第四幕
オンユーク病院の向いに小さな酒場がある。病院の前にあるというのが何とも素晴らしいこの酒場は、昼間だというのに、病院の関係者だろう人で賑わっていた。
鴉がその店に入ると、まるで英雄でも来たかの様に、やじが飛んだ。全体的に好意的な内容で、どうやら病院の関係者とは良好な交友関係らしい。なんでも、この酒場を営んでいるのが鴉らしい。
その入口から奥まで大盛況な人の波を押し分け、店の奥にある地下へ続く階段を下っていく。わたしも遅れまいとしてついていく。
その地下には一枚の鉄扉があった。軋みを上げながら開いたその扉をくぐった時、外の喧噪はまるで嘘のように掻き消えた。
狭い通路の両脇にいくつかの部屋があり、それぞれ鉄の扉で仕切られている。壁はコンクリートで塗り固められ、病院の様な様相そしている。手前から三つ扉を通り過ぎた時、四つ目の扉に鴉は手をかけ、小さく鳴らした。先ほどの畏怖する低い声で、「レティ。こいつが話があるそうだ。広間に来い」と一言いうと、鴉はさらに奥へと進んで行ってしまった。わたしはどうしたらいいかとおもっていると、鴉が振り返りついてこいと言う。
あぁ、この感触は嫌なものだ。
じっとりとした夏の暑さもさることながら、針の上を歩くようなこの感覚はあの四年前だけでお腹が膨れていたはずなんだと思い出させてくれる。
奥の部屋につくと、そこは丸い大きなテーブルが置いてある質素な部屋だった。
壁には酒樽が並んでいて、貯蔵室だという事がわかる。すこし酒精を含んだ空気はわたしのくらくらする感情を増長する気がした。
ほどなくして、一人の女性が入ってきた。
まさしく記憶のとおりで、その当時のままの姿だった。
年齢は不明、一見幼く見えるその相貌は切れ長の目と相まって、美しい。金色の長い髪は腰ほどあり、よく手入れされているのがわかる。美しい黒を基調とした服装は、当時と同じ給仕服で、フリルの多様された服に、白いレース仕立てのエプロンを付けて、足元はローヒールの革靴だろう。リボンがあしらわれた其れをまるで少女のようなそれでいて美しい女性は着こなしていた。
鴉に促され、全員が席に着くとゴミを見るような鋭い視線で女性がわたしを見ている。
これはもしかしたらわたしは間違った選択をしたのかもしれないと胃に穴が開きそうなほどキリキリし始めた感情を無理やり抑え、笑顔を作った。
「いや、お時間を作っていただき、本当にありがとうございます。わたしは四年前にディアマント島の酒を教会に売り込みに行った事で取り調べを受けました、ジョニー・ベレット申します。この度は、当時お見掛けした女性にどうしてもお尋ねしたいことがありまして、鴉様に無理を言って連れてきていただきました。いや、なにか文句とかそういうことではないのです。わたしは当時から行商の類をしておりまして、あ、こちら皇国で発行済の商業許可書ですね、
ええと、なんと申しましょうか、わたしの取引相手は良くも悪くも富裕層が多いところがございまして、中々いい知恵が浮かばなかったところ、四年前色々ご教授いただきましたお嬢様に…、あぁレティア様というのですね、レティア様にお話しを聞いていただき、助力をいただきたいところなのでございます。
といいますのも、今回の取引相手は孤児院を運営している在る方からでございました。その方が、想い人に贈る品を見繕ってほしい正確には指輪とのご用命でございました。しかし、わたしの取り扱う商品ではなかなか先方の提示された金額以内でというのは難しい物ばかり。また、それらも美術品としての価値はありますが、あまり女性にとって想いと共に届けられる物として適正かどうかというのが疑問でございました。
たしかに少し宗教的ではございますが、民族品などもありはしますが、それがその方のお話を聞いてふさわしいかと申し上げますと…少し合わない物でございます。
少しその先方のお話をさせていただきますが、お二人の出会いは十六年前にも遡るようでございます。当時兄と妹の様に身寄りのない中で生活をされたとのこと。とても苦しい中で今では孤児院をなさっているそうです。おそらく、そのあたりは教会の方ですからご存じであろうかと思いますが、ボールズ神父からの紹介でもあり、わたしも無碍に断ることはできません。
しかし、だからといって、丁度良いという品が思いつかないのでございます。
その時、四年前のレティア様の宝飾品のことを思い出しまして。……よく覚えていたと申されましても、あれは人生の中でもかなりの重大な事件でございますから、忘れる方が難しいところではございますが。
そういったところでございまして……一つお知恵を御貸しいただけないかと。」
わたしの言葉を聞いていた二人は、顔を見合わせ、誰のことを言ってるのか合点がいったようで、ほほ笑んだように思えた。
そしてレティア様が笑みをこぼして答えてくれた。
「私達に知恵を貸せと来る者は多いわ。
しかし、こういうのは初めてだと思いますわ。……いいでしょう。普通なら知恵の代価は払っていただきますが、カイル君のことなら私も良く知っている事ですし、そうですわね……。知恵というより私の持っているもので、一つ渡してもいい品物があるわ。それを貴方に売ってあげるから、それを包んであげればいいと思うのだけどどうかしら。
それはね、一つ曰く付きのある物ではあるの。
だから、簡単に人に渡す事ができなくてね。でも丁度良い機会にはなるのではないかしら。
かつてそれを持っていたのは、皇国の北西の領主でね、彼はは自身の領地に伝わる一つの伝承を重んじていたの。その領主の血に流れるものを維持するために、自らの子の内、男は生かし、女は神の贄とするものだったの。その血を守る事で、病や怪我を立ちどころに直してしまう血筋であると同時に、現存する聖人の一人として皇国では重用されるところとなっているわ。
しかし、妾に娘が生まれたことがあるの。領主は、今までの掟通りであれば、きっとそれは単純に神の贄としてその娘を差し出す事になったのでしょうね。
確か、三才か四才になろうかという事だったと思うわ。その領主は娘を神の贄として神殿の神官たちに、妾に似て美しくなるであろう娘を差し出す事を躊躇ったのよ。
執事に言ってまだ何も分からないその娘を捨てさせたというわ。神殿に差し出して贄となる、つまり殺されるよりは、かすかでも生き残ることを望んだのでしょうね。私から見れば無責任な事をしたと思うのだけど、まぁ彼のの思うところは私にはからしかたないわね。
領主は偽装工作として、その娘を死んだ事にするために、彼女の血を混ぜて作られた金属で打たれた指輪が二つ神殿に奉納したの。
自らの娘が死ぬのを自分の咎として行ったとの口上でね。神官たちは懐疑的だったけれど。
しかし、神は其れを嘘だと分かったのでしょうね。それは本当に神の所業だったのか、あるいは、神官たち仕業か。その指輪には呪いがかかっているといわれているわ。
便宜上その領主の娘は死んだことにはなったわ。私達のおかげでね。
だから、私達はその代価を求めたの。そしたら、それを領主の希望もあり、神殿から譲り受けたのよこの呪いの指輪を。
といっても簡単に呪いなんて解けるものではないわね。だから私はつけていないのだけれども。
あの領主はね、神からその家名を、神託によって賜ったと言っている。おそらく本当なのかもしれいわね。そのせいで、その血を混ぜ込んだ指輪には、神の如き制約が課せられるのよ。
かつて、この指輪をつけて偽りを述べた者が神罰により滅せられたというわ。そのことから、『真実の指輪』といわれているものなの。
神殿も本当は手放したくはなかったのだろうけれどね。魔女といわれる私には逆らえなかったのかしらね。可笑しな話よ。
さて、贈る者が真実の愛を説けるならきっと聞き届けられる物になるとは思うけれど、そこに偽りがあるのであれば、その指輪を付けたものには神罰が下る事になるわ。
尤も私はただ、指輪が割れる程度だとは思っているけれど、実際はどうなるのかしらね。呪いの品なんてそうそう使うことのがないのだから、分からないけれど、あなたのご希望に沿ういい品だとは思うわ。
二人が本当に愛を語れるのであれば、これほどの品はないのではなくて?
最後に、教会の中でもこの教義を守るニーレンバーグ領は重要な所なのよ。あなた。たぶん気づいている事だとはおもうけれど、私達はこれを知っていても、決して彼らに言うことはないわ。
教義に則り一つの制約を私があなたに売る際に課すことにするわ。それはそうね、『この事実を伝えない』こと。
もしそれを最初から破るつもりであれば、売る気はないし、それが後で分かったら、四年前の比ではない取り調べを受けていただくことになるわね。あなたも、彼女もね。
さて、それを飲むというのなら、あの悲しき捨て子に愛を説く男の手助けをしてもいいのだけれど……。
いかがされますか?」
その答えは決まっている。
ここまで話を聞いて決まってしまった。
わたしの表情をみた魔女は嬉しそうに頷いた。




