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妻が『白米の裏切り』を絶対に許さない  作者: そらのことのは


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3/8

第3話 義母は全部知っている

土曜日の午後、春日家のインターホンが鳴った。


「お邪魔します」


玄関に現れたのは、あかねの母・節子だった。

上品な笑顔の奥に、何かを見透かすような鋭い目を持つ女性だ。


「お義母さん、いらっしゃいませ」


「近くまで来たものだから。これ、お土産」


節子が差し出した紙袋には、高級そうな鯛みその瓶が入っていた。


「わあ、ありがとうございます!」


あかねの目がキラリと光る。

まるで宝石でも見つけたかのような表情だった。


◇


ダイニングテーブルには、炊きたての白米と鯛みそが並んだ。


「それじゃあ、いただきましょう」


悠人は箸を取り、何の躊躇もなく鯛みその瓶に突っ込もうとした。


その瞬間。


「待って」


あかねの鋭い一言で、空気が氷点下まで下がった。


悠人の箸が、瓶の口から数ミリのところで止まる。

振り返ると、あかねが能面のような表情で悠人を見つめていた。


「悠人くん」


「あ、あかね?」


「直(・)箸(・)」


あかねは静かに立ち上がり、悠人の手から瓶を取り上げた。


「共有のお供に、個人の箸を入れる。これは、家族の食卓に対する最も深刻な冒涜よ」


「いや、俺まだ何も食べてないし……」


「問題はそこじゃないの」


あかねはキッチンから専用の取り分け匙を持ってきて、美しく鯛みそを小皿に盛った。

そして瓶をアルコールで拭き、冷蔵庫の専用棚へ厳重に格納する。


悠人は、ただその儀式を見守るしかなかった。


◇


食後、あかねがキッチンでお茶を淹れている間、リビングには悠人と節子だけが残された。


「驚いたでしょう?」


節子が苦笑いを浮かべた。


「いえ……俺が悪かったんで」


「あの子、ご飯のことになると異常なの。でもね」


節子の表情が、少し寂しげになった。


「理由があるのよ」


「理由?」


「あかねが小学生の頃、私たち夫婦、とても仲が悪くて。毎晩のように喧嘩をしていたの」


悠人は息を呑んだ。

あかねから、そんな話は一度も聞いたことがなかった。


「食卓はいつも冷え切っていた。お父さんは怒鳴って、私は泣いて。あかねは一人で、冷たいご飯を黙って食べていたの」


節子は遠い目をした。


「ある日、あかねが泣きながら言ったの。『ご飯の時くらい、笑って食べたい』って」


その言葉が、悠人の胸に深く刺さった。


「この子、昔から食卓だけは壊されたくなかったの。だから今も、完璧な食卓を作ることで、家庭の平和を守ろうとしてる」


節子は悠人の目を真っ直ぐに見た。


「面倒な娘でごめんなさいね。でも、あの子が悠人さんに怒るのは、信頼してるからよ。壊れそうな食卓の前では、あの子は怒らなかった。怒るのは、壊れないと信じてる相手にだけ」


◇


「お待たせ」


あかねがお茶を持って戻ってきた。

いつもの穏やかな笑顔だった。


悠人は湯呑みを受け取りながら、あかねの横顔をじっと見つめた。


専用棚。

温度管理。

直箸への怒り。


それらはすべて、彼女なりの「祈り」だったのだ。

絶対に壊れない、温かい場所を作るための。


「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」


「いや……今日の鯛みそ、すごく美味しかったなって」


「でしょう? お母さんが選んでくれたんだもの」


あかねは嬉しそうに笑った。


その笑顔を守るためなら、食卓のルールくらい、いくらでも覚えてやる。


悠人は心の中でそう誓い、温かいお茶を啜った。


節子は二人のやり取りを見ながら、安心したように微笑んでいた。

この若い夫婦の食卓は、きっと大丈夫。そんな確信を込めて。


春日家の小さな戦争は、今日もまた一つ、愛情に変わっていく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「怒るのは、壊れないと信じてる相手にだけ」


義母のこの言葉に、あかねのめんどくささの全てが込められています。

執着の裏にあったのは、ただ温かい食卓への切実な願いでした。


その不器用な愛情に気づいた悠人の成長を、

引き続き見守っていただけると嬉しいです。

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