姉と弟と兄と妹
「いよいよ明日ですね。整備日。」
「ええ、一時的にYURIKAのセキュリティを開放しなければいけなくなるから、そのあいだの防衛作業は情報局にお願いするわ。」
「任せてください、情報第一課長!」
「ありがとうございます。残りの作業は私がやるから、先あがって構わないよ。」
「しかし……。」
「個人的な作業だから、本当に。」
「では、お先に失礼します。」
部下が去ってから、リンカはため息をついた。
「姉さん……明日ね……。」
そっとつぶやくと、飲みかけのコーヒーを一気に飲んだ。少し冷めたコーヒーがのどを潤す。
時折機械がうなるわずかな音だけが響く、静かな空間。情報第1課長のオフィスは、情報第1課のオフィスと隣接していて、ほぼつながっているも同然だ。しかしどちらにも人はいない。
「リンカ?いる?」
不意に場違いな明るい声が聞こえてきた。そのままくるりと後ろを向くと、ウエキセンカ戦略第1課長が立っていた。
「センカ?どうかしたの?」
「残業してるかなーと思って。いまあがるところなの。よかったら一緒に帰ろうかなと思って。」
「そう。センカ、明日の予定は?」
「うん。戦艦ベガがテラポルトスに戻るから、運用責任者としていろいろね。」
「大学は?」
「明日は休講。」
「自主休講じゃなくて?」
「ちゃんと公欠出してる休講。」
2人は少し笑った。
「ごめんなさい。明日の整備日の準備でどうしてもこれだけはやってしまいたいの。」
「うん、わかった。YURIKAの整備は2人に任せるよ。コウスケは?」
「もう帰ったんじゃない?」
「ふーん。」
センカはあたりを見渡しながら言った。
「正直2人に任せるよりほかないからさ。」
「構わないわよ。開発者の娘だしね。」
「うん、わかってる。」
センカはそういうと手を振った。
「先帰るわ。弟が来てるんだ。」
「そうだったわね。弟さん、いつまでテラポルトスにいるの?」
「あと5日くらいだって。」
「よかったね。家族に会えて。」
「ほんと。こう仕事と大学の往復じゃ、実家に帰れないもんね。じゃ。」
センカがいなくなると、リンカはそっとつぶやいた。
「姉さんのことは、まだ秘密ね。」
ユウキは仕事を終え、テラポルトスの職員用マンションに帰る途中だった。
「いつもこんな食生活じゃあな。」
思わず頭をかきながらコンビニに寄る。一瞬怒り狂う母や叔母の顔を思いだした。
テラポルトスでは、24時間営業の第1食堂、第2食堂、第3食堂の3か所であれば、パーフェクトリサイクルマシーンによる無料の食事にありつけるが、職員や研修生、観光客が増えた今、それ以外の店も増えている。
そのため、現在テラポルトスでは、試験的に「エレクトロン」という通貨を使っている。職員や研修生などは自分のIDカードによって一定の割引がきくシステムも試験的に運用されている。
「エレクトロン」の評判は上々で、将来はドルに変わる太陽系通貨にしたいというのが、LSSE戦略局の計画だ。宇宙移民自治政府戦略委員会としても、地球の大国の通貨の影響力から脱していきたいと考え、このエレクトロン計画には戦略第3課として全面協力している。しかし戦略第2課は猛反発しているそうだ。
「これ以上アメリカを怒らせないで下さいよー。」
ユリアン・ゲープハルト課長がそう困った顔をしていたのを思い出し、思わずため息をついた。
菓子パンなどを買って帰る途中、突然携帯電話が鳴った。
「ミノリ……?」
番号を見て思わずつぶやく。
「はい、アサヒです。」
「あ、お兄ちゃん?」
「ミノリか。珍しいな。」
「うん、ちょっと話があって。」
「何々?」
「うーんと、進路の話なんだけど。」
「あーそうか。」
ユウキは頭をかいた。ミノリももう中学3年生だ。進路を考え始める時期ではある。
「実は……高校行くか悩んでる。」
「理由は?」
なるべく優しい声で聞いてみた。
「うちは……うちは、宇宙移民なんだよ。」
「そうだな。僕もだ。」
「うちは……なるべく早く移民星アスに戻りたい。」
予想外とも想定内ともいえる言葉に、ユウキは言葉を失った。
「もう一度あの星で暮らしたい。だから、日本で高校に行かないで、移民団に志願してもう一回訓練を受けるか、冥王星とかに移住してアスを再建させるのに協力したい。」
「そうか……。」
「それでね。これ……宇宙移民自治政府が募集してる、宇宙移民自治大学。ここに進学しようかなとも思ってる。」
「お前まだ……。」
「うん、年齢が足りないよね、学力も。でもこのまま日本の高校と大学に通うよりも、冥王星とかで勉強したいなと思って。それに、宇宙移民自治政府職員養成学校や、太陽系防衛軍第3軍士官学校とかもあるでしょう? いったんそこに進学して、そこから大学に行こうかなと。」
「でも……ミノリ、わかってるのか? アスの再建にはまだ時間がかかる。となると後者のほうが実現性が高い。しかし宇宙移民自治大学はただの大学じゃない。学費などは支援するが、その代わり卒業後は宇宙移民自治政府の一員として、宇宙移民のために働くことが義務付けられている。職員養成学校や士官学校じゃなおさらだ。」
「わかってる。」
「つまりそこを目指す時点で、お前の未来が決まってしまう。」
「わかってる。」
「俺は、お前を、ミノリを宇宙移民自治政府に縛りつけたくない。」
本音だった。自分たちは気が付いたら生き残って、気が付いたら太陽系の未来を背負っていた。生き残ったが故の重圧を背負っているのはミノリも同じだが、彼女はまだ一般人である。
「お兄ちゃん?」
「ん?」
「ありがとう、そこまで言ってくれて。お兄ちゃんたちの気持ちはすごくわかる。でもね。」
ミノリの言葉は続いた。
「わたしも、アス移民団の一員だったんだよ。アルテミスケノン・ベースキャンプの一員だったんだよ。チームゼロのみんながあんなに頑張っているんだもん。少しは手伝いたい!」
「……叔父さんと叔母さんはなんて言ってる?」
「2人は私たちの子供だけど、私たちの子供じゃない。最後はお兄さんと話して自分たちで決めなさいって。」
「叔父さんと叔母さんらしいな。」
ユウキはため息をついた。
「ミズキちゃんは?」
「ミズキも、カズマお兄ちゃんに頼んでるって。」
「そうか、俺もカズマと話しておくよ。」
「じゃあ、プロセルピナシティに進学してもいい?」
「ミノリの気持ちはわかった。でも、プロセルピナだけで勉強した頭の固い人間にはなってほしくない。通信制でもいいから、日本の高校には通ってほしい。」
「じゃあ……?」
「うん、確か職員養成学校や士官学校は、ダブルスクール制度も取り入れているはず。そっちを調べておいて。僕も情報集めてくるよ。」
「てか、作ったのお兄ちゃんでしょ?」
「あー、教育制度について計画は立てたけど、細かい実務は教育委員会のおじさんたちに任せてるからさ。」
「へー、そうなんだ。」
「ったく、俺だって忙しいんだよ。」
「でも、お兄ちゃんと話せてよかった。ごめんね忙しいのに。」
「別に、構わないよ。」
「じゃあ、お休み!」
「お休み。」
街灯の光の中、ユウキはゆっくりと帰っていった。




