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<--異世界観測媒体☆日本人☆ミューテーション-->(仮題)(旧題:魔王を倒してサヨウナラ)  作者: nanasino
幕間 星屑に坐す

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 『 イブリスバベルス 』






△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





「─────………………あの人草の魂は、星に寄り縋る因果に取り込まれたと思うかね? 」




 すごくすごくおっきな、広い広い、ピカピカ光ってる壁。その光が闇に優しく敷かれた所で、ずっと壁を見ていたお爺さんが呟きました。

 お爺さんは暗がりに抱かれているみたいで、光に削られたお顔が岩みたいです。永い永い時を経て錆びれたみたいに。




「……ええ、星の記憶に見入るうちに……とりあえずはこの星の命樹に入ったかと。人草の、自ら己に囚われる性質というのは、手が掛からなくて良いですね…………」




 お爺さんが呟いてから、どれだけの”時間”が立ったのか分からないけれど、そのかたわらにましますふさふさしたお方が優しくお声がけをくださいました。

 とっても美しいお声なんだけれど、ふさふさしたお方は全体が翼のようなもので覆われていて、どこから声を出したのか分かりません。この方もずっと、歳をとった岩の声を聞く鳥のみたいに静かに佇んでいます。




「うむ。それは彼ら人草を創作した親神達による現状の企画の通りだろう。君が懸念しているのは、時間のことかね? 君はその概念を気にしがちだね………………では彼の転生は? どうなる。やはり薄まってしまうかね……? 」


「10割での転生は、それはおそらく無理……ですが、うーん。界外からの移植であることは間違いないですから、5割以上の引き継ぎは確実。或いは、保留の上で新規になるかと」


「……界外異界の異分子がすんなり融け入るかな? ……まぁ経過を見るしかないかね。では転生するとすれば、受け入れ先はどこになるか…………………………」


「うーん………………それは、やはり人間種の親神かと………………」


「同系統だからな。ヒトクサ種を植えた人間界の親神エイナグナーガならば、その慈悲深さと好奇心の故に転生の受け入れをやぶさかなりにも受諾するだろう。その祖神アイシュカィヒも取り立てて関知するとは思えん。だが、彼には異世界の者故に、というより彼を遷移させた者による干渉があるからして、その権限がいかほどのものか測り得ぬ。自由に受肉するやもしれんな……」


「彼次第と? 」


「そうだ。諸種族の祖神が拒むばかりとも思えぬ。……他の種族に生まれ得るやもしれんぞ」


「そうなると、追跡が難しいかもしれませんね…………」





 ───────────あのお兄さんに僕の意思が伝わっているでしょうか。

 ここから見えるのは暗いお空と、眩しくて斑ら模様の星壁。お兄さんの世界の言葉ではバベルステルニャと言える世界です。


 僕が今いるのはその星の近くの岩船の甲板で、一緒にいるのは……角を短く切っていてお髭の生えているお爺さんはブブゼラス様で、お召し物の裾から尻尾が少し見えてます。隣にいる背が高くて立派な角がある女の人はググリス様、8枚もある白い翼でお姿が隠れそうです。て言っても姿までは伝わりませんよね……。


 御二方共、どこを見ているのか分からない目をしています。ブブゼラス様は時間が止まったように目が点になっているし、ググリス様は半分瞼を閉じてしまってます。

 お二人が見ているのは星の表層や地底世界ではなく、星の記憶の界域だそうです。

 観測機も使わずに観える範囲なんて、そんなに詳しくないと思うのに……どうしてだろう。


 僕はお二人のお側に控えていて、やる事がなくて、お二人の会話を聞いているか、自分の尻尾を掴んでいるだけです。

 暇だし、ちょっと質問してみましょう。怒られるでしょうか。



「ブブゼラス様…………あのお兄さんは、また死んじゃって、もう消えちゃったんですかぁ? 」





 ─────どれくらい経ったでしょう。

 しばらくしてから、ブブゼラス様とググリス様が振り向いて、瞼を少し上げて、僕を見ました。

 僕は自分の耳が見られていることに気がつきました。僕は気分が沈むと、耳が垂れるらしいです。自分ではわかりません。

 ブブゼラス様が不思議そうな顔をして僕を見ています。何が不思議なんでしょう……。



「おや……珍しいねメメン。悲しいのかね? 」


「……? …………あ。…………あのお兄さんから供物をもらいました」


「ほう。どれどれ? 」



 メメン。……てブブゼラス様が仰ったのは、僕がずっと前に持っていた名前のことです。今は名前は無くて。だから人からその名前を呼ばれることは長い事無くて、久しぶりで分かりませんでした。


 お二人に、お兄さんからもらった飴ちゃんを見せてあげましょう。自慢するのです。ググリス様は特に珍しいものが好きだから、きっと見たがるでしょう。

 ほら、やっぱりググリス様は飴ちゃんを手にとって、色んな角度から見たり、匂いを嗅いだり、音を聞いたりして、興味津々みたいです。ブブゼラス様も少し嬉しそうです。



「どうして食べなかったのかね? メメン」


「……飴ちゃん、大事なのです。記念にとっておきます」



 僕は嘘をつきました。

 この飴ちゃんは食べれないのです。

 でも、そのことはお二方もきっと分かっていて僕に聞いたんだと思います。ちょっとした意地悪だと思います。



「はは…………記念か。仮にも猫神眷属神ニボシの眷属である君が、人草のようなことを言うようになりましたね、メメン」


「”飴ちゃん”か……といっても…………ふむ……異界の異物だが、取り上げては可哀想かね。……ニボシには黙っておいてあげよう」


「……ありがとうございます。ブブゼラス様、ググリス様………………」


「………………………………………………………………」

「………………………………………………………………」



 僕がそう言ったきり黙っていると、お二人も黙ってしまいました。

 そしたら、しばらくして、ググリス様が僕に向き直りました。



「また会えるよ、メメン。彼は自分を覚えているだろう……君のこともね」


「……………………………………」






△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼






 ───────────ふむ。メメンは何やら、異世界から来た人草である君に話しかけていたようだ。

 この言語は儂も知っている。人草に混じって暮らす時には使う時もあった。原型となった言語は我らの生命種の一部が使用していた言語であったが、今でも人草の集まるような世界の星の実験場などで一部用いられている。それでも環境により変化が生じるもので、だいぶ言語に変化があるようだが。


 一応断っておかなければならないのだが、”ブブゼラス”というのは儂が使ったことのある名前の一つである。「ブブゼラス様」とメメンが儂を呼ぶのは、その名前しかこの子猫は知らないからである。君にもブブゼラスと記憶されても構わんが、これは儂が使ったことのある幾つかの名前の一つであることを明言しておこう。もっとも、君が儂と会う機会もあるまいが。


 ああこの通信はな、今はこの猫人の子のメメンの殊勝に免じて、儂からも人草の君に意思を送っているのだ。君が目覚めた時にはっきり覚えているとは思えんが、それならそれで良い。


 さて、儂はこの星の衛生付近に追随する岩石に擬態させた船にいて、このゴチャゴチャした斑らなバベルステルニャの星を第1太陽の通る黄道上付近から眺めておるのだが、ここから君が星の記憶を閲覧しようとしたのを察知して観察しておった。眷属のメメンが君に付けておいた僅かな印が無ければ無理だっただろう。印といっても君の色覚域には感知出来ないものだし、ある時点から印はもう消えているから気にしなくてよろしい。その印を元に星の胎蔵層を検索して、星の因果に添加された絶望が第3の月へ吸い上げられるのを観測した。そこにようやく君を割り出せたのだ。


 元はと言えば、今我々の座っている椅子の後方に突っ立っているメメンが君のことを儂に報告しに来たから解ったことだ。親神であるニボシの指図なしに自分から儂のところへ来ることは珍しい。

 メメンは頻りにネコミミを両手で掻いては、少しバツが悪そうに顔を俯けて視線を泳がせているが、おそらく彼はニボシへ献上する生贄の徴収をすっぽかしたばかりか、自分だけ供物を得た事を後から指摘されはせぬかと懊悩しているのだろう。これはこの子の癖だ。無理もない。大人として生きた事がないからいつまでもこうなのだ。


 儂はこのメメンのことが少し心配である。

 この子はな、初めて惑星バベルステルニャに受肉して生を受けたのが猫人としてであったが、そのただの1度の猫人の人生を幼くして献身的に終えてより、猫人神随神眷属神ニボシ1柱の小間使い眷属として健気に働いておる。

 それで儂はこの子猫に目をかけていたものの、彼は勤続1玄門3帝星8乱転79周1543流過の余り……この世界を巡った経過のことだが、もとい、300年の間これといって成果を出した試しがない。人草どもから徴収してくる獲物がからっきしなのだ。そのくせ悪びれることなく我々の前にひょっこり現れ、こうして儂やググリスにまじまじと見つめられておる。可愛気のある奴よ。


 ここでいう”獲物”というのはだな、人草よ。君にはまだ理解しえぬだろうからいちいち説明はすまい。分かり易く言えば、生贄とかそういう供物とでも思っておけば今はよろしい。

  メメンが成果を出せない理由は明らかだ。この子猫は自分の名号が気に入らぬと言っては親神たる眷属神ニボシ1柱に下賜された命名を拒んでいるからである。

 ここでの”名号”というのはメメンが眷属勤務するにあたって親神の眷属神が下賜する新たな眷属としての名前だが、よほど酷い名付けであったらしい。

 ニボシがこの子に何という名を新たにくれてやったか儂は失念したが、確か君の世界で言うところの”エビノ・テンプラ”とか”ラーメンイエケイ”とかそういった雰囲気の、食意地の感じられる名であったと儂は記憶している。これはメメンに問うても答えてはくれまい。

 無論メメンはこれに異を唱えて名号変更の申し出を上奏したが、親神ニボシは頑としてこれを受け付けぬ。困ったものだ。

 それでメメンは眷属として用いる名を持とうとせぬ故、このイブリスバベルス……バベルステルニャの人間種と魂の名に掛けた契約までは漕ぎ着けぬ。だからいつもこれといって何の”収穫”も得られぬままなのだ。


 そういうわけで、普段メメンは眷属界の路地をウロウロしたり街路や神殿の門前に寝そべっては陽に当たってぼんやりしている。だが、彼は位階など無く段位も低いので自由に日当たりを選んで寝転ぶ場所もあまり譲られず、美味しい獲物のご相伴もそれほど頂けず、大して気ままにならぬ。

 が、そのことは道理である。この子を奉るような人草の集団はもう地表から滅びてしまった故な。それはこの子の未熟さゆえに信徒を御し得なかったからだが、その結果、定期的に上がってくる供物が無い眷属界の居候となってしまったのだ。


 それならばいっそ眷属を辞して再び猫人なりと転生受肉して人生を生き、魂の位を上げる為に輪廻を繰り返せば良さそうなものだ。しかしメメンにはどうやらその気は無いらしく、親神ニボシの小間使い1柱として粛々と仕えている。だが何程も重用されてはおらぬため普段ゴロゴロしておるのは先述の通りだ。


 それでもメメンも時には仕事せんと思い立ってか、人草達を放してある星の地表へと自ら赴く事はある。

 そして人草や諸霊の”働きぶり”を見て廻るものの、方々をぶらぶらしては人草の演じる芝居を見て笑い転げていたり、人草どもが脂ののった”誘導食”を食うのを見ては「美味そう」と嘆き、人草どもの争う”生産場”を見ては真顔になって「嫌だ」と言い、結局は一喜一憂するばかりである。


 その様な訳でだな、人草の客人まれびとよ。この未だに椅子にも座らず立ったまま「まごまご」している子猫が眷属として人草に干渉し、契約を取り憑けて加護を受け持ち、親神のニボシへ献上する供物を得るといった働きは…………全く見込みがなかったのだ。


 それが今日という日はどうしたものであろう。

 ニボシから使いを頼まれたメメンは異世界から遷移してきた人草と知古になったばかりか、自分への供物を受けたと言うではないか。それも異界の遺物である。

 おお見よ、メメンが度々ポケットから取り出しては見つめている小さな”飴ちゃん”なる甘露の結晶を。このピンクとホワイトの楽しげなストライプのペラっとした包みが見る人の心の弛緩を誘起しつつ「何が入っているでしょうか? 」と解っているくせに関心を煽ろうと配されている。解いてくれと言わんばかりの包みの両端の紙縒りは対に向かい合う神眷の翼を想起させ、彼らが封じる中央の丸みはあの三全の根源神によって分けられた尊き恩寵の顕現を思わせる。そうして緊縛さるるは何色か知らんが糖分などとして原初の神々を砕いた干渉物質で凝固させられたであろう所謂ひとつのキャンディーたる食用媒体に他ならん。


 これは望外な収穫と言っていい。この”飴ちゃん”から儂は、君という異世界の人草がどこの世界から来たかおおよその見当がついた。

 君がいた世界は、厳格且つ奔放な神々が交代制で統べる世界の、とある星だ。今は主要とする恒星と衛星が1つづつで、おそらく今は、星から見たそれらの大きさがどちらもほぼ同じ程度に配置されている…………違うかね?  その世界から引き抜かれた来歴も権限も不明不穏の因子を見つける機会というのは、無くはないが、極稀である。まして、異世界から人草を勧請するなどと、いったい何者がどの様な手段で抜け道を拵えたのか…………おもしろい。


 前置きが長くなったが君に言っておこう。

 君をこの世界へ”勧請させた”であろう存在は今この地表世界には存在せぬ存在だ。

 儂が今いる位置から眼下に見えておるのは、惑星バベルステルニャの大壇塊たる” 『神々が寄って集って原初の神々の死体を叩き上げて押し合いし合い突き上げた大陸』 ”の中ほどにある” 『天魔の角折れ悪魔に皺寄せ山脈』 ”の中央付近の” 『英雄アマンジと魔女ギギギの出会いに哭鳴する龍の巣遺跡爆砕群立台地原』 ”の中立な” 『和を保たんとする嘘つきメビウス八州国』 ”に位置する原生林” 『オブリオストラッタ樹海』 ”が小さく見えておる。森林火災の煙でだいぶ隠れているがね。

 大魔王主催のお祭り騒ぎもそろそろお開きのようだ。英雄も殺し屋も陣払いして帰って行く。残った者は”後の祭り”だ……。

 君は”星の記憶”の方で魔王の1柱を見ただろう? ああいうのがゴロゴロおる。その上の大魔王1柱があの戦争の主催者だ。まあそのうちに少しづつ思い出すだろうが、もう同じ魔王に会う機会は無かろうよ。おそらくはな。


 それでだな、人草よ。この星は君の元居た星と比べると、物の大小という概念で考えるならばたぶん30倍程度の大きさでしかない。地表には人間種だけでもおよその検討もつかぬほどの雑多な多種族が入植しているが、その個体数は1000億前後で疎らに散居している割と閑散とした惑星だ。物の見方にもよるがな。

 しかし実際は、星の運営に参入する諸神とその界隈の名簿は公表されておらぬので潜在的に出入りしている存在達の実情は解らんのだ。ともかく多くの媒体が入植されて蠢いておる。だがそれだけ多くの個的魂が居ながら、異世界召喚に干渉した痕跡のあるようなそれらしい者は、儂が今パッと観た感じでは見つからなかった。観測機を覗き込んでしつこく探すのも悪くはないが、居ないと考えて調べる方が実情に迫れるだろう。干渉の痕跡が見つからないというのがヒントかも知れんからだ。


 この星の今の表層世界は確か8度目の世界と記憶している。つまり過去の世界層の何処かに君への干渉の信源があるだろう。過去の世界層というのは、かつては地表だったが今は地底の世界層のことだ。だが今の地表をよく探すだけでも色々なことが分かってくるだろう。過去世界の物事を掘り返すもの達は後を絶たんし、残っている過去の情報を惜しんで隠す者達がどこにでもいるから、君が知りたい事だけ明かして廻るくらい何も問題はない。


 この星は君の星よりも少しばかり大きく、その組成も異なるが、今までこの星の地表で君の体が互換よく変換されていた事からして手際よく誂えてある事がわかる。これはとても準備された入念な犯行で、君を何かの目的で大事に使いたいであろう事が推察される。だから君が消えて無くなるような事はなかろうから、安心してこの世界を彷徨ってみなさい。君は何事か成そうと思えるようになるだろう。そうするうちに、必ず3つの月達の”尻尾”が掴めるだろう……。君が元の世界へ帰るにはそれらの尻尾を掴み、全て括ってしまう事だ。そうすれば後は君が場所も時間も姿も元どおり帰れる様に”然るべき者達”が取り計らってくれよう。何故ならそれが彼らの仕事だからである。


 ……ともかく、そういった異分子である君と繋がりができたニボシやメメンにも、どのような因果の干渉があったのかと儂は少し気にかかるのだ。

 これがもし後に天禍てんかの発端となり、長じてはアレやコレやの権限が書き換えられて界界界隈の勢力や配置に変遷が生じると面倒である。そのような変化というのはこの表宇宙だけのものであればそれで良いのだ。裏宇宙の急激な変遷というのはそう在っていいものではない。君やメメンにそのような兆しがなきにしもあらずと儂は観ている。


 いっそのこと、このメメンは異世界から来たった人草の君に憑けておいた方が良いのではないかと思うのだ。

 眷属が人草を加持護持するのに必ずしも魂の契約が必要ということはない。眷属自ら独断で人間の魂を加護する事は稀にあるし、それは禁止されていない。メメン次第ではあるし、地道な道のりではあるがな。

 君はこの縁を悪く思う事はない。何しろ君と言う人草の蘇りを一度幇助したのは、おそらくこのメメンなのだからね。といっても君はすぐに死んでしまったようだが。



「ふむ。さて、メメン。黄泉の界境へ行ってみる気はないかね?  あの人草はまだそこに居るだろう」


「え? お兄さんは霊達の世界へは行ってないんですか? 」


「渡れまい。この世界には縁もゆかりも知れぬ異分子ゆえな……今ごろは幽玄界の岸で境界の眷属に捕まって揉めておるだろう。もしかしたら幽世の中洲の隔離界にいるかも知れんがな」


「あ……じゃあ行ってきます」



 メメンは随神眷属界猫人神眷属神の眷属であるから、今の状態でメメン自身が人草の霊の世界まで直接的に入っていくことは出来ない。だがその手前の、曖昧な幽界と霊界の境界までなら立ち入る余地はある。

 それでメメンの意思を伺うくらいのつもりで儂は問うたのだが、メメンはさっさと場を辞すと腰帯にぶっ刺してある神具の小枝を取り出して、自ら召喚した簡易的な世界遷移の巡来門である淡い輝きを放つ雲霞うんかの中へ入っていった。幽界は曖昧な世界だが、眷属の身分ならば俯瞰できるからメメン一人でも危険はない。

 メメンは君という人草に執心していると見える。あまり人草の生き死にに頓着する事のない眷属らしい子だと思っていたが、少し変わったのだろうか。だが、眷属の観点ではあまり人草の個体に固執しては良くない場合もあるのだ……。

 とはいえ、今はあの子のやる気が出たと言うことでこれを祝福し、善しとしておこう。


 最後に言っておくが、我々のメッセージなど全く気にする必要はない。むしろ却って邪魔かもしれぬ。純粋に君自身の独断で遣っていった方が”結局”は君にとって善い状態になるだろう。この通信は参考程度と思うか、まあ意味のない話とすぐさま記憶から放り捨ててはどうだろうか。その方が、あの素晴らしい”無意識”に良い意味で管が出来るだろう。




 む? いま儂の知り合いからの通信が来たのだが、どうも君の名はウシトラ・ワタルリと発音するそうだな。

 折悪しくメメンめに伝えそびれてしまったが、まあいいだろう。君から直接教えてやってくれ。


 それとな、ウシトラ・ワタルリよ。運の悪いことに、君が初めて名前を教えてしまった相手は冥界の眷属でな、奴らはともかく、その親神は地獄耳だ。そのうえ噂好きと来ておる。おそらく君の名前はもう冥界はおろか魔界中にまで広まっているだろうから、悪魔が君の名前を知っていても驚くほどのことではないぞ。






 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「ブブゼラスお爺様。星の境界圏に坐す3柱ならば、あの人草の干渉を知らないはずがありません。異界からの遷移とはいえ、星の圏域を素通りは無理でしょうから……」



 私はメメンが越境したのを確認してからブブゼラスお爺様に向き直って、改まって申し上げた。

 お爺様は粗末な木椅子に腰掛けたまま中空の一点を見つめて動かないでいるが、私のいうことは無論聞こえている。ブブゼラスお爺様は眼の虹彩が白く、単純な視覚的にはどこまでお見えになっているのか解らない。だが特に不便な様子を見かけた事もない。


 私とブブゼラス様は前方からバベルステルニャの星の光を浴びるような形で岩舟のバルコニーに置かれた木椅子に座して歓談している。

 岩舟は人も少なくて静かな環境だが、眼下の星に耳をすませば様々な音が聞こえてきて暇ということもない。

 人草達が朝夕のみぎりに行き交う賑やかな物音、魔法の学舎には雑多な学生達の楽しげなお喋りの声音、深い森の奥で三日三晩踊るエルフ達の静かな反閇の足音、誰も訪れない砂漠の砂丘に雨が降って砂に雨粒がしみ入り人知れず珍しい虹の花の咲く音、蒸せ返る熱帯雨林に祀られる聖木から溢れた朝露が木の下闇に塒を巻く白蛇の頭に落ちる音、第6天より出向中の天魔王8段目ゾゾゾ・ゲルニック大魔王シュロイモン魔公爵が乱暴に聖賢ルイエルの著書を閉じて机に叩きつける音に色めき立つ軍魔達が立ち上がり拍手喝采する音、絶海の孤島に遭難した哀れな巨人が必死に助けを呼ぶ大声に震える大気の音、野生の馬とケンタウロスの競争する草原の大地と風の協奏する音、夜も騒がしい山鳥達の合唱に眠れぬ旅の男女が気紛れに一夜限りの逢瀬と言って肉をぶつけ合う音、白く凍える峻嶮から雪崩とともに崩れ落ちる賢者オルフェル・パンパルデが呻いた喉の音、深海から出てこない玄亀の眠たい心音、地底の駅を走り抜ける貨櫃の中に居て身を寄せ合う勇者トロリと支える仲間達の不安な血流の音、地殻の狭間に設けられた迷宮へ誘い込まれて彷徨う牧童が貴重な獲物を燔祭に屠り眷属に捧げる祝詞の声音、その奥には冥府の門扉が開いたり閉じたりして魔人が出入りする度に門番の検天使が違反の切符を切りながら舌打ちする音、こうして観ていれば飽きるということもない。


 ………………しかし、私がお爺様にお声かけしてからどれだけの”時間”が経過しただろうか。私が座っている木椅子もお爺様の使っている椅子と似たような物だが、だんだんお尻が硬くなってきた。私は自分で言挙げしておきながら言い知れぬプレッシャーを感じている。だがこれは私自身のもので、ブブゼラス様が私に仕掛けている圧力では無い。


 偉大なブブゼラスお爺様があの三色三柱のことを考えていないはずもないが、私は一応の確認をしておきたいのだ。

 惑星バベルステルニャの星圏に一部の管理権限を付与されているイブリス神眷の眷属神である3柱。

 異世界人勧請の背景をまず間違いなく知っているであろう彼らは、赤・青・黄色の偏った発色の天眷達だ。君はこの星の圏域に一時止まって彼らに出会っただろうと思う。あれらは馴れ馴れしい奴らだが、あれでも星神の神眷イブリスに雇われて役員に就いているお偉いさんだ。君は次に彼らに会った時に帰る方法なり何なり色々と問い詰めてみるがいい。シラを切られるかもしれんがね。


 ああ、一応断わっておくが、これは異世界から来た人草の君への私からのメッセージだ。

 そして申し遅れたが、私はググリスという名で呼ばれている。この名は幾つかある名前や名号といった名称の一つだが、覚えていれば君でも地表にある私の痕跡に気がつけるかもしれない。他の名は教えないが、共通する印象に気がつけば繋がりも分かるだろう。砂漠に埋もれた神殿のレリーフ、渓谷の横穴に隠された禁書、献身的で思い込みの良い血族組織に秘された古伝書や伝統神事の形式、色々なところに私の痕跡が残っている。まあ、名前などは所詮は名前に過ぎないとも言える側面は在るがね……。


 お爺様はまだ微動だになさらない。これは私自身の気が急いているから逆に気が長く見えてしまっているだけだ。人草どもの次元を俯瞰する位置にいる我々には死が存在せぬから”時間”という概念が当てはまらない。だからたまに時間を意識すると「なんだこれは」と思ってしまう。

 ─────これはいけないな、私はちょっと動揺し始めているようだ。この岩舟の中にいるとどうも殺風景すぎて段々と居辛い気がしてくる。いや場所のせいにしてはダメだな……。しかしお爺様は搭乗する人員もほとんどお連れにならないから人気もなく音もない。せめて天球の楽師なりと………………やめよう。私は何を考えているのだ。そうそう、君へ通信していようね。


 君の現状だが、おそらく君は今、君自身の魂の自我の領域から逸れて星の記憶に混じってしまい自我の自覚が曖昧な状態だろう。それは君自身の意識の脆さによる錯覚でもあり過失でもあるが、ともかく星の因果に半ば組み込まれつつある。転生の下地が編まれつつあるという訳だ。異分子がそうすんなり順応できるとは私も思い難いが……。

 しかしともかく、おそらく君の自我にはこの私の意思を受信できている。今はこの通信に気がつけなくとも、転生後に段階的にでも何らかの形で私の伝信を思い起こす切っ掛けが訪れると思う。君がこのメッセージに意味があると思えればの話だがね……。


 でもたぶん君は、いわゆるコスミックピーポー……宇宙人とかを信じるそう言う類の人草だろう。何やら多感な年頃と見えるからね。いや、実際そういった性質を利用しての拉致……ゲフン! 誘致による召喚や派遣というのは稀にあるのだ。私の所見では君はそういうふわふわした人草だと思う。

 そう、私どもをいわゆる宇宙人と思ってもらっても別に構わない。おそらく君の元居たであろう人間社会とやらではそういう風な概念があるのではないかと予想する。だいたいどこもそんなイメージの刷り込みをする場合が多いからね。全身ピッタリした服を着て光線銃を持っており、喉をトントンしながら声を出して話し、互いの人差し指をちょんとやって挨拶する。そう思ってもらっても別に結構。そう刷り込まれているだろうからそれで良しとしよう。


 だがそれは、君の世界の人草達と背景の存在が意図して作り上げたイメージであって、実際にそのような姿や風習の者は一部の種族だけであることは言っておこう。現に私は対の七枝角があり大きな翼が8枚あったりする。意識したら羽が頬に触れてムズムズしてきたが、これは意識するからいけないのだ。無視。


 おっと無駄な話をしてしまったな。私のつまらん性分だ。

 君は間も無く、境界に流れる広大な大河のある景観の中にいることに気がつく。

 そして大河の河原を巡視する眷属にとっ捕まり、その時ようやく自我を取り戻すだろう。そこへメメンが間に合えばいいが、先にどこかの眷属の横槍が入りはしまいかと私は懸念している。よもや君を珍しがるだろう冥府や魔界に坐す群神の御前へしょっ引きはすまいかとね……。

 それとも、ブブゼラスお爺さまが懸念したように、既に隔離界に封じられているかも知れないね。


 ともかく、君は転生のために何処かの親神の眷属から手引きを得る事になるだろう。本来必要な転生の因子の収集は君の場合要らぬだろうから、裏宇宙の霊界などへは渡らずにすぐ様の受肉となる。


 おや、ブブゼラスお爺様が角の切り跡を撫でながら微妙なお顔をしておられる。何か思案が成された様子と見ていい。



「ふむ。あまりこのことを掘り出そうとして、彼らに隠されてしまっても面白くない。イブリス神眷の眷属神達は放っておこうと思う」


「……あぁ……それもそうですね」



 深い考えをお持ちのブブゼラス様は、もう君を異世界から召喚した存在の背景に気がついているご様子だ。

 君は元の世界へ帰りたいだろうから、ともかくも君をこの世界へ召喚した存在をまず突きとめたまえ。


 この星は地表こそ新しい企画の者達が因果の生産に勤しみ、人種や国々や宗教や軍閥や経済組合など様々に作って幅を利かせているが、これはある意味では閑散としている。地表は地底の世界が争ううちに表面化した先っぽが見えているようなものなのだ。過去と現在と未来が同列に在るということだが分かるだろうか。地底世界まで経巡れば見るからに地表の者とは趣が違う訳ありの怪しい奴らしか居ないから、君の求める秘密が何なりと見つかるだろう。だから早々に地底へ行ってしまえば、君を元の世界からこの異世界へ派遣した存在までもが判明する事だろう。


 そこまで出来たら元の世界へ帰るのは容易だ。裏宇宙の界隈へ訴え出るだけで、連中がそそくさと君を元の世界へ戻すだろう。異世界などという羨望すべき世界の因果の集合体から合意なく要素を切り取り、又は複写をして持ち出すなんてことは違反だからね。


 つまり言ってしまえば、君は異世界の人草の魂ではあるが、このバベルステルニャにおいて転生を試みた方がいい。霊体のまま黄泉の境界や星の境界から元いた世界へ戻ろうにも、手引きがないのでは無理だ。そして異世界の異分子の魂を手引きできる者は今はいない。


 だから何でもいいからこの星のどこかに転生して、君を動かした犯人を見つけなさい。なに、人草に植えられた視点ではこの世界も残虐極まりない様子に見えるだろうが、住んでみれば何とやらかもしれないよ。


 あれ、ブブゼラス様が怪訝な顔つきで私を見ている。いつから私は見られていただろうか。



「何だね、君もかね……」


「あぁすみません。気がつかれましたか……」



 ブブゼラスお爺様に通信がバレたようだ。困った顔をされてしまった。だがブブゼラスお爺様の困った顔というのは必ずしも困っているとは限らないし、あからさまに指摘してきたのは否定的とは限らないのだ。

 だがこれ以上の君への情報提供はさし控えよう。というわけで話を逸らすこととする。



「あのう……」


「……何だね。言いなさい」


「……ええ、魔王からクレームが来ているんですよ。どうしますか? 」


「またかね。…………ふふ……」


「あの人草の死体から察したのでしょうね。魂の痕跡が辿れないとなると……」


「うむ。ならば星溜まりの堕天使達も黙ってはいまいが……黙るのは月の者共よ…………あれが解せぬ。しかし3人の少女を使役したのは見え透いた陽動だ……切り捨てるつもりだろうが…………ふふふ……」


「ネクタルのおかわりをお持ちしましょう」



 ブブゼラス様が笑っていらっしゃる。この話題をお気に召したようだ。私はすかさず、給仕に控える眷属2柱にネクタルの替えを指示した。

 この”ネクタル”というのは言わばドリンクのような形態の趣向品として”因果の上澄み”を加工したものだ。これを足挫き座のグブリヌ星雲より飛来した無銘の流星から作った透明なグラスに注ぐと、色は最初は暗く透き通った黄色だが徐々に明るい桃色や赤色へと危険に明滅し、香りはエンキ界楽天國産の猩黄桃と聖地古カグラの永久凍土に眠る腐葉土菌をシャエランタッシャー狭平原の小麦で足して醸したような絶望の質感で、舌触りは諦念のとろみがあり、味は水のような淡白さに隠された深く哀しい酸味が来た後にバニラとミルクの残味が取り返しのつかない後悔を演出する。精霊によって気泡の波長が緩やかな432hzに調律してあり却って癖の無い和が保たれている。このネクタルの主原料の産地は惑星バベルステルニャは”オブリオストラッタの樹海”であり、昨日異世界から渡来して絶望した君の因果だ。それをしれっと吸い上げていた第3の月の月面付近から採取される因果の露を掬った上澄みである。我々は早速この獲物を掠めて月の者共への忠告としたという訳だ。まあそれはいい。

 実は君という異分子の出現を察知した魔王からクレームが来ていてね。名は伏せておくが、君がいた当地の城に籠城していた魔王だ。そのクレームというか、要は諸々の要望というか催促なのだが……。君に分かりやすく言えば、因果の味付けが薄いとか、量が足りないとか、そういったものだ。彼らもどうせ英雄たちに討伐されるならば、盛大に絶望と悲しみを吸い上げたかったのだよ。それが彼らの役目であり、今世最後の晩餐、とっておきのご馳走だからね。働き者の魔界の者共にとって人草どもを使った戦争は長年準備してきたパーティーの演出であり、その獲物は人生数百年かけて頑張った魂のご褒美なのだよ。魔界の者にとってはね。それで、どうせなら独り占めしようと考えた魔王は最終的に配下の軍魔と群魔をも悪魔払いして単独で籠城していた。その経緯は君も”星の記憶”を垣間見て知ったはずだ。これも転生後に少しづつ思い出すことだろう…………知ったが故に見入ってしまい溶けたのだろうからね。

 そんな風に魔王がワクワクしていた折にやってきた珍しい鳥、つまり君という異世界の魂の来訪を予期した魔王は狂喜して君を欲したのだ。籠城しながらメインディッシュの到着を心待ちにしていたのだろう。だが、生憎なことにその膝下から取り上げられてしまった。そこで彼らはガッカリ、且つ憤慨しているのだ。そのやり場のないクサクサした気持ちをだね、この星に参入するおよそ5000億柱程の観測者であり干渉者の一員である我々などに食ってかかることで憂さ晴らししようと、そういうことなのだ。

 とはいえ、そんな魔王たちの話題はブブゼラス様のお気に召すところだ。

 魔王については……おっとそろそろこの辺にしておこう。追加のネクタルが来た。あとは君自身が実地で確かめたまえ。

 それと、我々のような存在に頼ろうとは、あまり思わない方がいい。我々は人草単体の情緒など酌量する事は無い。頼られても君の自我や魂にとっては辛い結果となるだろう。もし君の方から我々に願い、利用しようとするなら、その時は命ばかりか魂座を喰われる覚悟をする事だ。

 というわけでこの辺で君へのメッセージを終えることとしよう。健闘を祈る。





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