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希望の光・20

 さらにスルギを百官のいる前に呼び入れ、官職を断念させる代わりに三つの願いをかなえると申し伝えた。官位だけなら大した特権も旨味も無い。大抵は官職がらみで半ば常識化している汚職や不正行為をやって、官吏は皆財を蓄えるのだ。だから彼らの既得権益を侵害しそうなものなら、即座に文句を言われるだろう。だから、特権を与えるにしても色々考えなければいけなかった。

 不本意だが朝廷内の主だった連中とはある程度事前に申し合わせをした。大王大妃様や大妃様にも雰囲気づくりに御協力いただいて……まずはスルギ自身が希望した二つの特権を与えた。

 一つは通常国王も不介入の編纂中の芸文館の歴史書や、国子監の秘蔵書も含め「国内全ての書物・公文書の閲覧許可」、もう一つは相手がいかなる高位高官であっても「土下座無用・処罰不能」と言うもので、処罰できるのは国王のみと言う訳だ。


「残るもう一つは、思いつきません」


 スルギは落ち着き払っている。なかなか大した度胸だと思う。


「ならば、いかなる場所であっても、そちが必要と感じれば周りの人間全てに、寡人の代理として命じる特権を与える。特に人命に関わる場合は、いかなる人物も金大状元の指揮・命令に速やかに従うように」

 

 すると皆は急に騒ぎ立てたが、私は臆せず声を張り上げた。


「これの命令が人倫にもとる破廉恥なものであるとか、私利私欲を満たすためとか言うものならばともかく、そのような事は言うはずが無い。万が一そのような不届きな事があれば、寡人に直訴せよ。寡人がこれに適切なる罰を与える事を約束する」


 すると、皆は不承不承だろうが、静かになった。


「まあ、思い切り位の高い暗行御史のような者と、さよう心得ろ」


 そう付け足してやると今度はどこからともなく、ため息が聞こえてきたが、反対の声はもはや上がらなかった。


 無事に科挙が済めば、あとは出産だが、スルギはただ待つという事はできない質で、相変わらず研究熱心だ。

 以前も話に出た林亮浩と共同出資の形で交易船を仕立てる件がまとまったので、私も手許の金銀を出した。これまでの働きに対する褒美のつもりだったから、別に返してもらおうとも思わなかった。だが、二か月経たない内に元の資金が二割増しになって、私の手元に戻って来たのには驚いた。

 倭から琉球をめぐり清で西洋人と交易して戻るという航路を設定し、西洋との金銀比価の違いやそれぞれの国の人気商品をうまく商って、大きな儲けを手にしたようだ。

 清には欧州経由で大量の新大陸の銀が流入していた。この国や倭国の金銀比価はせいぜい金壱に対し銀は七から八程度なのに対して、清の西洋の船が入る貿易港の周辺では金壱に対して銀はなんと十五になっているらしい。我が国では銀はもっとも決済で重宝される。これを利用しない手は無い、と言う事のようだ。


「ほおお、だから以前、寝言で『新大陸の銀が』などと言ったのか」

「まあ、そのようなおかしな寝言を言いましたか」

「うむ。覚えていないか」

「全然」


 スルギは賢いくせに、妙にあっけらかんとしている。そこがまた、良いのだが。私には隠し事をしないとも決めてくれているらしい。それもまた、うれしい。


 たちまち「金大状元は金儲けも上手い」という評判が立った。相変わらず元の料理屋やポジャギを商う店は大繁盛らしいし、商売への出資分の分け前を受け取るだけで、もう働かなくても自分自身の才覚だけで食べて行ける収入は有るようだ。


「それでも正二品相当の俸禄は別個に頂けるし、食うには困らないのですから、ありがたい事です」


 そんなふうにスルギは言うが、相変わらず普段の着るものは地味な男物だし、私が与えた以外の装身具は持っていないようだ。


「どうも書物やら薬やら、働いてくれたものへの心づけやらで結構物入りです」


 そうは言っても、スルギの金の使い方は、ちゃんと目的が有り、役にも立っている。無駄遣いが無いのは、時折私に見せてくれる帳簿を見ても伺える。


「金を稼ぐのは大変なのですから、その大変さに見合った使い方をしませんとね」


 後宮の他の女どもに見習って欲しいと思うが、実家の資金やら色々有って私からの注意も出来にくい。


「身分有る者は財物の事を表だってあれこれ言うのは、この国でははしたないとしたものですから、難しいですよ。王様なのですし。けちんぼだと思われてもお困りになるでしょう」


 確かにスルギの言う通りで、その為に後宮の財政改革は難しいのだ。  


 一方で祖母や大妃様はスルギの養母が居る尼寺へ使いをやり、かなりの寄進もなさった模様だ。そうした出費は私は無駄だとは感じない。スルギは「お気持ちだけで十分」などと言うが。

 養母はスルギが王の子を身籠ったと知って大いに驚いていたが、大妃様がスルギの実の伯母だと知って更に驚いたらしい。養母の身を寄せた寺でも他の名刹でも、国中のめぼしい寺で安産の祈祷を行わせたようだ。


 何はともあれ、出産に備えて安全な産屋が必要だ。そのために祖母と大妃様は知恵を合わせて色々とご配慮下さった。スルギの初めての出産が無事終わるように、周囲の者たちは心を砕いていた。

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