第9話〜喧嘩上等!続・ギルバート奮闘記〜前編
ヴァイス襲撃から今日で一週間が経過した。
ファトシュレーンの人達も、そして街の人達も再び奴らが攻めてくるのではないか戦々恐々としていた。
去り際に残していったヴァイスの言葉が思い起こされる。
『今日はこのくらいで帰るとするか。このくらいやれば様子見には十分でしょ』
様子見。
つまり、あの攻撃でさえあいつにとってはまだまだ序章なのだ。本当の恐怖はこれから始まるのかと思うと、夜も眠れない。
生徒会で相当な実力者である寮長さんの攻撃をも軽々と防いでいた奴に勝てる術などあるのだろうか。
僕達がいくらレベルアップしてもやっぱり奴には勝てないんじゃなかろうか。
不安が頭の中をたくさんよぎっていく。
サンサンと照りつける真夏の太陽が、とてつもなく怖かった。
そういえば世界史の授業で習ったことがある。どこかの国が戦いに敗れた時の朝も地面を太陽が地面を焼き尽くすように照りつけていたらしい。
レアードもそうならないといいのだが――
「大丈夫か、セシル?」
よほど顔色が悪かったのか。僕の顔を心配して覗き込んできたのはウェスリーだ。
「おはようウェスリー」
「おはようさん。気持ちはわかるが、あんまり変なことを考えすぎないようにしろよ」
「え?」
「お前は若干神経質だからな。ま、この状況じゃ無理もないけど」
ウェスリーはそう言うと「飯だ飯だ」と言いながら廊下を歩いて行ってしまった。
「……君がうらやましいよ、ウェスリー」
僕は彼の背中に向けて素直な感想をつぶやいた。
朝食を食べ終えた僕はウェスリーと二人で自室に戻る廊下を歩いていた。
「そういえば今日もギルバートを見なかったな」
「もう四日も自室にこもりっぱなしだ。フレッドさんの誕生日の時には一応プレゼントを持ってきてくれたみたいだけど」
「あれは正直言って邪魔だったよなぁ。せっかくのラブシーンを…」
「う〜ん…。でも、パーティのリーダーとしてはホッとした感じだよ。もしマリノちゃんが振られて今後の関係が悪くなると、特訓にも影響が出てくるだろうし」
「いくら元気なマリノでもそれだけは怖いところだよな」
「うん…。マリノちゃんの性格からそれはないってわかってはいるけどね」
「お前は、マリノのことを信頼しているんだな」
「もう三年近い付き合いだからね」
「あ〜あ、俺にもそんな可愛いライバルがいればなぁ…」
「またウェスリーの悪いくせが始まった。そんなのは――」
「納得がいかん!!」
うん?今の声はギルバート…?
「そうだ、納得がいかん!」
「静かに!」
僕はウェスリーの口を強く押さえると、階段の影に隠れた。
そっと影から覗いてみると、廊下の向こうにはギルバートともう一人。
(ダイゴ先生?)
また奇妙な組み合わせだなと思いつつ、僕達はそのやり取りを覗いてみることにした。
「ダイゴ殿!どうして我輩だけこんな目に遭わねばならないのだ!せっかくの休学期間、セシルたちと特訓に明け暮れようと思っていたのに!」
「特訓も大事だが、お前には勉強も大事だ。編入生として入ったからにはもうすぐ行われる期末昇級テストで最低一ランクは上がってもらわないと困る!初級魔術士ランクだから降級や降格はないが、現状維持では困るのだ!」
「そんなことは知ったことか!我輩はここに賢者になるためにやってきたのではない!我が母校の教官殿の命を受け――」
「その命が何だか知らないが、ここにきた以上はファトシュレーンの生徒としての振る舞いをしてもらわないと困る!郷に入っては郷に従えと言う言葉もあるだろう!」
「だからといってここ数日、ずっと男性教員の指導を一日中受けるいわれなどどこにもないわ!」
「そうしなければお前の成績では現状維持になってしまうからだろうが!」
こりゃあすごいな。
ムサイ男同士の見事な口論。見ているこっちが何だか暑くなってきてしまう。
(それにしても…)
ギルバートはここ数日、ずっと部屋にこもりきりだったのは先生たちの個人授業を受けていたからなのか。どおりでフレッドさんの誕生日のことを伝えにいったときも機嫌が悪かったわけだ。そしておそらく、扉越しに喋る彼の後ろにはいずれかの男性教員がいたのだろう。だから長く話すことができなかったんだ。
一日中みっちり勉強漬けか。一人で自主的にやるならまだしも、先生の監視の元でやるのは、そりゃあ嫌にもなるよなぁ。
「えぇーい、このまま言い争っていても拉致があかん!ダイゴ殿、ここは一つ賭けにて勝負を決しようではないか!」
「賭けだとぉ!?」
ダイゴ先生の語尾が上がる。この時のダイゴ先生はよく眉を吊り上げる習性がある。おそらくこめかみには血管が浮き出ているに違いない。
「我輩と一対一の果し合いをして、我輩が勝てば以後は自由に!ダイゴ殿が勝てば今までどおり教官たちの個人授業を受けようではないか!」
「ギルバート、貴様…」
いくらなんでもそれはまずい。
学校の教師が生徒と賭け事なんて許されるはずがない。
ダイゴ先生もてっきりギルバートにお仕置きをして、その提案を跳ね返すと思っていたのだが――
「ふん、よかろう。その果し合い、受けてたつわ!」
受けちゃった……て、教師が生徒の挑発に乗って賭けなんかしていいのかよ!?
「十時にコロシアムでどうだ!?」
「受けてたつ!ダイゴ殿、我輩に挑戦したことを後悔させてやるぞ!」
「その言葉、そっくりそのままお前に返してやろう!」
双方の間にバチバチと熱い火花が飛び散る。
「こりゃあ、おもしろいことになってきたな」
すっかり今のやり取りを聞いていたウェスリーが含み笑いをしながら面白そうに言った。
「何が面白いものか!こんなくだらない賭けはやめさせなきゃ!」
「いいじゃねぇか。もうあの二人の間で決まっちまったことなんだし」
「でもさ…」
「気になるなら俺達も見に行ってみようぜ。十時からだからもう少し時間があるな。マリノ達にも念話で誘ってみようぜ」
ウェスリーはそう言って楽しげにマリノちゃんに念話をかける。
あぁ、まったくどうなっちゃうんだろ…。
僕の心配をよそに、時間はゆっくりと決戦のときに近づいていった。