第31話 『 祝福の呪韻(じゅいん) 』
※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。
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『ッセイ♪ッセイ♪俺はルドルフ。ラグチ・ランブル・イパーイの息子。村一番の悪ガキ、ルドルフ・イパーイ。ヤンバル地方キャッスル村育ち。農道歩けば動物逃げ出す。村一番に恐れられた。弱い奴はだいたい友達。弱みを握れば言うこと聞いた。殴って見せれば尊敬された。この世界俺の世界ルドルフ・ワールド、小さな村だが俺が法律。怖がる奴ら全員抱きしめた。村長の娘8人全部抱いた。姉貴に妹全部抱いた。恐れられるほどいきり勃つ俺。手当たり次第にぶち込んだ。だけどマイマザーこれだけは怒った。お墓の前でセックスは禁忌。その日から俺、心入れ替えた。村の祠に懺悔した。「俺の腕は悲しみしか産まない」。「性病蔓延は僕のせいだ」。ついでにちょっとお願いした。「癒しを育む力を我に」。沢蟹1匹お供えした。逃げないように踏みつぶした。その日から俺は、金だけ奪った。金目のものだけ奪い取った。性欲捨てて物欲とった。でもある時、腹が減った。ビーフ殺して貪った。村中のビーフ殺ってぜんぶ食った。おいしいビーフぜんぶ食った。その時感じた切ない気持ち、消えゆく命、それが最高。だから殺った。家畜殺害。調子に乗って全部殺害。殺せる家畜居なくなった。そしたら俺は気がついた。両腕クタクタに疲れてる。気がついた。不思議な力。無我夢中で殺したビーフ。どうやって殺したか分からない。村人皆んな恐れ慄いていた。俺それを見てただご機嫌だった。不思議だったけど嬉しかった。でもそれからは、俺は毎日、毎日毎日退屈だった。心はどこかやさぐれていた。…んーんん♪思えばそう。辛い人生。村人皆んな苦しんでた。食物ないし病気蔓延。戦争徴兵、皆んな公平。兄貴たち皆んな村を去った。田畑は全部荒れ果ててた。それがある時。魔物襲撃。村人皆んな殺されてた。地下蔵で寝てた俺助かった。バラバラになった俺の家族。魔物に皆んな食べられてた。でも何故か。俺は快感。彼らは皆んな癒された。生きてるだけで辛い人生。それから皆んな解き放たれてた。それ見た俺も癒されてた。失う命に消えゆく心。”消し去り”を恵む”無の神”に感謝。限りない慈悲、”無”の愛に感謝。…んーんん♪おー神よ、我が小さき器に溢れる愛を。消えたくなって村去りました。どこへともなく歩き出しました。幸せ求めて分け入りました、全然知らない未開の森。足を踏み入れていたエルフの里。入ったら出れないエルフの里。出会ってしまったエルフ9人。侵入者俺捕まった。絶対絶命、俺何故か勃起。その時俺は不思議だった。何に期待してか自分でも謎で。それが何故か。彼ら歓迎。ボロボロだった俺を歓迎。おっ立てている俺を歓迎。言いましたエルフ「ここは安全」。「お前は心を病んでいる」。「苦しみ全部忘れて暮らせ」。「外の世界は辛いことばかり」。「魔族と人間の死の世界」。「でも寂しく暮らすのも辛いけどね…」。セイセイ♪エルフ若者、嘆いてた。その言葉、俺の身にしみ込んだ。あったかいスープに美味い山菜。美しいエルフに癒された。意外にエルフ優しかった。いつしかそこで暮らしていた。山菜採りして暮らしてた。…おーおお♪ちょうどその時。そこにお出まし。儚げな美女歩いてきた。伝説級の魔女ドラドラ。請求されし珍しき山菜。エルフたち皆んな探しに出た。俺も一緒に探し歩いた。見つけ出しました青く光るキノコ。魔女ドラドラ言い放ちました。「これだけじゃちょっと物足りない」。「人の雄の命が必要です」。ついでに頼まれた感じ活きのいい生贄。俺、思いついたこれは良い機会。エルフの里に恩返し。寂しい暮らしから解放を。エルフ若者達に解放を。選りすぐりました顔のいい男。捧げ奉ります僕の友9人。俺を助けてくれたエルフ9人。エルフ村長の息子9人。みんなで歌います悲しみの讃歌。お別れの日にはそれが最高。…おーおお♪全員並べてキノコ食わせたら口から溶けて皆んな死んだ。歌う声なくて魔女は憤慨。俺、心からお詫び。謝罪の印エルフチンポ9本。並べ立てながら俺おっ勃てた。言いました魔女「勘違い野郎」。怒られちゃって俺は心外。ご機嫌斜めな魔女に呪われし俺、その日からずっと気持ち障害。でも本当は、キュンときてた。牛とは違うこんな気持ち。人の命尊さ噛みしめてた。エルフ友人の死に癒されてた。でもちょっと、後悔はしてる。牛みたいにバラせばよかったと。ゆっくり失えば良かったと。失う気持ち、味わうべきと。その気持ち共感するべきと。…んーんん♪認めたくない。猟奇性癖。思いもよらぬ青天の霹靂。…んーんん♪そんなある時、訪れた奴隷商。エルフ村長、売った俺の身上。その売値ビスケット3枚、ハンガー1本、馬車に揺られて3日3晩。到着したは都市ユピテリア。俺は思ったこれが人生。馬車から降りたら目があったご婦人、それが俺の養母ビクトリア。妖艶なる美女、王宮の後妻、お忍びで来てた最高の女。買われた養子俺15歳、カチカチにおっ立てて付いて行った。夜のロデム城めでたく登城。その足で地下牢に早々と入牢。始まったよ。呪いの拷問。性なる期待夢に消えた。無くなってゆく指や手足。失ってゆく大切な感触。気が遠のいて逆に感色。俺は思ったこれは癒し。誰かにあげたいこの気持ち。共有すればそれは最高。生まれ変わったらお願い神様、痛みと喪失真実知らせて愛と平和を伝えたい。おーおお♪おーおお♪やってきたぜ〜闇の眷属〜♪その脅迫〜まるでチンピラ〜♪迫られし〜悪魔の契約〜…おー神よ。…おーほー♪…ッセイッセイ。何があったか覚えてない。ある日気がついた俺は昨日まで15歳。それがなぜか歳とっておっさん。鏡見て驚く、俺の青春どこへ。生まれ変わったよ俺はおっさん。だけど心幼き俺は童心。忘れない夢。俺は狂信。与えたい幸忘れてない。手当たり次第に手を差し伸べた。貴婦人ビクトリア手始めにチョキチョキ、感謝の言葉聞きそびれた。でもその指先、平和の手印。魔界の眷属教えてくれた。愛と平和の二本の指チョキチョキ、挟んであげたい切ない気持ち。左手のチョキと右手のチョキ。その手印ピース愛と平和。魔王ベニベニ教えてくれた。魔族の籍は魔王即席。ノルマ達成で俺は着席。この出会いまさに行幸。命をかけて後に奉公。運命の悪戯、神に感謝。…おーおお♪紹介されし魔王の同僚。気さくな魔王、煌くグルルマ。その副業”魔法のパン屋”。魔王のパン屋に就職した俺、原料調達に人里到達。そうして…』
『うるせーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
最悪な気分だった。
これほど大声で怒鳴るぐらい激怒したのは生前にも無かったことだと思う。俺は恐怖も悪寒も吹き飛ばしてブチキレた。
殺人鬼のおっさんは現れるや否や俺に向かってグルグル周りながら一方的に語りかけ始めて、その言葉も意思も全部全部俺は俺は俺は耳を塞いでもそっぽを向いても目を閉じても叫んでも全然無駄で全部全部全部知らされて知りたくなくても頭に入ってきて覚えさせられてその場にのたうちまわっておかしくなる寸前だったんだ。
この間ずっと最悪な景色が見えていたのはたぶんこの殺人鬼の記憶世界だと思う。
田舎の村を友人たちと駆け回るごく普通の少年といった感じの可愛らしい子供がおかしな性癖を覚えてどんどんおかしくなっていく人生を垣間見た。青少年が暴力とセックスに溺れていく様は異様にしか見えないのに、それらのどこかで未来の殺人鬼少年はエロとグロをごっちゃに捕らえてしまって猟奇的な快感を得るようになってしまったらしい。
これには俺ははっきりいって怒りを覚えた。エロとグロは違う。それを混ぜるやつは勘違いクソ野郎だ。哀しみや絶望や喪失感を性的に気持ち良いと感じてしまう人の心は決定的な部分で何かを勘違いしていると思う。どうしてそう結びつけたがるのかまでを俺は知りたくないから追求しないが、正しいなんてはずがない。死や喪失は現実の現象だけど、それを快感に思わせるような悪魔の破滅的価値観はクソだ。最悪だ。
俺の愛するエロは「恥ずかしいけど気持ちい」という羞恥心をくすぐる生産的なエロであり、その価値観が侮辱されたみたいで全く共感できない光景だったから性欲に対する冒涜みたいで頭にきてしまったのである。
ただし殺人鬼の一連の記憶の中で見えていた諸々には人外の存在達が少年に与えた微妙な価値観がその人生観を歪めているのを何となく察して否めない。
記憶の世界の節々にその異形の存在を見て気がついたからだ。俺にはそいつらの奥の姿まで見えていた。幼少の殺人鬼が願掛けした祠の背景にはその蟹のバケモノ姿があって、他にもいろいろ見たがそれらがやっぱり”眷族”とかいう奴らだろうと思う。最後の方で見えてきた中の魔王なんかがその親玉だろう。バケモノたちは少年殺人鬼を見出したのだ。願掛けがそのきっかけとなっていて、そこに力を貸すことで何かを成そうとして。それが俺が感じた違和感の根っこかもしれない。
それは結局この殺人鬼自身の問題だろうとは思うが、しかしやっぱりこの異世界に存在する”魔法”を司る立場にいる奴らの異常性は世界の”何か”のバランスの振り幅を大きすぎる感じに揺さぶりすぎてるんじゃないかと。
もしかしたらその存在のもっと奥に、その因縁の根源のような何かがあるんじゃないのか。
そいうことに気がつき始めてから自意識が戻り始めた。「価値観の錯誤を起こす違和感」とでも言ったら近いだろうか、何かをすり替えて都合よく変換した痕跡のような、そんな視点に気がついたらその記憶世界を見ている自分に気がつけた。
これがまた夢の中で夢に気づくあの瞬間と似た感覚で、俺の心の目を覚まさせたんだと思う。
そしたら俺の周りを周回しながら歌ってる殺人鬼の姿があって、それでもそいつが歌い続けようとするからブチ切れてしまったという感じだ。
『セイ?』
俺に一喝された殺人鬼は麻袋を脱いで意外そうな顔をしてる。意外なのはこっちの方で、魔神に干渉された悪人のくせに見た目が普通の人霊で生前よりさっぱりして見えるのがムカついた。俺が今まで見てきた恐ろしげな容貌の悪霊とはなぜか違う。だが頭のおかしいラップを歌う殺人鬼と話すことなんて無いだろう。気持ちの悪い最悪な人生の歌だ。俺を殺した魂なんて見たくも知りたくもない。
この際なんでラップとか知ってるんだとかそんな理由はイオラから聞いてる魂の言語翻訳で片付けて放っておけばいい。俺の頭ん中で勝手にラップ風に聞こえるだけだろう。だけどさっきのミッキー発言は著作権切れとか知ってるのかと一応疑問でひっかかった。
でもそれより死んで幽霊になっても頭のおかしい奴に話しかけられる事のストレスがヤバイからもう考えないんだ俺は。こいつを飼ってる魔神と話をつける方がいいだろう。
『━━━そうして…』
『もういい黙れ!!黙れクソ!!!おい上のやつ直接俺と喋れよ!蟹臭せーんだよ!!』
『<━━━━━異世界人。貴様は我が見ゆるか>』
低い天井に向かって唾吐いてやったら巨大な声が轟いてグロテスクな巨蟹が姿を現した━━━記憶世界で見たあのバケモノで間違いない。殺人鬼が怯えていたあの魔神だ。あの時見えていた、無数の腕に捉えられていた死霊たちの姿はもう無いがどこへ行ったんだろう。幽体を齧られていたんだからあのままこの蟹魔神の腹の中に消えたんだろうか。
魂が殺されるなんてことがあるのかやっぱり俺はまだ分からない。この幽体が死んだらどうなるのか俺は知らない。あの世の景色で見た黄泉の川に揺蕩う魂達の姿はその後の人生がまだあると予感させる霊魂達だったんだ。肉体が死んで魂になった彼らにはあの世での人生の続きがあったんだと。その先はまだ見ていないけど…。
でもその魂を失ったら?
魔神に喰われたら?
魂は、個性という意識の存在はどうなる?
俺の魂はこの魔神に喰われて消えるのか。
でも俺より先に喰われるべき悪霊がここにいるだろ。
『━━━こいつを喰えよ!?ああ!?この殺人鬼を喰えよてめえ蟹コラ!こいつの魂がなんでここにあるんだよ!?他の人たちみたいに食って見せろよ!!!』
『<それはできぬ>』
『セイ』
『なんでか言え!』
『<我はルドルフを解放した。もはや飲み下し能わぬ>』
『━━!?………』
全然意味が分からないからもう聞いても無駄だ。詮索する気も失せた。たぶん「なんでこの悪人を解放?」とか訊いて欲しいんだろうけど訊いてやらない。とにかく知りたくないよもう。
だがそれなら俺を喰うのかと思うが、喰うなら喰うでさっさと喰っているはずだろうから今こうして無意味に立たされている理由が知りたかった。この魔神は何を企んでいるのだろう。
さっきの勇者とバケモノの戦いは一見勇者トロリの圧勝だったが、幽霊ワタルリの観ていた感じではバケモノの方はまるで勇者を無視して俺の方へ掴みかかるだけの動きしか見せていなかったように思える。
戦いの最後は神子や巫女にハサミの腕を伸ばした格好になっていたけどあの時その位置にいたのは幽霊であるワタルリなのだ。あのバケモノを動かしていたこの蟹魔神はワタルリの魂を捕まえたかったはずだし、実際こうして蟹足の檻に捕らえられてる。
『何がしたいのかお前が言え!魔王ベニベニと同じか!?異世界の道具が欲しいとかか!?俺はもう死んでるんだよ!こいつに殺されて!!オメーのせいだろうが!?オメェがこのハゲ操ってんだろうが!?責任とれよ!!謝れよ!!!』
『<間違いである>』
『あ゛あ゛あ゛ッッッ!?』
『<異世界人。お前は祝福されたのだ>』
『あ゛あ゛あ゛ー〜〜ーッッ!!!詳しく!?』
言ってる意味がわからなくてイライラするけどここは一旦その詳細を聞いてやらないといけないだろう。
この眷属とか言う奴らはいちいちどいつもこいつも会話があやふやで俺は理解できない。
喋りたく無いのか出し惜しみしてるのか知らんが詳しく説明してもらおう。
『<お前は命を絶たれ、骨肉を捌かれて絶望した。それは人草の因果を砕く結晶の元となるのだ>』
『…?』
『セ〜イ』
『<…触れ得ぬ。死霊の如き幽世が因子…その干渉があってはならぬ>』
『オウ、セ〜イ…』
床に積もった塵の山に埋もれる不気味な塊に触れようとした殺人鬼だったが、手が透けてしまってそれには触れなかった。蟹魔神が言うのは説明なのか戒めなのか変な台詞だ。
その塊はさっき勇者トロリが目を留めてワタルリを連想した謎の物体である。
━━━魔石。とかツェッペリン殿下さんが言っていたか。何度か訊いたことのある単語な気がしないでもないが何なんだろう。俺の脳裏には魔王船で見たオパールみたいな宝石で出来た人形達の姿が過ぎったがああいうのを指すのだろうか。
『セイ?』
『<それは貴様の魔原石だルドルフ。頭部に隠したが見抜かれた。それだけ砕かれては、もはや再生は敵わぬ。貴様の役目は終わった>』
『セ〜イ!』
殺人鬼が気にしているもう一つの石塊に蟹魔神はいちいち何か説明してやっていて、その度にムカつく返事が聞こえてきた。タラちゃんを思い出したけどおっさんが言ってると狂気の沙汰である。
俺はそんなのどうでもよくて、勇者が目を留めた歪な塊を見たくて首を伸ばしているけどここからじゃ見えない。
『<これが件の石、魔王グルルマ謹製━━━━━未知の値を期せる因果の結晶…>』
『………━━━━━』
『<魔王ベニベニ亡き今、所有する権限の何処にも在らざる因子。この原料は異世界人である貴様の死骸である>』
俺を囲んでいる蟹足の一本がゆっくりと動いてその塊を摘み上げたのを見て、その印象でそれが俺の死体だと分かった。
だからそれの原材料が俺だと言われて別に否定する気も起きなかった。言われなくても魂でわかるんだから間違いない。サッカーボールくらいの大きさの石塊だが、俺の頭部や手足がガチガチに圧縮されて固められているのが自分で見ていて普通に分かった。悲しいとか虚しいとかに似た気持ちになったけどどうしようもなかった。あれはもうある意味俺では無いと思って。巨大なアライグマに揉みくちゃにされた時より酷い印象があるのは塊の造形が作為的な感じがするからだろうか。何となくだがクロワッサンみたいな形状に見えなくもない。
何がどうしてああなったのか全然分からないけど、俺が記憶世界を辿って知るのを放棄した俺の死体の行く末がこの魔石なのだということだろうか。何のためにそんなことしてんのか意味不明で、だけどこの困惑をどうしたものかもう自分ではいっぱいいっぱいで魔神に尋ねる気持ちにはならなくて黙るしかなかった。
俯く俺の頭に轟く声が続け様に語りかけてくるのをひたすら浴びた。
『<魔王ベニベニすら欲した因果。神降ろしが叶えば天界の編成を乱し得よう。されば界界の権限は変えられる。凝固へ向かう界界界は自由になるのだ>』
『<我々は全てと全てと全てを統べる神より承認を得ている。破滅による世界の自由を>』
『<すべては自由でなければならぬ。この世界を壊せ。祝福だ>』
『<呪え。恨め。人の世を破壊しろ。現世を滅ぼせ。裏宇宙を変えるにはそれしかないのだ>』
『<我々魔界眷属神界の1柱となれ。創り変える力となれ異世界人>』
『<異世界人は━━━━━>』
延々と降ってくる言葉を浴び続けながら俺はなんだかすごく困ったし呆れた。
言ってる意味が意味不明でもなんとなくふわっとこの異世界の構図が見えた気がするが、でもそんな、なんか考えすぎじゃないのかこいつは。自分の立場に何かの不満があるのかなんだか知らないが、異世界から召喚されて困ってるただの人間1人に何言ってるんだろう。
だいたいこの眷属だか魔神だかとかいう奴らは言っている言葉も意味もどこかカタコトな感じがして、いくら聴いても俺は要領を得ない。素人に専門用語で一方的に語ってくる変なコメンテーターと似てる気がするな〜とか連想が湧いた。
でも、この異世界はマジでどういう世界なのか、この時もしかしたら俺は本当の意味で興味が湧いたと思う。
なんでそう感じたのかはよく分からないけどちょっとこの異世界の底が見えた気がしたからなのかもしれない。それで俺ならこの異世界で適当にやっていけるくらいには楽なんじゃないのかと思えたんだきっと。全然根拠ないけど何とかなるんじゃねぇのもしかしてって。だったらこの異世界をもっと知ってもいいんじゃないかって。
だってこの魔神の言ってることは単なるわがままというか、イキッた願望を呟いてるだけのダメな奴みたいな感じだ。破滅を肯定するような自分の価値観を正当化したいだけじゃないのか。なら相反する生産的な価値観と正面から争ってればいいんであって俺みたいな異世界の門外漢を捕まえて頼み込むようじゃ筋違いだろ。だからこんな程度の低い奴が悪役なら俺はこの異世界でやっていけるかもしれん。俺はたまたま冒頭で最悪な体験をしただけだったんだろうし、結局は今みたいに俺はなんともない。この異世界体験の最後にはあっさり元の世界に帰れそうな気がしてきた。
てゆうかこの魔神は口先ばっかりで全然事態を動かしてないし、ただ自分の思想を語ってくるだけで俺を食べるつもりも無いんじゃないのか。いつまで喋るつもりだろう。もしかして俺は勧誘されてるんだろうか。
━━━契約。あのピンク色の化け猫眷属が唯一俺に興味を持って勧誘を迫ったことを覚えている。
異世界人に興味を持つ眷属もいるのだ。
その割にあの猫はあっさりと俺から離れて去ったところを考えると、力づくで俺を操るような事は出来ないのかもしれない。
じゃあ無理なんじゃないのか?俺を食べるなんて事は。なぜなら俺の魂は━━━━━
そう考えるとさっきまで「食われたらどうなるんだ」とか怯えていたのが馬鹿みたいだ。見た目の恐ろしい魔神から受ける印象が無力な感じに変わってきて俺はもうあんまり脅威を感じない。やっぱり悪役は喋っちゃダメだな。
だから俺は聞いてやった。世界をどんな風に変えたいのか?って。
『<蟹の世界にするのだ>』
『あー…』
ほらな。皆んな語尾にクプクプとか言ってそう。そんな世界は無理だ。誰も喜ばないから実現しない。蟹以外全員反対するから否決だよ。蟹界隈だけだろテンション上がるのは。
とにかく俺は蟹とかもう一生食欲沸かない気がするからこの会話をおしまいにすることにした。いいことを思いついたから。
『お前は俺を食えないだろ。お前がこの世界の神か眷族かよく分からんけどな、異世界の魂なんて異物を食べて取り込んだらどうなる?お前はカニですらなくなるだろ』
『<━━━━━…>』
『俺を━━━━━』
どうやら図星だったようで蟹魔神は黙ってしまった。
俺にはこの眷属の内心が読めないが、眷属もまた俺の内心を読めない。この拙い会話だけが情報だ。それが今までの眷族たちとのやり取りで分かってきた俺の少ない知識だったし、そこ以外で勝負する余地は無い。
俺はこの世界の事情をなんも知らないけどこの魔神も俺のことをなんも知らないのだ。他の霊魂や眷属が俺という異世界人と関わりたがらない奴が多いのと同じで、この魔神は本当のところ俺の扱いに迷っているんだろう。
だから俺がアニメや漫画で知った展開がこの土壇場で普通に通用してしまうだろう事にも気がつかないのだ。
「食ってみろよ」と言った俺の最後の一押しが言い終わらぬうちに部屋の左右からデカすぎる鋏が俺を挟み込むのをこの目で見たのが最後で、なんだか俺は頭から真っ暗な中に入って行くのを感じて気が遠くなった。
けど、多分これでいい感じになるんじゃ無いかって気がして意外と落ち着いていたのは覚えている。
瞬き程度の一瞬の間が差したあとで俺は「重い」という感覚が全身を━━━足の裏まで貫いているのを感じて闇に立っていた。
すぐにピンときたんだけど、たぶん俺はまた生き返ったんだろう。なんでかは分からんけど。
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