うごめくもの・4
大妃様の御言葉を伺ってから、私は祖母の申し出を受けた。新たに三人の側室が後宮に加わった。
廷臣の頂点に立つ領議政の孫である金昌嬪、高名な学者の娘の朴淑儀、実家が裕福な張昭容だ。申智敏は戦の間も明珠によく仕え、既に二人の翁主を生んでもいるので、世子時代の従四品から一挙に従一品貴人とした。中殿を除く側室の序列では金昌嬪のすぐ下の二番目と言う事になる。
「昌嬪は野心が強い人のように思います。実家の力が有るので、ぞんざいには扱えません」
「淑儀は穏やかで賢いと感じますが、本音の読めない人ですね」
「昭容は嫉妬深い人のようですよ」
大王大妃様のおっしゃるように。皆美しくは有ったが、あまり心を許せそうも無い者ばかりだった。それでも、後宮にやってきた彼女たちもまた、政略の犠牲であり、意に添わぬのを耐えているのだろうと思い、誠意は尽くし、皆を公平に扱うように努めた。
新しく迎えた三人の側室が全員、娘を一人づつ出産した頃に、新しい中殿を迎えた。正直な話、全く気がすすまなかったので、随分引き伸ばしたのだが、あいにく我が国の後宮は中殿が管轄する事になっている。名目上、側室などの王と同衾する後宮の女は、すべて中殿の臣下と言う位置づけなのだ。後宮の揉め事は役目柄、中殿の管轄なのだ。今のように王の祖母が取り仕切るのは、いわば一種の異常事態とみなされる。
それでも、私は一向に構わなかったが、今度は朝議の場で「一刻も早く中殿をお迎えになり、後宮を有るべき姿に整えられるべきです」と提議されてしまった。
皆で一斉に米つきバッタのように幾度も幾度も礼を繰り返しながら「何卒御賢察下されませ」の大合唱だ。連中の常套手段だ。数を頼んで王を脅迫しているのだと言って良い。毎回毎回、うるさい事だ。
今回口火を切ったのは右議政を務める沈守己の腰巾着と思われる者たちだった。かねてから中殿候補の一人である沈家の娘は「不細工」だと言う風評が有る。家柄に不満は無いが、祖母は気が進まないらしい。だが、実力者の右議政の後押しは欲しい所だ。
「御器量よりも賢明さに重きを置くべきかと存じます。容色に自信が無ければ奢った事もなさいますまい」
宮中の生き字引のような内侍すなわち宦官どもの長である判内侍府事の言い分は、一理あるとは感じた。
「自分の容色に自信満々の昌嬪は、時折傲慢不遜な態度を私にも取りますからねえ」
祖母に判内侍府事の見解を伝えると、そんな言葉が戻ってきた。確かに昌嬪の態度はあからさまではあるし、浅はかな言動が多いし、褒められた物ではない。あれを押さえる者が居ても良いとは思う。
「穏やかな気性で裏表の無い方が良いですね。容色に自信が無い方の場合、表立って不遜な事は言わないでしょうが、御気性が捻じ曲がっていれば、裏であれこれ企む事が無いとは言えません」
その大妃様の御懸念が図らずも的中してしまったと気がついたのは、随分と後になってからの事だった。
どの道最初から、私自身の個人的な希望など全く無視されるのは明らかだった。結局は沈家の娘を新中殿とせざるを得ない状況に追い込まれて、それを受け入れた。