気のいいおにいさんがヤンデレになるとは聞いてない!
いいよ、朱羅に全部あげる。そう言った日から、自分が劇的に変わったかと言えばそうではなく。環境は親の許可を得て、朱羅の領域で同棲という変化があったけれど。いまだ私は人間のままで。朱羅は安心したいのといつか人間を辞めてもらうときに備えて、みたいな感じで毎日せっせと妖力を注いでいる、らしいんだけど。
「ねぇ……っ、こんな毎回がっつり…!キスする必要ある…?!」
「妖力が注げないからな」
朱羅はしれっとそう言ったけれど。たしか、妖気をつけるときは接触だけだったのだから、舌を入れるようなキスをしなくても、方法があるのではと密かに疑っている。キスが嫌なわけじゃないんだけど、慣れないし恥ずかしいので。そんなことを口の中で転がすように、もごもごと言ってみる。するとそれが聞き取れた朱羅は、ふはっと笑って。
「慣れなくてもいいさ。初々しくて可愛い華を、それまでずっと見られるってことだろう?」
掠めるように軽いキスをした朱羅は、とろりと甘さを込めた瞳で見つめる。その瞳に見つめられると、そわそわと落ち着かない心地にさせられて。私が落ち着かない様子になるのを見て、朱羅は嬉しそうにするのだから、私のこと本当に好きなんだなぁと思ったりして。
「と、とにかく!今日はもう大学行くからね!遅れちゃうし!」
「ああ。もうそんな時間か」
咄嗟に出た言葉に、ちらりと時間を確認した朱羅はひとつ頷きを返して。先程までの甘い空気を霧散させて、てきぱきと準備をする。そうして、私の準備もせっせと手伝って終わらせると、朱羅の領域から大学の近くに出てきた。
「終わる頃に迎えにくる」
「今日も勉強頑張ってくるね、行ってきます!」
過保護だなぁと思いつつも、それが嬉しくて。手をぶんぶんと振った後、授業で指定されている教室へ向かおうと歩みを進める。歩くたびに、朱羅につけてもらった簪が、しゃらっと音を立てた。
「おはよ、今日も彼氏と?」
「そうだけど?おはよ、八重」
教室に着くと、八重が挨拶もそこそこに、そそくさと話しかけてくる。それに苦笑をひとつこぼして、質問の答えと挨拶を返した。
「いいなぁ、あんなイケメンどこで捕まえられるの?てか、私も彼氏欲し〜!」
純粋な質問のようでいて、下心丸出しの八重に溜め息を吐く。八重が物憂げな様子をしているだけで、ちらちらと視線を集められるくせに、何を言っているのやら。
「どうせ、この人もピンとこないとか言って別れるんでしょ?」
「だってだって〜、試しに付き合ってみてもなんか違うなってなるんだよ?!仕方なくない??」
八重のこういうところは、わかりあえないなあといつも思う。試しに付き合う、みたいなことは朱羅と出会ったせいか、想像もできなかったから。でも八重はそのスタイルをこれからも続けるのだろうな、と思う。
「ま、気長にやるよ!」
けろっと言ってのけた八重は、さらに私との距離を詰めてささやく。
「ねえ、また華のこと見てるよ?」
「……ほんとに?」
「うん」
少し前から、やけに視線を感じるなあとは思っていた。けれど、朱羅が何も言わないので気のせいだと思っていたのだけれど。
「気をつけなね?」
八重に、そう言われたのに。
「ああ、待って!華ちゃん!!」
その声に呼ばれるだけで、不快感で背筋がゾワゾワと泡立つ。現在、裏門までの道のりを走っているところだ。八重は用事があるからと、私に気をつけて帰ってねと、口酸っぱく言い聞かせていたのに。まあ大丈夫だろうと、高を括ったのが良くなかった。ひとりで歩いているところに、いきなり声をかけられて。
「いつも、君のこと見てたんだ!僕の運命!」
なんて寒いことを大きな声で言い出して、衆目を集めたから逃げ出したのだ。走って息が弾む私とは対照的に、余裕のありそうなところが苛立ちを誘う。けれど、確認したスマホには裏門で待っているという朱羅からのメッセージがあったから。だから、裏門目指して走っているのだ。
「華……?」
ようやく見えた朱羅のシルエット。それに、声を上げようとした瞬間には、朱羅は私を抱え込むように抱きしめていた。
「誰だ。俺の華に、何か?」
朱羅は瞬時に状況を理解したらしい。追いかけていた男子生徒を睥睨して、低い声で威圧をする。
「ぼ、僕のだぞ!」
「いいや?俺のだ。ああ、目の前でキスして見せようか?華は俺を拒まない。お前から逃げ惑うのとは違ってな」
その一言で、元から容姿でも勝てない男は捨て台詞を吐いて、しかも私を罵倒しながら走り去った。それに安心して、息を整えながら、朱羅に体を預けると、ぎゅっと強く抱き込まれて。
「華を誰にも渡したくないんだ。だからそこらにいる男が、華に言い寄るのが許せない。でも、人間はそれが窮屈に感じたりするんだろう?あの人間の言うように、いつか俺に、」
「ううん、朱羅に不満なんてないよ」
本当に余計なことしかしないな、あの人。そう思いながら、捨て台詞に影響されて、マイナスな方向に思考が振り切れそうな朱羅の話を遮った。言葉を止められた朱羅は、腕を組んで微妙な表情で頷く。話を遮ったのは、このまま朱羅の言うことを聞いていると、そのうち監禁するか、とでも言い出すからである。前に一度そうなったときには、説得に苦労したので。そこまでいく前に、止められるなら止めるべきだと学んだのだ。
「朱羅はそのままでいいんだよ。私が好きになったのは、ありのままの朱羅なんだから」
「そうか。俺も、華が好きだ」
照れたように言う朱羅と、見つめあって笑う。でも、一個だけ。朱羅には言えないし、言うつもりもないけれど。気のいいおにいさんだったはずの朱羅が、ヤンデレになるとは聞いてなかった、かな!
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