一章〜非望〜 六百四十三話 新たな町を目指して
仕切り直して、紹介状をサイドポシェットへしまったアレルが御者台に腰掛けると、それではアリシア様の所へ行きますねと瑠璃がフードの中から荷台へと移動していく。それで、瑠璃がアリシアの持つ小物入れまで行ったのを精神感知で確認したアレルは、手綱を握って馬車を動かし始める。
まず、アレルは宿があったやや北寄りの場所から大通りを目指して街を南下していく。朝食後に直ぐ宿を出たせいか、人通りはまちまちで開店準備に走る人々が忙しそうに行き交う姿が見える。結局のところ、アレルは雪だるまを逆さにした様な形のミッテドゥルムの胴体部分しか見てない訳だが、今回は観光なんてしている場合ではないので仕方ないと思う。
そんな事を思っている内に、その胴体部分を東西に貫く街道から続く大通りに出たアレルは、馬車の進路を西へと向ける。すると、大通りの左右には既に露店の準備を終えている者達なんかもいて、アレルの感覚では朝市の様な雰囲気を感じる。時間さえあれば、どんな物が売っているか少し覗いてみるのも一興なのだが、今日はアーフェンまで行かねばならないので出だしから足を止める訳にはいかない。
アーフェンまでの道程は、馬車で一日掛からない程度の距離で件の分岐路からは半日分以上の距離が離れている。このアーフェンで、何かしら問題があると思われた場合は、その時点でツェーンへと行先を変更しなければならなくなる。
そして、ツェーンまでがアーフェンから更に三時間強掛かる距離なので、可能ならばアーフェンには夕刻前を目安に少しでも早く到着しておきたい。それも、アーフェンには何も無くともドノヴァンという職人に仕事を断られる可能性も頭に入れておかねばならない。
そうなってしまえば、問答無用でツェーンへ行かなければならなくなり、大幅な予定変更を余儀なくされる。
それらの事を考えながら、アレルは馬車をミッテドゥルムの西門へと走らせる。
頬を撫でる風はまだ冷ややかさを感じさせるも、周囲が何かと準備などに動いているせいで朝特有の澄んだ空気には淀みが混じり始めている。空は、依然として曇り模様を呈しているが夜中は雨が降らなかったのか、路地には酒瓶を抱えたまま壁にもたれて寝ている者もいる。それでも、街中の至る所では扉から人が出て来たり、シャッと勢い良くカーテンが開けられた直後にバッと窓が開け放たれる。
そんな、まだほとんどの人達が起きる前の厳かな感じのする早朝とは違えど、徐々に街が目覚めていく過程を目にしながらアレルはアレルは西門へと近づいていく。ただ、一つだけ欲を言えば、これで朝日でも差し込んでいれば最高の気分で出発出来ていたのになと、アレルは少しだけ不満を抱く。
「あの、アレルさん」
そこで、荷台からメリルの声がアレルの耳に届く。
「どうした?」
「あの、皆で話していたんですが、門を通過する際はアンネに隠れていてもらった方が良いのではないかと思ったのですが······」
メリルは、ギリギリアレルにだけ届く声量でどこか躊躇いがちに提案してくる。アレルは、それをおそらくアリシアに窮屈な思いをさせるからであろうと考える。
しかし、昨日の東門ではクライドの事が印象に残っているが、メリルが憂う通りあの場には王都兵も出張っていた。それならば、西門にも王都兵はいて然るべきなのでアリシアには申し訳ないが隠れていてもらった方が良いとアレルは判断する。
「そうだな、イバレラの言う通りだ。近くまで行ったら、瑠璃を通して合図を送るからそれまではゆっくりしててくれ」
「はい、分かりました」
メリルの返事を聞いたアレルは、本当に頼ってばかりで申し訳ないと思いながらも精神感知を使う。
(って事だから、頼むな)
──はい、ルリにお任せ下さいっ!
張り切る瑠璃の言葉に、アレルは薄く笑みを浮かべつつ馬車を走らせる事に集中する。そうして、暫く進むと馬車の前方に西門が見えてくる。
遠目にだが、朝早くといった事もあって外にも内側にも並んでいる者はいない様にアレルには見えた。それで、直ぐに通れそうだと感じたアレルは、精神感知で瑠璃へアリシアへの伝言を頼む。
(瑠璃、割と早く街から出られそうだから、アリシアにそろそろ隠れる様に伝えてくれるか?)
──はい、分かりました。
これで、アリシアの事は大丈夫と思ったアレルは、周囲の事には目を向けずに西門前に意識を集中させる。
出来る事なら、面倒そうな王都兵にはいて欲しくない。しかし、そんな願望を抱いていると裏切られるのが人生というもので、アレルの目は西門の付近に二人ずつ装備の異なる四人の兵士の姿を捉えてしまう。その内二人は、長槍を持った如何にもな門兵で、他の二人はどこか気怠げにしているが装備は新品の様にキラリと返照する全身鎧だった。
「止まって下さい」
ガチッと、門兵二人が各々の槍を交差させてアレルが手綱を握る馬車を堰き止める。そこへ、一歩前に出るのは全身鎧の男の一人で、その男はアレルを値踏みするみたいに眺めてくる。
「······本来なら、出ていく時は街に入る側の妨げになるから、直ぐに出られるものだと思っていたんですが?」
アレルは、そんな男の視線が癇に障って少し怒気を含ませた声で訊ねる。
「い〜や、今はそうじゃない。俺達は、そこの無能と違って王都から来た精鋭でな、とある人物の捕縛を任務としている」
「それが、何か私と関係があると言いたいのでしょうか?」
アレルは、苛つきながらも言葉遣いだけには気を付けて王都兵とやり取りをする。しかし、そんな風に気を付けようと王都兵の目的は最初から決まっていたみたいで、王都兵の二人は互いに目配せをした後でニヤリと笑う。
「伝えた通り、俺達は大事な任務の途中なのだ。だからこそ、貴様には俺達へ物資の供出という名誉を与えてやろうではないか!」
供出、そうは言っても要はお前の持っている荷物を寄越せと、チンピラ紛いの──いや、正しくチンピラそのものみたいな事を言ってきているとアレルは判断する。
やはり、王都兵なんて言っても中身は所詮は傭兵かと、内心呆れ果てたアレルではあったが一応訊き返してみる。
「それで、何をお望みで? 食料などでしょうか?」
「それは······今から荷台を検めるついでに、決めさせてもらおう」
グヘヘと、最早品の無さが表に出てしまっている王都兵に、これ以上付き合ってられるかとアレルはサイドポシェットの中からエリオットの書いた念書を取り出す。
「申し訳ありませんが、現在私はエリオット様より密命を与えられております。なので、そちらの要望にはお応え出来ません」
取り出した念書には、エリオットが捺した封がされており、その封にはトートフォーゲル家の紋章が象られている。それを目にした途端、門兵の二人が即座に王都兵の二人を馬車から引き離す。
「な、何をしやがる!」
「それは、こっちが言いたい言葉だっ! お前達は、下らない個人的な欲求を満たす為に、王都と辺境伯家の関係を悪化させたいのかっ!? この、傭兵風情がッ!!」
門兵の言葉で、流石に頭の悪い王都兵も事の重大さに気付いたのか、顔を青くさせて戦々恐々とし始める。
そう、現在の王都と辺境伯家は微妙な関係にあり、辺境伯家に関わる者に粗相があったとなれば関係を断つきっかけになりかねない。つまり、その原因となった者がどの様な処罰を受けるかなど馬鹿にでも判る事なので、いくら傭兵上がりの王都兵でも己の身が危険に晒される事など出来る訳がない。
すると、大人しくなった王都兵を放っておいて、門兵の片方がアレルへと駆け寄ってくる。
「あの、エリオット様からの密命とは一体······」
そんな事は聞いていないのだろう門兵は、目を白黒させながらアレルに訊ねてくる。嘘なのだから当たり前なのだが、まるで寝耳に水といった様子の門兵にアレルは近くに寄る様に手招きする。
すると、門兵は他には聞かせられない話だと思ったのか、神妙な面持ちで御者台へと近づいてくる。
「あ〜、驚かないで欲しいんだが······密命なんて嘘なんだ」
「へ?」
「まあ、念書はエリオットに書いてもらった本物なんだけど、連中を大人しくさせる為ならエリオットの奴も許してくれるかなって思ってさ」
念書を再びサイドポシェットへしまいつつアレルがそう言うと、門兵はチラリと呆然自失状態の王都兵を一瞥する。
「あの、ちなみにエリオット様とのご関係は?」
「そうだな······一応、友人って事になってるな」
アレルは、若干嫌そうな表情をするも、そう答えると門兵はどこか納得したみたいに頷く。
「成る程······解りました、それならばどうぞ連中が再び馬鹿をやらかす前に門をお通り下さい」
「悪かったな、余計な事をしてしまって」
「いえ、こちらも王都側との関係を拗らせる訳にはいかなかったので、今まで強く言う事が出来ませんでした。しかし、連中もこれからは妙な事も考えられないでしょう。本当に、助かりました」
門兵は、それだけ伝えると速やかに馬車から離れて他の三人も邪魔にならない様に端に寄らせる。
アレルは、そんな門兵に感謝をしつつ手綱で馬達に進む様に伝える。そうして、西門を通過する際にもう一人にも事情を伝えたのか、門兵二人が拳を握った右手を左肩の辺りに当てて見送ってくれる。そんな二人に、アレルは軽く手を上げて応えると、そのままミッテドゥルムを後にするのであった。




