花の名前
「 りりあんは、こんど、よんさいになりあす。 」
「 なります。」
「 なりまあす。」
よくできました、と、リリアンの頭をぐりぐり撫でる。
きゃあ、と、満面の笑みを浮かべて喜ぶ妹を見ると、なんだか固くなっていた心が柔らかくなった気がするから不思議だ。
かわいいリリアンの顔も見たし、心に栄養をもらったつもりになる。これで当分心がささくれ立つこともないだろう。
これから帰る士官学校の学生寮の乱雑な部屋を思うと決心が鈍るが、このままここにいても解決するものでもない。
最後にリリアンの顔を見て、もう一回つやつやのチョコレート色の髪の柔らかな感触を味わって帰りたい。そう思ってリリアンに手を伸ばすと何かを感じ取ったのかリリアンが悲しげな顔でつぶやく。
「 りんでぃーにいちゃまは、またいっちゃうの? 」
うっ。
ハンパない罪悪感を植え付けられたリンゼイは胸を押さえて動きが止まる。
更に母であるカトリーナがリリアンと同じ栗色の髪を揺らしながら言う。
「 リンゼイってばやっと帰ってきたと思ったら、直ぐに学生寮に行ってしまうなんて酷いわ。まだ一緒に散歩にも行ってくれてないじゃないの。リリアンはリンゼイの為にお花を育てているのよ? せっかくなんだもの、見ていってちょうだい。
・・・そのくらいの時間はあるわよねえ? 」
うふふ、と優しげに笑っているがカトリーナの目が笑っていないのは流石にわかった。
こんな様子の母に逆らう事はできないのは嫌というほど知っている。
「 リリアン、お花のところまで案内してくれるかい? 」
リンゼイがリリアンに手を差し出すと、ぱああああ、と光が差したようにリリアンが笑ったのを見てリンゼイは胸がむずがゆくなって、胸をかきむしりたくなった。
リリアンの小さくて体温が高い手が、リンゼイの大きくて冷たい手をキュッとつかむ。まるで手をつかむ力を緩ませるとそのままリンゼイがいなくなってしまうかのように感じているのか力を緩めない。
リリアンの顔が真っ赤になってきた。リンゼイはその様子絵を見て可愛らしいのといじらしいのとがごっちゃになった感情で泣きそうになった。
リリアンの手を握りしめてくる力は俺にとっては弱いけれど、リリアンにとってはものすごく力が入っていることなわけで、その分自分を必要とされている気がして『ここにいてもいいんだよ』と、許してもらったように感じる。
12歳になって貴族の子息が集まって話す機会が増えてくればその分、今まで会うこともなかった悪意とも会うこともあるわけで・・・。
今までにない底意地の悪い陰口は思っていたよりダメージが大きかったらしい。
何より堪えるのはリンゼイ自身の悪口よりも親、兄弟についての嫌味や当てこすりが一番ダメージが大きい。一つ一つは小さくても蓄積されていくと
「 そういうのを『下種の勘繰り』っていうんだよ。」
そんな風に言ってくれるのは士官学校の先輩兼、ルームメイトだ。彼の言い方は貴族の子息としてはあまり褒められたものではないのかもしれないが、リンゼイにとっては尊敬すべき、常にこうありたいという目指すべき姿だ。
------ 整理整頓のところだけは見習ってはだめだと思うけれど。
「 りんでぃーにいちゃまは、どんなおはながすきですか? 」
「 んー?そうだなあ・・・。」
考えたこともない質問に困ってしまう。
今気づいたけれど、花の名前なんてほとんど知らない。
「 うーん、バラ?ユリ?・・・派手な感じは苦手だなあ。」
「 おかあしゃまのそだてているおはなはいやなのですか? 」
可愛らしく小首をかしげるリリアンにそうじゃないんだよ、と答える。
「 母さんの育ててる花は、うーん、何て言うのか、存在感がありすぎて見ていて心が落ち着かないんだよなあ。」
「 じゃあ、わたしのそだてているおはなはすきになってくれるかな・・・。」
そう言うと下を向いて小さいリリアンがさらに小さくなってしまった。
「 リリアンはなんで花を育てることにしたんだ? 」
「 えっと、このあいだかあさまとおでかけしたときにおはなをあげているひとをみたのです。」
「 それで? 」
下を向いてるリリアンを正面から回り込んで頬を両手で挟み、そっと顔を持ち上げる。
上目づかいでリンゼイを見上げるリリアンはとても一生懸命で、士官学校での辛い日常にはない安心感と可愛さにもう、このままここにいようかな、なんて考えてしまう。なんというか、ちょっと心が疲れているみたいだ。
「 もらったひとがわらったので、あげたひともわらってました。みんなもわらったの。おはなをあげたらわらってほしいひとがわらうなら、りりあんもやりたい。」
最後は満開の笑顔で言われて、反応する間もなく手をつかまれる。体を使ってグイグイ引っ張られるとしゃがんでいたので前のめりに倒れこみそうになる。
「 わわ、リリアン、ちょっとまった!! 」
リリアンの上に覆いかぶさって倒れそうになりそうになった時、真横から脇腹に衝撃が来た。
「 !! 」
「 大丈夫か、リリアン。変態は僕がたいじしたから安心しろよ! 」
この声は・・・。
「 ハンスー!!お前、思いっきり突き飛ばしやがったな~ 。」
「 はっ、これはこれはリンゼイ兄様。お久しぶりですね。お忙しくて僕に会う前に寮に帰ったはずの兄様だとは思わず、変態がリリアンを襲っているのかと思いまして。」
しれっと酷いことを真顔で言い切るハンス。転んで打ち付けた場所の痛みに思わず顔がゆがむ。いてて、と、服に着いた土を払いながら立ち上がってハンスを見ると、少しばつが悪そうな顔をしているハンスがいた。
「 いや、時間がないのは本当なんだ。明日も学校で役員の仕事を手伝わなければいけなくてな、顔見て帰ろうとしたんだがロイドが出かけてるって言ってたからな、つい。 」
「 つい、ではありません。兄さんが士官学校にあがってから滅多に会えないのに・・・。」
「ああ、すまん、すまん 。」
頭を掻きながらハンスに近づいて頭をぽんぽん撫でてやると、上目遣いでにらみながらも顔を赤くしているハンスが「 おかえりなさいませ。リンゼイ兄様。 」とつぶやく。
そのまま俺を挟んで右手はリリアン、左手はハンスと手を繋ぎ、リリアンの花壇まで行くことになった。リリアンとハンスは俺を挟んで会話をしている。
あれ?なんか俺の位置、おかしくない?
「 りんでぃーにいちゃま、あそこです。」
顔を向けると小花が咲き乱れている花壇があった。中央に桃色の小花、左右に黄色い大きく開いた花、その周りをぐるっと囲うように薄紫色の花が咲き乱れている。それぞれ生き生きと綺麗な花を咲かせているのを見ると、知らず感動してくる。薄紫色の花が空に向かって上へ上へと伸びているその様子は、一生懸命で、生命力にあふれている。丸まっていた自分の背筋が自然とまっすぐになるのを感じた。
「 リリアンが何の花を植えるか選んだんですよ。この花たちには意味があるんです。桃色の花がリリアンで、黄色の花が僕。そして薄紫色の花がリンゼイ兄様なんですよ。」
「 りんでぃーにいちゃまは、いつもかっこいいです。このおはなもかっこいいからりんでぃーにいちゃまみたいでしょ? 」
4歳のリリアンがしたのは種を巻いたのと毎日の水やりだそうだが、生き生きと咲いている花は見ているこちらも笑顔になってきそうだ。
「 りんでぃーにいちゃま!わらった! 」
「 やりましたね、リリアン。さすが僕の天使! 」
そうリリアンに言われて、笑っている自分に気付く。ここしばらく意識的にしか笑ってなかったのに自然に笑えたことに驚いた。
「 お母様とお父様が話しているのを偶然聞いてしまったのです。『最近リンゼイが笑ってない』と言っているのを。」
それでハンスとリリアンは俺の事を笑わせようとしていろいろ考えたそうだ。何とか方法はないものだろうかと。そんな時、外出途中に偶然にも恋人同士のプロポーズの場に居合わせてしまったらしい。
ごつい男性がきれいな女性に大きな花束を贈ってプロポーズをしたところ、女性は笑顔で承諾し、その場にいた人たちはみんな笑顔になって辺り一帯に幸せな空気が流れたらしい。その様子を見たリリアンが母に訴えたそうだ。
「 りんでぃーにいちゃまにおはなをあげたい。きっとわらってくれるよ。」
と。
そこまで聞いて俺は恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。穴があったら入って、掘り進んで突き進むくらい恥ずかしかった。うじうじと悩んでいたことがこんなにばれているとは思わなかった。そつなくこなしているつもりがバレバレだったなんて・・・!!
そうしたら今度は猛烈に怒りがわいてきた。こんなに可愛らしくて大事な弟妹を悩ませた事に。
「 あ、リンゼイ兄様。今、僕とリリアンに心配させてしまった・・・! とか思って自分に怒ってますね。」
「 ・・・。」
「 黙っていても無駄ですよ。リンゼイ兄様の考えることは大体わかってますから。」
「 りんでぃーにいちゃま、いつもがんばってえらいです。」
「 何に悩んでいるのかは、きっと、教えてくれはしないでしょう。でも、心配はさせてちょうだいね? あなたは少し頑張りすぎちゃうところがあるから。」
「 そうだぞ、リンゼイはもっと甘えてくれていいんだからな。と、いうか甘えてくれ。」
気付くと母も父もそこにいた。
ニヤリと笑うハンスに、にっこりと笑うリリアン。穏やかに微笑む母にその隣に寄り添って立つ父。
ああ、この人たちが家族でよかった。
そう思うと頭の中で何をすればいいのか、遠くてわからなかったものがぼんやりとだが形が見えてきた。
「 みんなありがとう、そして、心配かけてごめんなさい。みんなのおかげで元気になったよ。」
「 そう思うなら、もう少しちょくちょく帰ってきなさいな。みんなあなたが帰ってくるのを待っているんだから。」
「 そうですね。僕の剣の腕が上達していることも知らないでしょう? もうすでにリンゼイ兄様を抜かしているかもしれませんね。」
「 りりあんはおぎょうぎよくごはんがたべれるようになりました。」
「 父さんはこの間、彼の国との協定を・・・! うがっ 」
母さんに胸を扇で打たれて息が止まっている父さん。いくら何でも機密は漏らすなよ、父さん・・・。
「 りんでぃーにいちゃまは、りりあんのおはなはすきになってくれた? 」
「 ああ。大好きになったよ。」
喜びながら母のもとに報告に行くリリアンを見ながら父に話しかける。
「 俺も、目標が出来た・・・かもしれない。近いうちに報告できるように頑張るよ。」
笑顔で言うことが出来た。その俺の様子を見て両親も少しは安心してくれたのか頷いてくれた。わしゃわしゃと頭を撫でられて、いつもだったら反抗したくなるけれど、なんか今日はうれしくてちょっと照れる。
「 さ、みんな。久しぶりに皆でお茶を飲もうじゃないか。」
父さんの一声でみんなサロンに向かって歩き出した。皆としばらく歩いた後に後ろを振り返る。
桃色の小花と黄色の花、その周りをまるで守るかのように薄紫の花。
この構図を脳に焼き付ける。何があっても忘れない様に。
今回の参考にした花々です。
花言葉はたくさんある中から抜いたものですのでこれ以外にもあります。
桃色の花 リリアン 芝桜 臆病な心
黄色の花 ハンス ジシバリ 人知れぬ努力
薄紫の花 リンゼイ ブローディア 守護




