序章 終わりの星、始まりの兄妹②
序章 終わりの星、始まりの兄妹① の続きです。
※挿絵はAIイラストを使用しています。
数時間後、星政庁の一室。
静まり返った空間に、統治者の紋章が重々しく掲げられていた。
ピカルの前に現れたのは、思ったよりも若い青年だった。
だが、その瞳には鋭さが宿り、隠そうともしていない。
次期統治者――ノヴァ。
その態度は想像以上に高圧的で、命令口調を隠そうともしなかった。
「任務は一つ。外の星で文化・環境・生活の知識を集め、それを星の再建に役立てること――それがお前の役目だ」
ピカルはその言葉に、眉をわずかにひそめた。
長年、リアナス家を遠ざけてきたエルグラン家。
その名を背負う相手に、そう簡単に心を開けるはずがなかった。
一方のノヴァも、目の前の青年に心を許すことはなかった。
『星の記録を独り占めし、過去には争いの火種となった』
そう教えられてきた一族。
目の前の男がどれだけ冷静でも、信頼するにはあまりに疑いが強すぎた。
ふたりの間にあるのは、静かな敵意と、言葉にしない距離感。
そしてそれを乗り越えるには、あまりにも時間が足りなかった。
「‥‥‥突然ですね。長年リアナス家を排除してきたはずの統治者が、今さら我々を頼るとは。なぜ、今になって?」
ピカルの声には、静かな反発がにじんでいた。
だがその内側にあるのは、純粋な疑問と戸惑いだった。
ノヴァは目を細め、返す言葉を選ぶように少し間を置いてから、低く静かに答えた。
「‥‥‥あの時、何が正しかったのか。今となっては、すべてが正しかったとは私にも言えない」
言葉を切ると、ノヴァはわずかに拳を握りしめた。
「だが事実として、この星が持ちこたえる時間はもう長くない。理想も、誇りも、憎しみも‥‥‥生き延びられなければ意味がない」
ピカルが視線を上げた。
その目は冷静だったが、深く何かを確かめているようでもあった。
「それでも、我々に任せるというのですね」
「そうだ。失敗は許されない。お前たちの行動ひとつで、星の行方が決まると思え」
ノヴァの言葉は、命令というよりも、自らへの言い聞かせのように響いた。
ピカルはその重みに一瞬だけ押し黙る。
だが、ノヴァの言葉の中にあった焦りと真剣さを、ピカルは見逃さなかった。
ピカルの胸にも、確かな願いがある。
『星をもう一度生かしたい』という静かな想いが。
「‥‥‥承知しました。その任務、リアナス家として責任をもって果たします」
ピカルの瞳には、揺るがぬ覚悟が宿っていた。
この星の未来に再び光を取り戻すための一歩――そう、ピカルは信じていた。
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リアナス家の領地へ戻ったピカルは、すぐさま新たな任務に取りかかっていた。
記録の間の一角に設けた分析端末に向かい、星図と文化データベースを並べながら、行き先の候補となる星を静かに探していく。
「‥‥‥文明のレベルは中程度、高度な技術あり。生き物と環境の共存率‥‥‥うーん、これは違うか‥‥‥」
集中するあまり食事も忘れてしまうピカルの元に、パタパタと軽やかな足音が近づいてきた。
「お兄ちゃーん、またご飯忘れてるでしょー!」
部屋の扉が開き、皿を手にキララが入ってくる。
その手には、湯気の立つ軽食が載っていた。
「ちょうど今、派遣先を探してるところなんだ」
ピカルが言いかけるも、キララはすでに皿を机の隅に置いて、積まれた星の記録をのぞき込んでいた。
「へぇ~‥‥‥これ全部、行き先の候補? なんか見たことない名前ばっかりだね」
キララはぺたりとピカルの隣に座り、資料の山に顔を近づける。
端末に映し出された星図をひとつひとつスクロールしては目を輝かせながら、空いた手で皿の軽食をひょいとつまんで口に放り込んだ。
「‥‥‥それ、お前が持ってきたものじゃないのか」
ピカルが視線だけを向けると、キララはもぐもぐしながら首をかしげた。
「え? 一緒に食べようと思って持ってきたんだよ? ほら、お兄ちゃんも食べて食べて!」
もう一つつまんで、ピカルの方へ皿を押しつけてくる。
ピカルは小さくため息をつきながらも、言われるがままに一口食べた。
そのまま何事もなかったように端末へ視線を戻す。
キララはそんな兄を横目に、また一つつまみ食いしながら星図のスクロールを再開した。
「えーっと、こことかどう? なんか楽しそうな感じしない?」
キララが無邪気に指差した先には、ひときわ目立つ青い星の名前が光っていた。
『地球』。
ピカルはその名称に目を止め、驚いたように端末を操作する。
「‥‥‥地球? 生き物の環境、文化、技術レベル‥‥‥星の作りもアルフィオスに近い。確かに、可能性はあるかもしれないな」
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しばらくして。
必要なデータをまとめ、申請の手続きを進めるピカルの背中に、再び声がかかった。
「‥‥‥ねえ、お兄ちゃん。わたしも一緒に行きたい!」
ペンを持つ手が止まる。
ピカルは振り返り、少し困ったような表情を浮かべた。
「キララ、お前はここにいた方が安全だ。これから向かう先で何が起こるか分からないんだぞ」
しかし、キララは引かない。
「一人で行ったって、こなせる話じゃないでしょ? それに、見落としちゃうことも多いと思う。だけど二人なら、気づけることも二倍になるし、考え方も広がると思うんだよ! お兄ちゃんは真面目すぎて、たまに融通きかないところあるし、すぐ一人で全部抱え込もうとするじゃない? そういうの、すっごく良くないと思うの!」
徐々にキララの話すペースが速くなってくる。
「前もあったでしょ? 夜中まで記録まとめてて倒れかけたのに、『大丈夫』って言って全然大丈夫じゃなかったやつ! ああいうの、見てる方が心配なんだからね!? それに、それに! どうせ私だって、お兄ちゃんが行っちゃったらずっと心配で何にも手につかないだろうし、だったら最初から一緒にいた方が効率いいし安心だし‥‥‥」
「わかった! わかったから!」
ピカルが手を挙げて、妹の勢いを制するように言った。
だが、キララはすでにピカルの顔の間近にまで迫っていた。
「‥‥‥顔近づけすぎ‥‥‥」
さすがのピカルも一歩引いて顔をそむけた。
キララが言い出したら止められないことを、ピカルは誰よりも知っていた。
昔も、夜遅くに勝手に星観察に出かけようとして止めに入ったのに、「だって今日は流星群なんだもん!」と無理やり連れて行かれたことがあったな、とぼんやりと思い出す。
この調子だと、頑なに断ったところで何をやりだすか分からない。
明らかにそちらの方が、心臓に悪すぎる。
ピカルはしばし黙り込んだ後、大きくひとつため息をつき、肩の力を抜くようにして口を開いた。
「‥‥‥わかった。一緒に行こう」
その一言が出るや否や、キララはぱぁっと顔を輝かせ、飛び上がるように喜んだ。
「やったー! やっぱりお兄ちゃん、大好き!」
そんな妹の無邪気な姿に苦笑を浮かべながらも、ピカルは表情を引き締めた。
「‥‥‥でも、遊びに行くんじゃないからな。これは『任務』だ。言葉も文化も違うかもしれないし、むやみに目立つ行動は控えること。勝手に一人で動くのもだめだ。食べ物だって体に合うかわからないし、体調管理は――」
ピカルがあれこれと注意を並べている間、キララは「うんうん」と適当に相づちを打ちながら、端末に映し出された地球の風景や文化の資料を興味津々で眺めていた。
鮮やかな画像が次々とスクロールされるたびに小さく感嘆の声を漏らしながら、まるで旅行パンフレットでも見ているかのように楽しそうにページをめくっている。
「頑張ろうね! お兄ちゃん!」
兄の声が耳に届いているのかどうかも怪しいが、満面の笑みだけはしっかりと返ってきた。
未来に何が待っているかも知らず――それでも、新しい世界への旅立ちに胸を高鳴らせていた。
――Project Alpheos、始動。
これは、彼らの第一歩だった。
お読みくださりありがとうございます。
この後、本編の地球編1へと続きます。




