これからみる夢
乾杯の音頭は、魚屋のおじさんがしてくれる。いつも店番をする時とは違い、今日はスラックスとブレザーという少しお洒落な装いだ。飲み物を注いだグラスを掲げると、佳音と和寿に向き直った。
「佳音ちゃん、和寿くん。それに、寿音ちゃん。君たちがこの三年間、ものすごく頑張ったのは、ここにいる誰もが知っている。だから、今日のこの日を迎えられて、俺たちも本当に嬉しいよ!これからも、どんどん盛り立てていくからね!本当におめでとう!!……乾杯!!」
「乾杯!!」
皆が声をそろえたその一言と共に、楽しい時間が始まる。
佳音と和寿は、お祝いを受けている側にもかかわらず、テーブルと厨房とを行き来して接待することに徹し、座る暇もなかった。
それでも今日は、自然と笑顔が溢れてくる。佳音と和寿は時折視線を交わしては、今日の喜びを分かち合い、嚙みしめた。
そして、いよいよお待ちかね。和寿が丹精込めて作り上げた〝自慢のケーキ〟が運ばれてくると共に、歓声があがる。
「ケーキは、ビュッフェ方式です。お好きなものを、いくつでもどうぞ」
ビュッフェと聞いて、特に女性たちや子どもたちの目がいっそう輝く。
並べられているケーキたちは、見た目の技巧を凝らしているわけでもなく、極めてシンプルでオーソドックスなものだったが、どれも素材から和寿が吟味し、試行錯誤を繰り返して作り上げたものだった。
「もう、彦真。取りすぎよ。そんなに食べられないでしょう?」
「だって、兄ちゃんだって、三つ取ってるんだから、俺も!」
「彦真兄ちゃん、四つも取ってるよ」
「えっ!?」
ケーキに集まる人の中から、そんな会話が聞こえてきて、佳音は嬉しそうに顔をほころばせた。飲み物を給仕し終えた和寿も、息をつきながら佳音の隣へやってきて、店内の和やかな雰囲気を見渡した。
「おとーさん、寿音も、ケーキ!」
そこに、みんなから引っ張りだこだった寿音が、和寿の足元にやって来て言った。
「分かった。寿音はどのケーキがいい?」
「白いケーキ。イチゴのケーキ!」
「よし、分かった。取りに行こう」
と、和寿は寿音の手を引いて、ケーキのあるテーブルへと向かう。寿音は皿にイチゴのショートケーキを載せてもらうと、そろりそろりと歩いて、佳音のもとに戻ってきた。
空いていた窓辺のテーブルを囲んで、親子三人で腰を下ろす。
口の周りをクリームだらけにして、ケーキを食べる寿音を、佳音も和寿も愛おしそうに見つめた。
「寿音は君に似てると思ってたけど、こんなところは僕に似てるね。僕も小さいとき、このイチゴのショートケーキが大好きだった。こんなケーキが自分で作りたくてたまらなかった。その小さい頃から僕が思い描いてた夢が、今現実になってるんだな」
佳音は、寿音から和寿へと視線を移して、優しく笑って頷いた。
「それに、君の作るウェディングドレスも、僕の目標だったんだ」
「私の作るドレス?」
まるで意味が分からず、佳音は首をかしげる。
「このショートケーキのデコレーションのやり方だよ。ウェディングドレスのフリルやドレープ。いつも見て研究してた」
「たしかに、似てるかも」
合点がいった佳音は、また柔らかく微笑んだ。意外なところに共通点があると知って、嬉しくなる。
「寿音と君に、どれだけ励まされたか分からないよ。君たちがいてくれたから、叶えられた夢だよ」
それを聞いて、佳音は胸がいっぱいになった。
自分を支えてくれた人たちが、緑の配された明るい店内の思い思いの場所で、和寿の作ったケーキを食べながら楽しそうに談笑している……。
佳音にとっても、こうやって和寿が自分の店を持つことは、ずっと夢見ていたことだった。
「君の工房も、ここからまた新たな門出だね」
「……前の工房を引き払ってしまうのは、ちょっと寂しかったけど。ここは作業場は広いし、収納もたくさんあるし」
佳音は肩をすくめて、小さく笑った。
佳音の夢を叶えたのも、最愛の人和寿に出会えたのも、初めて結ばれたのも、あの佳音の小さな工房。たくさんの大切な思い出が詰まっていた。
佳音の心と共鳴するように、和寿もじっと佳音を見つめて物思いをする。そして、改るように佳音へと向き直った。
「それじゃ、この新しい工房での最初の仕事だよ。僕からの依頼を受けてくれるかい?ウェディングドレスを一着、作ってほしいんだ」
思いがけないことに、佳音が目を丸くする。
「どなたか、知り合いに頼まれたの?」
佳音の問いかけに、和寿は微笑みながら首を左右に振った。
「僕の最愛の妻のドレスだよ。君のためのドレスだ」
佳音は目を丸くしたまま、和寿を見つめて動けなくなった。
「そのウェディングドレスが出来上がったら、ここにいる人たちや、君や僕の両親にも来てもらって、結婚式を挙げよう。君はいつも人のドレスを作って、人を綺麗に見せることに一生懸命だけど、本当に世界一綺麗なのは僕の花嫁さんだって、みんなに知ってもらうんだ」
瞳と唇とを震わせるばかりの佳音に、和寿はそう言ってニッコリと微笑んでくれる。
「これが、新しい僕の〝夢〟だよ。他にも、まだたくさん夢はあるけどね」
佳音の目に、みるみる涙が浮かんでくる。けれども、喜びの日に似つかわしくない涙は見せまいと、佳音もニッコリと笑ってみせた。
「……いつの間にか、夢が増えてたのね」
「そう、夢は膨らんで、どんどん増えていくものなんだ。君と一緒にみる夢なら、いくつあってもいい」
和寿が語るのを聞きながら、佳音はしっかりと頷いた。その夢を一つ一つ叶えていくことが、〝幸せ〟というのかもしれない。
「おかーさん、おかーさん!キラキラ、キラキラ!」
その時、寿音が大きな声を出して佳音の気を引いた。寿音が指差す先を見ると、窓辺にディスプレイされたドレスの生地に縫い付けられた小さなスワロフスキーが、秋の傾いた日の光を受けて輝いている。
それは、佳音と和寿の出会いから今までを、すべて見つめてきてくれた幸世のウェディングドレス。
「ほんと、キラキラ光って、とっても綺麗ね……」
佳音が目を細めてそう言うと、和寿もその光景を眺めながら、テーブルの上に置かれていた佳音の手をそっと握った。
カフェの中は光が射し込んで、また趣きを変える。
そこで招待客たちが交わす、楽しいおしゃべりの声は心地よく佳音の耳に響き、いつまでも絶えることがなかった……。
「恋は死なない。」
― 完 ―
**** あとがき ****
「恋は死なない。」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
幸せを追い求める佳音の切ない切ない恋物語、主人公たちが夢を叶えるハッピーエンドは、いかがでしたでしょうか?
ぜひ、レビューや評価などでご感想をお聞かせいただければ幸いですし、とても励みになります。
この物語はもともと、この作品中に登場しました古庄と真琴の物語のスピンオフとして書いたものです。高校生の佳音が登場するその物語は、またこちらの「小説家になろう」にて発表していきたいと思います。
まず佳音が登場する前の古庄と真琴の物語「恋はしょうがない。〜職員室の秘密〜」の連載を始めました。超イケメン古庄が気になる方は、ぜひ読んでみてください。
この作品を読んでくださったことを、心から感謝しています。
また、他作品でご縁がありますことを、楽しみにしております。
ありがとうございました。
皆実 景葉




