け出し、水の止まっている噴水をアスレチックのように超えてまっすぐ広場を縦断した。当然、その先に待ち構えるは魔獣スタグホーン!


ウッキャ〜 ホキャ!!


なんだこいつは?といった様子で首を捻る魔獣の前で、タカはケツを見せたり唾を吐きかけたりのカッキーが見ていてもムカつかざるを得ないような挑発に出た。


魔獣スタグホーンもそれは同じなようで、まだ短い角で突こうとしたり、前脚で踏み潰そうとしたり躍起になっている。

タカはその攻撃をアクロバティックな動きで遊んでいるように躱していた。


「ユータさん。ちょっと・・」


何が始まったのか分からずにしばし呆然とその様子に見入っていたカッキーに、レーヌがそっと耳打ちした。


タカは十分に魔獣スタグホーンの怒りを買い、惹きつけてから反時計回りに広場を走って戻り始めた。魔獣スタグホーンがすぐさまその後を追う。

持久走の最高速度なら敵わないだろうが、瞬発力ならチンパンジーの脚も大したものである。一定の距離を保ちながらちゃんと追いかけっこになっていた。


2匹が広場を3分の1ほど走った時、タカが突然身をかがめてスライディングした。

タカを追うのに夢中になっていた魔獣スタグホーンの目の前で突然空気が割れる音! レーヌのエアロシールドだ!

思わず怯んでスピードを緩めた魔獣スタグホーンのまだ成長し切っていない二本の角は、次の瞬間二本の逞しい腕でガッシリと掴まれていた!


ズズズズサァー!


チンパンジーの握力、腕力、脚力は人間の数倍だ。

既に振り返って待ち構えていたタカは、勢いの落ちた魔獣スタグホーンの突進を見事に真っ向から受け止めていた。砂煙を上げるタカの両足が、1メートルも押し出されていない位置で2匹の動きが数秒間だけピタリと止まる。


「今ですユータさん! ブランディングシュート!」


広場の壁の方へ寄っていたレーヌが、伸ばした人差し指と中指の先から細い光線を放つ。照射された光線はクルクルと標準を合わせ、魔獣スタグホーンの脊髄と肩甲骨が交わる一点に光の✖️印を付けた。


「思い切り貫いてください!」


同じく壁側に寄って時を待ち構えていたカッキーが距離を詰め、その✖️印に恵方巻きをピタリと当てると、間伐入れずに刀身を伸ばす!


「ウオオオオッ!!!!!」


剣技、ではない。雷ビームの0距離射撃!

分厚い皮が破れた先で肉の弾ける音がした。

カッキーは至近距離の断末魔が鼓膜に与えてくる最後のダメージにグッと堪える。


ズズーンッ!!!


直に急所に流し込まれた電撃に耐え切れなかった筋肉という筋肉が焼かれてはち切れ、脳から身体に指令を送るべき頚椎を跡形もなく粉砕された魔獣スタグホーンは、余力で動くだけの時間も与えられないまま大音響をたてて轟沈した。


タカやカッキーの活躍も目覚しかったが、やはりこの勝利の殊勲はレーヌに与えられるべきだろう。


カッキーは戦闘中かいつまんだ作戦の要点だけを聞いていたが、やはりレーヌの知識は実践的で戦術も優れていた。


魔獣スタグホーンの視界の右半分が死角になっているのを計算に入れた上でタカを反時計回りに走らせ、レーヌやカッキーが壁側に寄る動きを気取られないようにしたのだ。タカに意識をもってかれていた魔獣スタグホーンは、まんまとこの策に嵌められたのだった。


「タカもありがとう。危険な役でしたが、よくガンバってくれましたね!」


そう言いながら、足の裏を擦りむいたタカに回復呪文を唱えてあげる優しいレーヌ・・


確かにタカは作戦の要だった。『マリオネットファミリア』は、動物使役の魔法ではあるが、術者が与えた複雑な命令を遂行させることが出来るというだけのことであり、強制力のあるものではないらしい。


「つまり・・タカは自分の意思でその役を引き受けたってことか・・」


「はい、恐れずに快く引き受けてくれました。・・動物たちを好き勝手に利用されたことには少なからず怒っていたみたいです。」


ウッキー ウッキー!!


『やったな、ユータ。それに、レーヌ、タカ。』


上空に陽炎が収束し、モヤモヤとした白鹿の姿に戻った霊獣スタグホーンが労いの声を掛けてくる。


「スタグホーンさん、無事だったんですね。よかった!」


『我々には滅びるという概念はないのだ。生まれてから何千年もの間、なんらかの形でこの世界に存在し続けてきたからな。』


霊獣スタグホーンは、倒れた魔獣体に目をやると意を決したように言った。


『だが、そんな我らだからこそ、支配して悪用しようとする者が現れると大事だ・・これからはしばらくの間お前たちの力として在ろう。ユータよ、そこの魔獣体より鹿肉ソボロを作り私を宿すのだ・・』


それをお前のその・・エホーマキ?にセットすれば、そこに新たな力が備わるであろう。


シュール! いきなりの『鹿肉ソボロ』もパワーワードだが、神聖そうな霊獣さんが恵方巻きとか口にするのも、なんか聞いててすっごいシュール!


「ありがとうございます! 私たちのこれからの旅に力をお貸しくださるのですね! さぁユータ、鹿肉ソボロを作りますよ!」


素直に張り切っているレーヌは可愛いが、いささか状況の受け入れが早過ぎると思うのは気のせいだろうか?


カッキーはレーヌと霊獣スタグホーンに急かされるままに、先ほどライトニング恵方巻きブレードで貫いたあたりの肉を切り出した。


「ソボロ作るなら、ミンチでも十分だよな。この部位が一番美味いらしいし・・」


まぁ、別に食おうというワケではないのだが・・


『では、私は早速それに宿ろう。今後ともよろしくな。』


そう言い残すと霊獣スタグホーンは、血も肉汁も滴る新鮮なひき肉の中へ姿を消した・・霊獣が入ったままこれを煮込むワケ・・?

せめて、調理したものに宿ればいいのに・・


「じゃあ、あとの始末も頼まなきゃならないので、キケルさんに報告に行きましょうか。街の人たちもみんな不安な気持ちでいるでしょうしね!」


ー後日談ー まぁ、そのすぐあとだけど


リヴィンに戻ったカッキーたち一行は、キケル氏を始めとするリヴィンの住人たちに英雄として盛大な歓待を受けることとなった。


総督府付きのシェフの手ほどきにより、美味しい鹿肉ソボロもほどなく完成。

持ち運びがしやすいように圧縮されたスティック型への改良も滞りなく済んだ。霊獣スタグホーンによれば、最高の宿り心地とのことである。


森林のライカンスロープ兵も全て元の動物に戻ったようで、しばらくは行方不明になったままのトラやクマに注意しつつ林業は再開となるらしい。


尚、なぜか魔獣スタグホーンの肉はとても美味であるという噂が流布したため、動物園の広場に放置されていた身体はあっという間に解体されてバーベキューになったという・・


そして、タカは・・


ウッキー ウッキー!


ご満悦な顔でレーヌの荷物を背負い、今後の旅に同行することになった。


「しばらく動物園はあのままだっていうし、どうしても連れてけって言ってるから。。まぁ、キケルさんの許可も出たし、いいんじゃないかしら?」


「ちゃっかりしてんなお前。目的は檻ん中じゃ味わえない冒険か? それともレーヌか?」


ウッキー! ウッキー! ワヒョホ!


「ん、じゃあまぁ、次に行きますか。」


「ええ、まだようやく一体ですもの。ゆっくりしてるヒマなんてないですよね。」


さて、チンパンジーのタカを仲間に加えたレーヌ一行の霊獣退治の旅、次なる目的地は何処となりましょうや。


それはまた次回の講釈で(第2章へ続く)。

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