(五十七)真珠の室
探すべき場所はもう、ここしかない。
「トイズマスター! どこですか、ニザエモンさん!」
リリィーナは叫んだ。
真珠色の室は濃い潮の香りが満ちていた。三方の壁は行き止まりだ。壁に触ると、海水でじっとり濡れている。どこにも隠し扉らしき痕跡は発見できず、人を隠せるような間取りも、家具のような物品も、何一つ見当たらない。
真珠色の床はデコボコで、あちこちに潮の匂いがする水溜まりがある。海水には真珠色の液体が混じり、まだらな七色に光っていた。
中央にある玉座の真後ろに、一際へこんだ床があった。大きな窪みのくせに水は溜まっていない。一番低い部分に小さな穴が開いていて、水はそこに流れ込んでいるらしい。
窪みの右側には、盛り上がっている床もあった。
そのどちらも、大人が五体を投げ出した形に似ていた。
リリィーナは盛り上がっている床に駆け寄った。
リアルに人が寝ているような形だ。
よく見れば、頭はすでに真珠質に覆われて目の部分は塞がれていたが、鼻と口と額の一部は、青ざめた肌色を覗かせている。その頭頂からはボサッとした黒髪が一房、はみ出していた。
ぴちょん。
天井から滴り落ちた水滴が、額で弾けた。液体で濡れた処が真珠色に光る。真珠層が少しづつ重なって作られていく――。
「ニザエモンさん?」
リリィーナか? と、かすかな応えがあった。
「ニザエモンさん! 今、助けます」
リリィーナはその頭の右側に、右膝をついた。
真珠の殻に覆われた顎の部分に、右手でピタリと触れる。
真珠層の厚みは五ミリくらい。だが、硬い被膜となって、トイズマスター・ニザエモン氏の全身を覆っている。しかも、真珠の被膜は皮膚に密着している。力で無理矢理剥がそうとしたら、皮膚も一緒に剥がしてしまうだろう。魔法治療が必要だった。
「くそ、すぐには――。申し訳ないが、回収班を待ってくださ……」
「リング、マスタ、は?」
喉が痛いのを絞り出しているような、しゃがれた声だった。
「首を刎ねました。トイズマスターに変身していましたが、今は銀の剣を刺したまま、封じている状態です」
「違う。封じるべき……ここ、だ」
「なんですって?」
「媒体に、私の、血を、使われた……。人間じゃない、から、人間にも変身できな……。正体は、この真珠の下……急げ、でないと、地下に逃げ……」
本体は、地下にある――。
リリィーナはハッと背後を振り返った。
急いで玉座の前に回る。
玉座に座っていた、首から下だけになった死体は、この短時間で真珠色の塊と化していた。
首の方は、銀の剣で床に縫い留められたまま。真珠色の床の上で、黒髪と青ざめた肌色と、切断面から流れた黒ずんだ血が、生生しい色彩を対照的に浮き上がらせていた。
リリィーナは首に近付いた。局の回収班が来るまでこの状態にしておくつもりだったが、剣の柄に手を伸ばして、掴んだ。
顔面の鼻の軟骨が潰れるように剣が左右に動かされた途端、虚ろだった死者の目が、カッと大きく開かれた。
「ヨセ、サワルナ! ココカラ、デテイケ!」
喚く首ごと、リリィーナは右手だけで銀の剣を床から引き抜いた。
頭部を串刺しにした剣を持って、玉座の裏に戻る。
リリィーナはデコボコの真珠の床ある人型の窪みの、黒い小さな穴の上に、剣の切っ先を当てた。
「ヤメロ! サワルナッ!」
串刺しになったままの首は、ガチガチと歯を鳴らした。その白い歯は、ノコギリの刃のようにギザギザになっていた。
「正解か」
リリィーナは剣の柄を逆手に持ち変え、窪みの穴へ一気に突き立てた。




