第33話 王宮のお茶会
今日は、王宮でお茶会を開く日だ。
私は朝からわくわくしながら、エナとヴァルと一緒に厨房へ向かっていた。
「エナ、今日はアリシアちゃんとアルベールさんと、3人でお菓子を作るんだよ!」
「はい。お嬢様、とても楽しみにしていらっしゃいましたものね」
「うん! お花みたいなカップケーキを作るの!」
「花か。見た目に凝るのはいいが、味も忘れるなよ」
「もう、ヴァルったら! おいしく作るに決まってるでしょ!」
ヴァルは小さな姿のまま、尻尾を揺らしている。
今日のお菓子も食べる気満々みたいだ。
厨房へ到着すると、アリシアちゃんとアルベールさんが待っていた。
「メルちゃん、おはようございます!」
「アリシアちゃん、おはよう! 今日も一緒に頑張ろうね!」
「はい! 昨日から、ずっと楽しみにしておりました」
アリシアちゃんは水色のエプロンをつけて、にこにこしている。
初めて会ったときは少し緊張していたけれど、今は自分から笑いかけてくれるようになった。
「メル様、アリシア殿下。本日は私もご一緒させていただきます」
「アルベールさんも、一緒に作ってくれるんだよね!」
「ええ。お二人と肩を並べてお菓子を作れるのを、楽しみにしておりました」
アリシアちゃんが嬉しそうにアルベールさんを見上げる。
「アルベールと一緒にお菓子を作るのは、初めてですね」
「そうでございますね。以前はよく厨房へ見学にいらしてくださいましたが、こうして一緒に作業をするのは初めてでございます」
「……はい。とても嬉しいです」
アルベールさんも優しく微笑んだ。
「では、さっそく始めましょうか」
私は《しあわせレシピ》を呼び出し、昨日見つけたページを開いた。
《花咲く蜂蜜カップケーキ》
【材料(6個分)】
・小麦粉……120g
・バター……60g
・砂糖……40g
・卵……2個
・蜂蜜……大さじ2
・牛乳……大さじ2
・生クリーム……150ml
・砂糖(クリーム用)……15g
・食用花の花びら……適量
「今日はこれを作るんだよ! 蜂蜜のカップケーキに、クリームでお花を作るの!」
「まあ……! 何度見ても、かわいらしいですね」
「ええ。見た目も華やかで、お茶会にぴったりのお菓子でございます」
アルベールさんが材料を並べてくれた。
蜂蜜の瓶を開けると、ふわっと甘い香りが広がる。
「いい匂い! 蜂蜜って大好き!」
「私も好きです。お茶に少し入れていただくこともあるんですよ」
「そうなんだ! じゃあ、今日のカップケーキも気に入ってくれるかな!」
アリシアちゃんは嬉しそうに頷いた。
◇
「では、まずバターと砂糖を混ぜていきましょう。今日は3人で分担して作ってみませんか?」
アルベールさんの提案に、私たちは大きく頷いた。
「私、材料を量るね!」
「では、私が生地を混ぜてもよろしいでしょうか?」
「もちろん! アリシアちゃん、お願い!」
私は小麦粉や砂糖を量り、アリシアちゃんはボウルの前に立った。
アルベールさんも隣に並び、別のボウルで生地を混ぜ始める。
「アリシア殿下、バターが白っぽくなるまで混ぜてくださいませ。力を入れすぎず、ゆっくりで大丈夫ですよ」
「はい。……このくらいでしょうか?」
「ええ、とてもお上手でございます」
アリシアちゃんは昨日よりもずっと楽しそうだ。
分からないことがあると、自分からアルベールさんに尋ねている。
「アルベール、このあと卵を入れるのですよね?」
「はい。少しずつ加えると、綺麗に混ざりますよ」
「分かりました。やってみます!」
卵を加え、蜂蜜と牛乳も混ぜていく。
最後に小麦粉を加えると、ふんわり甘い香りのする生地が完成した。
「わあ! もうおいしそう!」
「メルちゃん、まだ焼いていませんよ?」
「えへへ! でも、いい匂いだもん!」
私が笑うと、アリシアちゃんもくすくす笑った。
アルベールさんは、そんな私たちを見て嬉しそうにしている。
「では、型に流し入れていきましょう。入れすぎると焼いたときに溢れてしまいますので、少し余裕を残してくださいね」
3人で順番に生地を入れていく。
アリシアちゃんは慎重に量を揃えていたけれど、途中で少し多く入れてしまった。
「あっ……少し多かったでしょうか?」
「ほんの少しでございます。こちらの型に分ければ問題ありませんよ」
「……はい!」
アリシアちゃんは慌てることなく、生地を分け直した。
昨日だったら、失敗したと思って落ち込んでいたかもしれない。
(ふふっ。アリシアちゃん、少しずつ変わってきたね!)
私は嬉しくなりながら、自分の生地を型に流し込んだ。
アルベールさんがオーブンに入れると、しばらくして厨房に蜂蜜とバターの甘い香りが広がり始めた。
「いい匂いですね……!」
「うん! 早く食べたいなぁ!」
「まだ飾り付けが残っておりますよ、お二人とも」
アルベールさんが笑いながら言う。
そうだった!
今日は、ここからが本番なのだ。
◇
焼き上がったカップケーキは、ふっくらと膨らんでいた。
表面は綺麗なきつね色で、蜂蜜の甘い香りが漂っている。
「わあ! ふわふわ!」
「本当に綺麗に焼けましたね。これにお花を飾るのですね!」
カップケーキを冷ましている間に、アルベールさんが生クリームを泡立ててくれた。
そして、絞り袋を使ってお花を作る方法を教えてくれる。
「このように、中心から少しずつ花びらを重ねていきます。力を入れすぎず、ゆっくり動かすのがコツでございます」
アルベールさんが絞り袋を動かすと、カップケーキの上に綺麗なお花が咲いた。
「すごーい! 本物のお花みたい!」
「まあ……! アルベール、素晴らしいです!」
アリシアちゃんは目を輝かせている。
「ありがとうございます。では、お二人も挑戦してみましょう」
まずは私から。
アルベールさんに教えてもらった通りに絞ってみたけれど、花びらが少し大きくなってしまった。
「あれれ? なんだか、元気いっぱいのお花になっちゃった!」
「ふふっ。メルちゃんらしい、かわいらしいお花ですね」
アリシアちゃんが笑ってくれた。
次はアリシアちゃんの番だ。
最初の花びらは少し形が崩れてしまったけれど、アリシアちゃんは落ち込まずにアルベールさんを見上げた。
「アルベール、もう一度やってみてもよろしいですか?」
「もちろんでございます。何度でも挑戦してくださいませ」
アリシアちゃんは小さく頷き、もう一度絞り袋を握った。
今度はゆっくり、丁寧に花びらを重ねていく。
すると、小さくて繊細なお花が完成した。
「できました……!」
「わあ! アリシアちゃん、すっごくかわいい!」
「ありがとうございます。メルちゃんのお花も、とても素敵ですよ」
3人のお花を並べると、それぞれ形が違っていた。
アルベールさんのは美しく整ったお花。私のは大きくて元気なお花。そしてアリシアちゃんのは、小さくて優しいお花だ。
「みんな違って、かわいいね!」
「……はい。どれも素敵です」
アリシアちゃんは嬉しそうに、3人のカップケーキを見つめていた。
◇
お茶会は、王宮の庭園で開かれた。
白いテーブルには綺麗な食器が並び、私たちが作ったカップケーキが飾られている。
国王様と王妃様、それからお父さまも席についていた。
エナとヴァルも近くにいて、アルベールさんも一緒にお茶会へ参加することになった。
「まあ……! 本当にお花が咲いているみたい!」
王妃様が嬉しそうに声を上げた。
「アリシア、これはあなたたちが作ったの?」
「はい、お母様。メルちゃんとアルベールと、3人で作りました」
アリシアちゃんは嬉しそうにカップケーキを指さした。
「こちらはアルベールが、こちらはメルちゃんが、そしてこちらは私が飾り付けをしました」
「ほう。どれも違う花なのだな。まるで庭園のようではないか」
国王様も感心した様子で眺めている。
「アリシア、とても上手にできたね」
「ありがとうございます、お父様!」
アリシアちゃんは嬉しそうに笑った。
「では、いただこうか」
みんなでカップケーキを手に取った。
ふんわりした生地を口に入れると、蜂蜜の優しい甘さが広がる。上に飾ったクリームも軽くて、生地によく合っていた。
「んー! おいしい!」
「これは素晴らしいな。蜂蜜の香りが実によい」
「本当に。優しい甘さで、とても食べやすいわ」
国王様と王妃様も嬉しそうだ。
お父さまも私とアリシアちゃんを見て、優しく微笑んだ。
「メルもアリシア殿下も、頑張ったのですね。こんなに素敵なお菓子を作れるなんて、驚きました」
「えへへ! アルベールさんにもいっぱい教えてもらったんだよ!」
アルベールさんは少し照れたように笑った。
「いえ、お二人が楽しんで作ってくださったおかげでございます。私にとっても、とても楽しい時間でした」
足元では、ヴァルがカップケーキを食べている。
「ふむ。見た目だけかと思ったが、味も悪くないな」
「ヴァル、ちゃんとおいしいって言ってよ!」
「美味いと言っているだろう。もう1つくれ」
「もう! 食べすぎだよ!」
みんなが笑い、庭園には温かな空気が流れていた。
すると、アリシアちゃんがそっと立ち上がった。
「お父様、お母様。私、お話ししたいことがあります」
国王様と王妃様が、アリシアちゃんへ視線を向ける。
「どうした、アリシア?」
「……私、お菓子作りが好きです」
アリシアちゃんは少し緊張していたけれど、しっかりと顔を上げていた。
「これからもお勉強は頑張ります。王女として、立派になりたい気持ちも変わりません。でも……ときどきは厨房でお菓子を作ったり、メルちゃんと遊んだりしたいです」
国王様は驚いたように目を見開いた。
王妃様も、少しだけ目元を潤ませている。
「……もちろんだ、アリシア」
国王様は優しく微笑んだ。
「お前が何を好きなのか、こうして聞けて嬉しい。私たちは、お前が立派に成長してくれることを喜ぶばかりで、お前自身の気持ちを聞くことが少なかったのかもしれないな」
「お父様……」
「勉強も大切だが、好きなことを楽しむ時間も必要だ。これからは、もっとお前の話を聞かせてくれ」
王妃様もアリシアちゃんの手を取った。
「そうよ、アリシア。立派な王女であることと、好きなことを楽しむことは、両立できるのよ。あなたが笑ってくれることが、私たちには何より嬉しいの」
アリシアちゃんは、しばらく両親を見つめていた。
そして、ゆっくりと頷く。
「……はい。ありがとうございます、お父様、お母様」
その笑顔は、今までで一番明るかった。
(よかったぁ……! アリシアちゃん、ちゃんと自分の気持ちを伝えられたね!)
私まで嬉しくなって、思わず笑顔になる。
すると、アリシアちゃんがアルベールさんの方を向いた。
「アルベール。これからも、私にお菓子作りを教えてくださいますか?」
「もちろんでございます、アリシア殿下。いつでも厨房へいらしてくださいませ。私も、殿下と一緒にお菓子を作れることを楽しみにしております」
「……ありがとうございます!」
アルベールさんも嬉しそうに微笑んだ。
これなら、私がフィーネに帰っても、アリシアちゃんはお菓子作りを続けられる。
それが、とても嬉しかった。
◇
お茶会が終わる頃、アリシアちゃんが私の隣にやってきた。
「メルちゃん。今日は本当にありがとうございました」
「ううん! 私もすっごく楽しかったよ!」
「また、一緒にお菓子を作りましょうね」
「うん! 今度はリリアちゃんも一緒にね!」
アリシアちゃんは嬉しそうに頷いた。
「はい! 楽しみにしております」
そこへ、国王様がやってきた。
「メル嬢。そなたには、本当に感謝している。アリシアがこんなに楽しそうに笑う姿を見られて、私も嬉しい」
「えへへ! 私もアリシアちゃんとお菓子作れて楽しかったよ!」
国王様は優しく笑った。
「そうか。それなら何よりだ」
私は、ただアリシアちゃんと一緒にお菓子を作っただけだ。
でも、そのお菓子を囲んで、みんなが笑ってくれた。
やっぱり、お菓子ってすごいなぁ。
そんなことを考えていると、お父さまが私のそばにやってきた。
「メル。王都での用事も一段落したし、明日にはフィーネへ帰ろうと思っているよ」
「えっ、もう帰るの?」
私は少し驚いた。
王都にはまだまだ見たいものがいっぱいあるし、アリシアちゃんやアルベールさんとも、もっと一緒にいたい。
でも、お母さまもフィーネで待っている。
「そっかぁ……。じゃあ、明日はちゃんとお別れの挨拶をしなきゃ!」
「ああ。きっと、また会えるよ」
「うん!」
私は大きく頷いた。
王都で過ごした時間は、とても楽しかった。
王様に会って、アルベールさんとお菓子を作って、アリシアちゃんという新しいお友達もできた。
明日は、フィーネへ帰る日。
少し寂しいけれど、また会える楽しみが増えたんだ。
私は庭園に咲くお花を眺めながら、今日のお茶会を思い出していた。




