第25話 『 集いの船影 』
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清らかな大河の流れが黒く見える。巨大な船の落とす影は因果の水から表情を奪うかのようだ。
その黒い河水に浮かべた小舟は巨船の船底近くに寄り添って影の中にあり、黄泉の河を行き交う船船から見ても暗くてちょっと様子がわからないだろう。
『まっこと…こじゃんと厳い船ぜよ』
『イッキ、座れ。わりゃぁ目立つけぇ』
『落ち着きがねぇのぅ』
死神眷属ランマとクーガは嗄れた声で注意したが、仲間のイッキは腕組みして舟板に突っ立ったままだ。その背の高い背筋をやや反り返らせて、しげしげと巨船を仰いでいる。
甲板や船腹が前後にも左右にも張り出して上へ上へと重ねられた異様な形状の船なのだが、しかしイッキがただ物珍しさに巨大な虚船を眺めている訳ではないことは、ランマとクーガには分かっている。
この船に勇者トロリ一行の生き残りが潜伏しているかもしれないという、根拠の微妙な期待が却ってイッキの目を欹たせてるいるのだ。
そうともなかなか思えないでいるランマとクーガが胡座をかいて身を縮めていると、小舟に立つイッキは暗い中でも余計に目立った。
『あの異世界人の縁の渡りやき、勇者トロリはこの船のどこかに居るかもしれんよってに』
『居るかのぅ…』
『生者がこの幽界に紛れ込んどりゃあ、その気配は目立つはずじゃからのぅ』
『ちゃちゃちゃ…な〜にを呑気なこと言っちゅうがぜ。お前んらもよう見んかや、あの4〜5階の船体はずいぶん横に張り出しちゅうが、どうなっちょる思う?柱らしい物が無いがやき、よう崩れんと支えとうぜよ。しかし船ぁ傾いたりせんのかや…』
『…じゃけん、ブンヤとスガルが入ったんじゃけぇ一通り見てくるじゃろ』
船の外ばかり見ていて見つかるものかと、ランマはやる気がない。ランマとクーガは老齢のためか物事をやや諦観する向きがあり、こうして小舟に座って辺りを警戒するのもすぐに気が億劫になってかゴロンと横になって肘枕をしている。というか若いイッキがいるんだからお前頼むわという感じだろうか。ただ、イッキがやけに熱心に船を見ているのは、これはやっぱりイッキという男はこの船の異様を面白がってキョロキョロしているだけかもしれなくてランマもクーガも呆れてしまった。
しかし、この途方もなく巨大な船の中に入ったブンヤとスガルが人を探して回ると言っても結構な時間がかかるだろう。異世界人ウシトラ・ワタルリを連れた死神ブンヤとスガルがこの巨船に乗り込んだのはついさっきのことである。
転生企画の異世界人をゴブリン界に引き渡す案内の名目で黄泉の大河に小舟を浮かべた彼ら死神眷属は、この巨船の船首像がゴブリン界の印の一つである”眷属神・一角のフンババ”を象った彫像であることから舟を寄せていた。
実際の目的は中洲の死闘から逃亡したであろう勇者トロリ一行の捜索なのだが、その行方は全く分からない。
だから、その勇者トロリに縁のある異世界人ウシトラ・ワタルリの因果の縁を用いれば見つかるかもしれないという所に懸けているのだ。
とはいえ、そのことを異世界人自身は知らない。彼ら死神眷属は異世界人ウシトラ・ワタルリに秘密でその身柄を利用している。
この”知らない”とか”秘密”という所に見えない縁の干渉を寄せる企図が在るというのは正規死神眷属ブンヤのみ知り得る理であったが、それが上手くいくかどうかは仲間の眷属であるイッキ達にも分からなかった。
『…さて、留守番は性に合わん。おまんら、そうは思わんがか?』
『あぁ?』
『イッキよぅ。わりゃ、抜け駆けする気か?』
『儂らじゃてこんなぁ船の見張りなんぞやりとぅ無いわぃ』
『おぉええやないかぃや。儂らも入ってしまえばいいぜよ。この船影で見張りなんちゃしとっても何にもならんがぜ』
巨船の舟底に横付けして見張りをしていて、もし幽界眷属の船乗りに見咎められても事態はややこしくなるばかりであろう。スガルとブンヤを置き去るわけにもいかないし、”死に鎌”を見せて権威を示し黙らせるなんて事はそう滅多とやる物ではない。余計に怪しくなるかもしれない。結局はこの巨船に逃げ込んでブンヤ達と合流することになりそうである━━━と、イッキは言いたい。
そう話すイッキや巨船の方を見て(それもそうか)と思案したランマとクーガは、ふと遠くの船影の隅に一艘の小舟がゆるゆると近づいているのに気がついて目を剥いた。
『━━!…(しもうた…)』
『(あれぁ何ぞ…ここでは分からんのぅ)』
『(……やはりのぅ)』
この巨船の近くにいると不思議なことに裏宇宙の理がやや薄れるのである。それは表宇宙の現世に近いような感覚で、眷属といえども、魂達のお互いの想念や因果の受信というものがよほど近づかないと認識できないのだ。それに、読み取れてもその相手の因果の奥までは観えない。相手の霊格や距離にもよるのだが━━━
『ほいだら━━━』
『『!?』』
それならば、とイッキは櫂を漕ぎ出して小舟を動かし始める。遠くに現れて不審な船へこちらから接近しようというのだ。
ランマとクーガはギョッとしてイッキを制したが遅かった。向こうの小船もこちらに気がついて船を寄せてきている。
『おーぃ!やあやあ、おまんら何しちゅうがぜよ。おぉ霊界の岸から来なすった人霊さんかよ…なんと━━━』
『━━っ…』
『…?…あなた達は…』
『━━眷属様ですね…?』
『冥界のお使いの方かとお見受けしますが…もしや…』
『…』
『…左様。汝等と目当ては同じじゃ』
『勇者トロリ・イグザイルの縁者共か━━━』
霊人達も死神達も思わぬ遭遇でお互いちょっと驚いてしまった。小舟に乗って現れた魂は5人の霊人で、しかも勇者トロリ一行の守護霊達━━━その各代表の霊人たち5霊なのである。眷属霊という人霊の魂を上から覗ける死神眷属の立場からは、この巨船の異様な磁場の中にあっても霊人達の因果の背景が読み取れる。
それは観てすぐに分かったことなのだが、勇者トロリ・イグザイルとその仲間のグラバー・キャシー、王子ツェッペリン・ギリュー・ミカルガ、神子ローチェ、巫女ティッピ、━━━━━この5人が生存しているという事のようだった。それらがこの不審な巨船の船内に生きて潜伏しているのだと守護霊達は既に見当をつけていて、こうして遣って来ている。
その見当というのは━━━━━
『”黒”か━━━』
その因果が見えずに、眷属ランマは嘆いた。
眷属霊といえども観えざる人霊の因果の一部分━━━そこが、暗く陰って観ることができない。これは、その部分的な因果の背景に正規眷属以上の上位権限による干渉があることを示している。ランマ達のような契約眷属には知り得ない機密情報なのだ。
勇者一行が冥界を旅する間は同行できなかった守護霊達。彼らは再び勇者達が生きて現世に現れるのを霊界で待機していた。
それが思いがけず幽界に勇者達の魂の気配を感知して守護霊達はすぐさま霊界を出向したものの、魔王戦の影響で常になく霊魂でごった返す幽界での移動に手間がかかり、中洲に到着した時には既に誰もいなかった。そこからが━━━━━暗くなり━━━━━とある干渉があって、勇者一行の所在を知り得た守護霊達はこの巨船へと船を進めて今ここに居るという事のようだ。ランマ達にはそれだけしか分からない。
何処の神の干渉か分からないが、ともかくこの巨船に勇者トロリ一行が居るというのは確定と言っていいだろう。死神眷属達は顔を見合わせて、巨船への突入を決めた。
この守護霊達に付いて行けば勇者トロリもすぐに見つかるだろう。ブンヤ達の連れて行った異世界人の縁に任せるよりも手っ取り早いというものだ。
だが━━━━━
『担当の死神がおったようじゃが、どうしたんじゃ。汝等の守護する人草にも死神が付いておったのは今観て分かったが━━━』
『何故、冥界へ随行しよらなんだ?』
『その通りじゃち。死神眷属が付いておって、共に冥府へ下れんということは無いきにのぅ』
『それは…━━━━━』
『『『『『…………』』』』』
『いや、無理に訊き出すつもりは無いがじゃ。儂らも死神やき、ちっくと気になってのぅ━━━━━』
死神達が気にするのはやはり死神達のことである。
どういうことなのかというと、他の死神の担当する生者に手をつけたとなっては同じ界内でも揉め事になるから御法度なのだ。勇者トロリを元々担当していた死神というのがもし居るとすれば、イッキ達死神眷属は引き下がらねばならない。
このことは中洲で勇者トロリ達を見かけた時から「担当する死神眷属が付いていない」とイッキ達は気がついて、それを後から「やはりそれは変だ」という事になって勇者トロリの死神を担当するべくイッキ達死神眷属は捜索していたのだが、それが今この守護霊達から知り得た因果情報では逆なのである。勇者トロリと神子ローチェ、巫女ティッピ、この3人には1柱づつ死神眷属が付いていた因果の形跡を観て取れたのだ。
それら3柱の死神眷属達はイッキ達の親神にあたる死神”ホト”とは別の死神”クンマ・モートゥ”を親神としている眷属達であった。
その死神眷属達が、勇者トロリが冥界へ下る際に同行を辞すとともに担当死神を解約している。死神が途中で担当を外れるような事態というのは少なく、その事情はイッキ達死神の知りたいところである。だがこれもまた”因果の黒塗り”になっていてイッキ達が知り得ない情報なのは、やはり親神が別であることも関係しているだろう。
ちなみに、通常は『死神』という存在が付いているという事を生者の人間達自身は認知出来ない。だがその生者の守護霊達は死神との連携をとっていて『人霊別死因予定帳』の閲覧確認を死神側に許可しているから、その担当を外れるなどの事情は守護霊達ならば知っているはずだ。
だからもし彼ら守護霊の口から直接その背景の事情を教えてもらえればイッキ達には良かったのだが━━━━━
『こりゃ、そうもしちょれん状況にかあらん…』
巨船の巨大な船影の外側には遠巻きに少しづつ小舟が集まっている。様子がおかしい、とランマやクーガがイッキの袖を引いた時にはもう船船が舳先を揃えて河面を埋めていた。巨船はすっかり小舟の船団に囲まれているのだ。
乗っているのはどれも編笠を目深に被った黒装束の者達━━━それが幽界眷属の白面達であることは、ついさっきまで入隊していたイッキ達が見紛うはずもないだろう。
『多いのぅ…』
『━━━む、…』
戸惑う死神達に先んじて白面達の船団に動きがあった。船列から一艘の小舟が進み出てくると、そのままイッキ達の小舟の方へとやってくる。何か話をして、死神達の動きに探りを入れようというのだろう。死神イッキ達は白面達の目的を勇者トロリの捜索と既に察しているが、白面達の方では死神達の目的は微妙に分からず、敵対するものかどうか判断がつかないでいるに違いなかった。
出てきた小舟に乗っているのは白面5人である。舳先に立って体を斜めに傾けている不遜な態度の男も他の白面と同じような面を被っているが、彼は乱暴な白面の一団を纏めるほどに剽悍な武辺者で名の通る人物だ。左手に下げ持つ鉾は乱雑に複数の刃や鉤が飛び出た形状で、長柄の一端には鎖や分銅までついているのが捻くれた性格を思わせないでもない。
『あれぁ確か、モンタナっちゅう組頭の奴ぜよ…』
『さて…』
『うむ…』
『『『『『……』』』』』
死神ランマとクーガはよっこらせと船板を踏んで立ち上がり、白面モンタナとの対話に応えるだけの落ち着いた構えだ。イッキ達は冥界眷属で死神の契約眷属とはいえ、単なる地獄の囚人で幽界の契約眷属という半端な身分の白面達と比べるとそもそも立場がずっと上であるから争うまでもない。
だが、勇者トロリ一行の守護霊達5人は白面達に目を据えている。彼らは霊界に籍を置く霊人達であり、高位ではあっても眷属ではない人霊だから立場は白面達にやや近い。
地獄界から幽界へ派遣されてきた白面の集団━━━そこにさっきまでほんの短い間所属していた死神イッキ達には、白面達の目的や素性までが分かっているのだ。だが、勇者トロリの守護霊達には初見の相手だろう。それに人霊である守護霊達には白面達の素性や因果を観て知ることは出来ないから得体の知れない恐怖があるはずだ。
だがそれでいて、幽界の鬼━━━諸界からは”幽鬼”とも称され、また鬼達自身が”鬼組”とも自称する白面達の幽界における残虐非道な行いは、幽界の河原を歩き黄泉の大河を渡ったことがある魂ならば誰でも知っている。白面という幽鬼の存在そのものは守護霊達も無論のこと認知しているのだ。
『死神様のお察しの通り、私達は勇者トロリ達の因果を守護する人霊です。━━━トロリ・イグザイル達はこの船の中で生きています』
『我らの守護する生者の命を、因果の命運を絶とうとする鬼共を我々は許容できません』
品の良い装いの守護霊達5人が発する毅然とした空気は、白面達への対立の様相を呈している。
そのうちの1人、勇者トロリの容貌に近い守護霊が先代・49代目の奇遇の勇者トロリ・ゲガールであることは、その因果の背景を観た死神達にはすぐに分かった。
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※悲報※
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短編 ~ 平和な村の終わり ~




