闇は囁く
幼馴染みだった桂木帷が亡くなったと言う知らせが入ったのは寒い冬の日のことだった。
自殺だった、自分の部屋で首を吊っていたのを妹が発見したそうだ。
帷は少しというか結構な変わり者で小学生だったころから周囲に馴染めずいつも孤立していたことを私はいつも心配していたのだが当の本人はさして気にしておらず一人なのも気楽でいいとおつも言っていた。
自殺の原因はどうやらいじめだったらしい。
私は帷とは別々の中学校に進学したのでたまに会って話すことはあっても彼の学校生活までは知らなかった。帷はいつも笑っていたから全く気がつかなかった。
大半の人たちが普通の市立の中学校に行く中彼は勉強ができたねで担任に進められて私立の中学校に進んだ。
入学式のあの日のことを思い出す。
桜が満開だったあの日帷と私はぶかぶかの制服を着て一緒に写真を撮った。ブレザーの帷と紺色のセーラー服の私が笑顔で写っていた。
「なごちゃんセーラー服似合うね」
「そうかな?帷も似合ってるよ」
そう言うと帷は嬉しそうにはにかんだ。彼は私のことをなごちゃん、とあだ名で呼んでいた。私は結構それを気に入っていた。帷にもあだ名を付けたかったけれど良いのが思い付かなくて結局そのままだった。
「じゃあ、帷またね」
「うん」
※
「和美!」
母に名前を呼ばれてふと我に帰る。今は葬式の最中だった。
「次、献花よ」
「あ、うん……」
帷の遺影は入学式の日の写真だった。
私が帷の異変に気がつけていたらまだ彼は生きていたのか、気づいていたら彼はまだ笑えていたのか、分からない。
「帷……」
あんたのいない世界はつまらないよ、もっと話したかった、会いたい、寂しい――
もう泣き疲れて涙もでない、悲しいのに変だな。
帷の遺体は眠っているだけのように見える。話しかけたらまた暢気に私の名前を呼んでくれそうな気がする。
まだ、帷は死んでいないような気がしてしまう。
急に目の前が真っ暗になった。頭が痛くなって私はその場に倒れる。
最後に聞こえたのは母が私の名前を呼んだ声だった。私の意識は深い闇の中へ潜り込んでいく。
目が覚めると、というかきっと夢の中なのだけど私は真っ暗な闇の中にいた。暗いところは怖い、自分が暗闇に溶け込んでしまいそうな感覚が堪らなく怖いのだ。
「……帷」
無意識に帷の名前を呼んでしまった。
そんな時頭上から声が聞こえた。
「やあ、こんにちは」
「え……」
どこにも人の姿などなかったけれど確かに声は聞こえる。
「誰?どこにいるの?」
「ふふっきっと僕の姿は君には見えないだろうね。まあ、僕は君の近くにいるのだけれど」
その声は何だか中性的で男なのか女なのか分からなかった。僕って言ってるから男の人なのかなと思う。
「どういう意味?」
「僕の存在は人間でも動物でもない、生き物ですらない。闇そのものだよ」
「闇?」
「うん、闇。ここには今僕と君しかいない。ここは常世の闇、この世界は君のいる世界ではない、君の意識の奥深くにある闇の部分に僕は入り込んだ」
「どうして?」
闇は少し間を置いて話始めた。
「さあ、どうしてだろうね。でもこれも何かの縁だから、何か願い事があったら言ってよ、まあ、それなりの代償は貰うけど」
願い事を叶えてくれると闇は言った。それは本当なのだろうか。
「あなたは、神様なの?」
確認のため私は闇に問う。
「いやいや、違うなあ。僕は闇だよ、どちらかと言えば悪魔よりかも、代償がないと願い事は叶えてあげられないし」
「本当に、叶えてくれるの?」
声が震える。
「もちろん」
藁にもすがる思いで私は悪魔かもしれない闇に願いを言う。
「私の、大切な幼馴染みが死んだの、自殺したの、だから時間を戻してそれを止めたいの!お願い……」
「うん、わかった。けれど代償はもらうよ。」
闇がにやりと笑った気がした。
「君の命をね」
「私の、命……」
「うん、君の美味しい美味しい命を頂こうかなぁ」
正直、死ぬのは怖い。でも、帷にもう一度会えるのなら、そして帷が生き返ってくれるのなら。
私は帷のためなら不思議と命だって惜しくないと思える。
「あっ急がなくていいからね。時間はたくさんある……」
「お願い、私の命あげるから帷を生き返らせて!」
「……帷?」
「私の幼馴染みなの、でも、自殺しちゃった……今度は帷が自殺しないように何とかしたいの!お願い」
「いいけど、それはその子にとっていいことなのかな?」
そう言われるとうんとは言えない、だって帷は自ら死を選んだのだ、それが唯一救われる方法だと思ったのだろう。
「それは、分からない。でも、死ぬことが幸せだと私は思わない」
「……なるほど、いいよ叶えてあげよう。君が望む未来を君の手で掴むんだ。僕はただ見てるから。君の願いが叶うか、君が諦めるか、楽しみだなぁ。まあ、君に待ってるのは死、だけどさ」
「ありがとう」
「お礼なんていいよ、さあ、行ってくるんだ」
その声が聞こえると私は暗闇から抜けだし現実に戻る。
でもそこは葬式の会場でも寒い冬の日でもなく、少し肌寒いくらいの日、つまりは秋ごろだった。まだきっと帷は生きているとき。私は近所の公園のベンチに座っていた。
「ここは……?」
私は帷の家に行く、角をまがればすぐそこに帷の家はある。見慣れた、白い家があった。
「なごちゃん?」
後ろから聞こえた声は懐かしい帷の声。
「……帷?」
振り替えるとそこには制服を来た学校帰りの帷が立っていた。
生きている、私は本当に過去に戻ってきたのだ。