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<--異世界観測媒体☆日本人☆ミューテーション-->(仮題)(旧題:魔王を倒してサヨウナラ)  作者: nanasino
第0章 『0の因果』

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第2話 『 常闇のバカンス 』




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼






 不安でいっぱいになると心臓がバクバクするのは幽霊なのに本当におかしいと思う。

 というか、いま本当に自分は幽霊なのだろうかと、ワタルリは自分のことが分からなくなりそうだ。

 幽霊が人と手を繋いだりできるだろうか。他の幽霊と手を繋げるか?わからない。


 ワタルリはイオラに手を引かれるままに黒い世界をこそこそ歩いている。

 床や天井の狭い閉じた感じの空間に入って、そこの中で押し入れみたいに狭い空間に上がり込むと、急にイオラが座り込んだ。




『………………』

(***********************)



『………?……………』




 イオラは黙って座っている。なぜ急に座るのか、逃げなくていいのか、訳が分からなくてワタルリは立ったままでいたが、イオラに手を引っ張られて隣に座った。狭すぎる空間で2人の半身は密着するしかない。


 そのまま2人ともしばらく黙っていると何の音もなくて、黒い世界は全くの無音だった。何も無い世界みたいだ。

 ただただ静かで黒いだけの空間に身を縮めているワタルリは、何だか夜の森の動物になったみたいな気がしてくる。

 イオラはこうして何かから隠れているつもりなのだろうか、とワタルリは思っていたが、イオラの方から急に話し出した。




『あ、安心して。今移動したのは別に何か追っかけてくるとか危険だったからとか、そういうのじゃないよ。誰も襲ってこないし、襲われても何も起きないしね。魂だし、私たちはもう変化がほぼ起きない状態じゃない?』

(***********************)



『……━━━━━』




 変化がほぼ起きないというのは、そういえばワタルリにも心当たりがあるのだった。

 幽霊でいるときにカバンの中の荷物やスマホをいじっても、変化するかに見えてすぐに元通りに戻ってしまう。

 イオラの前でスマホの画面の灯りで照らした菓子パンを取り出してみても、やはり食えないのだ。この現象のことを言うのだろうか。それと同様にこの魂の体も死なないということなら、それは結構なことである。


 それにしてもさっきまでの沈黙や急な移動は何だったのだろうか。何でもなかったかのようにイオラは喋り出して、ワタルリが見せたカバンの中身を珍しげに漁っている。




『え〜?何それw何でそんないろいろ持ってるの??幽霊なのにwwヒャッひゃwwパン食べたいこれww』

(***********************)



『でも食べれないんですよ…』



『…うん、だろうね。私は何も荷物持たないまま死んじゃったから分かんなかったけど…でもそんな、食い物とか私物みたいな物をたくさん持ってる魂なんて今まで見たことないよ。死ぬと身一つで幽霊になる人がほとんどみたいだから…ウシトラは変だよ』

(***********************)



『持ってても意味ないですけどね。あと一応これ、クリームパン。いります?』



『クリーム?』

(***********************)



『カスタードクリーム』



『分かんないけど、もらっとく。食べた〜いw』

(***********************)




 彼女はカスタードクリームを知らないような口ぶりである。そんなことはあるまいとワタルリは思うのだが、それはまあいい。クリームパンはイオラの胸の谷間に深々と突っ込まれてクシャクシャになっている。何とも無惨だ。

 

 イオラが何故急に移動したのかワタルリは分からないが、危険なことがないのなら彼女にもっといろいろ話を聞きたい。

 同じ異世界人なら同じことを考えるはずだ。元の世界へ帰る方法や異世界召喚のことを。




『イオラさん。元の世界へ帰る方法って知りませんか?おれ、何で異世界に召喚されたのかも分からないし。てゆうかこれ、隔離されてる状態って…それってずっとこのまま━━━━━━━━━━━━』



『━━━━━…』

(***********************)



『━━━っ!』




 急にイオラが抱きついてきた。ワタルリはやっぱりこの女が怖くて、その肩を両手で掴んで押し離した。縋り付いてくるような感じがして何かが怖いのだ。

 でも体はダメだった。ずっと硬いままだったワタルリのワタルリはイオラにまた掴まれてしまっているし、それを掴まれるといろいろ危なくて、もうどうにも身動きできなくて何も言えなくなった。尻尾を掴まれると力が抜けるサイヤ人の逆バージョンだろうか。これはワタルリの誤算である。両手がお留守だから一本取られたのだ。




『ウシトラ〜何も起きないから大丈夫だよ〜。妊娠しないし、病気にもならないから…。初めてなんでしょ?わたしが何度でも━━━って…え?え!?』

(***********************)



『ふぅ。すんません。出ましたねこれは』




 まだ何もする前に出てしまったワタルリはもう精神が落ち着いている。股間が気持ち悪い状態だが、まあ出てしまったものは仕方がない。イオラが怪しい女でも何でもどうでもよくなってきた。

 イオラはまだ食い下がってワタルリの腰を掴んで来たが、そこはMMA(総合格闘技)でいうところのタックルを切る形でうまくいなしておいた。今ワタルリはすっきりしているから性欲に駆られて我を忘れる心配は全くない。大事な話を進めたい。




『ちょっ!何その動きww自分だけ気持ち良くなってずるくない!?』

(***********************)



『落ち着いてイオラさん。僕はね、大事な話を…あれ?元に戻ってる…パンツ乾いてる。ティンティンも綺麗で…そういうことか』



『ムカつく!w』

(***********************)




 何度もしがみついてくるイオラを何度もいなしつつ股間の違和感がなくなっていることにワタルリは気がついた。股間も下着も射精する前の状態に戻ってしまっている。これでワタルリは合点がいった。

 どうもこの魂の体は変化が起きたかに見えても自動的にニュートラルな状態に戻るのだ。これなら、おそらく幽体が大怪我をしたとしても元の状態に戻るということなんじゃないのか。というか幽体なのだからそういうこと自体無いのかもしれないが。

 ともかく、イオラのような魂の存在と対峙することになっても大丈夫だろう。




『あっ、眩しい。それ〜ダメって言ったのに…』

(***********************)



『え?明かりですか?何でダメなんすか?』



『…さっきよりすごい明るいねそれ…』

(***********************)




 この黒い世界が安全で自分の魂も無敵ならワタルリは別に何も恐れることはない。

 ちょっと出歩きたくなってきたワタルリはまたスマホを取り出してフラッシュライトを点けた。数秒ですぐ元の状態に戻って黒い世界になるが、また点ければいい。


 照らし出した空間は剥き出しのコンクリート造りみたいな壁や柱の建物で、何だか誰もいないデパートみたいな雰囲気があるかもしれない。ちょっとホラー的で怖い。

 建物の他にいろんな地形もあるとイオラは言っていたし、ワタルリはこの黒い世界が何なのか不思議で興味が湧いてくる。安全なら探索してもいいんじゃないのかと思うとだんだんやる気が出てきた。




『━━━…も〜…そんなに私とするの嫌か…?』

(***********************)



『?いやいや、そうじゃないけど。でも初対面でそんなの変でしょ。どっか行こうよ。少し歩こう』




 ワタルリがスマホで周りを照らしながら歩き出すとイオラもついてきてくれた。嫌われていたら嫌だなとワタルリは思っていたのでちょっと安心した。

 どうもイオラは異世界召喚について何か知っている風ではある。だが彼女はその事をすんなりとは教えてくれなさそうで、ワタルリは彼女と一緒にいる時間を過ごす必要があると思ったのだ。ときメモとかで学んだからそれでいけるだろう。

 女の子とこうして連れ立って歩くのなんてワタルリは学校の遠足でしか経験がない気がして嬉しくなってきた。これは冒険が始まったのではないだろうか。


 部屋の戸口を出ると廊下だが、スマホで照らしても奥行きがあるのかどうか分からない。フラッシュライトで照らし出せるのは辛うじて2m程度で、それ以上は全然黒すぎて見えないのだ。異常な常闇とこやみである。

 だがその辛うじて見える建物の外観、足元の床材や柱などの中世風な凝った形状を見ていると、ワタルリは観光気分になってくる。モザイク調の床材や壁画の意味不明な模様や彫刻はなんとも錆びた異国情緒があった。ワタルリは一度も観光旅行に行ったことがないが、外国の遺跡とか文化財の中を歩くとこんな感じだろうか。




『それにしても、これ、どういう暗さだこれ…いや、なんか空気が黒いんじゃないのかこれ…?明かり付けてるのに、こんなに視界が悪いなんて…。てゆうか、この建物…この部屋ってすごい広いの?なんか…あ』




 それで奥行きを明かりで照らそうとするうちに通路の柵に身を乗り出す格好になったワタルリは柵の向こうに倒れてしまった。

 あららとワタルリは思ったのだが、何だか空気感がおかしい。どこまでも体が倒れてゆく。

 ここはもしかして━━━━━



『━━━━━すごく下まで落下するから!でも大丈夫だからッ!』



『ええッ!?』



『地面にぶつかっても、体が破裂しても━━━元に戻るから!一瞬痛いけど━━━━━』






△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼






 とても高い建物の外に面した通路に2人はいたのだ。━━━━━と下に落ちてから聞いた。

 頭の中で爆発音が聞こえたと思ったら地面に寝ている自分にワタルリは気がついて、イオラに呼ばれて身を起こすと、彼女から普通に淡々と怒られた。けっこう真剣な剣幕で。




『めんどくさいから。ちょろちょろしないでくれる。小さい子供じゃないんだから。生前もそうやってうっかり死んだのか知らないけど、そんなんじゃ元の世界へ帰ってもすぐ死ぬと思う。帰る意味ある?それって。…どうしてもっと注意できないの。ただでさえ暗い場所なんだから慎重に歩いて。落下した場所が身動きできないような場所だったり、壁の隙間とかにはまり込んだらどうするの?私が助け出せない場所ならずっとそのままだよ。最悪の場合どうなるかって想像する癖をつけなさい。もっと危険を考えて動いて。その灯火器を使いたいのは分かるけど、それで足元見てなかったらダメでしょ。何のためにそれ持ってるの?』



『……………』




 今ワタルリは歩きスマホで高所から落下して擬似的に死んだ訳だ。別に画面を見ていたわけではないが不注意の原因になっただろうか。

 体が破裂しても元に戻るから死にはしないが、痛いのと怖いのは感じるから、確かに無茶はやめといた方がいいだろう。精神的にどうなるか分からない。




『下まで落ちたウシトラを追っかけるのは大変だから、もうやめて。わたしも痛いし怖いから』

(***********************)



『……………』




 イオラが言うのはもっともである。それに、イオラも今バラバラに破裂したのかと思うとワタルリは辛くなってきた。自分がフラフラしてたせいでイオラに怖い思いをさせてしまったのだから。彼女はワタルリが高所から落ちると同時に飛び出してくれたのだ。なんて人だろう。


 普通にイオラに怒られているワタルリは彼女に意外な親近感が湧いてきている。説教されているのに変だが、彼女に少し普通の人間味を感じて見直す気持ちになったのだ。それに美しいお姉さんに怒られるのは悪い気がしない。ワタルリは自分も変態なのかもしれないと思った。




『…ウシトラ。私は元いた世界へ帰る方法なんて知らないよ。私自身も何で異世界に召喚されたのか分からないし』

(***********************)



『…━━━━━あ、え?そうなんですか?…イオラさんも、その、異世界召喚された時の魔法陣の過去を知ろうとしたらここに居た、とかじゃなくて?』



『?何それ。…私は…━━━━━色々あって、死んで、幽霊になって、お迎えの霊魂と眷属にこの隔離界へ入れられただけ』

(***********************)




 反省して黙っているワタルリにイオラが明かしてくれた答えは、少なからずワタルリを失望させた。なんでこんなタイミングでいうのかな。

 でも、イオラとワタルリには何かもっと共通する事があるはずである。彼女はどうしてこの黒い世界に来ることになったんだろう。イオラのお迎えの人は、何故こんな寂しい世界にイオラのような人を入れたんだ。


 そういえば、イオラは異世界へ召喚されてどう生きて、死んだんだろう。たくさん異世界で冒険したんだろうか。

 イオラのことをもっと知りたいとワタルリは思ったが、それは聞きづらい。その先が彼女についてまわる違和感の元だからである。こちらから聞き出そうとするのはよくない類の問題な気がした。ワタルリ自身がこの異世界で最悪な目に遭っているのだから、イオラも似たような経験をしている可能性がある。




『ぉ、おぉ!そういえば、お迎え…来たんだ?いいな…』



『…ウシトラはお迎え来なかったの?』

(***********************)



『来てないっすね…。だって、本当に召喚されてすぐに…殺されたんで…。お迎えに来てくれるような知り合い居ないっす』



『……』

(***********************)



『2回目もすぐに死んだんですけど、2回ともお迎え来なくて』



『……?…ウシトラは、一回、生き返ったの?』

(***********************)



『はぁ。たぶん。…いや、間違いないです。記憶世界を見て確かめたんで。でも、何で生き返ってたのかはわからないっす。なんでですかね?イオラさんそういうのって分からないですか?』



『……………』

(***********************)




 イオラは答えてくれなかった。生き返りの秘密を知っていて黙っているのか、知らないから答えないのか、どっちだろう。

 なぜ一度生き返れたのか、それはワタルリが記憶世界で捜索し忘れたことの一つだ。今からでも生き返った経緯を探しに戻った方がいいだろうか。魂を隔離しているというこの黒い世界がそれを許すとも思い難いが、試してみないと分からないだろう。


 でも、今このイオラと離れたら、また会えるかどうか分からない。それはなんだかもったいない気がするのだ。短い間の出会いだけどイオラの距離感に感化されてか、ワタルリはイオラと気心が知れた気持ちになっている。


 それから2人はまた少し歩いて、ワタルリはいちいちスマホで景色を照らしては建物を見て歩いた。

 建物の外観は石造りのものが多いが、コンクリートだろうか。太い柱や分厚い壁の建物群。飾り気は無くて、生活感もない。

 今いる場所は遺跡や神殿のような雰囲気だが、他に民家の密集する地域もあって、そこは妙に生活感があるが人気はないとイオラは言う。


 道中、誰にも会わない。

 イオラが言うには他にも移動している人はいるらしいのだが、この黒い世界の環境ではやはり人に会うことはなかなか無いのだろう。

 通信手段のような物も無くて、遠方の人と連絡を取るなどはこの黒い世界では無理らしい。現世の異世界ではそういう手段の魔法はあるという。なんだそれ気になる。

 だが魔法は、死後の世界では契約範囲外となり使えなくなるという。というか現世で死んだ時点で契約終了なのだとか。


 魔法と契約が何も分からず首を傾げているワタルリが訊ねたわけではないが、イオラの方から少し説明してれた。

 なんでも、この契約云々というのは”眷属”などの人外の存在から魔法などを取り扱う権限を借りるための契約を結ぶことを言うのだとか。

 これはワタルリには予想外のことだった。てっきり魔術師的な魔法の修行でもして魔法を使えるようになるのかと思っていたのだ。だが、自力で魔法を習得した場合でも自動的にその魔法の権限を持つ眷属と仮契約していることになり、後からちゃっかり利用料の請求が来るのだという。


 何だか異世界の現世にはワタルリの知らないルールが色々ありそうである。

 この契約というものが何なのかワタルリはもっと知りたいはずだ。なぜなら、ワタルリはそのせいで━━━━━━━




『━━━固まってる人とかはちらほらいるよ。もう何度か通りすぎたけど、気づかなかった?』

(***********************)



『え?』



『あっ…と、そこにいるよ』

(***********************)




 イオラに教えられて建物の隅まで行って見ると、駅の改札口みたいな作りの場所にある椅子に腰掛けた若い男性がライトに照らし出された。

 だが、いや、そりゃ気がつかんでしょう。フラッシュライトで照らしてもよほど近づかねば分からない。ほんとにこの黒い空間世界はなんなんだろう。

 ともかく、その男性はマントを羽織って杖を抱えた旅装風の出立で、やや彫りの深い顔立ちである。イケメンだな〜と思ってスマホの明かりを照らしてみた。



『この人はね…』

(***********************)


『オォッ!?誰!?』


『ギャーッ!』

『うわッびっくりした!!』




 イケメンの目が急に開いてイオラが叫んだのでワタルリはもっとびっくりした。

 イケメンは眩しそうに目を細めて手で眩しいアピールしている。




『イオ…?』


『マルファ…うそ…何で?ずっと起きなかったのに』

(***********************)



『あ、知り合いですか?』



『━━━もうほっといてくれ』


『━━━…』

(***********************)



『……え…?』




 それっきり、マルファという名のイケメンはまた彫刻みたいに固まってしまった。

 急に動いたと思ったら急に動かなくなって、それから何度イオラが声をかけても無駄だった。

 だが、たぶん今のはワタルリのスマホの明かりで起きたのだろう。そう思ってワタルリが明かりをマルファの顔に近づけようとすると、それをイオラが手で制した。イオラが暗い顔をしているのを見て、ワタルリはもう止めておいた。


 イオラは彼についてほとんど何も説明してくれなかったが、どうもこの黒い世界で知り合った関係らしい。以前はたまに話をしたし、この黒い世界を一緒に遠くまで歩いて森を見つけたという。森は全くの無音で、動かない動物達がたくさんいたのだとか。


 イオラはそのまま色々な場所に案内してくれた。

 川沿いの喫茶店のバルコニーのような感じのおしゃれな空間なのだが、そこにあるたくさんの椅子に1人だけ腰掛けているのは痩せた少年だった。何だか催し物に出るときのようなおしゃまな装いで瞑目しているが、鋭利なナイフを手にしている。彼の名をユニという名前だとイオラは教えてくれた。イオラはユニと最初にこの黒い世界で出会ったが、次にあったときにはもう話してくれなかったという。少年にはスマホの明かりを近づけることは気がひける雰囲気があった。

 ユニはイオラよりもかなり古い時代の人だという。どうも、ここには異世界のいろんな年代の人がいるらしい。


 川を渡って対岸の貧村に上ろうと言ってイオラがザブザブ川へ入っていくのでワタルリも付いて入って気が付いたが、この川は流れていない。波があり、流れている風に見えるが流れていないのだ。黒い川に入るだけでも恐ろしかったからイオラと手を繋いで渡った。イオラは振り向いて、無言で手を握ってくれた。


 教会のような建物に入った。土壁で造られた質感だがそれなりに大きい。

 祭壇や神像といったものはなさそうで、空間だけがポッカリある。その中の角の隅っこで壁に向かって1人の少女が立っている。何であんなとこにいるんだろう。ちょっとシュールだ。




『ルミナ』

(***********************)


『(あいよー)』



『…!!』

━━━うわっ起きてるやん




 固まっている少女かと思ったら喋ったのでワタルリはめちゃくちゃびっくりした。小声の返事だが静かだからよく聞こえる。

 可愛らしい声だが、ワタルリのフラッシュライトは下を向けているし、少女は壁を剥いているので顔が見えない。だがこれは美少女の気配だ。

 



『(扉…探している人が…通るよー…)』


『誰のこと?ルミナ』

(***********************)


『(死んでない人…達)』


『…え?」

(***********************)



『……?…あの、すいません。ちょっといろいろ聞きたいことが』



『(わっ…わ…)』


『ウシトラ…』

(***********************)



『え?』




 ルミナという少女はそれっきり固まってしまった。彼女の言う”扉”や”死んでない人達”というのは怪しいキーワード感ありありなのでワタルリは話を聞きたかったが、なぜか機嫌を損ねたようだ。イオラが言うにはルミナはかなりの人見知りらしい。

 イオラがルミナの存在に気がついたのは最近のことだが、ずっと前に他の者から聞いた話では、かなり昔からルミナは黒い世界にいるのだとか。時々移動しているらしくて見かけない時もあるが、たまに見にくるとこの場所にいるという。




『イオラさん。扉ってなんですか?普通の扉じゃないってこと?生きてる人もここに来るの?』



『…む……知らない』

(***********************)




 イオラもなぜかちょっと機嫌が悪い。ワタルリがいろいろ知ろうとすると、こうしてイオラは勿体ぶって答えを先延ばしにする。ルミナとイオラの短い会話からして、ワタルリの疑問の答えを知っている風ではあるのに。

 でもたぶん後で教えてくれるだろう。そうワタルリはすっかりイオラを頼りにする想いでいる。


 生活感のある民家に入っていって、その中の粗末なベッドに横たわる者が1人いた。寝ていると言うより硬直して、停止している感じだ。

 彼はまるで擬似的に死んでいるようにワタルリには見えた。だがイオラによれば、彼は意識を閉ざしているだけだろうという。硬まっている人々は皆んな意識を自ら閉ざしているのだと。

 それ以上イオラは説明してくれなかったし、ワタルリも聞かなかった。




『…━━━━━』



『?…?……どうしたの、イオラさん…』




 いろいろな説明が欲しいところなんだけど、ワタルリはイオラが自分から説明してくれるのを待ちたい。

 出会ったときには元気だったイオラがこんなに暗い顔をしている。フラッシュライトを向けるのも気が引けてきた。

 何故だか、今イオラにあれこれとものを尋ねるのはよくない気がする。


 イオラと出会ってからどれぐらい時間が立ったのか分からないが、ワタルリの感覚ではたぶん丸一日くらいだ。その間に彼女からこの黒い世界や異世界召喚のこととかを色々聞き出そうとしてきたが、でもだんだんと聴けるような雰囲気ではなくなってきた。イオラは口数が少なくなってきている。


 ワタルリは自分のこの意味不明な境遇を何とかしたい。自分の目的を忘れたくない。

 だが、こんな辛そうな影のある人と一緒にいて自分を優先する気持ちにはワタルリはなかなかなれそうにない。かといって、この何も分からない世界で、何も知らないワタルリは彼女から離れる気持ちにもなれないのだ。


 そのくせ、彼女自身の人生についてワタルリはまだ何も聞いていない。一緒にいて仲良くしようとしてるんだし、人間関係はそういうところも徐々に聞いていくのは大事な場合もあるだろう。イオラという女が急に青少年にセクハラしてくるような変態とはいえ、ちゃんと距離感とか考えてあげたいのだワタルリは。

 でも、ワタルリにはどうしていいか分からなかった。




『聞いていいか分からないけど…イオラさんは異世界で何してたの?俺はすぐに殺されちゃったんですけど…イオラさんも召喚されて━━━あっ、やっぱりダメだ。すいません…なんでもないです。聞かないほうがよかった…』



『━━━私………………………………………』

(***********************)



『あっ!思い出したくないならいいっす!俺も思い出したくないし。最悪な記憶なんで。でも、嫌な記憶ですけど、こうして死んでも幽霊で生きてるんだから。元の世界にそのうち帰れますよ。大丈夫でしょ…はは……」



『…』

(***********************)




 聞いちゃいけないと思うのに聞いてしまう。ワタルリはまだそういう子供にすぎない。その先を想像する前に口に出してしまうのだ。イオラから寒気を感じたワタルリはすぐに言葉を翻した。


 この閉ざされた感じの黒い世界にいる人たちが訳ありな感じがするのはワタルリにも分かる。

 ”隔離されている異物の魂”というイオラの見解が何を意味するのかワタルリには分からないが、それはワタルリが知るべきなのかどうか、恐ろしい気がする。


 だがワタルリ自身この黒い世界にいるわけだから、そこには何か同様の理由があるのだろう。違うのだろうか。少なくとも、異世界召喚に何か関わりがある場所のはずなのだ。そこのところをワタルリは知らなければならないが、しかし何をどうすればいいのか、またしてもワタルリには何も分からない。


 とにかく、ようやく言葉が通じる人を見つけたのだからいろいろ話して異世界召喚に関する情報を得ないといといけないだろう。

 だってそうしないと、ワタルリも気が変になりそうである。この黒い世界にずっと永遠にこのままなんてあり得ない。そんなの精神が死ぬ。いくらこの魂の体が死ななくても、心が死ぬる。




『………………』



『………………』

(***********************)



 

 2人とも歩いているうちに村を出て砂浜のようなところへ来ていた。波の音は無いが、ライトで照らすうちに海辺に行き着いた。波は打ち寄せておらず、引き潮もない。だが寄せたような波と弾いたような波はあって、この妙な具合は川と同じだった。


 そこで2人で座って黙っているうちにワタルリが寝転がると、イオラも横になった。彼女は何も言わないが、ワタルリの袖を摘んでいる。

 もうワタルリには彼女の気持ちが解る気がする。独りになるのが嫌なんだろう。たぶん。

 でも、そのイオラの心は独りになりたがっているのだ。

 これってメンヘラってやつなのかなあとワタルリはぼんやり思いつつ、一眠りしたい気持ちになった。別に眠くは無いのだが、このままイオラと少し横になっているのは気持ちいい。これは性欲とは別物の快楽だろう。




『イオラさん、…聞いていいですか?』



『教えなーい』

(***********************)



『まだ何も言ってないのに…』



『ふふw………なーに?』

(***********************)



『…うん。……イオラさんは、どうして異世界に召喚されたんだと思いますか?」



『…………』

(***********************)



『俺は全然、なんで異世界に召喚されたのか分からないです。夕暮れに家に帰る途中に、山の影に入ったら誰かとぶつかった気がして…そしたら宇宙みたいなとこで巨人みたいなやつに会って、異世界に入れられた感じです。意味わからないですよね。…でも、もともと、その…異世界に行ってみたいなーとか、憧れというか、思ってはいたけど…」



『……私は……━━━━?』

(***********************)



『━━━━━?』




 遠くから足音が聞こえるのに気づいて2人とも身を起こした。

 砂を踏む音。誰かが近づいてくる、それがよく響く足音だった。

 変である。この世界では音は遠くへ響かないはず。




『━━死んでない人達』




 イオラの怯えた声音がポツリと聞こえた。



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