一章〜非望〜 六百五十五話 推測を重ねて
「いいか、覚悟して聞けよ?」
アレルは、一度前置きをしてから自らも覚悟を決めると、ルチアーノも無言のまま僅かに下唇を噛みながらも頷きを返してくる。
「まず、ルチアーノの同期達は無事ではないと思う。最悪、数人死んでるかもしれない」
「そんなッ!?」
急に、大きな声を出すルチアーノにアレルは両手の掌を向けて落ち着く様に示す。すると、少しは冷静になれたのかルチアーノは一先ず話を聞く体勢に戻ってくれる。
「······あくまで、可能性の話だ。基本的に、現状でどんな風になっているかなんて相手の目的次第だからな」
「その目的とは?」
「判らない······単純に、邪魔者の排除ならば殺されているだろうけど、それにしたって一人か二人は逃げられただろうし······もし、何かしらの情報目的だった場合なら情報源として生かされている可能性も残る。ただ、その場合だと拷問ぐらいはされているかもしれない。それに、情報源としては元黒羽根も既にいるからな。まあ、それでもより情報を吐き出させやすい奴を選別するのに、取り敢えず全員捕らえるなんて事も考えられはする」
そこで、それまでに傾いてきていた西日が流れる雲に遮られ、窓から差し込んでいた陽の光が弱くなり東側に立っていたルチアーノの顔に影が落ちる。
それが、まるでルチアーノの希望が潰えた事を暗喩しているみたいに感じたアレルは、何かしら希望を持たせる事を口にした方が良いのかと考えてしまう。しかし、ここで変に希望を持たせる事が後により深い絶望を招く可能性も考えてしまうアレルは、敢えて嘘や欺瞞を交えずに話を続ける。
「連絡が途絶えた······んだよな? 悪いとは思うが、ここからは俺も本音で話させてもらう。まず、誰か一人でも窮地から逃れていたなら、報告するなり救援を求めるなり必ず連絡はあるはずだ。だから、何かしらの窮地に立たされていたなら、全員が未だその渦中にあるのは確実だ」
「······はい、それは解ります」
ギリリッと、ルチアーノの方からはその歯痒さを誤魔化すみたいな歯噛みする音がアレルの耳に届く。
「更に良くないのは、その生死が不明な事だ。生きているなら、早々に救出に向かうのも手ではあるが、もし死んでいた場合その救出に動いた者達も同様の結果になる可能性がある。······だから、せめて生死ぐらいは判明しないと迂闊に動く事も出来ないのは解ってくれるよな?」
アレルは、ルチアーノがどこか話の進め方次第では一人でも救出に動いてしまいそうな気配を感じて、念の為に釘を刺しておく。すると、それまで身体に変な強張りがあったルチアーノから、まるで何かを諦めたかの様にゆっくりと力が抜けていったのが見て取れた。
「はい······」
「······せめて、メッサー達の方の救出が上手くいってれば、そっちの確認ぐらいはしてくれそうなんだけどな」
「ですね。······メッサーの奴は、こちらがいくら目の敵にしていても、こっちを敵視なんてしてこない奴でしたから」
メッサーの名前を出した所で、ルチアーノにもどこか表情が戻った様な気がすると、丁度雲に遮られた陽の光も再び宿の廊下に差し込んでくる。
「なんか悪いな······大元を辿ると、俺の連れが関わる事だとは思うからさ」
「いえ、拉致されたのも、それをどうにかしようと動いているのも私達ですから。そんな、責任転嫁みたいな事して自らの処理しきれない感情を向けるなんて事は、とてもではありませんが恥知らず過ぎて出来ませんよ」
「そうか······ありがとな」
ルチアーノは、遠回しにどんな結果であってもアリシアを恨む事なんてしないと言ってくれる。それに、どこか胸の内が軽くなった様な気がしたアレルは感謝を口にする。
「それにしても、一体何が起きているのでしょうね。まるで、霞でも掴まされているみたいです」
「だな······でも、もし全員が捕まっていたとするなら、生きてるって意味では喜ばしいけど、ある意味では最悪な状況かもしれないな」
「あの、それはどういう······」
「考えてみてくれ。まず、諜報員からの情報が間違っていたと気付いた瞬間に窮地に立たされて全員が捕まる。それで、話し合いなんて出来ないまま全員がバラバラに監禁されて、何がどうなっているのか判らないままそれぞれに拷問を受けているとする。そんな状況だと、誰もが頭に思い浮かべる事があって、自分達の中に裏切り者がいたんじゃないかって疑心暗鬼に陥るって思うんだ」
そう、混乱したままの頭で話し合いも出来ずに一人で酷い目に遭えば、もしかしたら自分達を売って一人だけのうのうと過ごしている奴がいるかもしれないと、もしかしたらこんな目に遭っているのは自分だけかもしれないなんて馬鹿な考えが浮かんでくる事もあるのではないかと、アレルは考える。
「成る程······確かに、そんな状況で揺さぶりを掛けられたら色々と話してしまいそうになるかもしれませんね」
「そうでなくとも、既に元黒羽根を拉致されている。だから、拉致した連中が何を目的にしているのか知らないが、何かしらの情報は手に入れられているかもしれない」
「······私達が関わる事の情報、それが表の商会関係でないのであれば······お解りになりますよね、アレル様?」
「ああ」
拉致犯達が得たい情報、それはメッサーと話していた時にも話題になったがアリシア関係の事だとアレルは感じる。
どこから漏れたのか判らないが、アリシアの逃亡計画に関わっていた元黒羽根、そして現行の逃亡状況を知っている可能性がある現役の黒羽根。最悪、その双方から情報を引き出されたとしたなら、アリシアの現在地を推測で割り出されている可能性もある。
ただ、こちらには瑠璃という人では決して真似の出来ない感知能力を持つ存在がいる。その瑠璃が、未だに何も注意をしてこない事から、そういった脅威は近くに無いとの証左だとアレルは思う。
「でも、それならわざわざ私が忠告する必要もありませんでしたね」
「いや、黒羽根達の動きを知らなければ、警戒を強めてなんかいなかったと思う。だから、助かったよ。······なあ、さっきメッサー達の方は失敗だったって言ってたけど、そこには誰もいなかったのか?」
「いえ、そこには野盗風の奴等がいたそうです。それも、ソイツは妻子の誘拐を頼まれただけだと口にしたらしいです」
「野盗······頼まれただけ、ね」
それは、もしかしたらメッサー達が誰かと接触していれば相手側の情報を少しは手に入れられるのではないかと、考えた末の質問だった。しかし、そこから判った事はアレルを更に悩ませる。
仮に、拉致犯が複数いたなら野盗なんかに頼まずに、自分達で誘拐をした方が他者の口から情報が漏れる事を防げる。ならば、何故それをしないかという話になると、拉致犯が犯行に及ぶにあたり人手が足りなかったという証拠になり得る。それに、もう一つ考えられる事が拉致犯にとって元黒羽根の妻子は、野盗なんかに任せておける程に重要度が低い事が考えられる。
だが、その人数の少なさと妻子をあまり重要視していない部分に、アレルは例え様のない不気味さを感じてしまう。
拉致なんて事までしておきながら、その元黒羽根から情報を引き出すのに有効な妻子をぞんざいに扱う。諜報員に、誤情報を掴ませる緻密さを見せておきながら、野盗なんかに誘拐を依頼する杜撰さも見せてくる。
それに最も厄介なのが、ハインリヒの教え子達を罠に嵌めたのか直接戦ったのかは判らないが、無力化してしまっている可能性がある事。そんな、行動指針が定まっていなさそうにも関わらず、実力の高さを窺わせてくる辺りがその真意を読み切る事も出来なくて恐れを感じさせる。
それとは別に、アレルは先程のルチアーノの発言からとある人物を連想してしまう。霞を掴む様なと、その言葉からアレルは『蜃気楼』という暗殺者の存在を感じるのであった。




