第二幕
目の前に座る長身の男性、カイルは煙で灼けた様な声で滔々と語った。
「正直な話、俺は成功するとは思っていないんですよ。プラムに会った時あいつはまだ四才で、俺は一二才だった。あいつにとっては俺は兄貴みたいなもんだと思われてる。でも、俺はずっとあいつのことを好いていたんだと今では思うよ。でもそれは『伝えちゃいけない』そんな風に思っていたんだけど、この間の獣の騒ぎがあってから俺たちの生活は変わってしまったじゃないか。
せっかく戦争が無くなったっていうのに、まぁそれが見せかけだっていうのはわかってるつもりだけど、戦争できる力がないのはわかってる。でも次に獣なんて言うのが出てきてしまったじゃないですか。あれと出会った時、俺は正直気が狂う気がしたんですよね。兄貴(ボールズの事)と約束したことだって『うまく行かなくなっちゃうんじゃないか』ってそう思ったんですよ。でもなんでかな、その時こうも思ったんです。俺、故郷とはそういう物の記憶ってないのに、プラムに、あいつに会いたいって思ってたんですよね。
最初あいつに会ったのは、最下層の排水溝のそばで、毎日雨みたいに色々もの降ってくるわけなんですよ。本当にゴミ溜めだって思えてたんですけどね。例えば、水で洗浄はしたんだろうけど、街外できてた服とか、コートとか、ちょっと危ない注射器みたいな物とか本当に色々あったなぁ。
中には生活品なんかも紛れてることもあったから、俺もよく行って、何かないか探してたんですよ。そしたら、昨日まで見かけなかった栗色の髪のかわいい女の子がいたわけで。多分それは一目惚れだったのかもしれないですけどね。
あいつぼろっきれ一枚で寒そうにしてたんです。普通だったら、まだ服を着てるとかあるとおもうのに、さっきのゴミ溜めで拾ったようななんか薄汚れた布一枚で。話そうとしたら『パパ、ママどこ?』って聞かれてね。俺が知る訳ないのに、必至になって聞いてくるんだ。最初はちょっと怖かったかな。
でも、俺は察しましたよ。あぁ、捨てられた奴だなって。『どこ?どこ?』って尋ねてくるんですよ。あいつ寒そうで、ずっと足をこうすり合わせて訪ねてくるんですよ。良く見ると靴もないわけで。
もし名前でも分かれば、俺だって駅員に子供を突き出してたと思いますよ。だって親がいるはずなんですから。そしたら『名前知らない』って泣きながら言うんだ。
でも、その時俺は別のこと思ってて、俺は俺の親に感謝してましたよ。俺は、それでも服を着て靴も履いて捨てられたんだ。そのあと服をとられることもなかったんだなぁって。俺は幸運だったんだって。そういう幸運の元に置いてくれたんだなぁって。
あいつはぼろ布だけで、かわいそうに排水溝の水が跳ね返って濡れててね。本当にボロボロだったんだ。最下層でも、いろんなガキがいて、俺みたいな奴っていうのは最初服を取っ払われたりするですよ。それも大人の家無しの奴に。腕力で勝てないから本当に厳しいとは思いますよ。
話きいたら、やっぱり思った通り、さっき人に服を取られたって。子供の靴下でも大人が二枚重ねて履けばあったかいし、靴が壊れてるなら紐だけでも取れればほつれた服を直せたりするからさ。ちゃんとした服着た奴って狙われるのな。
やっぱり、病んでるんだよこの街はって思っちゃいますよ。いや当時『は』かな。俺の感覚だと兄貴に会うまでは世界は全部病んでたかも知れないですけど。
でも寒いんですよね、あそこはやっぱり。火起こしたりなんなりって子供だけでできるもんじゃないし、そもそも木なんて大人が持って行ってしまってて手に入らないしね。
今じゃ、さすがに同じ状況でも大丈夫だと思いますけどね、軍で色々知ったから。あの最下層でも電熱器からの送風機を付けたような簡易的な温風器でも、作れるとは思いますけど…。
当時はどうしようもなかったんです。
名前も親から取り上げられて、きっと教わってなかったんだろうなぁって思います。今でも娼婦とかでたまにあるんですよね。子供に名前を教えないで放りだす事。今は俺たちが見つけたら孤児院含めて支えるようにしてるんですけど…でも中々変わらないかな。
それで、俺は見るに見かねちゃって、そいつのぼろ布と俺の着てた服を交換したんだ。有無を言わさずにさ。今思えば思い切ったことですよね。
そしたらあいつは突然泣き出してしまって、『嫌だったかって』聞いたら、泣きながら言うんですよ。『ありがとう。ありがとうって。』何回も。
それ聞いたら俺いてもたってもいられなくって、それこそ感謝されるなんて生まれて初めてだったからかもしれないですけど、だから、俺の知ってる事を全部教えてやろうと思って。生きるためには必要だったし。
『お前』とか『おい』とかっていうのは、そいつのためでもないなって思って、たまたま目についた紙袋に書いてあった『プラム』って名前をつけたんですよ。短絡的すぎたとはおもいますが、あいつはそれを聞いて頷いてくれたんです。でも、また泣くんだ。あれは参ったものですよ。良かったのかどうかも分からないんだもん。でも俺もうれしかったんだと思いますね。一緒になってなんかもらい泣きしちゃったのを覚えてます。
それからあいつを連れて階層列車を動かす線路の下にあるモーターの傍まで連れて行ったんです。俺らみたいな孤児っていうのは、あの線路の熱で生きてた様な物だから、まずそれを知らないと凍死しちゃう。
今思えば危ないとは思いますよね。あんなところに、二十も三十も押し競まんじゅう状態ですよね。
だけど、モーターの駆動熱は、多くの子供を救ったと思いますよ。特に物資を運ぶ事もあるから夜も寝ないで動きますからねあれは。
俺らみたいなの何人もいたし本当にすごいですよね。
そっからは二人で最下層にいた時はあいつに飯食わしてやりたいって思う思いだけで一杯であんまり覚えてないんですよね。盗んだりなんなりして、殴られたり、蹴られたり。あいつ、俺が殴られて顔が腫れて帰ってくると心配な顔になるんですけど、すぐ泣いちゃうんですよ。
その後、兄貴と会って、ずっと兄貴達と一緒に進んできた中でもあいつに楽にさせたいってその思いしかなかったんですよね。そのかいあってか、身売りせずに済んでいますよ。
なんでだろうなぁ、あいつがすっごく好きなんだと思うんですよ。兄としか見てない、とか、あいつにはもっといいやつがいるって思って自分にいくら言い訳しても。年々どんどん美人になっていってさ。不安になってるのもあるのかなぁ。
だから、あいつの回答がどうであってもけじめをつけないと、もし、もしこの先俺が死ぬような目にあった時後悔するんじゃないかなって思ってるんです。
だから、こんな時代に高望みするっていうのは百も承知で兄貴相談してみたんですよ。そうしたら、何でも揃えてくれる便利屋さんがいるっていうじゃないですか。そうしたらもう、この想いを止められなくなって。
俺が用意できるものなんてそんなに多くはないんです。金銭でっていうなら本当にこれっぽっちしかないんです。袋の中に俺の少ない給料と傷病手当ででた四か月分の生活費くらいだ。でもそんなもんじゃ足りないのも知ってる。
でもそれ以上も出せないんだ。今俺たちが面倒見てるのが二十三人。正直これでもかなり無理させてもらっている。もし、この俺の意地がなければ、あいつらにもう少しいい物やれたんだろうなって。そっちはそっちで悔しいんだ。
だから、ここからは取引をしたいんです。
俺の愛を叫ぶだけに見合う物があるのかどうか、無いならないで気持ちだけでぶつかってみようとは思います。
ただ、その時きっと『あぁ、俺は全力でやれたか?』って思うんですよ。そんな後悔したくない。
そしたら、過去の風習で結婚したい相手に指輪を贈るんだって聞いてね。中々難しいものだとはおもうんですよ。この今じゃ、金属も少ないですから。
だから、この通り。」
頭を下げる彼は誠実な其れであった。
しかし、語られた言葉は、当時のわたし達大人に対しての怨嗟の声の様で、しかし、彼の重い感情はしっかりと受け止めなければいけないと思うと、わたしはしっかりと対応しなければいけないと感じた。尤もわたしに少し後ろめたい感情があったのは間違いない。
ただ、この青年が言う、その女性に対して見合う物、この話を聞いてわたしが出せるものって何だろうか。そう簡単には見つからないだろうというのは分かった。
そのため、その日は、金は受け取らず、とりあえず「探してみる」と一言伝えると、青年はとてもうれしそうに喜んでくれた。




