第1話 『 異物(いせもの)の置き倉 』
2023/08/16
挿絵1枚配置
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異世界に本当に行けたらどんな気持ちだろう
想像つかない
楽しいだろうとか、嫌になるだろうとか、そんなのは行ってみないと解らない
でもたぶん、元いた世界に帰りたくなると思う
人間はだいたいそういうものなんじゃないだろうか
でも、元いた世界のことが嫌いだったらどうだろう
そのまま異世界に残るだろうか
ううん
たぶんそういう人は、どんな世界にも居たくない
自分自身が存在することも嫌で
消えたいだろう
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━━━━━…
暗がりが迫ることに気がついたときには、もう自分がなんなのか曖昧で分からなくなっていた。
子供が戯れるような声を残して、辺りが暗く、見えなくなってゆく。
━━━━━━━━……
やがて暗転した黒い闇は心に迫った。
暗く、黒く、何もかも曖昧にして。
━━━━━━━━━━━━…………………
心に闇が注がれて暗澹が満ちるとともに、ワタリは”自分”が分からなくなってゆく。
深く、遠く隔たれて、音も無い。
薄れゆく曖昧な自覚が全てを忘却して、ここがどこなのかも分からなくて。
何もかもどうでもよくなった。
『こんなことになるなんてぇ〜、思ってなかったんですよぉ〜』
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『━━━━━━━━━━━』
『自分がぁ〜、まさかぁ〜、ほんとにぃ〜、異世界に召喚されるなんてぇ〜、思わないじゃないですかぁ〜〜』
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『━━━━━━…ん……』
『それがぁ〜、ある日ぃ〜、突然ん〜………』
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『……え?』
黒。
黒の中から声が聞こえている。
暗い空間━━━なのだろうか。何が見えているのか、何も見えていないのか分からない。真っ黒すぎて何も。
ただ若い女の嬉しそうな声がすごく近くに聞こえて、それを不気味だなと思って聞いている自分にワタルリは気がつけた。
『…ぇ…あっ…え?…もしかして、今までの話…聞いてませんでした?』
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『…━━━━━━━━━━━』
『え〜?ひどぉーい』
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なんの話だろう。
黒い世界にある優しげな非難の声。
ここは終わりの世界だろうか。
ワタルリは正面から聞こえる非難の声が自分を指すものだとは思えない。いつからこの声が聞こえていて、こんなに真っ黒の場所にいるんだろう。自分の姿すら見えない。
『(………なにこれ……なに?…………)』
『なんでそんな小声なんですかw誰も来ませんよここ』
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『!!っあ!━━━━━?』
急に顔前に迫った声に仰け反ったワタルリは体の上下が分からなくてぐらついたが、細くしなやかな感じのする五指がワタルリの腕や腰をしっかりと掴んだ。ワタルリの鼻腔に桃のようないい香りが触れてきている。誰かがワタルリを支えてくれたらしい。
『……す、すいません…あの、…え?……??…これ…どうなってるの?…あの、もう大丈夫です。だ、誰ですか?…ここ、どこで……』
『もしかして、あなたも異世界の人ですか?男の子ですよね?』
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『━━━━━!?えっ!はい!……あ…━━━』
一瞬の逡巡があったがワタルリは自分が異世界人だと認めた。それ以外に答えようがないというのもあるが、相手の言裏に自分も異世界人であると言いたげなところを察して惹かれたからかもしれない。
だがそれは、不安からくるワタルリの自白でもあっただろう。黒の中に居る誰かはワタルリの手をとったまま手放す様子がなくて、 そのままもう一方の手がワタルリの姿を確かめるようにして触れ始めた。腕、肩、胸、首、頬にそっと触れて、最後にワタルリの手をとって、軽く握った。繊細な柔らかい掌。声といい手の肉付きといい女性的な感触ではあるが、この状況は━━━━━非常に不気味ではないか。
『………………』
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『あの、すいません。ちょっと待って。”あなたも”って…えっと、あなたもですか?異世界人…?』
『そう!…へッヘッヘ…w』
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間が持たなくて取り成すように問いかけたワタルリへ不気味に笑いかける声が聞こえる。
その誰かのさっきまでの優しげな印象が崩れて怖くなり、ワタルリは息を引いて緊張している。
手は離れない。
『━━━━━ッ…ぉ…おぉ…?…そ、そうなんだ。異世界人…あの、すいません、てゆうかなんかあの、もう大丈夫なんで…いっかい離れま…って、あ、…えっ!ちょt』ちょち』』』』』
『クックックw…いい〜じゃん!いいじゃん!ちょっと触らせてよ!あ!えっ!?若ーい!すごーい!かたーい!』
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怪しく笑い出した女の声から離れようとするワタルリの体をその女は離さなかった。そればかりかワタルリの体を引き寄せて抱きしめ、信じられないことにワタルリの下半身を弄ってきたのだ。
細くしなやかな腕に腰を掻き抱かれ、熱く柔らかな弾力に圧迫され、甘い香りに包まれて、握られている手を振り解く事もできないワタルリは身を固くして耐えるしかなかった。この女は人間じゃないかもしれない。真っ黒な世界に突然現れて急に下半身を弄ってくるなんて異常で狂った女が実際にいるだろうか。バケモノだろう。だが恐ろしい状況なのに、なぜ自分はカチカチにしているんだろう。信じられなくて、訳がわからない。こんなのはエロ漫画だけで十分である。
『や、やめてください!やっ!やめろ…ッ!!ぁ?…ぅ…ふぁぁわぁ…柔らか…ぇェ〜??……じゃなくて、何で襲うんすか…??…誰??…なんなんですか??……びっ…くりした……』
『………ごめんねwヒャッひゃwwその反応wひゃーッ!ww』
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相手の体を力づくで引き離そうとして掴んだ小さな肩のかわいさと細腕の柔らかな感触、しっとりした弾力ある肌の余韻がワタルリの掌に取り憑いて離れない。
真っ暗でわからないが、触った感じといい、声や匂いといい、人間の女性と思しき体つきである。そう思うことが余計にワタルリの血の巡りを活性化させてしまっていたが、襲われたのにカチカチにしている自分もどういうつもりなのか自分で全然分からない。若すぎる血潮の哮りは時と場所を選ばないのだろうか。
だが混乱するワタルリを女の引き笑いが我に返らせた。男子を固くさせておいて嘲笑するとは何事だろう。失敬と言っていい。
『な、…なんなんすか!…ハァ?…ちょっとあの、俺、すごい困ってるんすけど!…ええ?もう頭おかしくなってきた…なんなんだよマジで』
『あぁごめんごめん!ごめんね。怒らせちゃった。ごめん。…わたしイオ。名前ね。イオラ・アビア。…元々はクルルノーっていう世界に居たの。人間の女です。若いよ。あなたは?どっからきたの?』
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『…?…はぁ……あの、艮 弥瑠璃…です…。地球の日本にいたんですけど…たぶん、異世界に召喚された感じで…。で、17歳で、高校生。人間の男…』
『人間の男ぅーっ!17歳若いやった!…よぉーし!…でも、チキウ…?…聞いたことないなやっぱり。チキウ…ニィホン?ニホぉぬン…?…牛と…ラ・ワタルリ?』
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『…ウシトラ・ワタルリ。変わった名前なんで。…え、でも…あなたも、…イオラさんも日本語じゃないですかそれ…日本人でしょ…』
『━━━ううん。違うよ。…これね。都合よくそう聞こえるの。わたしにはウシトラくんの言葉がフェイトロン地方のミウロ語で聞こえる。この異世界で死んでから、ずっとそういう状態だったでしょ?幽霊の時…。自分が今、魂の状態だって覚えてる?』
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『━━━━━……』
思い出した。ワタルリはもう死んでいる。
それで幽霊の状態で記憶世界を彷徨っていた。元いた世界の地球の日本へ帰りたくて、異世界召喚された真実を知ろうとして、魔法陣の過去を見ようと思いを想起しようとしたはずだ。それが━━━━━━━━━━━
『思い出した?』
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『……異世界召喚……』
『━━━━━………』
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ワタルリが分かっているのは、とにかく自分は元の世界へ戻るために異世界召喚の犯人を探そうとして記憶世界を彷徨ったということである。
イオラと名乗った姿の見えない女も異世界人であるという。それもワタルリとはまた別の異世界からきた人間だと自称した。
言葉の感覚については彼女の言うところは頷ける。自分の知る母国語で聞こえる感覚がイオラも同じなのだろう。でも、ワタルリのいた世界ともまた違う別の異世界人というのがワタルリにはピンとこない。そんなに異世界が無数にあるなんて事は想像つかないのだ。そんな2人が出会うなんて状況も全然信じられなかった。
『えっ、あの、あなたが…イオラさん…が、魔法陣を?俺を召喚したってことですか?』
『…え?いやいやいや、違う違う。なにそれ』
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『いや、でも…』
『知らない知らない。わたしは違うし知らないから。私も召喚されたんだし。…まあまあ、落ち着いて。急に困るよね、こんな真っ黒な世界で…急に女の子に抱きしめられてさw』
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『……』
イオラが普通に話せる人間なのかヤバイ人なのかワタルリは探る気持ちで会話している。
この変な女が自分を召喚したなんてワタルリは全然思ってないが、あえて話をふっかけてみたのだ。その反応はごく自然な否定だったと思える。本当に彼女自身も異世界に召喚されたのだろうか。
彼女はワタルリに謝罪すると何事もなかったかのように話し出したが、ワタルリが彼女の存在に気がつく前後の状況から考えてもおかしい人物だ。
こうして人間とまともに会話するのは初めてのことで、幽霊であるワタルリに気づく人物というのは今までネコミミくんや死神達以外にいなかったのである。それも記憶世界の中では気づかれるはずがない。
この黒い世界が何なのか、今の自分の状態も魂なのか、イオラという女が本当は何者なのか、全部わけがわからない。
━━━危ないんじゃないのか
ワタルリにとって未知の危険を感じる不安な状況だが、逃げようとしてもこの黒すぎる空間では上下も分からず走れないだろう。自分の体すら見えない状況では歩くことすらままならない。今まで幽霊の状態では暗い場所でも明瞭に景色が見えていたというのに、この状況もおかしい。
『…この場所はどこへ行っても真っ黒だよ。暗いというより黒いよね。何も分からなくて、まあ、困るよね…』
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『……』
ワタルリの心境を見透かしたかのようにイオラが言った。少し諦念を感じるような声音で。
イオラと話していると、彼女はこの異世界の事情に明るいかのような口ぶりである。
それは気になるのだが、しかし同時に彼女にはもっと気になる違和感がある。それは彼女についてまわる、ある深刻な感じのする違和感で、ワタルリはそのことからも彼女を受け入れ難かった。
ワタルリが黙ったままでいるとイオラがこれまでの経緯を話してくれた。
どうしてイオラがワタルリの前にいるのか、ということをである。
彼女が言うには、ワタルリのことはついさっきこの黒い世界で見つけたばかりだと言う。
どうやって見つけたかというと、イオラはこの黒い世界で長いことウロウロしており、自分なりに覚えた道をいつもウロウロしているのだが、そのうちに何故か今まで誰も居なかった場所に人がいた。それがワタルリなのだと。
イオラは驚き、喜び、ワタルリに向かって一方的に自己紹介し続けていたらしいのだが、その全てが独り言だったとさっき気がついたということらしい。
ワタルリはずっと気を失ったような状態で立っていたようで、彼女の自己紹介を全く知らない。
『そうなんですか…そっか。…じゃあ、俺がなぜここにいるのかは…分からないんですよね。…あ、えっと…ここって?どこなんですか?』
『…ん〜……私もよく分からないけど…ここにいるのは皆んな幽霊だよ。現世で死んで、魂の状態でここに移されたから』
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『え?』
『あのね━━━━━』
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イオラという女性が続けて言うには、この黒い世界は”あの世”とは違うだろうとのことだ。あの世に行けない魂たちがここにいるのではないかと、そうイオラが自身の考えを述べてくれた。イオラ自身の事情と、他の魂達の事情を聞いた限りでは、彼女はそう思うのだと。
幽霊ばかりがいるということは”あの世”なんじゃないのかとワタルリは思ったのだが、またもその心を見透かされた説明だった。
『ここはね…私たちみたいな異物の魂の置き場所なんだよ。たぶんね。他の人も別の異世界から来た人が何人かいたし。ほとんどの人はこの異世界の人たちだけど、でも…皆んなこの世界が合わなかった人たちだから。…転生とか生まれ変わる気持ちもなくて…だから、━━━━━ここは、そういう魂が世界から隔離されてる場所なんだと思う。あの世界のものじゃない異物として』
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『…異物の魂の…隔離……………』
魂を隔離しているというこの黒い世界にいる魂達は、イオやワタルリのように意識があるものや動ける者は稀だと彼女は言う。ほとんどの魂は動く意思を無くして自ら硬直して眠ったような状態でいると。
この黒い世界はどこまでいっても黒いばかりで光がなくて何も見えず、どこまで広い世界なのかも分からず、風は吹かず、音も響かない。そういう中で人と出会うこと自体とても難しいのだとか。だからイオラはワタルリを見つけたときすごく嬉しくて何度も抱きしめたのだとか。うーむ。ワタルリは知らない間に時間停止系のセクハラでもされていたのだろうか。
かなり遠くへ行っても黒い世界は続いており、山川草木などの環境や地形もいろいろあって、建物もある。
ただ、この世界はほとんど何も起きず変化がないのだとイオラは言う。それがどういうことなのかはワタルリにはピンとこなかったが。
ともかく今ワタルリ達がいる場所は巨大な建物群の中の狭っこい路地のような場所らしい。
それより、今まで幽霊でいる時は暗い場所でも明瞭に景観が分かるものだったのに、この空間の何も見えない感は異常だった。きっとここは記憶世界ですらないし現世でもないだろう。
じゃあやっぱりここは”あの世”の一種で、ワタルリはいつの間にか自分で死後の世界に来ていたのかもしれない。
ここが霊界とか天国や地獄かというとイメージと違いすぎてワタルリも腑に落ちないが、死後の世界にはきっといろいろ種類があるのだろう。
この黒い世界はそういった死後の世界の一つだと思えばワタルリの中では片付いた。
そうしていつしか2人とも座って話し込んでいて、ワタルリは落ち着いてきたからか癖でスマホを取り出した。
スマホの明かりなら、あるいはこの黒い世界も少しは見えるのではないか。それなら━━━━━
『━━━━━』
『━━━━━』
暗闇でポケットから取り出したスマホのホーム画面が仄かに明るく浮かび上がる。
ワタルリの描いた微妙なアニメイラストが画面に映っているが、イオラもワタルリもお互いの顔を見ていた。
イオラのヘラッとしたニヤけづらが数秒見えて、明かりが消える。イオラが手でスマホの画面を隠したというのもあるが、スマホの方でも明かりが消えて完全に黒い世界に戻った。
イオラはちゃんと人間だった。女性の。
ワタルリは何だか落ち着かない気がしてきて勝手にドギマギしている。
なんというか、イオラはワタルリのイメージ通りの女性だったのだ。さっき襲われたときに、バケモノかと思いつつも勝手に年上の変態なお姉さんをイメージしていたのがほぼその通りだった。
朱色の髪の、キリッとした眉の下に上目遣いで覗く野生的な黄色い目、大きな口でニヤリと微笑む笑顔があけすけな印象である。悪戯な感じのする顔つきだ。彼女の雰囲気がそのまま顔貌に滲み出ていた。見つめられた青少年がどきっとするくらいには美女である。日本人とは違う顔立ちの人で、ワタルリはそういう意味も含めてまとめて緊張してきて変な汗をかいた。
『ヘッヘッヘ…w』
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『な、…なんすか。……すんません…』
ワタルリはバツが悪くて謝ってしまった。明かりが消える寸前、ワタルリはやはり、男ならどきっとせざるを得ない彼女の体をもジロジロ見てしまっていたから。イオラのしなやかな腕や足の白い肌が露出した動きやすそうな服装から見える、汗ばんだ丸い胸の膨らみの輝きを。
男の視線というのは女性には完全にバレバレなものである。それはもう男が思う以上にバレている。ワタルリの視線も彼女にバレバレだろう。
『…べつにぃ?いいけど。でもその灯り、もうしまって。…それって魔器?…いや、でも幽体で魔法なんて使えないか。魔石製品も現世だけのものだし…単純な人工灯の再現か。よくそんな小さな━━━━━━』
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何か言いかけたイオラが急に黙り、ワタルリの袖を引いてゆっくりと何処かへ移動する。
足音をなるべく殺して壁伝いに進み、狭い階段を登って低い門を潜って広い空間へ出た。━━━のだろうか。音の響きや空気感というものが不気味なくらい何もなくて、空間というものが分からない。視覚的にも黒い闇が見えるばかりで何も分からなくて、自分たちが今どこをどう歩いているのか景色というものがさっぱり掴めない。イオラが手を引いてくれる安心感がすごかった。
でも、この歩行に何かまずいことがあるのだというのはイオラの雰囲気でわかる。ワタルリがさっきスマホで明るくしたのがよくなかったのだろうか。
ワタルリは怖くなった。
何か恐ろしい存在がこの黒い世界にいるのだろうか。
ここは異世界なのだ。
どんな場所か忘れたのか。
自分の身に何が起きたか忘れたのか。
ワタルリは異世界に来て初めてまともに会話できた人間であるイオラの朗らかな気持ちに触れて、完全に気が緩んでいた。
ここはワタルリのいた地球世界とは違うのだ。




