一章〜非望〜 六百七十四話 他の客を気にしつつ
今夜の宿を求めて町へとやって来る人達が増え、どこか賑やかになってくる町中を抜けてアレル達は『夜鳴き鳥の囀り』まで帰ってくる。
部屋を出る時は、アリシアとの間にギクシャクした空気があってモヤッとした気持ちを抱えていたが、今は互いに理解が深まった事もあり心の中には清々しさすら存在している。ただ、それはアレルだけではなくアリシアもそうであるみたいで、隣をふと見るとアリシアの口角が心なしか上がっている様に見える。
「アレル、中に入らないの?」
「いや······それじゃ、入るか」
「うんっ」
微笑みを返してくるアリシアは手が塞がっている為、アレルが宿の扉を開けてアリシアを先に中へ入らせる。その後を追う形でアレルが中へと入ると、カウンターにいるルチアーノが出迎えてくれる。
「あっ、お帰りなさいませ。馬車の方はお預かり頂けましたか?」
「ああ、お陰様でな」
「いえ、当方は荷物をお預かりしているだけで御座いますので」
ルチアーノはアリシアもいる為か、客対応の言葉遣いでアレルと話す。アレルとしては、そんな所まで気を張る必要は無いと思うのだが、ルチアーノとしては譲れない部分もあるのだろうと考える。
「あのさ、悪いんだけど部屋の鍵を出す前に、皿とフォークを借りられないか?」
「はい、可能ですが······お幾つ必要でしょうか?」
そう問われたアレルは、一応アリシアへ視線で確認すると、アリシアは四人分と小声で返してくる。それで、アレルはメリル達にも分けるつもりなんだなとアリシアへ微笑みと頷きで返す。
「四人分頼む」
すると、ルチアーノはチラッとアリシアが抱えるタルトの包まれた紙包みを一瞥してから、アレルへと頭を下げてくる。
「畏まりました。では、後ほどアレル様のお部屋へナイフも一緒に届けさせますので、お部屋でお待ちになっていて下さい」
そう言いながら、ルチアーノはスッとアレル達の部屋の鍵をカウンターの上に差し出す。それを、アレルは受け取ってから部屋へと向かう前にルチアーノへ一言残す。
「ああ、解った。ありがとな」
「いえ」
そうして、鍵を手にしたアレルはカウンターを離れて階段へと足を向ける。その途中で、皿とフォークを四人分と言ったアリシアへアレルは声を掛ける。
「イバレラ達にも分けるつもりなんだな」
「うん、だって嬉しい事は分け合えば分けた分だけ嬉しさは増えるでしょ」
「ハハ、なんかガキの頃にでも聞いた様な話だな」
アレルがそう言うと、アリシアは僅かに頬を膨らませる。
「もぉ〜、またアレルは直ぐに私を子供扱いするんだからぁ」
「いや、違うって······ほら、記憶には無くても、なんか懐かしい感じがするなって話でさ」
「もういいよ······アレルのバカ」
バカと言われるも、これは単に拗ねてるだけだなとアレルは感じる。こうして解ってくると、アリシアのバカにはたった一言なのに色んな意味を表しているんだなとアレルは改めて感じる。
同じ言葉でも、伝える側としては全く違う意味を込めている事もある。それを実感させてくるアリシアには、以前他の罵倒する言葉も教えようかと上から気分で言った事がアレルには恥ずかしく思えてくる。ただ、その言葉を受け取る側に理解力を要求してくるあたり、アリシアのブレない芯の強さの様なものを感じてしまうアレルはつい頬が緩んでしまう。
「······また、笑うんだからぁ」
しかし、間が悪くそれを見ていたアリシアにアレルは再び不満げな視線を向けられてしまう。それでも、ほとんど無意識に緩んでしまっていた為に、アレルは濡れ衣だとそんなアリシアの視線に反論する。
「笑ってなんていないだろ?」
「ううん、絶対に笑ってる!」
「いやいや、ほら俺って普段ムスッとしてるから、普通にしてても笑って見えてるだけだって」
そう言うと、真偽を確かめる為かアリシアはその顔を近づけてきて、ジ〜ッとアレルの顔を観察し始める。但し、そのアリシアの顔があまりにも真剣なせいか、アレルはそんなに力を入れなくてもと今度は本当に笑ってしまう。
「ほらぁ、やっぱり笑ってるじゃない」
「いや、これはアンネの顔があまりに真剣だからさ······つい」
「だったら、尚更悪いでしょ?」
そう指摘され、確かにそうだなと思ってしまったアレルはだったら謝らないといけないなと判断する。
「そうだな、ごめん」
「······なんか、そうやって直ぐに謝られても納得いかないんだけど」
と、謝っても釈然としていない様子のアリシアを連れて、アレルは階段を上がり始める。
外が暗くなった事で、宿の中には明かりが灯され足元を照らしてくれている。ただ、それでも光源は足元を照らすには少し位置が高い為に、足元は少し薄暗い。なので、アレルは万が一を考えて焼き菓子の紙袋を左右で持ち替えて、その時に支えられる様にアリシア側の手を空けておく。
そうして、一段一段階段を上がっていくと、何やら階段を上がりきった所で誰かが話をしている声が聞こえてくる。その話し声が耳に届いてくると、アリシアがスッとアレルへ身体を寄せてくる。そんなアリシアに対して、流石に腰へ手を回す様な度胸を持ち合わせていないアレルは、アリシアの行動が他者への恐怖心に起因するものと知りながらその背に手を伸ばす。
「足元、薄暗いからな。少しだけ、支え代わりをしておこうかと思ってさ」
「······うん、ありがと」
そう返しつつ、アリシアは照れなのか足元に注意する為なのか、フードのせいで判らないまでも顔を下へ向けてしまう。
程なくして、階段を上りきって二階へと足を踏み入れたアレル達は、そこで話をしていた二人組を横目に部屋へと向かう。そこにいた二人組へ、何を話していたのか通りすがりにアレルが聞き耳を立てると、なんてことはなく外と宿のどちらでと口にしていたので夕食について話していただけの様だった。
その程度の話は自分達の部屋でやってくれと、軽くため息を吐きながらもアレルはアリシアの背に回した手をそのままに部屋の前までやって来る。
「ねえ、イバレラ達の部屋の方に行った方が面倒じゃないんじゃないの?」
「いや、さっきル──カウンターの奴が俺達の部屋の方に届けさせるって言ってたんだから、こっちで待ってないと駄目かと思ってさ」
アレルは、ルチアーノの名前を口走りそうになるも、その名前を知っているのは不自然に感じて寸での所で言い直す。ただ、階段の所で緊張していたせいで直感が働いていないのか、アリシアはアレルの違和感には気づかないでいてくれる。
「じゃあ、こっちで切り分ける所までやって、それから持っていった方が良いね」
「ああ」
そう返事を返して、アレルはアリシアの背を支えていた手を離し、カウンターで受け取った部屋の鍵を持つと部屋の扉を解錠するのであった。




