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村での一幕

 

 近寄らないようにしよう、そう思っていたのだけれど。


「華ちゃん、この村には慣れたかな?」

「あー、まぁ。それなりには」

「あはは、オレに嘘なんてつかなくていいよ。あっ、荷物持とうか?」

「結構です、これくらい持てるので」

「そうかい?ああ、それと正直こんなところ、お姫様な君には慣れることなんてないだろう?」


 そう言った利市さんのサラリとした黒髪が、首を傾げた拍子に目元にかかった。


 ヨネさんと一緒に暮らし始めて早いことで1週間が経った現在、話を聞いているようで聞かない利市さんに絡まれることが増えている。


 最初の数日は絡まれることも見かけることもなく平和に過ごせていたのに、この村に時折来るらしい行商の人に「お姫様みたいな手をしてるな、お嬢ちゃん。それに髪も艶やかだし。なんだ、どっかから逃げてきたのか?」なんて笑い混じりに言われた次の日くらいから、何故かやけに付き纏われている。


 溜息を吐きたい気持ちを堪えて、深呼吸をひとつ。

 現実逃避をするように視線をさりげなく逸らした先では、偶然見えた(ゆき)ちゃんが今にも飛びかからんとする気迫を持って、私を睨んでいて。


 雪ちゃんは利市さんが好きなんだなということは、よほど鈍感じゃなきゃわかるだろうなという感じだ。


「あ、ほら。あそこに雪ちゃんがいますよ」

「え?」


 言いながら雪ちゃんの方を指で示すと、その方向を見た利市さんに、雪ちゃんがにっこりと微笑みかけて。

 嬉しそうにこちらに小走りで駆け寄ってきた。


「利市様!」

「おっと。お雪、危ないから走らないでくれ。オレに何か用事か?」

「いえ、特にはないんですが……利市様が見えたので、つい」


 駆け寄ってきた雪ちゃんはその勢いを殺すことなく、利市さんに飛びつく。

 それを利市さんは手慣れたように受け止めて頭を撫でた。


 利市さんの顔を見上げて、頬を染めながら話す雪ちゃんは恋する乙女という感じですごくかわいい。

 村の人曰く、昔からあの二人はあんな感じだという。

 いずれ祝言、つまり結婚をするのではという派閥が大半で、残りは何かを気にするように口をつぐむ派閥に別れている。

 そこに雪ちゃんと歳が近そうな私が村に来てしまった、という状況だ。


 そのせいで雪ちゃんには敵視されるし、利市さんは変に絡んでくるしで、ハッキリ言ってうっとうしい。


「ねえねえ利市様、このあとは雪と――」

(よしよし、今のうちに退散、退散と)


 利市さんのことを雪ちゃんが引きつけてくれてるうちに、私はさっさとヨネさんの家に戻ろうと荷物を持ち直した。


「ただいま戻りました〜」

「おかえり。今日も利市に絡まれとったねえ」

「そうなんですよ!ほんとなんなんだかわからないですけど、うっとうしくて困っちゃいます!」


 やれやれ、なんて動作をしてみせるとヨネさんは大きな声で笑った。

 一緒に暮らしてみてわかったけれど、ヨネさんは意外と笑いのツボが浅いのかよく笑うし、笑った声はわりと大きい。


「お雪の方も華ちゃんは利市に興味がないって、いつになったらわかるのやら。恋は人を馬鹿にするってほんとだったのかねえ」


 夜ご飯は今日も粟や稗で出来たお粥みたいなものだった。それにプラスして何か、がいつもの献立で。

 やっぱりわたしがいた時代は、食に困らないから恵まれていたんだなぁと、ぼんやりと思いながら匙を口に運ぶ。


「それにヨネさんはわかっていると思うんですけど、いつかは帰らなきゃいけないので」

「最初は山賊にでも襲われたか、どっかから逃げてきた姫様かと思うたんじゃが、まさか天女様だったとはねえ」

「だから天女様ではないですって!」


 含み笑いでからかってくるヨネさんに、笑いながら否定の言葉を紡ぐ。

 そもそもなぜ私のことを天女様と呼んでからかっているのかといえば、その理由はおよそ3日前の出来事に起因する。


「言いにくかったら言わんでええ。でも、できたらこの老い先短いババに教えてほしい。華ちゃんは、どうして森、それも隠ヶ森(おにがもり)におったんじゃ?」


 3日前の夜のこと。ご飯を食べ終わってもう寝る準備をするか、という時間。ふと居住まいを正したヨネさんが、深刻そうな顔でそう問いかけてきたのが始まりだった。


「それくらい別にいいですけど……?」


 何故か電池の減りにくくなったスマホを咄嗟に隠して、ヨネさんに向き合う。ヨネさんを含めてこの世界の人に見せるのは良くないかもしれないという、勘に従った行動だった。それからヨネさんにされた質問を反芻して、不思議に思いながらも、この地に来ることになってしまった出来事を脳内で辿った。


「簡単に説明すると」

「ふむ」

「いつもの帰り道で不思議なものを見つけて」

「ふむ」

「記録に残そうとしたんですけど、足を滑らせて転んで」

「ふむ」

「気がついたらあそこにいたんですよねえ」


 状況だけを簡潔に説明すると、ヨネさんはうんうん頷いていた首の動きを唐突に止めて、真面目な顔で首を傾げて。


「つまり、空から落っこちまって帰れない天女様か?」

「ん…?」

「足を滑らせて転んだんじゃろ?そうしたら地面が無くて、落っこちたんじゃ。つまり、空から降ってきたってことじゃろ?」

「んんんんん?」


 さもそれが正しいと言わんばかりのヨネさん。

 自信に満ちていて、否定する方が間違っているかのような気さえさせる。まあ、ヨネさんが間違ってるんだけども。

 これが理論の飛躍…!


 そう思いながら、人間だよ〜、でも異世界の人間かもしれないね〜ということを話してその日は寝た。


 ちなみにヨネさんは孫の誕生日ということで主役がいないけれど、自家製のお酒を呑んでいたのでそのせいもあっての暴論かもしれないな、とその日は思っていたのだけれど。


 それからことあるごとに、こうやってからかってくるので、ヨネさんとのこのやりとりは一種のコミュニケーションみたいになりつつある。


「そんなことより、問題はあの2人ですよ!今でこそ直接的な被害はないですけど、そのうち雪ちゃんに、利市様に色目使わないで!って陰湿な嫌がらせを受けるんですきっと!」

「被害妄想がたくましいねえ。そんなことになったら、あんな男熨斗付けてくれてやるよ!って啖呵きっておやり」

「…待って、ヨネさん今日もお酒飲んでる?何杯目?」

「いーっぱいめさね」

「呑みすぎは良くない!!」


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