第1章 エピローグ
『一体何が起こったのか』
移動する荷馬車の中で、村の人たちは話し合った。互いが見たもの。互いが聞いたこと。互いが経験したこと。それらの情報を重ね合わせ、時系列の順番に並び変えることで『出来事』そのものの全容が形作られる。村人たちの興味はもっぱら、その『出来事の全容』であった。
フルール村は、突如として現れた魔獣に襲われた。
だが騎士団の素早い対応により、村人が全滅するというような最悪の状況は避けることができていた。魔獣退治に慣れている騎士団のおかげで、生きている村人は全員、村の広場に集められ、治療を受けたり、生存確認を行っていた。
『こと』が起きたのは、その最中だった。突如として、今度は炎が村を襲った。魔獣は騎士団が全て討伐してくれていたはずだ。だが突如として上がった火の手のまわりは早く、あっという間に村全体を覆ってしまった。村人たちが住んでいた家を全て焼き尽くし、大切に育ててきた作物を消し炭へと変えていった。騎士団は消火活動よりもこの地を離れる方を優先させ、重傷者用に準備してきた荷馬車に村人を乗せ、隣の村へと避難させてくれたのだった。
無事だった子供たちは、ひとつの荷馬車に乗せられていた。その表情は皆、暗いものだった。
「……じゃあ、本当にリアムは何も見ていないんだな?」
マルタンがそう問うと、リアムはひどく落ち込んだように俯いた。
「うん。ぼく、おきたときには、もう、騎士団の人に広場につれていってもらっていたから……」
「サロメ! てめえ、なんで目ぇ離したんだよっ!」
ヒューゴが怒鳴った。その拍子に、ガタン、と音を立てて、荷馬車が揺れる。車輪が石を踏ん付けた衝撃だろう。少し乱れた二つ結びの髪を揺らしながら、サロメは膝を抱え、ぽろぽろと涙を流していた。
「ご、ごめん、ごめんなさい……わ、わたしが、目を離したから、わたしのせいでっ……」
「ヒューゴ、いい加減にしろ。サロメのせいじゃない」
嗚咽を漏らしながらも謝罪するサロメを、ヒューゴは怒り収まらずといった様子で睨んだ。だがそれを諫めるように、マルタンが鋭い声を出す。そのまま、マルタンはサロメの背中を慰めるように優しく撫でた。だが、その様子を見て、今度はリアムまで泣き出してしまった。
「サロメ、ちがうよ。ぼくのせいだ、ぼくがレノのじゃまをしたから……」
「リアム。お前のせいでもない」
「じゃあ、じゃあ! 誰のせいなんだよっ! 答えろ、マルタン! 一体誰が、一体誰がこんな、こんなひでぇことっ……!」
ヒューゴが怒鳴るように言ったが、最後は涙交じりの声になっていた。マルタンはその冷静そうな瞳を揺らし、黙り込んだ。
「……くそ、くそぉっ……! 俺、親父にまだ、教わってないこと、あんなにあったっていうのに……!」
「……ダミアンさんは、じゃあ……」
ヒューゴの嘆きに、マルタンが掠れた声で呟く。その言葉に、サロメが頷いた。リアムがひっと小さく悲鳴を上げ、言葉を失っていた。
「ジョルジュは、ジョルジュは、ぶじなの?」
リアムが真っ赤な目で、ヒューゴに尋ねた。ヒューゴは苦虫を噛み潰したような顔で、リアムから顔を逸らす。
「………わかんねぇ。今は、たぶん、別の荷馬車に乗って、騎士団の奴らに治療されてる」
「……それじゃあ、たぶん、僕の兄さんも……」
ヒューゴの話を聞いて、マルタンが乾いた笑みをこぼした。リアムもヒューゴも、マルタンの言葉には何も返すことができなかった。彼らにとって、この荷馬車の上に『いない』ということが、全ての答えだったからだ。
だが、ただ一人。サロメがぴくりと反応していた。それに目ざとく気付いたヒューゴが怪訝そうな目を向けると、サロメは慌てたように口を開く。
「ち、違うの、別に、隠していたわけじゃないの」
「何か知ってんのか!?」
「そ、その……私が見たわけじゃないんだけど……」
「勿体ぶってんじゃねーよ! さっさと言え、サロメ!」
もごもごサロメが言うと、しびれを切らしたヒューゴが再びサロメを怒鳴りつけた。今度はマルタンもそれを止めようとはしない。全員から痛いくらいの視線を浴びたサロメは、慌てたように早口でまくしたてた。
「こ、これは聞いた話なの! ロジェの姿が見えないから、私もまさかと思ってたところで、ロジェと仲良くしていた自警団の人を見つけて、だから聞いたの! ロジェはどこって! そしたら、レノが逃げ遅れてるって話を聞いたって、だからロジェはレノを迎えに行ったんだって!」
「……………待てよ、じゃあ、まさか」
ここにいる全員が見ている。レノの家が、業火に包まれ、崩れ落ちていく様を。レノの家だけじゃない、燃えて崩れていくのは、全ての家だった。だからこそ、広場に生存者は全員集められていて、良かったねという話になったのだ。もし誰かが家の中に取り残されていたとしても、助けに行く時間さえなかっただろう。火の回りが早すぎて、騎士団にも何もできなかったのだ。
つまり、レノは広場に来ていなくて。そんなレノを迎えに行ったロジェが帰ってきてなくて。避難用の荷馬車は出発し、今もなお、村は全てが業火に包まれている。
子供たちは全員、絶望的な思いで俯いた。そこからはもう、誰も何かを話す気力もなかった。
これから自分たちはどうなるんだろう。他の村へ行って、どこに住むことになるんだろう。思い出の地は炎によって失われ、ここから先の未来の見通しも立っていない。心配と不安、そして喪ったものを想う気持ちで、胸がいっぱいだった。
ヒューゴは思った。必ず、こんなことをしてくれやがった犯人である魔獣に、復讐してやると。そのためにも、苦しくとも、悲しくとも、この光景を目に焼き付けておかなくてはならないと。だから、ヒューゴは顔を上げた。避難用の荷馬車の中で、薄暗い闇の中、まるで明かりをつけたかのように大きく燃え盛る炎を見るために。
「………あ?」
その瞬間、炎が消えた。鎮火したのだ。一瞬のうちに。ヒューゴは何度も瞬きした。ショックなことが続きすぎて、自分の頭がおかしくなってしまったんじゃないかと思ったのだ。だが、ざわざわと他の荷馬車が騒いでいる様子からも、自分のそれが見間違えではないことに確信を持つ。
そして、黒焦げになった場所が淡く輝き、ゆっくりと緑が芽生えていくのを見て、驚愕した。
一体何が起こっているのか、さっぱりわからない。ヒューゴはその瞳を大きく開きながら、自分が生まれてこの方住んできた大切な村を見つめた。
そして、ちらりと。
本当に、一瞬だけ。
淡く白く光るその向こう側に。
真っ暗な森の奥に。
オレンジ色の髪が見えたような気がした。
エピローグです。今の段階では意味不明だと思いますが、これから補完します。
次の第一話から、本編のスタートです。
初投稿なのでご不便等ありましたらすみません。
よろしくお願いします。




