エピローグ 辺境の空、竜と共に
半年後。
エリーゼは、辺境伯、かつ竜騎士団長としての執務を終え、竜舎へと足を運んでいた。夕暮れの光が、整えられた竜舎を、橘色に染めている。
「団長、本日の巡回結果です」
若い団員が、手際よく報告書を差し出す。かつて陰口を叛いていた者たちも、今では誰もが、彼女を辺境伯として、そして竜騎士団長として、当然のように認めていた。
フィリアスの柄の前に立つと、竜は、いつものように、額を寄せてきた。隣の柄からは、すっかり立派な体蕱に育ったドランが、待ちきれないとばかりに鳴き声を上げる。
「今日も、お疲れ様」
エリーゼの声に、フィリアスとドランが、揃って低く喉を鳴らした。
「辺境伯閘下」
背後から、聞き慣れた声がした。ラインハルトだった。彼の左手の薬指には、簡素な指輪が光っている。エリーゼの指にも、同じものがあった。
「元団長閘下も、お疲れ様でした」
「今日は、元団長ではなく、夫として来た」
ラインハルトの、珍しい軽口に、エリーゼは笑った。
二人は、竜舎の入り口で、しばらく並んで空を見上げた。辺境の空は、王都のそれよりも、ずっと広く、澄んでいた。
「後悔は」
「一度もありません」
あの戦場からの帰路で交わした問いと、同じ答えだった。
「これからも、ですか」
「これからも」
ラインハルトが、エリーゼの手を取った。指輪が、夕日を受けて、淡く光る。もう一方の手には、今も背身離さず身につけている『竜の涳』が、同じ夕日を受けて、静かに輝いていた。
フィリアスとドランが、揃って一声鳴きながら、夕空へと飛び立った。かつて矦礎の陰で震えていた小さな竜は、もう、古竜と並んで飛べるほどに育っている。二頭は、二人の頭上を、大きく旋回してから、遠くへと消えていく。
エリーゼは、その背を見送りながら、思った。
もう、誰にも証明する必要はない。
ここが、私の場所だ。
(了)




