おにいさんの鬼姿
朱羅さんは明るい太陽の下でも相変わらず美しかった。けれど人間たちの生活圏の近くに、こんなに堂々といて大丈夫なのか心配になる。
なんとなく妖と呼ばれる存在とかって、幽霊と同じようにひっそりとしているものだと思っていたので。
「迎えにきたぞ」
「それはありがたいですけど……ここにいて大丈夫なんですか?」
「人化の術に加えて、目眩しの術も使っている。心配は無用だ」
「そういえば昨日もそんなこと言ってましたよね。人化の術って人間に化ける術のことであってます?」
朱羅さんはどこからどう見ても美形なお兄さんで、鬼らしき特徴はどこにもない。
ここの人と違うポイントとしてあげられるのは、髪色が現代風のグラデーションカラーに見えることとか、カラコンしていると言われてもわからないくらい眼の色が綺麗なことくらい。
もちろん朱羅さんの髪は染めてる髪とは違って傷んでないし、眼の色も不自然なところがなく、宝石のように綺麗なんだけれども。
「ああ。華から見てもちゃんと人間らしい姿になっているだろう?まあ、一瞬で見抜かれたんだがな」
そう言った朱羅さんは、昨日のことを引きずっているようで。なんだか勘で当ててしまったのが申し訳なくなってきた。
「でも今は全然ちゃんと人間に見えますよ!」
「ハハ、悪い悪い。思った通りの表情を返してくれるもんだからつい意地悪を言った。アンタが思うほど、気にしてないさ」
頑張ってフォローをしたのに、笑って気にしていないと言葉を返されたので、なんだか釈然としない。
何か言ってやろうと思っても言葉が思いつかないんだけれども。
「それより、あんまり大きい声で騒ぐなよ。俺の姿は見えないようになってるんだ。何もないところに話しかけているようにしか見えないから、気でも触れたか、取り憑かれたかと大騒ぎされる」
「それはもっと早く言ってください!」
咄嗟に周囲を見渡して、誰にも見られていないことを確認する。幸い、近くには誰もいなかったから変人認定はされなさそうだった。
「用事は済んだみてぇだな。ここだと満足に会話もしにくい。森に行くぞ、ついてこい」
周辺の様子を観察してホッと安堵の息を吐く私を、朱羅さんは喉の奥でくつくつと笑って。その身を翻すと、私を促すように顔だけ振り返った後、森へと歩き出す。
朱羅さんは身長が高い分足のリーチも長いので、慌ててその背を追いかけた。
*
サクサクと軽い足音を立てながら歩く朱羅さんは、まだ歩みを止めない。朱羅さんと逸れないようについて歩く森の中は、一人で歩くよりもなんだか楽しい心地がする。
「ここらでいいか」
そう言って朱羅さんが足を止めたのは、火山岩みたいな岩がいくつか転がっている場所だった。
どうやらこの岩を椅子の代わりにして、座って話すつもりらしい。
「それで?鬼のおにーさんはこんなところで何を聞きたいんですか?」
「話は別になんでもいいんだが。華さえよければ人化の術を解いてもいいか?地味に疲れるんだ」
人化の術を解く。ということは、もしかして鬼っぽさがどこかしらの部位に現れるのでは。
そう思い至って、ソワソワとする。
それを朱羅さんは逃げたさゆえの落ち着きのなさと捉えたらしく、鋭い目つきでこちらを睨みつける。
「逃げるなよ」
「もちろんです!それより早く解かないんですか?」
わくわくとした眼差しで見つめると、朱羅さんは自分が思った状況と違うことを把握したのか、少しだけ目を見開いて。
「アンタやっぱ変わってるな」
「知的好奇心が旺盛と言ってください!」
自然と口からこぼれ落ちてしまったかのような小さな声は、即座に否定しておいた。
言い方の問題ってあると思う。
「じゃあ術を解くが、逃げたくなったら言ってくれ。すぐにアンタの記憶を飛ばしてから、また術をかけ直す」
「ン????」
変な言葉が聞こえたなと思ったと同時に、朱羅さんは目を閉じる。そして何事かをつぶやいた後、姿がどんどん変わっていった。
まず額が2ヶ所ゆっくりと盛り上がり、皮膚を押し退けて白っぽいものが伸びていく。おそらくこれがツノなんだろう。それはある程度の長さまで伸びて止まったが、根本はかなりしっかりしていて、簡単には折れなさそうだ。鹿の角より生え際が太く見える。
そのほかにわかる変化といえば、肌の色こそ変わりはしなかったが、手の爪が少し鋭くなっていることくらい。
あらかた観察したと思ったとき、朱羅さんが閉じていた目を開いた。そのゆっくりと開かれた眼に浮かぶ金の虹彩に浮かぶ瞳孔は、蛇のように裂けていた。
「か…」
「か?」
「かっこいい!!!」
「うお、声デカ。というか、ビビらないんだな。人によっちゃ、大の男でも慌てて逃げていくんだが」
朱羅さんは片方の口端をクイっとあげて、まるでそのときの誰かを嘲るかのような笑みを浮かべる。
その表情すら、アニメとか漫画みたいにかっこよくて美しかった。
「はいはいはい!朱羅さんにお願いがあります!」
「アンタ、こんな姿見てもそう言えんのか。そうだな、その度胸に免じて聞いてやる」
「ツノ触りたいです!」
ばっと手を挙げてそう発言すると、朱羅さんはギョッとした顔で私を見た。私としては、鬼のツノなんて触る機会、もう二度とやってこないだろうという好奇心の赴くままの発言だった。
それを聞いた朱羅さんは、訝しげな表情を浮かべて。
「もしかしてへし折るつもりか?」
「へし折ることができるとお思いか?」
まさかの結論が飛び出てきたので、非力さをアピールするために力こぶをつくってみせた。ほんのり盛り上がったそれに、朱羅さんはなんともいえない表情になって。
「力仕事できなさそうなくらいほっそい腕だな」
「そんなことないです!平均的です。それより触っても!?」
諦めずにアピールしていると、ようやく朱羅さんはお触りオッケーの指示を出してくれた。
それに浮かれる私は、気が変わらないうちにと、その額のツノにそっと触れた。
「お、おお……!」
ツノは思ってるよりツルツルしていて、とても硬い。例えるならば磨き上げられた大理石みたいな感じで。
つるんとした感触が楽しくて撫でまわしていると、朱羅さんは突然私の頬をつまんだ。
「なにふるんれふか?!」
「ん?柔らかそうだなと思って、ついな。華も俺のツノ触ってるんだし、別にいいだろ?」
鋭くなった爪が頬に刺さったりしないように、器用に頬をもにもに揉んだりつまんだりされるとなんだか恥ずかしくて。こんな美形に変顔をさらしているのも当然だからかもしれない。
慌ててツノから手を離すと、朱羅さんもパッと手を離した。
「残念。もう少し触りたかったんだが」
「人間のお触り体験は終了しました!」
「言われてみりゃ、人間にこんなに触ることもないな。また華の気が向いたら開催してくれ」
どことなく嬉しそうな朱羅さんはかっこいいのにかわいくて。ちょっとずるいと思った。
このままでは絆されてお触りタイムを再開催しそうになるので、連れ出された理由を聞いてないなと問いかけてみることにした。
「それで、本日のご予定は?」
「?もう終わった」
「もしかして人化の術を解いてみたときの私の反応が見たかったんですか?」
「おう」
つまり今からはフリータイム。せっかく森に来たんだし、ここには朱羅さんもいる。ならばやるしかないだろう。
「それなら朱羅さん、食べ物探しに付き合ってください!」
「食べ物探し?そんなもんちょっと見りゃ、そこらにごろごろあるだろ」
「ヨモギと間違えてトリカブト採取した私にそんなこと言っていいんですか?!」
「いやそれはダメだろ。わかった、手伝ってやる」
最初は怪訝な対応だった朱羅さんも、流石にヨネさんに引っ叩かれたワードを持ち出すと、うわマジか、という顔で了承の返事をくれた。
「そのかわり」
「そのかわり?」
やはり朱羅さんは等価交換のように交換条件を持ちかけてきた。出会ってからの交流で何かをしてもらうには、基本的に対価が必要なんだなと感じていたから、驚きはしなかったけれど。
「ずっと言おうと思ってたんだが、時折出る飾りっ気のない話し方でいい。名前も敬称なんてつけないでくれ。なんだか背筋がゾワゾワする」
「朱羅と呼べということでよろしいか?」
「なんかその話し方もちょっと違う気がするんだが…?」
男の人の名前を呼び捨てにしたのなんて、随分と前の記憶だからなんだか恥ずかしくて、ふざけて誤魔化してみたけれど。
それでもたぶん、普通に呼んだら慣れるまでは心がそわついてしまうのだろう。
「朱羅、って改めて呼び捨てにするとなんか恥ずかしいね」
「っ…」
諦めて正直に朱羅に告げると、朱羅は小さく息を呑んで。どんなリアクションが返ってくるかもわからないし、その綺麗な顔に見られていると思うとさらに恥ずかしくて。
くるりと方向転換して顔を熱を冷まそうと、早足で歩き出した。
「おい!そっちは崖しかないぞ?!」
そう言われてすごすご戻るしかなかったんだけれども。




