第4話 『 魔法少女とバケ猫の勧誘』
※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。
紅い靄の薄明かりに照らし出されて、人影の姿が朧げに分かる。
バケ猫に見られているのは、髪の長い小柄な少女だ。
少女は猫の異様に動じた様子がない。
少女の、睫毛の長い瞼の中の瞳はバケ猫を射抜くかのように見返している。
「dphmうsっk、ニャオス」
「…Z図hぼれれ…dfvk……ニャ〜オス」
少女が何か挨拶めいた言葉をかけると、猫のバケモノもまた似たような言葉をゆっくりと返した。
言葉を使うバケ猫はその外見に似合わず野太い声で、なんだかギャップがあって底知れぬ不気味さを醸し出している。人間のように言葉を話すその様子と相まって違和感が凄い。
「━━━━━━━━━━━━━━━?━━━━━……………」
ワタルリの脳が何か変な錯覚を覚えた時のように一瞬前後不覚なった。
「動物が人の言葉を話す」という事実を認識するのに脳が自動的にその認識を一回拒絶するのだ。「動物は喋らない」という観念が絶対なため脳がバグるような感じになったのかも知れない。
猫が、動物が、言葉を話す━━━━━わけがないのだ。
だが動物が喋っている。
いや、この生き物は動物ではない? いやいや、動物でも頑張ればワンチャン喋れるのだろうか?
━━━━━ていうか、ここは異世界で、俺の知る世界じゃないんだ。違う世界。だからおk
俺はたぶんマジで異世界にいる…ということに、一旦そういうことにしておこう
もう、夢という感じでもないわこれ…
周囲は赤い靄の薄明かりでボンヤリと、部屋の内装や人が数人居る様子が朧げに見えたり見えなかったりする。女の子が3人というワタルリの見当は当たっているみたいだった。
空間はまるで小さいライブハウスの暗闇と怪しく明滅する照明の色のコントラストみたいで曖昧な雰囲気だが、ワタルリ自身の意識はハッキリしていた。バケ猫と少女の会話がしっかり耳で聞こえるし、自分の不安げな心臓の鼓動から体重の重みが両足に掛かる感じまで、意識下にある。
自分の感覚に意識を向けるうちに、一寸前の記憶にまで意識が及ぶ。━━━━━確か、空を飛んでいたはずだ。あれはありえない光景だった。
それで、それなら今はこれ間違いなく現実の出来事だろうと思い改めて、黙り込んだ。
ワタルリがそうして内省しているうちに少女とバケ猫の間で奇怪な言葉のやり取りが何度かあり、急にバケ猫が首を回してワタルリの方を見た。
「━━━━━!!」
硬直するワタルリをいいことにバケ猫はシゲシゲジロジロとワタルリの全身を頭からつま先まで舐めるように見た。
バケ猫は口が若干半開きである。さっきからこうだっただろうか。割れた口の際から鋭利な牙が覗いている。大きな丸い黒瞳は辺りが暗いからだろうか。闇の中で瞳孔が全開していて一層の圧がある。
ワタルリの挙動を観察して値踏みするような見方をするバケ猫の瞳に見つめられて、ワタルリは怖くなっていた。
━━━━━このピンク色のバケ猫は何なんだろう
悪魔とか精霊とかそんな感じか?
さっきの登場は少しファンタスティックな演出だったな…魔法なんだろうか
てゆうか何がしたいんだこいつ。何しに出てきた…?
ワタルリを眺めたバケ猫は気が済んだのか少女達へ向き直り、1人に何かしら言葉をかけると、少女は少し思案ののち、猫へ何かを託すかのように口を結んで頷いた。
するとバケ猫がワタルリに向き直って近づいてくる。
「ニャ〜オス」
「……? ニャオス…?……何だろ…ちょっとわかんない……」
「ニャム。苦しゅうない。其方は異界の者であるな。吾輩はあらゆる界界に眷属を派遣しておる故、其方の素性にも見当がつく。ニャム。……言葉もこの通りよ。通じておるな…?」
「ぉお喋った………あぁ、はい?…言葉…はい。日本語ね。そうそう。わかりますよ、合ってます。」
「ニャム…この世界では其方の言葉は…そうさな、ほぼ通じぬ。故に、先々何かと不便があろう。吾輩と契約せよ。言葉を授けん。」
「え…いや…えっと、貴方は何なんですか? 契約って言われてもなんか…こ…怖いんですけど…」
無理である。
この奇妙なバケ猫はいきなり何を言い出すのか。
バケ猫が日本語を喋り出したことにギョッとしたワタルリだが、そんなの一瞬でどうでもよくなった。
━━━━━我輩と契約せよ……って一体何なんだこれ?
なんでそんな選択をしなきゃならない?
「契約」とバケ猫は事も無げに言うが、そんな頭から命令みたいに言われて決断するものでは無いだろう。
少なくともワタルリの認識ではこのような交渉は有り得ない。その契約での対価とかリスクなど詳細を聞いてみる気にもならなかった。何がなんなのか全く訳が分からないでしょうが。
なぜ、状況の説明とかそういうのが無いのか。異世界へ召喚されると、こうゆうものなのだろうか。
世界の紹介とか、チュートリアルとか、そういうのは無いのか…。
この契約によって何かが始まるのだろうか。しかし、ワタルリは何かこの状況が嫌だ。どうすべきか、決断できない。
高校生で未成年なワタルリは契約というもの自体を自分一人で決めた事がなかった。それがこんな突然に勧誘されてあわあわである。
勧誘というのはいうのは友人や知人からされたことがある。
部活やサークルの勧誘、クリスマスケーキやスマホの契約の勧誘とかもあったか。その幾つかは、そのやり取りの間の微妙な変な空気感が嫌いだったのを覚えている。「契約してほしい…」というあの変な求められる感じ。
バイト先の先輩など人から聞く話では、大人になるとさらに様々な勧誘や営業を受けることになり、それらの多くは罠であるという。
不必要な保険の加入、変な宗教による洗脳、金融ビジネスへの投資、不必要な壺とか羽毛布団とか商品の購入、政治思想の活動支援。結局はどれも要求されるお金の工面で困る事になり、人間関係もボロボロになり、その人の人生がオカシナ事になってしまうという。恐怖でしかない。実際、ワタルリは両親が親戚からロシア製の電話機など買わされてしまって、クーリングオフたらネズミ講たらで一時期かなり揉めていたことがあるのを覚えている。嫌すぎる。
ワタルリは返答しかねて考え込んでしまった。
バケ猫の唐突な勧誘は罠では無いのか。しかし、言語の習得━━━━━でもこの状況ってなんか━━━━━━━━━━
黙り込んで首を傾げているワタルリを見ていたバケ猫は、割れた口をモゴモゴさせてまた喋り出した。
「ン〜ニャムニャム…吾輩を単なる悪魔や精霊といった類と誤解候え、怖気おるか。…事に人草の知性はこれ矮小ならん。然るに、吾輩を言い顕しても曲解し、正理を得ぬであろう。…契約の推挙はかの娘の提言たらん。其方を吾輩と契約させんが為に召喚の理を入れて来たのだ。…kんぐあおkfんb」
バケ猫のちょっと不機嫌な言い回しはワタルリを軽くディスったものであったが、最後に先ほどの少女に異界の言葉で話しかけて顎で示した。
ワタルリが少女を見ると、少女もワタルリを見て僅かに目礼した。引き結んだ口元がかわいらしくて、幼い感じがする顔立ちに見える。小さな肩に腕や足の細くて華奢な背格好からも、ワタルリの認識で”美少女”といって過言でない。
上半身を覆うほどに豊かで長い髪は、ある種の異様な感じがある。しかし何だか女性の髪というのは男心を魅せる成分でも放っているのか、非常に魅力的だ。ワタルリはいつの間にか少女の姿に目を奪われていた。
が、ちょと待て。
━━━━━かわいい顔をして、見ず知らずの他人にいきなり何か契約させようとしてくるなんてヤバイ。この子ヤバイな
異世界っぽいところに来てのっけからコレか…契約か拒否かどっちが正解なんだ……
ピンク色のバケ猫が言うように、この世界では日本語が通じない可能性はある。3人の話す言葉は意味不明だった。
言葉が通じなければ情報のやりとりはほぼ不可能である。何をするにも不便極まるだろう。
だが、まだこの異世界らしいところへ来て何にも見聞きしていないのだ。判断しようがない気もする。
「いや…ちょっと…どうなってるんですかこれ。……まず、俺はどうしてここに…?」
「ニャーム…吾輩はもう飽きてきた。契約の意思無しと見なす。帰るマオ。此度の供物は生贄1匹を所望する。何でも良い。明朝捧げよ。マーオ」
バケ猫は何だか冷めた様子で踵を返して歩いて行き、紅く輝く濃霧へ体を突っ込んで消えてしまった。
辺りに立ち込めていた光る靄が消え、独特の匂いも消えて、代わりに古い湿り気のある匂いとヒヤリとした冷気が辺りに戻って来た。
唐突に話を切り上げたバケ猫は何か飽きっぽいところも猫みたいだったなとワタルリはしみじみ思った。
実際マジで会話に飽きたのだろう。
━━━━━悪魔か精霊かわからないけど、あんなものか
話が通じないような悪い感じではなかったし、もう少し色々と聞きたかった。
強引に契約を迫られたりしなくて安堵した反面、あんまりあっさりしてて、コレで良かったのかな? という変な気持ちになるワタルリ。
━━━━━もしかしてチャンスを逃した?
いや、でもどんな見返りを要求されるかわからんし、何しろ俺は何も知らなさすぎるよ。うん…
契約拒否で正解でしょ
でも生贄云々は俺が用意するのはおかしいでしょうが。知らん知らん
召喚した当人が用意してくださいよ…俺はその辺の線引きは譲らんよ
てゆうか呼び出しただけでそんな要求されるんか。生贄て…
「msoamあmgこあan…!あおrokolwap‼︎」
「rgいmvao!?agoみおあ!」
「おeaいんmaと…」
3人娘は何だか言い争いを始めてしまったみたいだ。たぶん彼女らの期待する展開とは違ったんだろう。
ワタルリは苦笑いするしかなかった。
━━━━━すまんな〜
てゆうか暗闇の中で喧嘩の雰囲気………やめなはれ
言い争いもそこそこに、少女の1人が突然に何も無い空中に手をかざすと明るい光球が現れた。さらに少女が光球をあらぬ方向へ放り投げ、辺りに眩い光陰が走る。
「ぉお! すげ…!?」
ワタルリが漏らした感嘆と同時に部屋の隅に飛んで行った光は、燭台のような物に宿るようにして灯った。仄かな白光が辺りを柔らかに照らし出しす。
魔法っぽいのを見て驚いたワタルリは喜色満面の顔でいたが、部屋が明るくなるとともに、胡乱な目つきでワタルリを睨む少女たち3人の姿が露わになった。
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なおそんなに嘆かない模様




