一章〜非望〜 六百四話 語り継がれる英雄譚
アレルとアリシア、二人が向かい合って話すテーブルの上を、瑠璃が何も言わずにヒラヒラと自由に飛び回る。そんな姿に、アレルは思考の箸休め的に瑠璃も小物入れに入ってると運動不足を感じたりするのかなと思ったりする。
そんなアレルに、向かい側に座るアリシアはどこか上機嫌そうにねえねえと、片手を軽く上下させてアレルの注意を引く。
「他に、何か訊きたい事はある?」
「あ〜、そうだな······じゃあ、その魔王軍討伐ってエウロスとギルバートの二人でやったのか?」
「ううん、他にも仲間はいたって言われているよ。まずは、百の魔法を駆使して一行を導いたとされる賢者イスマイール。一行の前に立ち塞がる瘴気を払った神官のテト。待ち受ける罠から一行を守った斥候のリドル。道中で一行の装備を整え続けたとされるドワーフのボッス。最後に、聖女としての能力に目覚めたフローレイティア様が旅に同行したって言われているよ」
総勢七名、それを聞いたアレルは七英雄なんて呼ばれ方も伝わっているのかなと思いつつも、エウロスが辿った英雄譚が持つ物語としての面白みに興味を引かれてしまう。その上、ドワーフといったら仲が悪いとされていても一緒に出てくる存在がいないのかとアレルは気になる。
「でも、ドワーフがいるのにエルフはいないんだな」
「あっ、ううん。賢者イスマイールが男性のエルフなの。エウロス様の話は、フローレイティア様との出会いに始まり、三国間での同盟締結でギルバートが仲間になってから、旅立ちの直前にイスマイールが三人を訪ねてくる所から冒険譚みたくなるの。ん゛んっ······イスマ〜イ〜〜ルに導〜か〜れ〜······って、歌にもなっているんだよ」
アリシアは、恥ずかしそうにしながらも歌の出だしだけを歌ってみせてくれる。それに、アレルは無意識に笑みを浮かべて余計な一言を口にしてしまう。
「アリシアは、歌も結構上手いんだな」
「あっ! それ、嘘でしょ? アレル、なんか笑ってるもん」
「いや、嘘じゃないって」
「信じられないっ!」
プイッと、アリシアは僅かに頬を赤らめながらそっぽを向いてしまう。そこへ、二人の間を飛び回っていた瑠璃が、不意にアレルの肩へ止まりに来る。
──今のは、主様の言い方が悪かった様にルリには思えます。
(いや、本当にただそう思っただけなんだって)
アレルは、精神感知を使って瑠璃に答えるも、瑠璃からはやれやれと肩を竦めるみたいな呆れた感情が伝わってくる。ただ、このままではアリシアが機嫌を直してくれないので、アレルはもう一つ質問をしてみる。
「なあ、話を戻すけど······ギルバートが、その旅の道中で騎士の中の騎士と言われるまでの功績を残したのか?」
「うん······勿論、最終的に一番の功績を挙げたのは魔王ディスタヴィアを打ち倒したエウロス様だよ。でもね、旅の中盤で大きな揉め事があったらしいの。魔王軍を倒しに動くと、多くの人々が命を落とす事になる。けれど、人々を守ろうと動けば、魔王軍に増援の機会を与えてその地での戦いが長引く事になる。そんな二択を迫られて、エウロス様一行の意見が二つに割れてしまったらしいの」
アレルは、どこか状況が『ランカークスの守り人』に似ているなと感じる。ただ、敵と味方で互いに拮抗したせめぎ合いをしていると、そういった二択を迫られる事なんて少なくはないのかもしれないとアレルは思う。
「それで、魔王軍と戦うべきだって言ったのがエウロス様で、フローレイティア様、イスマイール、リドル、ボッスがそれに賛成したの。でも、ギルバートとテトだけは反対してね、どんなに話し合っても解り合う事が出来ずにそれぞれが勝手に動く事で話し合いは終わったの。ただ、エウロス様側も魔王軍を早く打ち倒せば人々も救えるって考えでね、決して人々を見捨てた訳ではないって言われているの。それでも、間に合う保証なんて無いってギルバートとテトは、とある魔物が向かっている町へと急いだんだって。その魔物っていうのが、周囲に濃密な瘴気を撒き散らしながら移動する魔物で、瘴気に耐性のない動植物は息絶え、耐性があっても魔物化してしまう程に悪辣な魔物だったらしいの」
──その話なら、ルリも知ってます。魔王ディスタヴィアが、直々に生み出した魔物とかでエーテルの海の流れすら阻害する程に厄介な存在だったと、妖精郷で教えられました。それに、ソイツに歪められた流れを戻すのに、かなり骨が折れたらしいです。
と、アリシアには聞こえない所でアレルは瑠璃からの補足を聞くが、それを知らないアリシアは話を続ける。
「それで、瘴気の浄化をテトが行いつつギルバートがその魔物と戦ったらしいんだけど、魔物もその一体だけではなかったから酷い戦いになったって文献には書いてあるの。テトは浄化で手一杯で、ギルバートがほぼ一人で魔物達と戦ったって言われていて、その戦いの詳細だけでも一冊の本になってるぐらい凄い戦いって言われてるの。だから、詳細は省くけど町を守った功績というよりも、その人々を見捨てる事のなかった姿勢から騎士の中の騎士って言われ始めたって言われてるんだ」
「へえ、じゃあエウロスは逆に悪名でも広められたりしたのか?」
「ううん、エウロス様が戦った方も今の七魔将みたいな存在だったから、放っておけないって考えも正しいって思われててそんな風にはなってないよ。それに、どうにか両方とも事なきを得た後で、エウロス様も反省してギルバートに騎士としての心得みたいなものを教わったって伝えられているから」
「成る程······それなら、仲違いって感じじゃなくて、寧ろ背中を預け合って戦ったって認識なのかもしれないな。本人達にとってはさ」
「うん、そうだね」
エーテルの海、未だそれがどれ程大事なものなのか実感が出来ていないアレルだが、話を聞くに世界の根幹に関わるものだという事だけは理解している。そして、それを歪めてしまえる程の魔物を打倒したのであれば、確かに現在のハウザー家の立ち位置も相応しいと感じる。
そうして、事の経緯を知ったアレルは、ここからが本題だとばかりにアリシアへ問い掛ける。
「それでさ、アリシアはクライドがどういうつもりで動いていると思う?」
「ふぇ? ······あっ、そっか相談なんだよね。うん、ちょっと待ってね」
不意を突かれて、アリシアは素っ頓狂な声を漏らしながらも、本来の目的を思い出して自分なりの考えを纏め始めてくれる。その間に、肩に止まる瑠璃がクライドに感じていたものをアレルへ伝えてくる。
──ルリは、特に悪意の様なものは感じられなかったです。あの時、その人物からはどこか嬉々とした感情が伝わってきましたよ。
(まあ、それは待ち望んだ獲物が引っ掛かれば喜びもするんじゃないか?)
──いえ、そんな感じでは······なかった様な?
精神感知でやり取りをするアレルに、瑠璃はクライドの明確な感情を読み取る事が出来なかったのか自信なさ気な返事を返してくる。
ただ、アレルの方もクライドの嘘が発覚した時はしてやられたと慌てたが、やり取り自体を振り返ると互いに情報を与えまいと言葉による攻防を行っていた事に不思議な高揚感を感じていた。それは、瑠璃の言う様にクライドが悪い人物ではない事の証左と成り得るのではないかとアレルは思う。
しかし、それでもクライドが悪い人物ではないとしても、ルクスタニア国内の情勢的には味方でない可能性は残る。そう、話は人物の善し悪しで敵味方が判別出来る程に単純な枠組みに収まってはいない。
それ故に、アレルはルクスタニア国内の情勢に疎い自身では測りかねる物事の為に、ルクスタニアで生きてきたアリシアの意見を求めている。
「······ねえ、アレル良いかな?」
「ああ」
そこで、ようやく考えが纏まったのか、アリシアがアレルに話し掛けてくる。
「もしかしたら······私の願望も入っているかもしれない。それでも、私の感覚だと、クライドは私達の敵とかじゃないと思うの」
それが、アリシアの考え抜いた答えなんだと、アレルはしっかりと受け止めて無言で頷いた。




