一章〜非望〜 六百六十六話 心を曝け出して
手を繋ぐ感覚が曖昧になる中、アレル達は大通りから東側の路地へと入っていく。大通りに比べて、人通りも少なくなり随分と歩きやすくなった代わりに、夕陽を背中に受けて伸びていく足元の影がまるで自分ではない者かの影に感じられてアレルには気味が悪く思える。
隣を歩くアリシアも、背中に夕陽があるからかフードから下ろされる影も濃くなり、表情どころか顔すらも闇に呑まれて本当に隣を歩くのがアリシアなのかもあやふやになってしまう。ただ、似た様な事をアリシアも感じていたのか、不意にキュッと繋いでいる手に力を入れてくる。
なので、隣を歩くのは間違いなくアリシアなのだと思えたアレルも、アリシアの手をしっかりと握り返すとアリシアの手からは妙な強張りが取れる。そうして、互いに語らずとも再び何かを確かめあった二人は徐々に広場へと近づいていく。
広場の方は、外から人がやって来る時間帯だからなのか、近づくにつれどこか賑やかな喧騒が耳に届く様になる。ただ、まだ少し書き入れ時は先の様で、どちらかと言えばこれからに備える露店側の準備の賑やかさなのだろう。
アレル達が歩く路地からも、チラホラと目的地を同じとする人達が見られ始め、その人達の表情は徐々に暗くなる周囲とは反対に明るいものが多い。そんな人達に紛れて、アレル達も件の広場へと辿り着く。
広場は、よくある周囲より少し低くなっている形で、外周の全てが五段程の階段状でどこからでも広場へと下りられる。広さもそれなりにあるので、露店も広場の形に合わせて円形に並んではいるが訪れる人達の為に露店間の間隔は空けられている。
しかし、アレルは直ぐには露店が並ぶ広場へ下りずに、外周に沿って歩いて人の流れが無い所で足を止める。
(瑠璃、少し出て来てくれるか?)
──はい、良いですよ。
そこで、アレルは瑠璃へ精神感知でそう言うと、瑠璃は快く人には見えない様になった後でフードから出て来てくれる。なので、アレルは外套を脱いで手早く畳むと、それを階段へと敷く。
「アンネ、ここで少し話をしよう。······嫌じゃなければ」
「うん······でも、ルリちゃんは?」
アリシアがそう口にすると、アレルの肩に止まった瑠璃は少しだけ姿を見える様にした後で、また直ぐに姿を見えなくする。
「······うん、ルリちゃんが大丈夫なら良いよ」
「ああ、それじゃあ······」
合意が確認出来たアレルは、それまでアリシアと繋いでいた手を離す。すると、アリシアはどこか戸惑う様子を見せた後で、遠慮がちにアレルの外套が置いてある所へ腰掛ける。
そして、アレルもそんなアリシアの隣へ腰掛けると、少し空を見上げる。空は既に東の方が暗くなり、僅かながら煌めくものも見え始めていた。
「······さて、とは言え何から話せば良いんだろうな」
「うん······そうだね」
話をしようと、それだけは決めていたものの何を話せば部屋でのやり取りから続くわだかまりの様なものが無くなるのか解らない。ただ、その理由だけは明白で、アレルもアリシアも何故ギクシャクしてしまっているのかの原因を知らないからだった。
──主様、すれ違いを無くしたいならば、よりお互いを知る事が必要なのでは?
そうして困っている所へ、そんな状況を見兼ねた様子の瑠璃が助け舟を出してくれる。
「あのさ、瑠璃が互いを知る事が必要なんじゃないかって言ってるんだけど」
「互いを、知る······だったら、私最近不思議に思っていたんだけど、アレルは何でいつも必死なの?」
何故必死なのか、そう問われたアレルは反射的に依頼だからと答えてしまいそうになる。しかし、それはただの誤魔化しにしか過ぎずアリシアが求める答えではない。きっと、ここで誤魔化してしまえば、この先もアリシアとは今のギクシャクした様な状態が続いてしまうとアレルは直感で感じている。
そう感じたからこそ、アレルは自身が必死になる理由を言語化する為に暫し瞑目する。
心の浅い所に、弱いままでいたくないという酷くちっぽけな自尊心が浮かんでいる。その下に、依頼を遂行しなければという責任感、更に下に拠り所となって支えてくれている事への感謝と恩返しの気持ち。
そして、深い所へ差し掛かるとメリルとミリアそれぞれへの想いなどがあり、心の最も深い所に瑠璃とアリシアへの想いが沈んでいる。ただ、それよりも深い深層──そこには『あの言葉』がその場を他へ譲る事なく鎮座している。
──この嘘つき野郎ッ! お前なんか、死んじまえッ!
結局のところ、アレルの行動原理の根幹を成す部分はその言葉にある。
自分には、そんな言葉を投げ掛けられてしまう程に身近な存在を傷付けてしまう性質がある。そう思えばこそ、そんな性質を捻じ伏せたくて強くなろうともするし、今最も身近な存在であるアリシア達を傷付けたくなくて一定の距離感も保とうとしてしまう。
ただ、それとは別に純粋にアリシアを失いたくないという想いも確かにあって、それはアリシアの最期を想像した際の身体の震えからも明らかなものだとアレルは考える。しかし、こちらの場合伝え方を間違えてしまうと、アリシアに余計な重荷を背負わせてしまう可能性もある。伝え方次第では、自らを危険に晒したり自身を追い詰める様な真似をするのも、全てアリシアの所為なんだと受け取られかねない。
その上、アリシアへの想いに関しては未だハッキリしない部分が多く、それが理由で上手く言語化して誤解なく伝えられる自信がアレルには無い。それでも、このまま黙っている訳にもいかないアレルは、ゆっくりと閉じていた目を開ける。
「······たぶんだけどさ、怖いんだよ」
「えっ?」
「弱いままだと、自分すら守れない。自分が守れなければ、誰かを守る事も何かを失わない様にする事も出来なくて······そうして、自分の周りに何も無くなって独りになるのが怖いのかもしれない。でも、それ以上に怖いのは自らの弱さや実力不足で誰かを傷付けてしまう事が怖い。······だから、そうならない為にって、いつも必死になっているのかもしれない。酷いだろ? 俺の本当の姿なんて、虚勢を張ってなければただの情けない臆病者なんだよ」
そうして、アリシアの前で虚勢を張らない姿を見せるなんて、アレルにとって初めてかもしれない。普段は、アリシア達を不安にさせまいと自身を偽ってきたが、鍍金を剥がせば何とも情けない本性が露出する。
ただ、その姿を見せる事でアリシアには失望させただろうとアレルが思っていると、空を見上げた際に身体の横に置いていた手にアリシアの手が重なってくる。
「それは、違うよ。アレルは、臆病者なんかじゃないよ」
「そんな事ないだろ? 今だって、先の事を考えると結構怖いんだからさ」
「ううん、違うよ。だって、アレルは怯えていながらも勇気を振り絞って、いつも私達の前を歩いてくれてる。······私、思うんだ。怖いものが無い人を勇気があるって、そう言うのは少しおかしいって。だって、それは恐れを知らないただの蛮勇なんだもの。でも、アレルは違う。私、アレルを見てて気付いたんだ。怯えて、恐怖を感じながらもそれに耐え自らを奮い立たせた上で、その恐れの中から絞り出されたものが本当の勇気なんだって。······だからね、アレルは臆病者なんかじゃないよ」
「そんなの、ただの屁理屁理く──」
つ、とアレルが反論しながらアリシアへと顔を向けると、そこには柔らかく微笑むアリシアの顔があり、アレルはその笑顔が持つ不思議な温かさに言葉を失ってしまう。
「へりく······何?」
「······何でもねえよ」
そう言って、不貞腐れてみせるアレルに対して、アリシアはクスクスと笑ってみせた後で重ねている手をキュッと握ってくる。
「でも、ようやくアレルの口からアレルの事を聞けた。······ずっと無理してるの判ってたのに、アレルはいつも何でもないとかしか言わないんだもん。少しは、見てる側の気持ちとかも解って欲しいのに」
「いや、つうか何で俺が無理して──って、アンネにはあったな。そういう、ズルい道具が」
アレルは、皆まで言わずに視線でアリシアのペンダントを指し示す。ただ、そう口にはするものの、返した言葉が間違っていなかった事をアレルはアリシアの反応から理解して、密かに安堵する。
そんなアレルに、アリシアは少し不満気な表情を浮かべつつ言葉を返してくる。
「もうっ、これだってアレルが思ってる程、便利に働いてくれる訳じゃないのに。······でも、次はアレルが私に訊く番だよ」
「俺の?」
「うん、まだアレルには言いたい事も訊きたい事も残ってるけど、私ばかりがしてもらう訳にはいかないもの。だから、順番ね」
その言葉に、まだ残っているのかと思いつつも、アレルは自身がアリシアへ訊ねたい事は何なのかと自問自答を始める。




