一章〜非望〜 六百三十九話 慌ただしくも出立の時は近づいて
朝食を食べ終えたアレル達は、各々で部屋を後にする為の準備をし始める。
アレルは、食べ終えた食器をテーブルの上で重ねておき、それから自身のベッドで荷物を纏め始める。そうして、忘れ物が無いかの確認をした後で、サイドテーブルのダガーと篭手を身に着ける。続いて、壁際に立て掛けてあった騎士剣を帯剣ベルトへ装着してから、壁掛けの外套を身に着ける。
「二人共、準備は終わったか?」
アレルがそう言うと、周囲を飛んでいた瑠璃がアレルの方へヒラヒラと飛んできてその肩に止まる。
──宿に泊まってる他の方達は、未だ部屋の中にいるみたいです。
(ああ、ありがとな瑠璃)
精神感知で礼を伝えるアレルは、出来れば宿の他の客が動き始める前に宿を出立したいと思っている。
昨日から、何かあっても即座に対応出来る様にと全員で行動を共にしていた訳だが、流石に人目に触れるのは可能な限り避けたい。この辺りの考えはメリルも同じだと思うので、アレルは今頃隣でも同じ様に出立の準備をしているか既に終わっているんじゃないかと考える。
そんなアレルは、不意にアリシアの方へと目を向ける。すると、アリシアは自身の荷物の中から、大事そうにオルゴールと羊のぬいぐるみが入っているのを確認している所だった。
「それ、そんなに丁寧に扱う物か?」
「······だって、本当に大事な物なんだもん」
どこか、拗ねたみたいな反応を返してくるアリシアに、それ程大切にしてくれるならプレゼント冥利に尽きるなとアレルは感じる。
「あっ、そうだ! ねえ、部屋を出る前に私がラスクの紙袋を忘れそうだったら、アレルがちゃんと教えてね。絶対だよ!」
「はいはい、解ったから忘れ物が無い様に慌てずに荷物を纏めてくれ」
アレルは、言いながら食事中は水差しの載ったトレイと一緒に邪魔にならない所へ置いておいたラスクの紙袋を、部屋を出る時に気付きやすいテーブルの上へ置き直す。それから、アリシアの様子をチラリと見て、アレルはもう少し時間が掛かりそうだなと感じる。
「なあ、もう少し掛かりそうなら一旦隣の様子を見てきても良いか?」
「うん、私はもう少し掛かりそうだから良いよっ」
アリシアの返事に、アレルが頼むよりも早くアレルの肩に止まっていた瑠璃がヒラヒラとアリシアの方へと飛んでいく。
──アリシア様の事は、ルリにお任せ下さい!
(いつもありがとな、瑠璃)
そう、精神感知で感謝を伝えたアレルは、一応部屋の鍵を持って部屋を出る。それから、念の為に部屋の扉を施錠するとアレルは隣のメリル達の部屋へと足を向ける。
「イバレラ? もう少ししたら宿を出ようと思うんだが、準備は出来ているか?」
扉の前、アレルはノックと共にメリルへ声を掛ける。すると、中からは返事だけが返ってくる。
「は〜い、こちらももう少しで終わるので、後で部屋の前で合流しましょう」
「ああ、解った。それじゃ、また後でな」
「はい」
扉越しではあるものの、用が済んだアレルはその場を後にしてアリシアの待つ部屋へ戻る。鍵は持って出たので、アレルはそのまま中へ声を掛ける事なく鍵を開けて中に入る。
そして、アリシアの様子を窺うも未だにベッドの所で荷物をどうにかしていたので、アレルは既に纏めてある自身の荷物を取りに自身のベッドへ足を向ける。
──主様〜。
そこへ、アリシアの所にいた瑠璃がアレルの肩へ止まる為にヒラヒラと飛んでくる。なので、アレルは瑠璃が止まりやすい様に足を止め、瑠璃が肩に止まってから精神感知で話し掛ける。
(どうかしたのか?)
──いえ、その······馬車に乗ってしまうと、主様とはまた別々になってしまうので。
と、瑠璃はどこか恥ずかしそうに甘えに来た事を素直に伝えてくる。そんな可愛げを見せる瑠璃に、アレルは自然と笑みを浮かべつつ応える。
(別に、瑠璃が俺と一緒がいいならそれでも良いけどな)
──いえ、それだとアリシア様達が隠れなければならない時に、主様を困らせてしまいます。だから、ルリは今だけで充分なのです。
そう返す瑠璃に、アレルはいじらしいなと感じる。なので、瑠璃の意思を尊重する事にして、アレルは余計な事は口にしない様にした。
(そうか、それじゃ今だけな)
──はいっ、今だけです!
パタタと、嬉しそうに羽を動かす瑠璃に笑い掛け、アレルはベッドの上に置いてあった荷物を手にする。そこで、ようやくアリシアも自身の荷物を纏め終えたのか、アレルへ声を掛けてくる。
「アレル、私の方も終わったよ」
「そうか、じゃあ最後にもう一度忘れ物がないか確認しておこう」
「うんっ」
そう言って、各々で忘れ物の確認をしていく中で、アレルは最後に自身の胸元から朱羽根の入ったロケットとアリシアから貰ったアミュレットを取り出す。それで、ちゃんと両方身に付けている事を確認したアレルは、これで良しと安堵してそれらを再び胸元にしまう。
すると、そこへそんなアレルの行動を見ていたアリシアが話し掛けてくる。
「それ、ちゃんと付けてくれてるんだね」
「まあ、アリシアから貰ったものだからな」
「ふ〜ん······」
しかし、自分から話題を振ってきたにも関わらず、アリシアは素っ気ない反応を返してくる。ただ、僅かに顔を下に向けた際に、アリシアの口角が少しだけ上がったのを目にしたアレルは、不興を買った訳ではない事を悟る。
その次の瞬間、アリシアは窓の方を気にして外から見えない位置に移動すると、フードを脱いで自身の後ろ首をアレル達へ見せてくる。
「ほら、見て! 私も、ルリちゃんから貰ったリボンを付けているんだよ!」
それは、前にも見たんだけどなと思いつつも、アリシアの蒼銀の髪色にはやはり青いリボンは映えるなとアレルは感じる。
一方で、瑠璃はアレルの肩から離れて、そんなアリシアの周りをクルクルと嬉しそうに飛び回ってみせる。それには、アリシアも笑顔を浮かべて瑠璃と戯れ始める。
「瑠璃を喜ばせてくれて、ありがとな。それじゃあ、忘れ物がないならそろそろ行こうか?」
「うん、じゃあルリちゃんは私と一緒?」
言いながら、アリシアはササッとフードを被り直してから、近くを浮遊する瑠璃にローブの下の小物入れを見せながら訊ねる。だが、当の瑠璃は直ぐには動かずにアリシアとアレルを見比べるみたいな動きを見せる。
そこから、無言ながらも瑠璃の迷いを感じ取ったアレルは、アリシアには申し訳ないけど瑠璃の肩を持つ事にした。
「瑠璃、馬車に乗るまでだったら好きにして大丈夫だから」
すると、瑠璃は空中でパタタと羽を動かして、そのままアレルの外套のフードの中へと滑り込んでくる。ただ、アリシアには不満気な表情をアレルは向けられてしまう。
「むぅ〜······」
「いや、馬車の中では一緒なんだからそんな顔をしないでくれ。······ほら、そんな風にしているとラスク忘れるぞ」
アレルは、言いながらテーブルの上のラスクの入った紙袋を指差して、アリシアの気を逸らそうとする。それでも、アリシアはジト〜ッとした目をアレルへ向けたままでラスクの紙袋を手にする。
「······アレルって、やっぱりズルい」
「はいはい······それじゃ、出発するぞ」
「は〜い」
と、どこか不満気なアリシアとフードの中で嬉しそうな気配が伝わってくる瑠璃と共に、アレルは一晩を過ごした部屋を後にするのであった。




