番外編 『桜色のメッセージ』
※挿絵はAIイラストを使用しています
端末の画面を開いた瞬間、ピカルは目を細めた。
未読のメッセージが、ずらりと並んでいる。
全部、同じ送信者からだ。
名前を見るだけで、ピカルは静かに眉間にしわを寄せた。
「母さん」の文字が、整然とした未読一覧を埋め尽くしていた。
「……」
一件だけ、恐る恐る開いてみる。
『全然返事がないんだけど、どういうことなの!?』
ピカルは素早くメッセージを閉じた。
見なかったことにしよう。
そっと端末を閉じる。
「お兄ちゃん。なに、その顔」
座っていたキララが、お茶を飲む手をとめて首を傾けた。
「すっごい顔してるけど?」
「……してない」
「してるよ! 絶対なんか悪いもの見た時の顔だよ、それ」
ピカルは数秒黙ってから、渋々口を開いた。
「母さんから、メッセージがきてた」
キララの目がまん丸になったかと思うと、すぐにあきれたような顔になった。
「あ! わかった! 返事しないで溜めたやつだ!」
「……否定はしない」
母、クララのメッセージは、とにかく細かかった。
体調はどうか。
ちゃんと食べているか。
地球の気候は体に合っているか。
コーギーちゃんとうまくやれているか。
変な人に関わっていないか。
大体が似たような内容と心配で、文字一杯の愛情で埋め尽くされている。
だから一度、ピカルが「大丈夫」とひとこと返してみた。
なぜか返ってくるメッセージは、倍に増えた。
それが証明されてから、ピカルは気がつけば放置する癖がついていた。
溜めれば溜めるほど開くのが億劫になる。
わかっていても、なかなか手がつかない。
「キララ」
「うん?」
「お前にも、きてるだろ」
「……きてるよ。でも私はお兄ちゃんみたいに溜めてないもん! ちゃんと返してるし」
キララはふんと胸を張った。
ピカルは少し間を置いてから、静かに聞いた。
「なんて返した?」
「……大丈夫って」
ピカルは目を細めた。
「それ、俺と同じだろ。しかも一言だけじゃないか」
「でも返してる! お兄ちゃんは返してすらないじゃん!」
「まあ、そうだけど。……ちゃんと読んでるのか?」
一瞬、キララの視線が泳いだ。
「読んで……る、多分?」
「多分って何だ、多分って」
(それは読んでないって言うんだぞ)
ピカルは内心でそっとつっこんだ。
声には出さなかった。
出したら、話がややこしくなることを長年の経験で知っていたからだ。
キララは気まずそうにお茶をすすっている。
窓の外に目をやると、通りに並ぶ桜が満開だった。
淡いピンクの花が、風に揺れるたびにはらはらと散っていく。
ピカルはしばらく、その色を眺めていた。
母の、クララの髪と同じ色だ。
ちゃんと覚えているのに、きちんと返事のひとつも書けていなかった。
「……たまには、ちゃんと返すか」
独り言のようにぽつりと言うと、キララもお茶から目を上げた。
「そうだね」
二人とも、少しだけバツが悪い顔をしていた。
ピカルは端末を開きなおして、珍しく少し丁寧なメッセージを打ち始めた。
_____________
同じ頃、アルフィオス。
「ねぇライト! 聞いて! ピカルたちから返事がきた!」
クララが執務室に飛び込んでくる勢いで声をあげた。
端末を両手で抱えるようにして、顔がほころんでいる。
書類から目を上げたライトは、妻の顔を一瞥して静かに答えた。
「そうか」
「そうかって、嬉しくないの!?」
「嬉しいよ。ただ、ピカルとは定期的に話してるからな」
クララの顔から笑顔が消える。
「……どういうこと?」
「アルフィオスの現状の報告だよ。地球での分析に使いたいと言って来たから」
「私はそんな話、一個も聞いてないんだけど?」
「お前が聞いたら心配するだろう」
ライトが淡々と言うと、クララはしばらくむっとした顔で立っていた。
それから、何か思いついたように目を輝かせる。
「……じゃあ、私もアルフィオスの情報を送ったら返事くれるかしら」
「何の情報を?」
「天気とか?」
ライトは書類を置いた。
「……それは、日記になるんじゃないか」
「日記でも読んでくれるならいいじゃない!」
「親の日記を読んで喜ぶ子供が、どこにいるんだ」
「むー」
クララは唇を尖らせた。
その仕草が、ライトにはどこかキララとそっくりに見えた。
もっとも、キララの方が母親に似たのだが。
どちらが先かという話になると、いつも答えが出ない。
ライトは小さく笑って、また書類に目を落とした。
「メッセージを送るなら、難しく考えなくていいんじゃないか? ただ、あれだけ送ったら、あいつらも開くのが怖くなると思うよ」
「……怖くなる?」
「未読が多すぎると、人間は見ないようにするものだ。俺もそうだった」
「あなたも溜めてたの!?」
「若い頃の話だよ」
クララはしばらく黙っていた。
それから、心配そうに端末に目を落とした。
「……じゃあ、どうすればいいの?」
「数を減らしたら? 一回で全部書こうとしなくていい」
「でも、心配なことがたくさんあるのよ」
「一個だけ聞けばいいじゃないか。それだけで向こうは返しやすい」
クララはまだ納得しきれない顔をしていたが、やがてほんの少しだけ肩の力を抜いて、端末を胸に抱えた。
「……一個だけ」
「ああ」
「むずかしいわね」とクララはぽつりと言った。
ライトは答えなかった。
ただ、書類をめくる手をとめて、少しだけ窓の外を見た。
(きっとあの子たちは、親が心配しているよりもずっと前を見て歩んでいるはずだ)
灰色の空が、今日も静かに広がっていた。
星レベル18になったので、番外編が追加されました。
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