音の壁を貫くレイピア
ここは王の間、玉座に座るシキリア王は、ばつが悪そうに項垂れる。
「そうか…ゼーレのことを知ったのか……」
「はい、帝国の新聞に書かれていました」
シキリア王は軽く目を瞑って、私に視線を合わせる。
「まずは、黙っていてすまない。
これは伝えるわけにはいかないと、私が判断したことだ」
王は、事の経緯を話し始める。
アリーナとミュラーから「近くの村に巣食う魔族を討伐した、転移者がいる」と報告されると共に、「堰代さんはギメルの存在を知ったら、単独でも倒しに行く」と聞かされたようだ。
「恩人に、そんなことさせるわけにはいかない」と、周りの人間に伝え、新聞会社にもゼーレのことは取り扱わないよう命令した。
だが他国新聞の取り寄せ禁止までは、行わなかったようだ…当然だ、そんなことをやったら国民から非難されるだろう。
連邦にいた頃から、神様達は戦争している魔族のことを、あまり話してくれなかった。
初めてミュラーと会ったときに聞いても、はぐらかされた。
点と点が線で繋がった、全員、私のことを心配して黙っていたんだ。
心にソゲが刺さったような感覚になったが、それでも考えは変わらない。
「行くんだな」
王の問いかけに、ゆっくりと頷いた。
魔族の被害を見る前なら、まだ歯止めが効いたかもしれない。
だが魔族を間近で見た今…病をばら撒く魔族が、国を蹂躙しているなどと知ったら─深呼吸をした、額に血管が浮かんでいたようだ。
脳裏をよぎるは、死ぬ直前の記憶。
あらゆる未来を奪い去り、尊厳や肉体を蝕む絶望の塊。
それが広がり続けている…生物の意思によって。
見て見ぬ振りしようにも、頭に浮かんでくる、食事をしていても、寝ていても「この時間も、誰か殺されているのか?」と。
居場所がわからないなら、まだ割り切れたかもしれないが、所在地まで把握できてしまっている。
「デメテラとしては、恩人が危険な目に遭ってほしくない。
だけど、それを決めるのはワシらではない。
いくつか渡したい物がある、少し待っていてくれ」
王は側近に合図をすると、側近はカートを持ってきた、その上には服と剣がある。
「デメテラで手に入る、最高級の装備だ。
鋼鉄ウールの服に、名工が打った剣…持っていってくれ」
「よいのですか?」
「あぁ、恩人を手ぶらで行かせたくはない。
それに元から渡すつもりだった」
側近に着替え部屋へと案内してもらった。
着けた服は寸法もピッタリで、伸縮性があるのに、繊維の一本一本が硬く靭やかだった。
剣を手に取ると、不思議なほど馴染む…まるで数年は使っているかのようだ。
「両方、私に合わせて作ってくれたんだろうな」
王の間に戻ると、王から刻印の入った封筒を渡された。
「これも持っていってくれ、おぬしの身分を証明するものだ」
なんでここまで…と思うのは失礼か。
封筒を受け取り、礼をして王の間を出た。
ゼーレに近い、南東門へと向かう。
「ゼーレに行かれるのですね」
門の前に、アリーナが立っていた。
「私は同行できませんが、せめて見送らせてください」
アリーナはデメテラを守る者、万が一のことがあれば、守るべきデメテラ自体が危なくなる。
ビエストロの件もある、突撃できるのは、私がデメテラの所属ではないからだ。
きっとアリーナも、色んな思いがあったはず。
それを飲み込んで、デメテラを守ることを決めた…尊ぶべき選択だ。
アリーナは、山岳地帯を指さす。
「ゼーレへは、このまま真っ直ぐです。
貴女なら直線で走って行けば、すぐに着くでしょう」
「え?」
気の抜けた声が出た、走って行く?
たしかに速く着くだろうが、視線を変えず全力で走ったら、通った道はグチャグチャになる。
「地形なら、私達の植物魔法で直せます。
人の往来がなくなった影響で、魔物の数が非常に多い。
加えて山岳と森に囲まれているため、普通に行けば1週間以上はかかります。
そんなに待っていられないでしょう?」
腕を組んで、考える。
1週間…その間に何人が死ぬのだろう?下手したら、その間に国が滅ぼされるかも…?
「ありがとうございます、では…最短距離で行かせていただきます」
「気にしないでください、どうぞご無事で」
手で十字を切るアリーナを見届け、門を出た。
頭の中に、ニーズホッグの声が響く。
「………行くか?」
「はい、ご厚意を無下にして申し訳ありません」
「いや、かまわない。
どうせ長年隠し続けるなど、無理だとは思っていた。
むしろ、長く持った方だ」
私が転移してきて2ヶ月…たしかに、長く持った方だろう。
連邦にいたときから「ゼーレを魔族が襲っている」ぐらいは聞いていたが、病をばら撒いていることは知らなかった。
田舎で情報伝達が乏しかったとしても、奇跡的な確率だ。
「命令だ、ゼーレを救え」
ニーズホッグは私に命令する。
制止を聞かないと理解して、私が後腐れなく行動できるように…なら、それに全力で応える。
「了解」
地面を蹴り、駆け出した。
地面を蹴るたびに、何かが割れ崩れる音が聞こえる。
クレーターだらけになっているのだろうが、視線は正面から逸らさない。
木々が身体に当たって吹き飛ぶ、岩は砕け散る。
無我夢中で走り続け、山岳を駆け上がった。
見下ろすと、そこには無数の建物があった。
緑に囲まれ、高低差のある場所に、様々な建物が並ぶ光景は、なんとも幻想的だった。
例えるならアルプスと言ったところ、少し見惚れてしまった。
そのまま滑り降りると、騎士が集まっていた。
先頭にいるワッペンを付けた女性が、話しかけてきた。
「貴女は…いったい」
破壊しながら走って来たのだ、轟音を聞きつけて集まったんだろう。
懐から刻印付きの封筒を出し、騎士に見せる。
「デメテラから来た転移者です、ギメルは何処にいますか?」
ざわっと、騎士達が一斉に声を上げる。
その女性が封筒を取り、中の手紙を確認した。
「本物です…シキリア王の署名っ」
静寂の後、歓声が上がる。
ある者は拝み、ある者は目頭を押さえる。
まだ来ただけで、この反応…それだけ諦めていたんだろう。
重い空から、一筋の光が差したような感覚なのかもしれない。
女性は騎士達を制止し、私の目を見る。
「私は騎士団長のレブレライムと申します。
本来は王を通さなくてはならないのですが、王は寝たきりのため、私が案内します」
レブレライムの後ろを歩く、目的地に着くまで、何人もの遺体を見た。
子供の遺体もあった、その遺体は痩せこけて、しばらくマトモな物を食べていないとわかる。
ここにいるだけでゲロが出そうだったが、レブレライムを見てそんな気持ちはなくなった。
彼女の手から血が出ている、強く拳を握っているせいだ。
どんな思いが頭を巡っているのか、想像に難くない。
「ここにギメルがいます」
その場所は城であった。
ギメルはゼーレを侵略してから、ずっと城で暮らしているそうだ。
どんな意図があって、そんなことを…?
「これを持っていってください」
レブレライムは、ポーションの入ったポシェットを外して、私に着けた。
「私がいても邪魔になります、ここで待つことしかできません。
これだけは…させてください」
レブレライムの手が震えている、その手をとって、彼女に伝える。
「ありがとうございます、ここで待機していてください」
下手な慰めは余計惨めになるだけ、私がかける言葉は感謝のみ。
「ギメルは沸点が低い、許可なく城に入った時点で殺しに来るかもしれません。
お気をつけください」
レブレライムの忠告を聞いたあと、城に入った、その瞬間に背筋が冷えた。
王の間に入ると、玉座に白い肌の女が座っていた。
「はぁ、どこのどい…ん?あら?」
赤い瞳が私を見下ろす、見ているだけで周囲を威圧する、人外の美貌。
ミュラーの彫刻のような容姿とは、明らかに毛色が違う。
「貴女がギメル?」
「そうよ」
頷くと、ギメルは振り袖で口を隠して笑った。
キレやすいと聞いたけど、思いのほか機嫌がいい。
「随分と機嫌がいいわね」
「そりゃそうよ、退屈してたところに…こんな玩具が来たんですもの。
剥製にして飾ってやろうかしら?」
身の毛もよだつ台詞だが、一つ確信した。
私の容姿は、魔族の慢心を誘える可能性がある。
エルクラークも不用心に姿を晒した、そしてギメルも戦闘態勢に移らず、会話を行っている。
嬉しくはないが、好都合だ。
「なんで人を殺すの?」
「ん?」
ギメルは、首をかしげる。
「一つの国を襲って、何ヶ月も苦しめて…なんでこんなことをするの?
人間は…貴女になにかしてしまったの?」
エルクラークは村を支配して、自身の安全を維持していた。
だがギメルは、明らかに人を苦しめることが主目的であり、国にまで手を伸ばした。
人間を恨んでいるのかもしれない、復讐のような強い感情があったのでは…?
心の何処かで、理由があってほしいと考えてしまう。
そんな思いと裏腹に、ギメルの反応は─
「なにか…?どういう意味?」
困り眉になっていた。
なんということだ…質問の意図すら、理解されていない。
人間を苦しめる=恨みがある…という発想すら、持っていなかった。
「質問を変えるわ、なんで城に住んでるの?」
ギメルは手をポンと叩いて、微笑んだ。
「ここにいると、人間達がバカみたいに突っ込んでくるからよ。
なぜか知らないけど、彼らからしたら城が大事みたい!」
………剣を抜いた。
笑みを崩さないまま、ギメルもレイピアを抜いた。
ギメルは踏み込みの姿勢をとる。
病の魔法を本格的に使われる前に仕留めたい、まずこれを避け─思考は中断された。
赤い瞳が目と鼻の先にある。
瞬きなどしていない、玉座まで10m以上はあった。
思考より先に身体が動いた、首を横に倒し、レイピアは首の薄皮を掠める。
一瞬遅れて、音の壁を破壊する轟音が響き渡り、城の硝子が割れる。
肉体強化の魔法?いや、そんなはずは…まさか、これが素だとでも言うのか?
…だが、反応はできた。
同じ速度は出せないが、直線での突きであれば防御程度ならできる。
にも関わらず、ギメルは微笑みを崩さない。
「初見で対応とは…思ったよりやるわね」
不協和音が聴こえる、黒板を引っ掻くような、人が不快に感じる音のみで構成された交響曲。
《猛毒の旋律》
視界が歪む、筋肉から力が抜ける。
全身に力を入れて、倒れまいと耐える。
これが疾病の魔法か、嫌な感覚だ、病室を思い出す。
「苦しいでしょう?這いつくばってヒールを舐めるなら、苦しませずに殺してあげる」
「それは私の台詞よ、二度と人を襲わないのなら殺さない」
ギメルは少し乱れた髪をかきあげながら、ため息をついた。
「疾病魔法は、人をいたぶるためにあるのよ。
人類を這いつくばらせ泥を舐めさせる、それがこの魔法の存在意義。
私を否定するつもり?」
言うだけ言って満足したのか、ギメルは再度レイピアを構える。
その剣先は心臓へと向いている。
「何回まで、避けれるかしら?」
冷や汗が背中を伝う、全神経をギメルに注ぐ。
数mm程度のわずかな動き・目線・息遣い…それらから、次の行動を予測する。
刀身でレイピアを滑らせ受け流したが、レイピアは頬を抉った。
─防ぎきれない、わかっていても身体が重く、追いつかない。
レイピアが放たれるたびに、肉体をこそげ取られる。
反撃の隙はない、防御姿勢を取っている間に、新たな攻撃がやってくる。
ジリ貧だと理解しても、攻撃に転じれない。
左胸・右肩・右腕の関節・喉・左足…狙う場所に一貫性はなく、縦横無尽に放たれ、私の血はカーペットの模様となる。
来た、また来る。
次の攻撃をいなさんと、剣を振るが、手が悴み一瞬だけ遅れた。
この戦闘における一瞬は、全てを意味する。
腹部に冷えたレイピアの感覚が伝わり、血によってジンワリと熱を持ち始めた。
ギメルを蹴って、無理やりレイピアを抜いたが、傷口から血が止まらない。
「勝負ありって、ところかしら?」
ほくそ笑むギメルをよそに、ポーションを傷に叩きつける。
傷にポーションが沁みて、少しだけ傷が塞がった。
「バカを言わないで、ここからが本番でしょう?」
五感はギメルの動きを捉え続けた、その圧倒的な速度を。
死地により開花した五感は、肉体を更に上の段階へと押し上げる。
剣を握り、踏み込みの姿勢を取った。
体技魔法は、肉体強化の魔法、できないわけがない。
全身で音の壁を叩き壊した、剣先はギメルの首を─
「落とせるとでも、思ったのかしら?」
右の二の腕に痛みが走る、剣は避けられ、レイピアが二の腕に刺さっていた。
ギメルは高笑いを上げながら、私を嘲笑する。
「私は300年は生きた魔族、ただの付け焼き刃なんが゛ッ゛」
二の腕を突き刺されたまま、強引に顔面を殴る。
腕の筋肉が裂ける感覚がしたが、そんなものどうでもいい。
「ヴアぁ゛!!!゛」
肺から声を上げ、全身の筋肉が燃え滾る。
リミッターが外れる音がした、その全てのエネルギーを拳に乗せた。
拳はギメルの顔にめり込み、ギメルを天井へと打ち上げた。
城が揺れ、天井が破壊されてもなお、ギメルは止まらなかった。
その次の天井、その更に次の天井を破壊し、そのたびに城が地響きのように揺れる。
屋上に投げ出されたギメルを追う、剣を持ち、崩れ落ちる瓦礫を蹴って近付いた。
「ッ!?」
ギメルはレイピアを構えようとしたが、それよりも前に剣を振り下ろし─左腕を切断した。
「い、あぁァ゛ッ!!!」
笑みは消え失せ、苦悶に顔を歪ませ絶叫している。
「なんで…なんでそんなに痛がれるのに、人に同じことができるの!?」
頭に血が上る、だがもう会話をするつもりはない。
まだだ、まだ死んでいない。
首を両断せんと、剣を振り上げる。
剣が首に入った、その瞬間…私は剣を手放した。
全身から力が抜け、膝から崩れ落ちた。
口から…目と鼻からも、血がドボドボと溢れ漏れる。
胃が燃えるように熱い。
「ようやく…ようやく廻ってきたか゛!?猛毒がッ」
ギメルの叫び声が聞こえるが、水の中にいるようで、上手く耳に入ってこない。
ギメルが近付いてきたが、目が見えなくて白いモヤにしか見えない。
心臓に何かが刺さった、おそらくレイピアだろう。
なけなしの力で、手を伸ばした。
「なにかしら?命乞い?もう遅」
「まっでだわ、ちがづくのを」
「は?」
ギメルの肩をガッシリと掴み、駆け出した。
「なんでっ心臓を貫かれて、なんで動けるッ!?」
さぁ?なんでだろう。
この状態でギメルに致命傷を与えるのは、もう不可能だ。
なので、ゼーレの地形を借りる。
地面がなくなり、足が空回りする、なんとか城から飛び降りれたようだ。
地上まで、おそらく50mほどだろう。
私は自由落下で、ダメージを受けない…しかしそれは、万全の状態だから。
この満身創痍の状態で、50mの落下は死ぬかもしれないな、だがそれはギメルも同じ。
これはダメ押しだ。
残った力の全てを片腕に込め、ギメルを地面に叩きつける。
「がァ゛!!?」
地面が揺れる、視界が縦横無尽に動き回る。
全身に走る衝撃により、私は意識を手放した。
────────
痛い…痛いっ…イタいっ゛
身体中の骨が軋む、歩く振動だけで激痛が走る。
視界がボヤける、重心の位置がわからない…どうやって私は歩いていた?
「ゆるざない…あの女ァ゛」
私をボロクソにした女は、血を流しながら気絶している。
疾病魔法を構築できないッ、脳へのダメージがデカすぎる。
直接トドメを刺してくれる、その顔を傷つけることは避けていたが、今はどうでもいい。
「グチャグチャにしてやる…原形なんて残さない、肉のクズにしてやるッ゛」
レイピアを持ち、足をズルズルと引きずり、女の元へ向かう。
こいつを殺したら、次はこの国だ…いや、人類全てだ。
もう遊びはない、人間や魔物…それだけじゃない、渡り鳥やネズミにまで疾病をばら撒いてやる。
感染力を極限まで上げた、遅効性の病を与え続ければ、人類など手も足も出ない。
「遊びはここまでよ、人類は私の厚意によって生かされていた…それを実感し、生まれたことを後悔しながら狂い死ぬといいわァ゛」
カタン…背後から足音が聞こえた。
どこのどいつだ、私の邪魔をするのは?決めた、コイツも殺そう。
まだ顔すら見ていないが、既にコイツのことは嫌いだ。
振り向き、顔を見たが、視界がボヤけすぎて視認できない。
騎士の制服を着て、剣を抜いているのはわかる。
ようやく顔に焦点が合った、長い金髪に整った顔…なんだお前か。
あれだけプライドをへし折ってあげたのに、なにを無駄な抵抗してるのかしら?
大人しく家族の死体にバカみたいに祈って、野垂れ死んどけば幸せだったのに。
「なんの用かしらァ?レブレライム」
「お前を殺しに」
・ゼーレ国家 50km²
山岳にある国で、森と山岳によって魔物が入って来づらい。
本来は馬車用の出入り道があるのだが、堰代はガン無視してきた。
・レブレライム
APP17/身長181/体重72/AGE30
武器:騎士の剣
防具:鋼鉄ウールの騎士制服
性別:女性
金髪ロングの美女であり、ゼーレの騎士団長。
ギメルに挑んだが、嫌がらせにより生かされている。
自分を責めているが、彼女を責める国民はいない。
《猛毒の旋律》
その生物が不快に感じる音と共に、猛毒をかける。
耐性などがある場合、効くまで時間はかかるが、猛毒は常に"その生物に効く性質"へと変化し続けるため、いつかは効く。




