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Feather 5 ଓ 〝羽〟 〜wing〜


    ଓ


 ――「その時(・・・)」は突然、訪れた。


 それ(・・)までは何の前触れもなく、ただ平穏な日々が続いていた。

 「嵐の前の静けさ」……だったのかもしれない。

 けれど、「(きざ)し」は確実に見え隠れしていて……――。


 ――そして、ついに、「運命」が動き始めたのである。


    ଓ


「…………?」

 とある朝、不意に覚えた「違和感」にエリンシェは目を覚ます。

 けれど、「違和感(それ)」の正体が分からず、首をひねる。……なんだろう、身体が少し……? それに、なぜか、「何となく」ではあるが、嫌な予感がする。

「おはよう、エリン! 今日はいよいよ、実践だね」

 そんなエリンシェをよそに、ミリアは身支度をしている。

 ――その日は「飛行学」の実践授業の予定だった。この日を迎えるまでは「飛行」に関する知識や理論を座学で学んで来たが、その学んで得た教養(もの)()かすべく、男女別に分かれて、実践に(のぞ)むのだ。

「わっ、すごく天気、悪い! 中止にならないのかな?」

 ふと、ミリアが窓に駆け寄り、そんなことをつぶやく。

 「違和感」がいまだ(ぬぐ)えないまま、エリンシェは窓の外に目をやる。

 空はどんよりとした黒雲に(おお)われている。今にも「()」が巻き起こりそうだった。

 ……なぜだろう。見ているだけで、不安になる空模様だ。――できれば「外」には出たくない。

 「違和感」と同様、漠然(ばくぜん)とした「恐怖」が(おそ)い掛かり、エリンシェは思わず身を縮こませる。

「エリン? そろそろ用意しないと遅刻するよー?」

 様子がおかしいのを理解しているのか、心配そうな表情を浮かべながらも、ミリアがそう(うなが)す。

 躊躇(ためら)いながらも、エリンシェは言われるがまま、身支度を始めるのだった。


    ଓ


 支度を済ませたエリンシェはミリアと合流したレイティルとともに、野外施設へと向かった。

 そこでは「飛行学」の賢者が、「飛行」することに特化した道具を準備して、生徒達を待ち構えていた。

 まずは道具を使って「飛行」に慣れていき、ゆくゆくは、乗ることができる長さを持つ自分自身の杖を使って、空を自由に「飛行」できるようになるのが「飛行学」の目標だった。

 いざ実践ともなれば、心をおどらせずにはいられなかったエリンシェだったが、相変わらず雨が降り、雷も鳴り出しそうな空模様を目にすると、不安を(いだ)かずにはいられなかった。

「では、今日からいよいよ実践に入ります。 まずは練習をかねて、低く飛んでみてください。 上手く飛べないと思ったり、万一危険を感じたりした時はすぐに降りてくること。 この飛行道具は初心者向けなので、『降りたい』と強く思えば、勝手に降りてくれるようになってますからね」

 ――そんな中、いよいよ「飛行学」の実践授業が始まった。

 賢者に指示され、エリンシェは気を取り直して、授業に集中することを決心し、おそるおそるではあるが飛行道具にまたがった。

 それだけでは何も起こらず、飛べそうにもなかったため、少しでも宙に浮かんでみようと、試しに地面を()った。すると、ほんの一瞬ではあったが、空を飛んだ……ような気がした。

 両隣に視線を向けると、ミリアとレイティルも悪戦苦闘していた。目が合うと「難しいね」と苦笑してみせた二人は、「飛行」できるよう、挑戦を続けていた。

 エリンシェももう一度、今度は飛びたいと強く願いながら、地面を思い切り蹴った。

 ――ふわり。先ほどよりは宙に浮かんだ気がした。

 ふと、風が吹き始めた。

 その心地良さに、エリンシェは先ほどの不安も忘れ、風に乗って飛んでみたいと思わずにはいられなかった。そんな願いを道具に(たく)すかのように意識を集中させ、再び地面を強く蹴る。

 すると、今度はかなり低い位置ではあったが宙に浮くことができた上に、道具に乗ったまま少しだけ進むことができた。そのまま落ちることもなく、浮かび続けていたので、エリンシェは意識をさらに集中させ、もう少し「飛行」できるように試行錯誤(しこうさくご)した。

 色々と試しているうちに、風は追い風へと変わった。

 強く意識すると上手く追い風に乗ることができ、ただ宙に浮かぶだけでなく、「飛行する(飛ぶ)」ことができるようになった。

 まるで、風が優しく包み込んでくれているようで、エリンシェはすっかり「飛行する(飛ぶ)」ことを楽しんでいた。

 が……――。


 ――突然、激しい雷鳴が響き渡り、(まぶ)しいほどの稲光が走った。


 その瞬間、あちこちから叫び声が上がり、空を「飛行」していた女生徒達が逃げるようにして、すぐさま地上へと向かって行く。

 慌てて、エリンシェも「飛行学」の賢者から言われた通りにして、地上に降りた。そして、避難しようとするが、なぜか(・・・)身体が硬直(こうちょく)して動けなかった。

 ……足が勝手にすくむ。力も抜け、その場に崩れ落ちながら、エリンシェは息を()んだ。

 何か(ナニカ)……【気配(・・)】を感じる。――見られている(・・・・・・)

 そんな「直感」を覚え、エリンシェは恐怖に呑まれてしまう。やっぱり目が覚めた時の「違和感」は間違いじゃなかったんだ、早く逃げなきゃ――そう思っていても、身体は全く言うことを聞かず、動かない。


 ――頭上では、再び雷鳴が(とどろ)いた。


 その瞬間、エリンシェは固唾(かたず)を呑む。

 ……落ちてくる。――【(ソレ)】がまっすぐ(こっち)に向かってくる!

 なぜかエリンシェにはそう確信して(・・・・)、いまだ動かない身体にどうすることもできず、ただ強く目を閉じた。


 ――そして、【(ソレ)】が〝彼女〟に襲い掛かろうとした。

 けれど、直撃するより早く、〝彼女〟の中で〝何か〟が弾け飛んだ。


「う……、あ……っ!!」

 その瞬間、エリンシェは〝衝撃〟を覚え、思わず声を上げる。

 ……〝力〟だ。――(すさ)まじいほどの〝力〟が身体中にあふれ出てくる……!

 制御できないその〝力〟はエリンシェの中からもあふれ、【(ソレ)】をも打ち消した。

 そして、大き過ぎる〝力〟の反動に、まばゆい〝光〟が辺り一面を包み込んだが、すぐに(はじ)けるように消えてしまった。

 けれど、〝力〟はまだエリンシェの中に残っており、むしろ増幅したまま、暴走し始める。

 肩で息をしながら、エリンシェは後ろへと()()った。

 「ドクン」と〝力〟が大きく波打った気がした。

「……っ!!」

 声にならない叫び声を上げ、天を(あお)ぎ、目を見開いた。

 ……止まらない。〝力〟が……どんどん強くなっていく。


 ――その「瞬間」、エリンシェの背中から、純白の〝羽〟が広がった。


「……っ!?」

 自分自身のことなのに、どうすることもできず、突然起きた「変化」にエリンシェは息を呑んだ。

 けれど、「変化」が起きてもいまだ〝力〟は収まりそうにない。

 どうすることもできず、苦しささえ覚えながら、エリンシェは意識が遠のいていくのを感じた。

 ……いつの間にか、宙に浮かんでいる。けれど、自分ではどうすることもできなかった。

 どんどん大きくなっていく〝力〟に呑まれ、エリンシェはついに意識を手放したのだった。


    ଓ


「エリン! ――エリンシェ!」

 誰もが逃げ(まど)う中、ミリアだけはその場に(とど)まり、エリンシェの名前を呼んでいた。

 何度も彼女の名前を呼んでいたが、その「声」は届きそうになかった。

 誰か……助けを呼ばなければ! 反応がないことに焦燥感(あせり)を覚え、ミリアは一度エリンシェの名前を呼ぶのを()め、ふと思いつき、いつの間にかはぐれてしまったレイティルを探す。

「レイ……レイ!!」「――ミリア!!」

 一か八か名前を呼ぶと、どこからか姿を現し、レイティルはすぐさまミリアの元へ駆け寄ってきた。

「ミリア、あたし、どうすればいい?」

 顔を見るなり、レイティルがそう尋ね、すぐに行動を起こせるよう、ミリアの指示を待つ。

 (はや)る気持ちを抑えるように一つ深呼吸をして、ミリアは頭に浮かんだ人物を口にした。

「レイはコンディー先生のところへ行ってきて! あたしは……〝()〟を呼んでくる!」

 ミリアの頭に、真っ先に浮かんだのが〝彼〟だった。〝彼〟なら、きっとエリンシェを助けられる――そんな確信があった。

 そして、次に、ガイセルのことを思い浮かべたのだ。〝彼〟ほど、確信めいたものはなかったが、この状況を解決する「糸口」に繋がっていると、ミリアはそう強く感じたのだった。

「分かった、すぐに呼んでくる!」

 すぐにうなずいて、駆け出したレイティルにガイセルを任せ、ミリアは〝彼〟の元へと急いだ。

 走り出しながら、ミリアは後ろを振り返る。

「エリンシェ、待ってて」


    ଓ


 いつも以上に、不安に(さいな)まれていた。


 朝、目が覚めた瞬間から、ジェイトは嫌な予感がしていた。

 その日の空は(くも)り空。……(いや)が応でも、あの日、「予知学」の授業で()た「もの」を思い出す。

 午前中に行われている、女生徒達の「飛行学」実践授業が終わるのを、ジェイトは落ち着かないまま、(りょう)室でカルドとともに待機していた。

 しばらくは窓の外をどうか気のせいであってほしいと願いを込め、(なが)めていた。けれど、好転するどころか、さらに雲行きが怪しくなり、あの日視た光景にどんどん近付いていくばかりだった。

 不安も大きくなるため、そのうち諦めて、ジェイトは窓から離れ、何とか気持ちを落ち着けようと試みていた。

 そんな時だった。


 ――稲光が、強く走った。


 その光景を見た瞬間、ジェイトの頭に水晶玉で視た「未来(もの)」が鮮明に(よみがえ)った。

「……ジェイト? どうした?」

 いつもと違う様子が気になっていたのか、心配そうな表情(かお)を浮かべているカルドに、そんな声を掛けられる。

 けれど、あの「未来(・・)」がいよいよ実現してしまいそうなのを()の当たりにすると、ジェイトはやはり口に出して答えることができず、ただうつむくしかなかった。

 ――と、そんな時だった。

 勢いよく、寮室の扉が開け放たれ、慌ただしく転がり込むように、ミリアが中へと入ってきた。

 そして、ジェイトの顔を見るなり開口一番、ミリアが懇願(こんがん)する。

「お願い、助けて!」

 ミリアのその言葉を聞いた瞬間、身体が先に動いていた。事情()も聞いていないのに、迷いなく、野外施設――〝彼女〟の元へとひたすら走り出したのだった。


 落雷から避難していた人混みをかき分け、ジェイトは野外施設に到着した。

 不安に駆られながら、ただひたすら走っていたため、前を見ることしかできなかった。入口に差し掛かるとようやく、ジェイトは覚悟を決め、空を見上げた。


 ――そこには、あの日視た通り、背中から〝羽〟を生やした〝彼女〟が、苦しそうな表情を浮かべながら、宙に浮かんでいた。


 思わず恐れおののいてしまったジェイトだったが、何とか気を(ふる)い立たせ、できるだけ〝彼女〟の近くへと向かう。

 すると、その近くには先客――ガイセルがいて、何度も愛称(なまえ)を叫び、〝彼女〟に呼び掛けていた。

 ガイセルと目が合うと、なぜか悔しい気持ちがこみ上げてきたが、振り払うように首を横に振って、ジェイトは「先生」と声を掛けた。

「……詳しい話は後だ。 〝彼女〟は今、覚醒した(めざめた)ばかりの〝力〟を抑えられないでいるんだ。 僕達ができるのは〝彼女〟が〝力〟に()み込まれてしまわないよう、ひたすら呼び掛け続けることだけなんだ。 エリン――エリンシェ!!」

 簡単にそれだけ説明すると、ガイセルは愛称だけでなく、当然のように名前も口にして、〝彼女〟に呼び掛け続けた。

 またしても悔しいと感じたジェイトだったが、今はそれどころではないとその気持ちを打ち消し、空を見上げる。

 苦しそうな表情を浮かべる〝彼女〟を目の当たりにして、ジェイトは自責の念に()られる。……本当に、あの日視た「もの」が実現してしまうなんて。誰にも話すことができず、今日(こんにち)を迎えてしまった自分を責めながら、せめて一刻も早く〝彼女〟を助け出すことに専念する。

「エ……エリン!!」「エリンシェ!!」

 ジェイトが呼び掛けると、その後にガイセルも続いた。しばらく交互に〝彼女〟に声を続けながら、様子をうかがう。

 けれど、いくら呼んでも反応は何もなかった。それどころか、〝彼女〟は先ほどよりも苦悶(くもん)の表情を浮かべ、頭を抱え始めた。

「……んだろう」

 ふと、ガイセルが慌てた様子で何かをつぶやいた。

「――いるんだろう、アリィ(・・・)。 なぁ、いるんだろう!? お願いだ、手を貸してくれ!!」

 かと思うと、ガイセルは〝誰か(・・)〟にそう(うった)え掛けていた。そして続けざまに、ジェイトの方に振り返り、勢いよく肩を(つか)むと懇願するように言った。

「ユーティス君、頼む! 私じゃだめなんだよ! お願いだから、きちんと(・・・・)〝彼女〟を呼んでくれないか!」

 一瞬何を言われたのか分からず、遅れてガイセルの意図を理解し、ジェイトは固まってしまう。

 つまりガイセルは、愛称ではなく、〝彼女〟の「名前(・・)」を呼んでくれと頼んでいるのだ。

 先ほどは愛称で〝彼女〟に呼び掛けたものの、まだ本人の前では愛称(その名)すら口にしたこともなかった。そう考えてしまうと、思わず躊躇(ためら)ってしまう。

「たぶん彼女(・・)単独(ひとり)ではできないんだ! きっと、誰かの――〝()〟の力が必要なんだ!」

 必死に頼み込むガイセルの目がジェイトをじっと(とら)えて離さなかった。

 ……正直、まだ迷いがあった。けれど、同時に、あの日視た「もの」を誰にも話さなかったことにより、「未来」が現実になってしまったという後悔もあった。

 それに、ガイセルが一体「()」を頼りにしているかは分からない。でも、少し勇気を振り(しぼ)るだけで、その「誰か(・・)」が手助けして、〝彼女〟を助け出してくれるというなら……――。

 ――ジェイトは決心した。今度は後悔しないためにも、思い切り〝彼女〟の「名前」を呼んだ。

「エリンシェ――――!!」


 ――――リィン。


 その瞬間、どこからともなく、鈴の()が辺りに響き渡ったのだった。


    ଓ


 気が付くといつの間にか、エリンシェは暗闇の中を彷徨(さまよ)っていた。

 ……確か、「此処(ここ)」に来る前に、意識を手放したはずなのに。「此処」はどこ(・・)なのだろう。そんなことを呆然(ぼうぜん)と考えていると、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、エリンシェはそちらに意識を向ける。

 けれど、辺りには「全て(・・)」を呑み込んでしまいそうな果てしない【闇】が広がっていた。

 思わず、エリンシェは身をすくめる。その瞬間(とき)ふと、背中に〝羽〟が()ることに気が付いた。――それも、とてつもなく大きな〝羽〟が。

 自分の背中に在るのに動かせそうにない〝羽〟を気に掛けながら、エリンシェは「其処(そこ)」に来るまでのことを思い出した。……そうだ、〝力〟に呑まれたせいで「此処」に来てしまったんだ。

 おそらく「此処」は精神世界――「狭間」のような「場所(ところ)」なのだろう。そして、あの【闇】に呑まれてしまえば、きっと戻れなく(・・・・)なってしまうだろう。

 ――「此処」に、長くいては、いけない。そう直感したが、どうすれば「此処」から出られるのか見当もつかず、途方に暮れる。辺りには何も見つかりそうもない。「此処」にあるのは……――。

 ふと、エリンシェは再び背中に向ける。

 ――そう、あるのは背中に生えた〝羽〟――大きな〝力〟だけ。けれど、自分ではその〝力〟を動かせ(使え)そうにない。まさか……――。

〝大丈夫、あなたならできるわ〟

 けれど、その「まさか」で、「此処」から出る手段はこの〝力〟を頼るしかないのだろうかと考えていると、どこからかそんな「声」がきこえた。

 鈴の()のように(りん)とした優しい女性の〝声〟だったが、その姿はどこにも見当たらない。「()の場所」に干渉できるのだ、きっと「只者(ただもの)」ではないのだろう。けれど、その〝声〟は敵意を向けるでもなく、エリンシェが〝力〟を制御できると背中を後押ししたのだ。

 まだ不安を覚えながらも、エリンシェは〝羽〟をじっと見つめる。……本当に私にできるのだろうか? けれど、今頼れるのは、その〝声〟だけしかなかった。

「エリンシェ――――!!」

 迷っているとふと、「誰か」が名前(エリンシェ)を呼ぶ「声」がきこえた。

 なぜか懐かしさを覚えるその「声」は確かにエリンシェの元まで届き、そのひと声だけでエリンシェの心を落ち着かせた。

 思わず、その「声」がきこえた方へと振り返ると、そこに小さな〝光〟が浮かんでいるのが目に入った。

 〝光〟のあたたかな輝きに、エリンシェは気が付くと手を伸ばしていた。――その〝光〟の先に「此処」から出る糸口があるような気がしていた。

(つか)んで〟

 そうささやき、女性の〝声〟も再び後押しする。迷いも捨て、エリンシェはうなずいて、さらに手を伸ばした。

 すると、〝光〟が輝きを増し、まるで「何か」に導かれるようにして、エリンシェの手に近付いた。

 ……もう少し、あと少し。無意識のうちに、エリンシェは背中の〝()〟を使って、〝光〟に少しずつ向かっていた。

 やがてすぐ目の前の距離まで近付くと、エリンシェは包みこむように、〝光〟を胸の中に(いだ)いた。

 その瞬間、〝光〟はさらに輝き、まるで「どこか」を示すかのように、真上に伸びた。

 〝光〟の示す先を目で追った後、エリンシェはふと背中を振り返った。

 あれほど大きく感じた〝()〟が、気が付くといつの間にか、自分の一部だと感じるようになり、今は頼れる心強い存在(もの)になっていた。

 きっと今ならできる。そう確信して、エリンシェは顔を上げた。

〝ね? 大丈夫、もうあなたはとべるわ〟

 ――そうだ、私はとべる。

 エリンシェはその場からとび立ち、まっすぐに〝光〟の示す方向へと羽ばたいていくのだった。


    ଓ


 ふと、白い閃光(せんこう)が走った。

 かと思うと、宙に浮かんでいたエリンシェがゆっくりと下降し始めた。

 いまだエリンシェは意識を失ったままだったが、その背中に生えた〝羽〟が〝彼女〟を守るかのように包み込みながら、小さく羽ばたいていた。

 すぐさま、ジェイトがエリンシェを受け止めようと走り出した。

 ガイセルもすぐに後を追おうとしたが、耳元で鈴の音がきこえ、その場で足を止めた。

〝……見つかって(・・・・・)しまったわ。 「覚醒(・・)」が近い以上、もう()も止められない。 すぐに、私もいく。 それまで、あの()をお願い〟

 その〝言葉〟にうなずいてみせると、ガイセルはジェイトの方へと視線を向ける。

 見ると、無事にジェイトがエリンシェを受け止めていた。彼の腕に(いだ)かれた瞬間〝羽〟は消え、エリンシェも穏やかな表情で眠っていた。

 ……だが、このまま外にいるのもまずい。ガイセルは遠くから見守っていたふたりに近付くと、口を開き、ジェイトに声を掛ける。

「ユーティス君、彼女を安全なところへ運ぼう」

 そして、うなずいたジェイトと協力して、エリンシェを抱え、学舎(まなびや)内へと向かうのだった。


    █


 時を同じくして、とある森での出来事。

 その森に建てられた石碑(せきひ)にはめられている珠が一つ、地面に向かって転げ落ちた。

 落下するより早く珠は消え失せ、かわりに、ぼんやりと〝人影〟があらわれた。

 〝人影〟――銀色に輝く長い髪の美しい〝女性〟は石碑を振り返ると、空を見上げてそのまま姿を消した。

 そのすぐ後、何事もなかったかのように、辺りはしんと(しず)まり返っていたが、突然、ざわざわと木霊(こだま)が響き渡り、森全体が騒ぎ始めた。――まるで、【何か(・・)】に(おび)えているかのように。

 ふと、石碑からもう一つ、珠が音を立てて動き出し、勢いよく砕け散った。

 すると、今度は【()】がヒトのカタチを取って姿をあらわし、くつくつと愉快(おかし)そうに笑い声を上げ始めた。

 そして、しばらくすると、【闇】もどこかへと行方をくらましたのだった。

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