見送られ、見送る
「大気圏脱出、大気圏脱出。各員、大気圏脱出体制解除。」
ニイムラトウキ第1軍航海長はそう言うと、戦艦アルタイルの舵がオートパイロットになっていることを確認して静かに手を離した。目の前には見慣れた星空が広がっている。
「トウキ、お疲れさま。」
艦長席からハシモトショウタ最高司令官が声をかける。
「各部署ともそれぞれの配置についてくれ。」
「はいはーい。」
「コウスケ、一応ここ戦艦アルタイルの第1艦橋だから。アルテミスケノンとかじゃないから。」
リンカが通信席から、解析席のコウスケをにらむ。
「いいだろちょっとくらい。」
リンカとコウスケがいつも通り口喧嘩を始める。
「まぁでも昔に戻ったような気分だよね。」
「センカ、スケジュールや戦術の確認を三星連合艦隊でしないといけない。そのための太陽系の資料なんだけど……。」
「はいはい艦長兼戦術長。どうせ艦橋はやることないから、作戦室で部下の様子でも見てくるわ。」
「わりいな。」
「いえいえ。」
センカは解析席を立って、じゃあと手を振って艦橋を出ていった。
「おい、班長。」
コウスケがショウタのほうをちらっと見て言った。
「今は艦長だ。」
「え、今俺なんて言った?」
「班長って言ってたわよ。戦艦アルタイルの副長さん。」
リンカがコンソールを動かしながら言った。
「あ、艦長さん、本部にさっきのメッセージ送っちゃいますね。」
「リンカ、ありがと。」
「え?まじ?」
「コウスケ、昔の癖が出たな。」
「まぁ班長でも最高司令官でも艦長でも何でもいいや。とりあえずリーダーのショウタ。」
「はいはい、とりあえずサブリーダーのコウスケ。」
「センカの指、見た? 左手。」
「それがどうした?」
「艦長、船体に特に異常はなし。この間修理したところも問題なし……でさ、ほら、センカ、左手に指輪。」
コウスケの言葉にトウキが続ける。
「今朝、ユウキもしてたよね。赤い指輪。」
「そうそう。あれ、同じデザインだよな。もしかしてユウキの奴、ついにセンカに告ったのか?」
コウスケがぱっと艦長席を振り返る。
「やっぱそうなのかなー。」
トウキは何かの資料を見ながらぼんやりと言った。
『こちら建設長ニシオカ。えー、やっぱりそうなの?』
「こちら航海長ニイムラ。やっぱそうじゃない?」
『えー、それ素敵。』
「こちら技術長ツツイ。スズナ、通信で話すときは一応名乗れ。ここはアルテミスケノンじゃない。」
「こちら情報長シイナ。コウスケは黙れ。」
「こちらツツイ、女子で話したりしなかったの?」
『こちら主計長スギヤマ。忙しくて話はできなかったんだけど、指輪のデザイン見たら一発でわかるでしょ。あとでどこかで聞き出すつもりだったけど。』
「女子こわ。」
「こちらシイナ。私たちはキッドとトメグに学んでることをお忘れなく。」
『あ、それでハシモト艦長、主計長スギヤマより、船内の備品について報告していい?』
「こちら艦長ハシモト、どうぞ。」
『航行には支障がないけれど船内の備品で故障が疑われるものあり。ヒルタポリス宇宙港で交換する可能性あり。』
「なんの備品だ?」
『こちらニシオカ。大浴場のシャワーの水圧がいつもよりよくない。』
「それは一大事だな。治らないようであればヒルタ宇宙軍に要請して部品を用意してもらおう。」
『こちらスギヤマ。よかったー。たぶん治ると思うけど、士気にかかわるからお願いね!』
「こちらツツイ。つかお前ら、一緒に船内のチェックしてるのか? 部下と協力すれば一発だろ?」
「こちらニイムラ。タケル、続報期待してるぜ。」
『こちらニシオカ、お前もな!』
『こちらスギヤマ、え、トウキ、ハルカと何かあったの?進展は?』
「こちら艦長ハシモト。トウキ詳しく。」
「こちらニイムラ。例の作戦を実行した。」
「至急結果を報告せよ。」
「トラトラトラ。」
『こちら医務室、医務長オオノ。我奇襲ニ成功セリ、なんてかっこつけてるけど、実際ばればれだったよ。でもありがとね。』
「こちらニイムラ。どういたしまして。あ、で、こないだお前が忘れてったタオルとか、家におきっぱにしちゃったけどよかったのか?」
『こちらオオノ。いいっていいって。遠征のときはさすがに新しいの用意するし、荷物増えちゃうだけでしょ? 帰ったらとりに行くって。』
「こちらツツイ。トウキてめぇ何したんだよ。」
『こちら、ニシオカ! ショウタの泥まみれのズボンとデート用サングラス、みんな読むべきっておいてったセンカのよくわからない漫画、俺の家じゃなんか集中できないって持ち込んできたコウスケの作りかけの模型の部品、リンカの予備ヘッドフォンとかキーボード、トウキの作りかけMY航路図部屋に飾る用などなど、どこがかわいいのかわからないハルカの人体模型、ユウキとカズマも着替えとかいろいろ置きすぎ。全員帰ったら、本当に、絶対に持って帰れよな。』
「こちらツツイ。なんでスズナの持ち込んだ謎の料理器具はおっけーなんだよ!」
「こちらシイナ、あれはみんなの役にたつでしょ? あとタケルの役にも。」
『こちら第1軍戦略長ウエキセンカ。ハシモトショウタ艦長に急ぎ報告が。』
「こちら艦長、急にどうした?」
『全艦放送になっていますよ。』
「まじ?」
『まじ。』
「そうか……こちら、国連宇宙保安隊日本人訓練生第1班班長ハシモトショウタ。訓練生は今後個人的な通信は慎むこと。ただし、恋愛に関することでどうしても全艦放送を使用したい場合は、非常時でない限り、戦艦アルタイル艦長および太陽系防衛軍最高司令官として許可する。」
この面白いトラブルに沸き返っていた艦内は一瞬静まり返った。
『それでは第1軍戦略長ウエキセンカより戦艦アルタイル全乗組員へ。艦長の首に見えないようにかかっている指輪は、果たして給料3か月分なのかどうかご存知の方は、第1作戦室までお越しください。』
「お、おい、なんで気づいたんだよ!!!!!」
「ショウタ、あと30分ほどで宇宙の裂け目だ。」
「ああ、ありがとなトウキ。」
「15分前になったらまた艦内放送でもしてくれ。」
「いや、今日はもうこりごりだ。」
2人は第一艦橋で笑った。
「ハシモト艦長。」
「リンカ、どうした?」
「カズマから個人的に通信が入ってますよ。」
「カズマから?」
「つなぎますか?」
「……艦長室につないでくれ。今から戻る。」
「おっけい。」
ショウタはリンカたちに自分の表情が見えないように足早に艦長室へ向かった。艦橋と艦長室、士官たちの部屋は、非常時に備えて比較的近い。ショウタは何か嫌な予感がしていた。
再び自分のものとなった艦長室には立派な窓がついており、そこから星の海が見える。一瞬、アルテミスケノンベースキャンプで、見張り台の窓から星を見て、自らの役回りに絶望した夜を思い出し、息が荒くなった。
「今度こそ……今度こそだ。」
ショウタは深呼吸して、端末を操作した。画面によく見知った顔が2つ映る。
「こちら戦艦アルタイル、ハシモトショウタ。」
『こちら月のアルテミスシティ、クラモトカズマ。』
『同じく、アサヒユウキ。』
3人は静かに敬礼をした。
「第3軍は冥王星に?」
『ああ、予定通りだ。本部のミサカ司令官と打ち合わせるのと、みんなを見送るために、俺たちだけ地球に帰ってたからな。』
『今、俺とユウキは冥王星に戻る途中だ。』
「なぜ月に?」
『極秘で報告があったからだ。お前にも伝えておく。ただ伝えておくだけだからな。』
「わかった、カズマ。」
『いいか、……解析の結果、例の映ってたメカは新手だ。どの程度の規模かはわからないが、太陽系の近くに新手のメカがうろついていることになる。最悪の事態も考えられる。』
カズマの声は低く、小さく、それでも残酷に響く。
『ミサカ司令官にも伝える。第3軍は表向きは「訓練」とか「調査」とか言って、その新手のメカを捜索し、叩けるなら叩き、もしあっちから攻めて来たら人々を守る。第2軍は守備に徹してもらう予定だ。』
「それでいい。細かいことはカズマとユウキに任せる。公表はしないのか?」
『それはメカの規模がわかってからだ。下手に騒ぎすぎてしまったら、センカたちを批判してしまうことになる。宇宙移民自治政府はそこまで望んでいないよ。』
ユウキが静かに言った。
「センカを、よく送り出せたな、お前。」
『あいつらしいことを後悔しないでしてほしかったんだ。』
『……とにかく、今度こそ俺たちが守る。必ず守る。だからお前らはメカの核を止めてくれ。どっちも太陽系を守るためだ。ちょっと舞台が違うだけ。』
「そうだな……。みんなには黙っておく。太陽系は全部任せた。」
『ああ、任せろ。さっさと帰って来いよな。』
『みんなによろしく。2人で待ってるよ。』
通信が切れると、カズマはユウキの腕をつかんだ。
「カズマ……?」
「ユウキ、すまん。」
「どうしたんだよ、今更。」
「ああ、今更だな。」
「今更だって。」
「ユウキ、周りに知られないように「コハル」を確認しておいてくれ。」
「……カズマ、そこまで想定していたのか。」
「メカの規模にもよるが、最悪の事態は覚悟していた。」
「もちろん、俺もだ。いざというときは俺たち2人が止めてやる覚悟はとっくにしてる。」
「あの時、ポイオーティアから冥王星に向かったときにか?」
「いや、もっと前からだ。」
ユウキはそう言って空中を見上げた。
「あの日、農場で空襲警報が鳴った時、覚悟したのかも。」
「……そうだったな。俺たち。」
2人は人気のない倉庫を静かに出た。月師団の巡洋艦に冥王星のプロセルピナシティまで便乗させてもらう予定だった。
「あのさ、カズマ。」
「ん?」
「これが終わったらさ、アスに久しぶりに行かないか。」
「ずいぶん急に言うんだな。しかも成人のあいさつで行ったばっかだろ。」
「そうだけどさ、もちろん俺らの大学も、ミノリの高校もあるけれど、時間を見つけて、4人で行かないか。」
「……4人でいいのか?」
「え?」
「4人だけじゃ寂しいだろ。12人で行こうぜ。いい加減休暇が必要だ。」
「ああ、そうだな。」
「がんばろうぜ、われらが休暇のために!」
「ああ!おれたちの休みのために!」




