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妻が『白米の裏切り』を絶対に許さない  作者: そらのことのは


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3/3

第3話 義母は全部知っている

土曜日の午後、春日家のインターホンが鳴った。


「お邪魔します」


玄関に現れたのは、あかねの母・節子だった。

上品な笑顔の奥に、何かを見透かすような鋭い目を持つ女性だ。


「お義母さん、いらっしゃいませ」


「近くまで来たものだから。これ、お土産」


節子が差し出した紙袋には、高級そうな鯛みその瓶が入っていた。


「わあ、ありがとうございます!」


あかねの目がキラリと光る。

まるで宝石でも見つけたかのような表情だった。



ダイニングテーブルには、炊きたての白米と鯛みそが並んだ。


「それじゃあ、いただきましょう」


悠人は箸を取り、何の躊躇もなく鯛みその瓶に突っ込もうとした。


その瞬間。


「待って」


あかねの鋭い一言で、空気が氷点下まで下がった。


悠人の箸が、瓶の口から数ミリのところで止まる。

振り返ると、あかねが能面のような表情で悠人を見つめていた。


「悠人くん」


「あ、あかね?」


()()


あかねは静かに立ち上がり、悠人の手から瓶を取り上げた。


「共有のお供に、個人の箸を入れる。これは、家族の食卓に対する最も深刻な冒涜よ」


「いや、俺まだ何も食べてないし……」


「問題はそこじゃないの」


あかねはキッチンから専用の取り分け匙を持ってきて、美しく鯛みそを小皿に盛った。

そして瓶をアルコールで拭き、冷蔵庫の専用棚へ厳重に格納する。


悠人は、ただその儀式を見守るしかなかった。



食後、あかねがキッチンでお茶を淹れている間、リビングには悠人と節子だけが残された。


「驚いたでしょう?」


節子が苦笑いを浮かべた。


「いえ……俺が悪かったんで」


「あの子、ご飯のことになると異常なの。でもね」


節子の表情が、少し寂しげになった。


「理由があるのよ」


「理由?」


「あかねが小学生の頃、私たち夫婦、とても仲が悪くて。毎晩のように喧嘩をしていたの」


悠人は息を呑んだ。

あかねから、そんな話は一度も聞いたことがなかった。


「食卓はいつも冷え切っていた。お父さんは怒鳴って、私は泣いて。あかねは一人で、冷たいご飯を黙って食べていたの」


節子は遠い目をした。


「ある日、あかねが泣きながら言ったの。『ご飯の時くらい、笑って食べたい』って」


その言葉が、悠人の胸に深く刺さった。


「この子、昔から食卓だけは壊されたくなかったの。だから今も、完璧な食卓を作ることで、家庭の平和を守ろうとしてる」


節子は悠人の目を真っ直ぐに見た。


「面倒な娘でごめんなさいね。でも、あの子が悠人さんに怒るのは、信頼してるからよ。壊れそうな食卓の前では、あの子は怒らなかった。怒るのは、壊れないと信じてる相手にだけ」



「お待たせ」


あかねがお茶を持って戻ってきた。

いつもの穏やかな笑顔だった。


悠人は湯呑みを受け取りながら、あかねの横顔をじっと見つめた。


専用棚。

温度管理。

直箸への怒り。


それらはすべて、彼女なりの「祈り」だったのだ。

絶対に壊れない、温かい場所を作るための。


「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」


「いや……今日の鯛みそ、すごく美味しかったなって」


「でしょう? お母さんが選んでくれたんだもの」


あかねは嬉しそうに笑った。


その笑顔を守るためなら、食卓のルールくらい、いくらでも覚えてやる。


悠人は心の中でそう誓い、温かいお茶を啜った。


節子は二人のやり取りを見ながら、安心したように微笑んでいた。

この若い夫婦の食卓は、きっと大丈夫。そんな確信を込めて。


春日家の小さな戦争は、今日もまた一つ、愛情に変わっていく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「怒るのは、壊れないと信じてる相手にだけ」


義母のこの言葉に、あかねのめんどくささの全てが込められています。

執着の裏にあったのは、ただ温かい食卓への切実な願いでした。


その不器用な愛情に気づいた悠人の成長を、

引き続き見守っていただけると嬉しいです。

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