テラポルトスの子供たち
テラポルトスは妙な興奮に包まれていた。
初の出撃命令に胸を躍らせている者もいれば、責任感や死の恐怖におびえている者もいる。ぴりっとした雰囲気が興奮を高めていた。この興奮がすでに数日ほど続いている。
スーマー・ヤオは特別青年地球防衛隊、アジア部隊長かつ中台班長だ。歳は15歳で、ちょうどチームゼロと同じ年であった。彼は世界各国から集められた訓練生たちのなかでも特に優秀であり、人望も厚かった。
興奮の中、第一食堂は夕食を食べる幼い隊員たちを見まわしてため息をつく。厳しい訓練を受けたとはいえ、今回の任務は負担が大きい。ヤオはため息をついた。
「スーマー、暗い顔をしているな。」
ふいに目の前に、がっしりしたドイツ人隊員、レーブレヒト・バルツァーが現れた。彼も15歳で、ヨーロッパ部隊の隊長、ドイツオーストリア班の班長でもあった。
「バルツァーか。」
ヤオはそういうと、水を飲みほした。
レーブレヒト・バルツァーもかなり優秀なパイロットだ。ヤオはそれを見越して、自らの思いを吐き出すことにした。
「俺が大人だったら、やけ酒でも飲んでいられたのになぁ。」
「酒が飲みたいのか?」
レーブレヒトはそういって首をかしげる。
「確かに、戦艦オリオン航空隊のテレーゼ・フェシカ隊長はいつもビールを飲んでいるようだが。」
「なんとか気を紛らわしたいんだよ、バルツァー。ったく、こんな様子じゃ、地球は守れねえよ。」
ヤオは周りを見渡した。
「お前真面目すぎないか。」
「ドイツ人のお前に言われたくないよ。」
「そうか。」
レーブレヒトは頭をかいた。
「気持ちはわかる。おれもヨーロッパ部隊が不安だ。アジア部隊は小柄だが真面目に努力する奴が多い。案外浮かれていないだろう?」
「ああ。でもヨーロッパ部隊と騒いでるようじゃ、ね。」
「まぁ、仕方ないだろうな。」
2人はうつむいた。
「お前、隣のテーブルの話、知ってるよな。」
「ああ、知ってるよ。」
ヤオは少し伸びをしながら言った。
「チームゼロのテーブルだ。」
「俺たちと同じ年で、あそこまで戦ってる。すごいよな。俺たちだって、訓練をもう少し早く始めていれば、今頃英雄扱いされていたかもしれないぜ。」
レープレヒトの少し楽観的な声に、ヤオは驚いた。
「馬鹿。お前もか。」
「スーマー?」
「チームゼロと俺たちが受けた教育は違う。到底太刀打ちできないよ。」
スーマーをはじめとする訓練生たちは、本来であれば、地球防衛はもちろん、宇宙開発、様々な場所での戦闘指揮、交通管理、建設について、などなど、宇宙時代を生きるエキスパートとしての教育を受ける予定であった。そのうえで防衛隊に入り、将来的には地球防衛だけでなく、移民星を含めた太陽系全体の、防衛や警察業務、さらには行政面でも活躍してもらう予定であった。現に、チームゼロはそのための教育を受けている。戦術、戦略、技術、情報、医務、主計(生活・総務全般)、建設、交通の各専門には別れたが、それぞれで求められている専門知識は身に着けていた。戦艦オリオン、つまり宇宙防衛軍幹部でもあるチームジパングの面々や、エリーゼが密かにチームゼロに何かを託そうとしているが、これも彼らが専門知識と経験を積んでいる唯一の若者たちだからに過ぎない。
ちなみに、戦艦オリオンにいる防衛軍の多くが、宇宙時代に生きるための専門教育をきちんと受けていない。彼らは元々軍人やスパイ、官僚や研究者などとしてそれぞれ活躍していたものたちが集められただけだ。あくまでは彼らは地球時代の人間であった。現に、彼らの行動の指針となっているものは、あくまで彼らがかつて所属していた組織のものであった。
それゆえ、チームゼロに期待していた面もあったようだ。
スーマーたちは、辺境戦争がはじまったころに、訓練を始めた。だんだん地球防衛に当たるものが減ってきたころ、防衛軍は苦渋の選択を迫られた。結果、戦場で一刻も早く働けるように、そして地球防衛の穴埋めをできるように、A作戦に参加できるように、と地球防衛に特化した訓練ばかり行われるようになってしまったのである。
「俺たちはやっと、1号機を動かせるレベルだ。正直まだ戦えない。お前もわかってるんだろ、バルツァー。」
「ああ。とっくにわかってるよ。正直何人まともな戦力になるのか…。」
レープレヒトは顔を歪めた。訓練は一通り終えたが、まだ十分ではなかった。
「お前と俺、あとはアフリカ部隊長のロバート・タヌイ、アメリカ部隊長のマーク・ワシントン。オセアニア部隊長のジョン・ブラウエル。おそらく現状を的確に理解し、かつ戦えるのはこれくらいじゃないか。」
スーマーは自虐的な笑みを浮かべた。
「ほとんど部隊長じゃないか。お前の班のウー・チュンミンあたりも戦えるだろう。彼女の操縦技術は完璧だ。」
「ウーは、まぁ迷惑はかけないだろうさ。」
「スーマー、お前のストイックなところはいいが、もうちょっと周りの人間をほめてもいいのではないか。」
2人が話していると、突然声をかけられた。
「なんだ、ワシントンとタヌイか。」
「よぉバルツァー。」
「スーマーも、おっかない顔してどうしているんだ。」
アフリカ部隊長かつサブサハラ班長のロバート・タヌイはケニア生まれの15歳。持ち前の体力と粘り強く努力する姿に、世界中の訓練生から賞賛の声が上がっていた。才能こそ凡人だったが、努力の末に、訓練生の中でもトップクラスの成績を手に入れた。努力を知っているロバートは、だれに対しても優しく明るかった。
アメリカ部隊長かつ北アメリカ班長マーク・ワシントンはアメリカ人である。彼の才能や努力も相当だが、明るく軽はずみな言動ばかりするので、人気はあったが説得力はなかった。しかしその説得力を消すことこそが一番の努力の証であると、部隊長たちは知っていた。
「なんだ、そろっちまったな。」
「僕のこと忘れてない?」
オセアニア部隊長かつニュージーランド班班長のジョン・ブラウエルが、夕食のトレーをカタンと置いた。
「何いつのまにか部隊長ミーティング始めてるの?」
彼はのんびりとした人柄で有名だったが、その分広い視野で物事を見ることができた。どちらかというと後方支援や全体指揮のほうが得意だったが、戦闘機の操縦技術の大胆さではだれにも負けなかった。
「ああ。集まるつもりなかったんだけど…。」
「なんとなく……。」
部隊長ミーティングとは、訓練生たちの中でもリーダー格の5人による話し合いのことであった。公式に5人が集まることはあったが、話し合うべきことや決めるべきことがたくさんあったため、部隊長たちはよく集まって話し合っていた。もっとも、大きな責任を背負ったものたちが、本音で語り合う場でもあったのだが。
「スーマー部隊長。」
不意に声をかけられて、ヤオは後ろを振り返った。そこに、ウー・チュンミンが立っていた。戦闘服のまま、何も持たずに立っていた。台湾人らしい幼い顔つきに、肩に届かないくらいのさらさらとした黒髪。だが誰よりも大人びて見えるのが、なんとも不思議であった。
「チュ……ウー、何か用か?」
ヤオがなんとか声をかけた。
「部隊長、お伝えします。チームゼロの4名が先ほどテラポルトスに帰還しました。」
「噂は本当だったのか。」
「さすがスーマーの片腕、ウー・チュンミン。情報を仕入れるのが早いな。」
レープレヒトは腕を組みながら言った。
「いえ、そんなことはありません。格納庫に寄ったら、たまたま伝言を頼まれただけですよ、レープレヒト部隊長。」
「チュンミン、堅苦しい言葉使いはやめてくれ。」
マークは手をひらひらさせながら言った。
「そうだよ、チュンミン。あ、夕ご飯は食べた?」
「ええ。一度食べてから格納庫に行きましたから。」
「一度食べてから?」
「今日アジア部隊は早目に切り上げさせたんだ。」
ヤオは、顔をしかめながら言った。
「でも、食事をとってから格納庫に行くなんて、大変じゃない?」
ジョンがパンをほおばりながら言った。
「スーマーアジア部隊長。君は優秀な仲間を持ったんだな。」
レープレヒトが少し笑いながら言った。
「礼の1つでも言ってやれよ。」
「あ、うん。謝謝。」
ヤオは少しぶっきらぼうな顔で言った。
「ありがとう。おそらく顔合わせや話し合い、その他もろもろのことは明日になるだろう。忙しくなるから、チュンミンも休んでたほうがいいと思うよ。」
「そうさせていただきます。」
チュンミンは軽く敬礼すると、いつものような笑顔を見せた。
「みんなも、ね。」
「チームゼロが戻ってきたか……。」
また5人はそれぞれ思いにふけっていた。
「明日からまた忙しくなるな。」
「ああ、本当だ。」
「今のうちにさぁ……。」
再び話が弾む。訓練のメニュー、作戦の準備について、自分の班で起きた笑い話、この間のテレビの内容、家族からの通信。話題は尽きなかった。
「飲み物とってくるよ。」
「スーマー、悪いなぁ。」
「ありがとう。」
ヤオは立ち上がって、ドリンクバーのところへ向かった。
第一食堂のドリンクバーは充実している。3か所くらいあるのだが、常に様々な飲み物が用意され、軽食やお菓子まで用意されていた。これもパーフェクトリサイクルマシーンの産物である。
部隊長たちがご所望の飲み物は大体決まっている。レープレヒト・バルツァー ヨーロッパ部隊長は基本は砂糖多めの甘めのコーヒー、暑いときはファンタだ。大人になったら速攻ビールを飲み始めるのだろうなと、ヤオはいつも思っていた。ロバート・タヌイ アフリカ部隊長もコーヒー。さりげなくアフリカのコーヒー豆を押してくるのが彼らしい。しかし暑いときは水かオレンジジュースだ。下手に炭酸飲料などを持ってくると、怪訝な顔をしてきた。マーク・ワシントン アメリカ部隊長は適当にコーラあたりを持っていけば文句を言わない。チェリーコークが意外と好きなようだ。寒い日や落ち着いているときはコーヒーでも大丈夫だ。ただし紅茶はあまり飲まないようだ。ジョン・ブラウウェル オセアニア部隊長は、基本的には紅茶であった。とにかく紅茶だ。そしてスーマー・ヤオ アジア部隊長自身は、烏龍茶のような中国風のお茶を気分に合わせて飲んでいた。
「はい、持ってきた。」
ヤオが戻った時、だれも返事を返さなかった。ヤオも動きを止めた。
隣にある例のテーブルに、主が戻っていたのだった。
話しの大まかな流れは考えていたけれど、実はA作戦とK作戦とZ作戦の詳細決めてないし、どんな戦いになるかも考えていなかった!なんてこった!
ということで、しばらく時間をいただくかもしれません。




