第一幕
帝国軍警備部のカイル・バールストンの記録を読めば、多くの人が彼に共感することだろう。今の時代には珍しい、帝国と皇国をだまし続け、彼の子供たちを守るという理想を求めるためだけに生きた生き様は、輝かしく、そしてまぶしい。
わたしの前にカイルが現れたのは、統一歴六十四年の夏だった。安定した大地に解き放たれた獣という巨悪に対抗するため、帝国も皇国も躍起になって獣狩りを行っていた。そんな中であっても、彼はただ一人を貫いて資金を集め、食料を集め、子供を守るために必死になっていた。
四つの島の中心に位置するアンブロ島、そのほぼ中心にあって、山々の間にある平地で、十年の内戦では激戦区ともなった交易都市オーブル。かつては、鉱脈の集合地であることからかなり広い露天掘り鉱山として貴重な紅砒ニッケルの産出地として栄えていた。しかし、余りにも掘りすぎた事により、周囲の地盤に影響が出てきたため、大戦前に閉山となっていた。しかし、あの大戦が起きると、人工の要塞として利用され、山脈に分断される形となるアンブロ島の最大の要所となった。皇国軍が先に接収し、戦略拠点化した後に、帝国軍が三ヶ月の接収、その後取って、取られを幾度となく繰り返す事となり、戦争停戦後は、この要所は西の皇国と東の帝国との共同管理する六地域の一つに指定された。北方にある帝国領ルベーノ島や南にあるディアマント島との交易を行う港町からも比較的近いこともあり、物資の一大集積地として現在は栄えている。
わたしはその中で皇国の交易商人として、南のディアマント島との取引を行うプリモロやマーロといった街に出入りしたため、必然的に多くの情報を集めており、きな臭い安く手に入る酒の話や、見たこともない調度品の類についても好事家との繋がりを持っていたりと、さまざまな人脈との付き合いができていた。その付き合いのあった一人に、このオーブルの下層で孤児院を行うボールズ・セグタンからの紹介で、同じ孤児院の共同出資者(彼は同志といっていたが)のカイルと出会うこととなった。
彼の求めている物は単純なものでは無かった。なんでも、かつての風習で、女性を口説くためには宝飾品の類を贈るというのがあったため、それに習い、結婚を申し込むための指輪が欲しいと言ってきたのだ。
この五十年においてそういったものを行うというのは、其れこそ富裕層であるならば聞いたことがあるが、下層の彼らには高嶺の花、いや高値の花だろう。明日子供たちに食べさせる食事を集めるために、配給切符のやり取りと、非合法的に集めた材料をやりくりしている彼らにとっては、それがどれほど難しい事かというのは認識していた。
わたしも初め彼からその話を出された時、とても面食らったものだったが、よくよく話を聞くとどうしても、この憎めない青年の後押しをしてあげたいという気持ちにさせる者だった。
カイル・バールストンは、今年二十八才になる好青年で、身長も高く顔立ちもいい。しかし、先の『獣狩り』で従軍したという。その時獣に噛みつかれて、左足を少し負傷したという事で、なるほど歩くときに少し左足を庇う様に歩いていた。生まれは正直記憶にないということだが、幼少期には親に捨てられ、このオーブルの最下層で孤児として暮らしていた。食べる物も満足に手に入らず、体格の弱かったという幼少期は、周りの孤児に虐げられる日々だったらしい。
そんな彼を救ったのが、ボールズ・セグタンであった。ボールズはいわゆる悪ガキの頭として君臨する様な少年で、出会った時は十五才でスラムの孤児達を従えていたというから末恐ろしい。そんな彼の目標は、『飢えを無くし、如何にこの馬鹿げた制度を変えてやる』との事だった。この馬鹿げた制度というのが帝国軍の配給制度だったらしく、共同管理になって皇国の物資不足を解消するために、『一家族毎の配給』とする制度に切り替わった事が起因しているだろう。もともと孤児は家族という体系ではないから、配給される物資がない。このため、『子供狩り』と称された孤児を強制収容する制度が一度は採択されたが、非人道的であるとの批判から、現在では中止になっているが。その暗黒の時代を、『自由』を得るために孤児のまま残り続けた彼らは、ボールズを頭とした組織を強化させていった。
現在では、ボールズが教会の神父となった事もあり、教会付の孤児院となっている。この運動により、子供狩りの代わりに有志による出資で、教会が共同管理地の各地で孤児院を創設した事で、帝国の面子はつぶされ、皇国に人道的においても好意的感情を持つ人は少なくない。
内戦時にはまるで奇妙な者という意味で『皇国人』と使われるまでになっていたその差別意識は多少なりとも改善してきてはいる。
このボールズとカイルが出会った事は本当に些細な事からだったらしい。子供狩りを行う政府に対抗するためボールズは組織の強化を図っている中で、自身の手下が奪おうと暴行をする中で、必至でパンを守ってるカイルを見つけた。普通であれば手下の手柄でも褒める(弱いは罪であり、それを断罪することは当時としては珍しくない行為だったと記憶している。大人であっても弱者を虐げていたのだから)ところだろうが、彼は手下の暴行を辞めさせると、カイルの話を聞いた。
カイルは自分より弱いプラムという少女を守るために、手に入れたパンを絶対に離さなかったという。その話を聞いたボールズは、まずカイルに謝罪をすると、暴行を加えていた二人の手下それぞれに、一発づつ思いっきり殴ったらしい。「相手の痛みを知る事から俺たちは初めなければならない。ただの理想だけでは決して誰もついてこない。芯の強さはそいつの方がお前らより上だ、お前らは強さをただ振りかざしただけで、本当は弱いだけじゃないか」そう言い切った彼は、カイルを友として迎えたらしい。
カイルは頭の切れる男であったらしい。ボールズの友となって三年後には、子供狩りから多くの子供を救い(無理やり家に入れられ結局、虐待に合って死ぬことも多かった)、ボールズを筆頭とした孤児院の様な集団を『家族』として帝国軍に認めさせるほどだったという。
しかし、ボールズとカイルは皇国人であるにも関わらず、なぜ、カイルは帝国軍の軍人だったのか、後で知った話だが、二人のどちらかが属した国が倒れた時、どちらでも子供たちを支えられる基盤を作るためだったとか。