この村にある風習
結局、眠りに落ちる寸前に思い出したことの衝撃が大きすぎて、一睡もできないまま朝が来た。
ヨネさんはいつも起こされるまで寝ている私が珍しく起きていたものだから、ギョッとした顔をして。
「おやまあ、こりゃあ明日は大雨が来るわい。今のうちにできることをせんと…!」
なんて言ってきたので、ちょっと意地悪だと思う。
手伝えることはあるか聞くと、洗濯物を洗ってから干して欲しいとお願いされた。
ちなみに、ここでは洗濯物を洗うときに使う道具は、桶のみ。
基本手洗いなので、いつでもむかしの生活体験型ツアーをしている気分になれる。というよりも、ここに来てからずっとむかしの生活体験ツアーみたいなものだが。
そしてこのツアーの良くないところは、帰れないことです。あのハイテク文明が恋しい。
「それが終わったら今日は好きにしていいよ。森に行って食べられるものでも取ってきてくれたら、明日のお手伝いもなしでええ。まあ、華ちゃんが食べ物を見分けられるとは思えんけどね」
ヨネさんはそう言って、自分で育てているという野菜のある小さな畑へと向かっていく。
ヨネさんがそう言うのも無理はない。
前に森に行ったときにきのこを何種類か持って帰ったら、食べられるものはひとつもなかったし、ヨモギかと思って毟っていった草は、トリカブトで頭を引っ叩かれた。もちろん、すぐに手はヨネさんに見張られながら洗った。
それからというもの、ヨネさんは私が食べられるものを取って帰って来れるとは思っていない。
川さえあれば、どうにかこうにかして川魚を取ってくるのにと、歯噛みした記憶がある。
あのときの苦い記憶を思い出しつつ、その背中を見送って。それから、桶を持って水場へと向かった。
「よいしょっと!」
やる気を出すために声を出して、桶に服を沈めると、一人でせっせと衣服を洗っていく。
汚れが固まっているところとかは、少し力を入れて洗うので、じわりと額に汗が滲んでくる。けれど桶に入っている水があるので、それもなんだか心地いい。
なんとなく、夏って感じがする。ヨネさんはもうすぐしたら梅雨の時期だと言っていた。
私がいた現代では、もうすぐで冬だったので、真反対の季節感だ。
「あら、こんにちは華ちゃん」
「小春さん!こんにちはー」
この村では、井戸の周りに洗濯ができる水場が整備されているので、こうやってタイミングが合うと、近所の人と会話しながら洗濯をしたりする。
小春さんは洗濯物をヨネさんに初めて頼まれたとき、桶と衣服だけ持ってあたふたしてた私に優しく声をかけてくれた優しいお姉さんだ。年はおそらく、30歳前後かな。
そんな小春さんは、二人のお子さんを持つママさんで、旦那さんはバリバリの厳つい感じのお兄さん。名前は三郎さんというらしい。ちなみに三男だとか。
むかしの命名って感じで、ちょっとわかりやすいなと思ったことを覚えている。
「そういえば、村には馴染めたかしら?ヨネさんが面倒を見てくれてるなら大丈夫だと思うんだけど」
じゃばじゃばと水で衣類を洗う音に混じって、小春さんの質問が耳に届く。馴染めたといえば馴染めたが、馴染めてないといえば馴染めていない。
ふとした瞬間に、現代のことを考えてしまうので、永遠に馴染めないのかもしれないけれど。
「馴染めた、とは言えないかもです。でも少しずつですけど、村の人のこと、わかってきましたよ」
「そう…。もしかしたら、華ちゃんも言われる可能性があるかもしれないわね。念のため事前に教えてあげたほうがいいかも。……ちょっと、いいかしら?」
小春さんが突然声を潜めて口元に手を当てる。内緒話をしようとしているのだな、と口元にそっと耳を近づけると、周囲を見渡した小春さんはぽつりと囁きを落とした。
「この村、ちょっと変わった風習があるの」
「風習、ですか?」
「そう。乙女に食事を運ばせるの。この村の端に祀っている祠の前に」
もしかしてちょっと前に流行った因習村的なやつかと、そわっとする。詳細を聞こうとすると、ザリっと砂の音がして。
咄嗟に音の方を振り向くと、そこには三郎さんが立っていた。
「小春。内緒話をするのはいいんだが、こうもあからさまだと逆に怪しいぞ」
「あらやだ」
困ったように見下ろしてくる三郎さんは、小春さんに影を作っていて。
どうやら日除けをしてあげているらしかった。
「周り見といてやるから、早めに終わらせろよ」
「はあい。じゃ、気を取り直して続きね。この村の名前、神有村でしょ?だから名前の由来になっている神様の前にお供えしてるって話よ。あくまで噂なんだけどね。だから、どんなに美味しそうでも神饌は食べちゃダメよ?」
「食べませんよ流石に。バチ当たりですもん!」
「うそうそ、冗談よ〜。華ちゃんはそういうことしなさそうだもんね」
くすくすと揶揄うように笑った小春さんは、そう言ってひと足先に洗濯物を終えて立ち上がる。
流石に毎日している人は違うなぁと、ようやく最後の1枚を手に取った。
「それじゃ、お先に〜。頑張ってねえ」
「ありがとうございます〜」
小さく手を振ってくれた小春さんと、洗い終わった衣類を持った三郎さんは仲良さげに、家へと戻っていった。
「よっし、終わり!」
数十秒遅れで洗濯物を終えた私は、その場を軽く片付けてから、ヨネさんの家へと戻って。綺麗になった洗濯物を干し始める。
これで本日のお手伝いは、ようやく終わりだ。
「そういえば、交流をしてくれればいいって言ってたけど、どうやって待ち合わせしたりするつもりなんだろう?連絡ツール何もないよね?」
服を干しながら、ぶつぶつと独り言を呟く。昨日スマホを取り戻すためとはいえ、考えもなしに約束してしまったけれど。
「もし、朱羅さんと会えないまま数日経ったら契約の不履行とか言って酷い目に遭わされたり……?!」
「するか馬鹿」
「エッ?!」
ないと思っていた独り言への返事に驚いて振り向くと、呆れたような顔の朱羅さんが木に寄りかかって立っていた。




