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第26話 『 返す刀 』

※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。








▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






 生前におけるかつての勇者、トロリ・ゲガール。

 彼は天命に人生を委ねて地表世界を冒険。冒険者として数多の依頼を達成し人類種社会に貢献。旅行く先々では魔族征伐にも功を成した。

 だがその最後は、ジュメリイル皇国の姫君エンメランタの依頼で社稷しゃしょくに供する神器を求めて旅立った先の冥壇大陸において複数の部族間紛争に巻き込まれ、そこへ戦事介入してきた土着の魔王ファッキン・ファック・ファッカー14世以下魔公爵72柱との間で勃発した砂丘の決戦”脚引き砂丘の戦い”に敗退。それでも冥土の神器たる香木”非時香ときじくこう”を確保し難民も連れてなんとか海上へ逃れたものの落ち武者狩りの海賊と空賊に包囲され、その最中に運悪く野生の飛魚に心臓を貫かれて死亡。臨終の際に勇者の株を実弟イグザイルに譲っている。天界眷属神アロアザールの干渉媒体として生きて死んだ命であるが故に天界に召された人霊の魂である。




『おんしゃ、幽界なんどに居るはずのない御仁ごじんにかあらん』


『━━━これも、天命なれば…』




 死神イッキからまじまじと顔を見られて霊人ゲガールは目礼した。 

 人霊の根源的因果として免れ得ぬ転生を免れ、天界で安らぐ魂であるはずの彼が幽界の船に乗っている。これは余程のことなのである。


 守護霊というのは、裏宇宙の界界法により、その守護する対象への干渉の働きに制限がある。

 現世においては守護するべき生者へ過剰に干渉せず、良くも悪くもあくまでも逐次予定される因果の変転へ生者の縁を導き、その因果の道筋が結末に至るまでの人生を予定のない”無縁の因果”による干渉から守るのが守護霊という立ち位置である。


 故にその現世の現場に配置される守護霊は小回りが効かねばならないため、霊格は主に現世に近い霊界の次元の霊魂が受け持つ。天界という高みにある魂が現世の生者個人を直接守護することはほぼない。


 それはその因果に塗れる現世において天界の魂が依りつけるほどの心境に達する生者が稀であるからなのだが、そもそも天界では諸神諸天の眷属神と眷属達が現世に降す運営企画を立ち上げから設計に管理や霊界への因果発注の下知まであれこれやっているため忙しく、大勢の生者の社会集団の因果の働きなどの大枠にこそ影響力のあるものなので現世現場の守護霊とは役回りが全く違っているからなのである。だから天界にいる守護霊は滅多と天界から下向してこないのだ。


 だが、この幽界において、その天界の企画した因果の予定を阻むモノが居るとすればどうだろう。

 それも特に天界が重視する因果媒体特定の生者個人の生還を妨害され、死ぬべきで無い因果の魂が理不尽にも奪われようとしていたら━━━━━


 その時は、生者を守護する霊魂達は己を砕いてでもその因果を助けるのである。

 天界の魂とて天降り、小回りの効く能動的な霊魂として霊界から縁者を守護する。二度と戻れない次元と位階を下げてでもそうするのだ。


 


『我が愚弟、トロリ・イグザイル。その仲間達。生者である彼らが幽界へ立ち入ったかどで、無法者となった彼らを守る法はありませぬ。界界侵犯として生者は討ち取られまする。ですが、━━━我々の目の前で、そうは参りませぬぞ』




 勇者トロリと似た顔立ちの男性、トロリ・ゲガールは毅然として言い放った。舟板に立つその姿は生前に若くして死んだ時のような冒険者の出立に、腰には一振りの剣さえある。


 界界侵犯の無法者はどう扱われても仕方がないが、それは逆に、助けることに咎めもないのだ。この幽界という曖昧な世界ではその辺が霊魂任せな気風がある。




『━━━━━…』




 ゲガールの放った声の先、近づいてくる小舟の舳先に立つ白面モンタナは少し顎を上げただけで所作が無い。

 その斜めに構える幽界眷属の船は河水をゆるゆると流れて巨船に迫り、死神達と守護霊達の小舟の舟腹の手前で止まった。




『…』


『…』




 衆目の視線を集める白面モンタナは動かず、一言もない。死神達も守護霊達も動かずにいる。

 霊魂の内心と因果を読み取る彼らの会話には必ずしも会話を必要としない。


 ただ、この場合は位の下がる地獄の囚人・幽界眷属のモンタナは死神眷属イッキ達の内面は観えない。高位の霊魂である守護霊団5人に対しても心情の表面を知ることが出来るのみで、その内心や因果までは知ることが出来ないのだ。それは守護霊達から観ても白面モンタナの素性や因果までは白面の特性により阻まれて見え無いだろうが、しかし死神眷属であるイッキ達からは全て見られてしまうだろう。

 そのモンタナがこうして観られるままでいるのは害意の無さであろうか。


 巨大な船影に立つ霊魂達の姿を因果の河水が黒く映していて、それらを取り巻く小舟の群れに立つ白面達の顔顔が不気味な花のように浮かんで見えた。




『(早く乗り込まないと、この状態は目立ちますね…霊界眷属が来る前に乗り込んでしまいたかったんですが……翼人部隊が来てしまうな…。あの5人は斥候せっこうでしょう…)』




 巨船の影を取り巻く船溜りの中にいて一際精悍な佇まいの若者、白面を被っても額の広がりが見える一人の幽鬼ヴァイスはそう独言ひとりごちた。苛立たしげな焦りの混じったその嘆きに周りの白面は答える者がない。


 死神イッキとランマとクーガの姿はさっきまで白面の部隊にいた人員だったのだから分かるが、その横の小船に乗っている5人の霊人はヴァイスに初見である。

 だがこの状況からして5人の霊人はおそらく勇者トロリに関連する縁者で、その因果の身柄を後援するであろう天界や霊界からの使者であろう事は察しがつく。この白面およそ500人に対する人数には少なすぎるから、物見の斥候であろうということも。

 であれば、その後に控えているのは霊界の大部隊だ。この幽界眷属である白面達との戦場を魔王船と見込んでの先見隊であろう。


 それを察して白面ヴァイスは焦りにかられ、不安になっているのだ。

 この巨船は魔王の結界により幽界から半ば独立した特区界域。現世でもあの世でも直接戦うことがご法度な眷属達が矛を交えるのにおあつらえ向きの場所ではある。ここでなら魂の格や権限の上下に関わらず打ち消しあえる、同じ土俵の上と言えるのだ。


 だが、しかしそれでも、幽界の契約眷属で地獄の囚人という半端かつ下賤な身分の自分達が、霊界の眷属など高位の魂を相手に取って勝ち目があるだろうか。

 彼ら地獄の囚人が生前の時分に他者を廃して己が我儘の限りを尽くせたのは、それはその自我の増長に与する悪神邪神の眷属から力を得ていたからなのだ。

 ━━━他者を挫く力が欲しければ、邪神への願掛に無辜むこの生贄を捧げ続け、不死身と怪力を手に入れた。

 ━━━尽きない富が欲しければ、魔神と契約し魔法を得て人造魔石の加工品を売り捌き、何処にいても大金を作れた。

 ━━━大勢を従える名声が欲しければ、悪神を祀り衆人に呪いをかけて洗脳し、人類社会のあらゆる権限を好きにした。

 

 そうして得た筈の万夫不当ばんぷふとうに至る異能が今は無い。

 生前得たその異能の力の取り立てに親神へ支払う悪徳が尚も足らず、その分は地獄への刑期と充てられて白面達の今が在る。

 今の彼らは自前の因果の姿で在るだけで、借りていた異能も無しに格上との戦いに勝つ自信のある白面幽鬼は少ないのだ。


 そして、こうも思う反面がある。━━━━━本当は、罪を犯して存在する魂の俺たちなんかは、存在する意味がない。解体されて消えてしまった方がいいんじゃないか━━━━━と。




 以下は、白面を被った黒装束の幽界眷属という正式な名称も無い彼らについてである。


 白面達は幽界を管理する諸神が幽界の治安を守る手駒という名目で編成した特殊部隊だ。その構成員の魂の素性も因果も諸界に向けて公表されておらず定かでない。


 その人員は実のところ、冥界の一角に界域を間借りして存在する地獄界に収監されている囚人達である。つまり因果の罪人達ともされる魂達なのだ。

 その罪人達の寄せ集めが幽界の異変に応じて対処に差し向けられるという事なのだが、その素性が定かで無いという人選には幾つか理由がある。


 一つには、それこそ幽界の秩序のために、素性を隠す必要のある地獄界の囚人が逆に選ばれているのである。

 

 ”あの世”である裏宇宙ではお互いの魂の内心や因果を見て取れてしまうのだが、その界域の中でも様々な界界の魂たちが行き交う幽界においては、他の魂たちの因果への悪影響を避けるという名目の上で地獄界の囚人たちに秘匿性を付加する名目が成立するのだ。だから逆に因果の罪人達を幽界で利用しているのである。


 それが囚人たちの顔を覆う飾り気のない白面や黒装束という衣装に付加された冥府の神の神徳で、着用する囚人たちがその素性や因果を他者から読み取られる裏宇宙の摂理をほぼ免除している。幽界を行き交う死霊達からは得体の知れない集団にしか見えず、いたづらに己の因果の汚点を煽られる事はなくなるというわけだ。

 霊界へ向かうどんな死霊にも生前の人生で反省するところがあるにせよ、それで罪を煽られて自ら地獄へ向かう死霊ばかりとなっては霊界が困ってしまうから穏当な処置である。それは地獄界としても囚人ばかり全然いらないからそれでいい。


 ある意味では諸界にとって公平な処置がされる、幽界を維持するために必要な集団なのであった。

 そういうわけで鬼畜な性分の囚人たちが幽界の治安部隊などというような集団に採用されているという背景があるのだ。


 ところが、この人選の理由にはもっと根本的な裏宇宙の事情がある。

 それは地獄の囚人達の魂の処分であり、幽界眷属白面の人員補充、そして地獄界に保管する罪の因果の更新なのである。


 彼ら囚人は幽界の鬼となり白面を被って働いているが、魂の本体は同時に地獄界にあって苦しみ続ける分霊だ。冥界という閉ざされた界域の一角を囲う地獄界で、己の因果の罪状のために収監されている囚人達は自身の因果の磁力から逃れることができない。

 さらには、その囚人たち各個の罪の因果は地獄界を構成する”罪の親の祖たる根源的罪の因果”━━━━━それは元となる古神ふるかみの”とある原罪”なのだが━━━━━その磁力が強力に彼らの魂を地獄界に引き付けて離さないのだ。


 その己の魂を地獄の檻から出所させて現世へ転生するのが彼らの望みである。

 それには、幽界の河原から黄泉の因河の八潮路を渡り霊界の岸へと赴く魂達━━━現世で死んで祖霊から導かれる死霊達━━━の中から、罪の因果の重そうな魂を引っ捕まえては地獄へ連行する。そうしてこの白面の”鬼”の役目の後釜を確保することで、代わりに囚人が地獄の出所を許可されるのだ。

 そうする事で彼らは地獄界から現世への直接転生となり、晴れて娑婆しゃばの現世たる表宇宙の娑界しゃかいへ転生する事が出来る。罪の因果を受け入れる転生企画の口に充てがわれて受肉し、そこでようやく”何でもあり”の現世で己の罪の因果を変えていく為の新たな因果の変化を作ってゆくことが可能となるのだ。


 これは地獄界の鬼神といった神々の願い、いや悩みと言っていいだろう。


 地獄界を監督する眷属神にあたる鬼神はその神通力でもって容赦無く罪人を罪悪感で締め上げる権限ある鬼達だ。その下には眷属の邪鬼や悪鬼といった鬼達が無数にいて眷属神の神通力を預かり、囚人達に繰り返し繰り返し己の罪の内容を何度も何度も再現させて追体験させる事で苦しめる。そうすることで罪人の因果を鮮度よく保ち、活きの良い、罪悪感に溢れて目がキラキラした状態で現世へと送り出せる。

 それで地獄界としては諸界へ面目が立って裏宇宙にそれなりの界域を保持することが出来ている。


 だが、それにも程度というものがあるのだ。

 囚人が増えすぎても困るし、何より似たような罪の囚人ばかり増えては最も困る。

 似たような罪の因果にも現世に送り出して人類社会を作る上で一定の需要はあるものの、しかし諸界諸神はその罪の因果の転生企画採用に際して”同じことの繰り返しばっかり”となることに価値を置かないからだ。

 その為、その現世へ送り出す罪の魂に価値が無くなれば「地獄界って何のためにあるの?」ということになり界界縮小や凍結の沙汰に陥りかねない。そうなっては地獄界を構成していた眷属達は一挙に役目を失い親神に魂を食われて”魂の個性”を失ってしまう。


 だから諸界の現世運営企画に配置する罪の因果の需要に応えるべく、幽界から霊界へ渡る魂達の中から罪人をなるべく確保し、代わりに解放した囚人を転生させ、その死後に変化した罪の因果をまた収監する(9割方の魂はまた似たような罪を犯し地獄に戻ってくる)という因果の循環を囚人達自身に回させていかねばならないのだ。


 ━━━━━という訳なのだが、そんな彼ら幽鬼の前に特別な獲物が現れることが間々ある。

 幽界を渡る死霊ではなく、紛れ込んだ生者達だ。


 生者が肉身でもって現世から異界へ渡ることはこの世界”界界界”全界の法律で許されない。

 とはいえ、━━━エルフの霊里━━━魔族の別荘━━━そういった幽界に作られた異界へ足を踏み入れる人間達は時として有りがちな闖入者ちんにゅうしゃではあるのだが、しかし裏宇宙諸界からは界界侵犯と断定されて無法者として扱われる。その異界でどんな存在からどんな扱いを受けても無法者を守る法は無い。生者である人間の方ではそんな異界の法律など知る由もないのだが、関係ないのである。


 発見された生者は無論のことその場で殺され、その魂は特殊な処分を受ける。地獄へ収監されるのではなく、冥界へ留置されて永い永い時間をその変化の乏しい世界━━━”廃棄された世界”で暮らすこととなるのだ。

 無数の守護霊や縁ある魂が支えて存在したはずの生者の魂は、その冥界での”何も起こらない暮らし”で膨大な因果値を棒に振ることとなるのである。鬼畜の所業と言える理不尽だろう。


 そして肝心な事に、その無法者がなぜ特別な獲物なのか。

 それは━━━その捕獲を成した囚人は、冥王による特別な褒賞『冥王の部屋』に招待されるからだ。

 『冥王の部屋』はその界域の冥王1柱と謁見、━━━というよりテーブルひとつ挟んで小洒落たソファに座り、同じ目線でざっくばらんに会談することが許される特別な場なのである。

 それは単なる茶会ではない。そのゲストである囚人が冥王から気に入られれば、かなり色んな要望を聞いてもらえたりする千載一遇の機会なのであるばかりか、傍聴客である謎の覆面”顔なし”達から召抱えの声がかかる時があり、希望する特別な転生や冥界眷属採用などが斡旋されたりして人草の輪廻から外れる”星の座”への道が開かれて行くのである。


 ともかく、生者の魂の捕獲は単なる新規罪人の死霊を獲得するのとは別格な勲功となるのだ。

 それ故にその獲物に執着する得体の知れない白面達の異常な様は”鬼”とも言い表されるのであった。


 だからこそ━━━━━




『もう待てませんよ、━━━イッキさん』




 波いる小舟の一つに立つ白面の若者ヴァイスは右手を振って号令を発し、巨船を囲む全ての群船を動かすと自身も櫂を漕ぎ出した。

 べつにこの若者が幽鬼達を先導する立場というわけでもないのだが白面達は皆息を揃えていて、それぞれが鉤縄など取り出して我先にと巨船へ侵入を試み始めてしまっている。


 これでは何のために白面組頭モンタナが一人で何かの折衝に出たのか分からないが、しかしそもそも彼らは結局こうするつもりなのだから彼らにとっては何の問題もない。

 ただ、何のためにモンタナは死神や守護霊の前に立ったのだろうか。




『━━━なんじゃあ、こがぁ船ぁ魔王さんとこのじゃったんかよぅ。えらいもんじゃのぅ、幽界に特区なぁこさえてからに…』


『儂等ぁ今おどれを観て知ったところじゃが、信じれんのぅ…魔王ベニベニ・シャンカラが討たれよるたぁ。じゃけん解体っちゅう訳かい。じゃが、おどれらぁ白面は勇者トロリを逃したままじゃろうのう?それが船の始末じゃて忙しいのぅ…』




 死神眷属ランマとクーガは船を寄せてきて無言で立っている白面モンタナのその白面によって隠されている因果の情報を権限によって読み取れる。そこから知り得た白面達の集合の動機に魔王ベニベニの死去を観て取って、幽界諸神の手配の早さに感嘆を漏していた。


 魔王がわざわざ幽界に作った別荘のようなこの巨船は丸ごと黄泉の河水に沈められ、膨大な因果値となって表宇宙の現世へ解放されるのだ。魔王が死んだら相続者が居ないこの巨船を解体しようと予め諸神は取り決めていたのだろう。だから丁度この幽界を動き回って勇者トロリ一行を捜索していた白面達をそのまま急遽として魔王船突入部隊に組み込んだということらしい。


 そんなことに関わり合いのない死神眷属達にはどうでもいい事柄ではあったが、仲間のブンヤとスガルが乗り込んでいる今は解体に着手されるとちょっと困る。

 何の因果か勇者トロリに関してもこの巨船に潜伏している可能性が非常に高く、その守護霊まで立ち会っている今となっては紛れもなくて、この流れは出来過ぎているように思えてランマとクーガは気味が悪くなってきた。


 自分たちの知り得ない諸神の企ての渦中に知らず知らずのうちに巻き込まれているのではないか。

 そうでなくてもこの状況は、このままでは修羅場の中で白面達に勇者トロリが殺される前に急いで身柄を探さして”死”を判定せざるを得ず忙しく、守護霊達が先に発見した場合にでもそのまま担当死神になるべく急いでついて行かねばならないから忙しい。守護霊達と白面達は激闘するだろうし、それがこの幽界の理の外でとあっては自分達もとばっちりを受けるかもしれず危なっかしくてならない。死神眷属としてゆるゆる過ごしてきたランマとクーガにとっては気が億劫になってくるのである。


 ━━━━━どうしたものか、と思って若手の死神イッキの顔を見上げたランマとクーガはギョッとした。

 イッキは嬉しそうに目を細めて口角を上げ、白い歯を見せて満面の笑みでいる。巨船を取り囲む白面達の様子を見回してはニヤニヤ微笑んで肩を揺らしている。笑うことの多いこの男に珍しい表情ではないとランマとクーガは分かっているが、それにしてもこの状況にはそぐわず不気味ではないか。

 そのある種狂気を孕むイッキが何を考え、何の因果を含んでいるのか、ランマとクーガには観て取れなかった。




『ちゃちゃちゃ…騒がしいっちゃのぅ。鬼さんも現世へ生まれとうせ思いよんなら、さ、この河へ飛び込んだらどうじゃ』


『━━━。…それぁ、できるわきゃあねぇ…自分が自分でなくなっちゃあ意味がねぇんだ。…また会ったなぁ、死神の旦那ぁ』


『意気地がねぇのぅ。いつまで鬼ごっこするつもりぜよ?』


『はぁ。…アンタらぁいいよ、幽鬼だろうが獄門だろうが簡単に抜けて、元の死神だ。…罪がねぇんだからなぁ、罪が…』




 仲間達が一斉に動き出しても黙ったままで何も動こうとしない白面モンタナ。その沈黙を破ったのは軽口を叩いた死神イッキであったが、それが今までほとんど動きもしなかったモンタナに首をふらせ、大きなため息をつかせた。


 そのモンタナの首には剣の切っ先が突きつけられている。

 ━━━否、元勇者ゲガールが霊魂ながらいつ抜いたのか斬りつけたその剣の中程をすんでの所でイッキの伸ばした腰の剣柄が押し止めていた。




『なっ…邪魔立て━━━!?』


『ほぉ〜危ない剣ぜよ。ゲガールさん、おんしゃあ、流派は浪月八眷流ろうがはっけんりゅうか。珍しい、懐かしい剣線じゃ。…それに、こんつるぎは霊界眷属の霊剣ちゅうやつがか?飾り気のない美しい刃ぜよ』


『…イッキ殿、死神が因果に介入しなさるおつもりか』


『うんにゃぁ?儂らぁこの幽界で争ってもどうにもならんが、ここは”魔王船”の圏内やき…得物を振り回しゆうがは危ないと思うての』


『…それがっ━━━ぐっ!?』




 イッキは己の剣の柄を片腕の肘で押してゲガールの剣の刃に当てているだけである。だがゲガールの剣線は死神イッキの剣の柄に止めらたまま押そうとして押せず、引こうとして思うように引けず、イッキの操る柄の動きに体制を崩され船板に膝をついてしまった。


 ━━━━━一瞬、ゲガールの意識に死がぎっている。

 生前には対人戦の撃剣でも数多の手柄をあげたゲガールが死神イッキの絶妙な剣技に膝をつき、信じられない思いで間合いも取れずにいたのは一瞬の隙であった。その間ゲガールは討死するはずだったのである。実際その場のモンタナが鉾を突けばゲガールは体を躱すほかなくて黄泉の河水に落ちてしまったろう。そうなれば魂は離散して討ち死と同義である。

 だが━━━━━




『━━━霊剣、か…何で”剣”なんだろうなぁ…銃とか弓でも〜いいだろうによぉ。…魂が死んだらぁ、ど〜なるんだろうなぁ……』


『…』




 聞こえたのは静かに波打つ黄泉の河水の水音、それに紛れてぼそぼそ降ってくる、当の白面モンタナがだるそうに嘆いた声だけである。


 この幽界で争って霊魂が害を受けても元居た界界に戻るだけだが、ゲガール自身が手に持つ霊剣のような神器で斬られればどうなるか分からない。その天降りの霊人が掲げる地味な剣の放つ剣気は尋常ではなくて、斬られればただでは済まないことはこの場の誰もが一目で分かっているはずである。それに、この小舟の位置は巨大な虚船”魔王船”の結界に近接しているため幽界の理が半ば遮られることも。


 高位の霊人ゲガールを討てる機会であったというのに白面モンタナはそっぽを向いていて、既に死神イッキもゲガールを見ていない。

 彼らが見ているのは近づいて来た一艘の小舟に乗る背筋の伸びた青年の姿だ。




『こじゃんと、鬼どもっちゃぁ連れて来たのぅヴァイス』


『━━━多すぎましたかね?イッキさん』




 死神イッキから名前を呼ばれた白面の青年は親しげに船を寄せて来て止まった。

 白面ヴァイスは霊人ゲガールの方を見ようともしないが、その雰囲気にはどこか他の白面達とは違うものを感じてゲガールは凝視してしまっている。一瞬、味方が来たのかと思ったのだ。


 これは奇しくも古の勇者ヴァイスと現行世界の元勇者ゲガールの対面であったのだが、霊人の位階に降っているゲガールには白面の素性までは分からない。ただ、ヴァイスの白面の下から僅かに伺える心理の表層を観て取って、それが敵とは思えない雰囲気なので困惑していた。




『━━━んにゃ、なんちゃない。いちゃ。仲間は多い方が楽しいきにのぅ!』


『……死神殿、これは…』


『ゲガールさん、もっと世界を大きゅう見ゆうが良いぜよ。儂らの敵ぁおぁさん達の敵と同じやき。儂らが争うことはないがじゃ』


『━━━…何を……』


『儂らの敵は、魔神じゃ。━━━いや、魔界企画ぜよ』


『…それは……』


『もっと言えば、こん”世界”がやき』


『…?………』


『0の因果…この魔王船にある因果じゃ。それで人草の罪も、天界の上の神意も、冥府の暗闇も、ここから全部を新しゅうするんぜよ。━━━━━ゲガールさんも一枚噛まんかえ?』




 こいつは何を言っているんだろう━━━━━天降りの霊人ゲガールは呆然とした。

 その呆然とする心とは裏腹なことに、イッキが笑って差し伸べる手を取ってゲガールは立っていたのである。というのは差し伸べられたその手にゲガールの霊剣があったからでもあるのだが、いつの間に取り上げられていたんだろう。


 時に人の心は理屈を超えてしまう。その瞬間がどうして訪れるのか、損得や義心を押しのけて、因果の呪縛を解き放つ予感が目の前にある時に意外な意を決してしまうのかもしれない。

 めちゃくちゃな事を言っている死神眷属イッキの何に惹かれたのかゲガールは分からなかった。


 その様子を側から見ていた死神眷属ランマとクーガはもっと訳が解らずにいた。慌ててイッキから離れて巨船へ乗り移ろうとしたところを白面達に捕縄や鉤棒をかけられて取っ組み合いになり、そのままどうなったか姿が見えなくなっている。


 守護霊4人も意味不明でいたがそれどころでなかった。白面達が静かに侵入していく魔王船の中にいる勇者トロリ一行の保護に向けて既に乗り込んでいる。


 静かに揺らめき、微かに船板を打って波音を立てる黄泉の因河。

 青か黄色か紫か、曖昧な空色を朧げに隠した雲霞に覗くのは3つの太陽。

 それらが観ている巨大な船の暗がり。


 ここで眷属達の謀反は始まったのであった。






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