一章〜非望〜 六百五十一話 町並みを眺めつつ宿を探す
アーフェンの町中へ入ると、町の外周の辺に当たる部分が町の内側へ僅かに湾曲しているのが見て判る。それにより、壁に近づく敵対者や魔物に対して尖塔からの弓矢の射角を確保しているのだろう。しかし、その為か町の中はその分小さく纏まっているみたいで、馬車が通れる様な通りもミッテドゥルムなどに比べると少ない。
建物は、これまでに見てきたものの中でも比較的新しいが、窓に使用されているガラスの多くが少し古い形──所謂クラウン法とアレルの世界で呼ばれているものになっている。但し、これに関しては他でおそらく鋳型を使うキャスティング法か切り開いて整える円筒法あたりで作られた一枚ガラスの窓なども見た事があるので、アレルは破損などで交換する際の事が関わっているのではないかと考える。
仮に、その町にいる職人にガラスの交換を頼んだ場合、その町の職人が行えるガラス製法によって交換出来るガラスの種類が変わってくる。そこで、現在の主流がクラウン法を用いたガラスだとしたら、その職人には一枚ガラスを作る製法を知らなかったり設備や技術が無い為に交換も出来はしない。
これが、例えば王都などの多くの職人を抱えている街などになると、サザンリング大陸における技術革新の最先端であるメルキアへ見込みのある職人を数人留学させる事も可能だろう。そうすれば、留学した職人が戻って来た際に最新の技術を街へと還元する事が出来る。しかし、地方の小規模な町村ではそもそもの職人の数が少ないと思われるので、留学などされては日々の生活がままならなくなってしまう。
それらの理由から、アレルは町にいる職人の人数や技術力が窓ガラスなどに表れているのではないかと考える。それも、ガラスだけに着目した場合に限るので、それと合わせて比較的新しい建物の事も含めてチグハグな組み合わせについてもある程度想像出来る。
つまり、アーフェンの建物に関しては他の街から職人を招いて建てる事も可能だったが、修理や交換の事を考えると建物自体に比べて壊れやすいガラス窓に関してはアーフェンのガラス職人基準で造られたのだろう。そういう訳で、比較的に新しい建物に対して少し古めかしい窓が付けられているとアレルは結論づける。
(瑠璃、アリシアにもう出て来ても大丈夫だって伝えてくれるか?)
──はい、分かりました!
そんな町並みを眺めながら、程よく北門から離れた所でアレルは精神感知を使って瑠璃へアリシアに対しての伝言を頼む。そうして、荷台から聞こえる物音でアリシアが出て来た事を悟ったアレルは、そのまま宿探しへと意識を切り替える。
いつもの事ながら、鳥の名前が入っているか屋号に羽根がある宿を探すのも正直面倒になってきたなとアレルは感じる。いっその事、朱羽根を左胸に付けて商会の羽根を呼びつけようかとも思ってしまう。
だが、それをすると偽羽根の様な余計な危険を招くかもしれないし、せっかく羽根達に頼らずに済む方法もあるのだからと、アレルは地道に該当する宿を探す。
(クソッ、偽物の羽根なんて出回っていなければな······そういや、結局朱羽根なんて使わなくても俺からパメラに話は伝わるし、訊きたい情報なんかも誰かから聞けるし······パメラから聞いた使い方が完全に死んでるな)
本来は、パメラへの報告には朱羽根を右胸に、逆にパメラからの伝言や知りたい事がある時は左胸にと言われていたはずなのに、アレルはその通りの使い方をした事がほとんどない。ただ、その辺りはパメラや羽根達も不測の事態なんて慣れているはずだから、今みたいに臨機応変に対応しているのだろうとアレルは思う事にした。
そんな事を考えていると、アレルの目にカルラスという看板を掲げた店が見えてくる。その名前に、ミゲルから聞いた店がそれだと思ったアレルは反射的に馬車を店の前で停めてしまう。
「アレル? どうかしたの?」
「いや、その······さ、宿を見つける前にミゲルから教えられた店の方を先に見つけちまってな。それで、どうしようかなと······」
アレルは、幌越しに訊ねてくるアリシアに、迷いを隠す余裕もなく反射的に答えてしまう。
「それって、馬車のお店だったよね? 先に診てもらうの?」
「いや······そうすると、馬車を預けるしかなくなった時に、全員でぞろぞろと歩いて宿を探すしかなくなるからな。まあ、後回しかな」
そうは言っても、ドノヴァンという職人に依頼を断られてしまった場合、そこからツェーンへ向かうしかない事を考えると宿の宿泊を取り止めに戻ったりもしなくてはならなくなる。流石に、それは二度手間になるのだが致し方ないかと、アレルはどうなるか判らない事に頭を悩ませるのは止めて宿探しを再開させようと考える。
そうして、カルラスの前から再び馬車を動かすと、アレルは首を左右に振ってクリムエーラに関係している宿を探す。ここまでの経験で、クリムエーラに関係する宿は馬車を預けておける所がほとんどだったので、アーフェンの町の造りからして馬車で通れる道沿いにある事が予想出来る。更に、どちらかと言えば高級宿側に分類されるので、アレルは町中でもそういった客層向けの店がある方へと馬車を動かしていく。
アーフェンは、北門から続く大通りにはカルラスもあった様に点検・整備が出来る鍛冶屋などの店が並び、他に多いのが旅人向けの安宿とその次に酒場が何軒か散見される。中には、一階が酒場となっており、窓の配置的に二階には泊まれる様な部屋がある様な店もある。
通りを行き交う人々の声によると、町の東側には小さな広場があって露店が軒を連ねているらしい。そちらでは、主に日用品や雑貨に食用品などを扱っており、宿を求めて町に来た者はほとんど立ち入らない場所となっている。
それらの事から、アレルは探している宿が町の西側にあるだろうと当たりを付けて馬車の進路をそちらへ向ける。しかし、アレルの目に入ってきたのは予想とは違って、どこか居住区の様な光景が広がる。
それに、予想を外したかと少し焦ったアレルではあったが、そのまま奥へと進むと数軒だけちゃんとした宿の外観をした建物が見えてくる。その内の一軒に、『夜鳴き鳥の囀り』という少し変わった印象を受ける宿をアレルは見つける。
ただ、夜鳴き鳥なんて梟ぐらいしかパッと思いつかない世界からやって来たアレルには、こちらの世界の夜に動く鳥に対してどこか不気味な感じがする響きだなと思えてしまう。それでも、他には選択肢もなさそうなので、アレルはそのどこか不気味な響きがする名前の宿の前で馬車を停める。
「お〜い、一応宿に着いたぞ」
「うん、それなら準備するね」
アレルが荷台へ声を掛けると、直ぐにアリシアの声が返ってくる。その後で、メリルとミリアに何か言ったのか、アレルの背後の荷台ではゴソゴソと物音が聞こえ始める。
それで、アリシア達が降りる準備をしていると判断したアレルは、精神感知で瑠璃に確認だけはする。
(瑠璃、周辺と宿の中に変な奴はいるか?)
──いえ、問題ありません。
そうして、瑠璃のお墨付きをもらったところで、アレルもようやく一息ついて胸を撫でおろす。続けて、アレルが不意に空を見上げると陽の光が徐々に赤みを帯びてきていた。
日が沈むまで、まだそれなりに時間はあるものの、宿の手続きやカルラスでの交渉の時間を考えると万が一の時にツェーンまで行くのはかなり厳しい。そう考えるアレルは、旅なんて本当に思い通りにはなってくれないなと、ため息を吐くのであった。




