一章〜非望〜 五百五十話 歩み寄りはお互いに
そうして、肩に瑠璃が止まった後で投げナイフの入ったポーチを置いてあった場所へ戻す。すると、アレルは即座にその片腕をがっしりと掴まれてしまう。
「さあ、用事が済んだなら治療を始めますよ」
「······はい」
いつもなら、多少の抵抗を試みるアレルなのだが、その有無を言わせないという強固な意思を感じさせるメリルに頷く事しか出来なかった。しかし、そうして素直に従った姿を目にしたアリシアはどこか安堵したかの様な反応を示したので、アレルはそれなら良いかと思った。
「それで、どこを負傷したんですか?」
「えっと······脇腹」
すると、アレルが素直に答えたにも関わらず、メリルはジ〜ッとアレルへ疑いの眼差しを向けてくる。それには、少し心外だなと思いつつも、日頃の行いのせいかとアレルは諦めの境地に至る。
そんなアレルに対して、メリルは負傷した脇腹へとその手を伸ばしてくる。ただ、ジャケットの上からでは触れられたぐらいなんて事はなかったので、アレルの方も平然とされるがままになる。
「あの、どっちですか?」
「······左」
そう、あの時もロバートに指摘された利き腕を庇う癖が出ており、横に跳んだのも向かって右方向だった。そのせいで、左の脇腹を痛める結果となったのだが、今にして思えば左側へ回避していれば無傷でいる事も出来たかもしれないとアレルは思う。
「こっちですか?」
そこへ、メリルがグッと負傷箇所を的確に手で押し込んでくる。ジンッとした痛みが広がり、アレルが苦悶の表情を浮かべると、それが嘘でないと確信したメリルは納得したみたいに頷く。
「······解りました、それでは取り敢えず座って貰えますか?」
「お、おう······」
言われて、アレルは丁度背後にあった木箱へ腰掛ける。その正面に立っていたメリルは、治療がしやすい様にアレルに合わせてその身を屈める。
「出血も無いみたいですし、打ち身だとは思いますが一応魔法で治しておきますね。ただ、腹部の打ち身は内臓が傷付いていたりする事もあるので、隠していたりすると本当に危ない事だってあるんですから今後は絶対に隠さないで下さいねっ!」
「······ああ」
返事はするものの、そんなのは時と場合にもよるとアレルは心の中でのみ舌を出す。しかし、そんなのはメリルの方も御見通しだったのか、追加で更に約束事を増やしてくる。
「あとは、走行中の馬車から降りていくなんて心臓に悪い事は控えて下さいね。一応、アタシの立場上治療しないという選択肢はありませんが、今度そういう自らを蔑ろにする行いをしたなら治療も苦痛が伴うものにしますからねっ」
ドスッ、とメリルはアレルが話半分にしか聞いていない事を察してか、わざと負傷している脇腹を拳で叩いてくる。それで、身体に鋭い痛みが走ると共に仮にも医術師なんて肩書きを持ってる人間がやっていい事じゃないだろと、アレルは心の中で悪態をつく。
それでも、悪いのは全部自分かとも思い直したアレルは、メリルの憤りを甘んじて受ける。
「メリルッ!? そんな事したら、怪我が悪化しちゃうじゃない!」
しかし、そこへ意外にもアリシアがメリルの行いを咎めに割り込んでくる。ただ、メリルはアレルの怪我の具合も考慮した上で、そんなアリシアの行動すらも予測していたみたいに立ち上がるとヒラリとアリシアの割り込みを躱す。
「大丈夫ですよ、怪我自体は数日安静にしてれば治る様なものですから。もし、痛みを感じているならアレルさんが無理をしたせいです。それと、アタシの治療に文句があるなら、アリシアが治してあげればいいんじゃありませんか?」
メリルはそう言うと、ポンとアリシアの肩を軽く触れてから荷台の奥へと行ってしまう。それに合わせて、アレルの肩に止まっていた瑠璃もアレルの外套のフードの中へ身を隠してしまう。
そうして、唐突に話さざるを得ない状況を作られてしまったアレルは、どこか恥ずかしがっている様子のアリシアに声を掛ける。
「あの······さ、嫌なら別に──」
「嫌なんかじゃないよっ! ······あっ、いや······その、ね······うん、まずは治しちゃうね。メリル程、上手くは出来ないけれど」
そう口にして、アリシアはアレルの前で屈んでからアレルの脇腹へ両手を翳す。続けて、魔法を使い始めるがアリシアが唱えるのは聖句である為に、アレルには何を言っているか判らない。
──はずだったのだが、何故か断片的にアリシアが口にする聖句の一部が何を意味するのか理解出来てしまう。
(大精霊······アウロラ? いや、アウラか? それに、祈りと感謝を綴って力を貸して貰ってる感じなのか?)
どうして、そんな事が解るのかは理解出来ない。それでも、何故か目に見えない存在に惹かれやすい部分を嫌がるアリシアには言えないなとアレルは思う。
その一方で、集中するアリシアは翳した手から煌めく光を放つ。その光は、メリルから受けた詠唱の回復よりも強力とされているからか、アレルはどこかむず痒さを感じる。
「······はい、これで治ったはずだけど痛い所とか残ってない?」
「ああ、ありがと······もう、どこも痛くないよ」
「そう······良かったぁ」
安堵と喜び、その両者が同居しているみたいに朗らかなフニャッとした笑みを浮かべるアリシアに、アレルも思わず釣られて笑みを浮かべてしまう。それこそ、その瞬間はそれまでギクシャクしていた事すら二人共忘れているみたいであった。
しかし、瑠璃との約束があるアレルはそのまま呆けている訳にもいかず、アリシアへ自ら話を切り出す。
「「あの······」」
すると、何故かアリシアも同時に話を切り出そうとしたのか、二人の声が重なる。それに、アレルもアリシアも表情を驚きで染めて慌て始める。
「あっ、悪い! なんかあるなら、先にアリシアが言ってくれ」
「ううん、私はいいのっ! だから、アレルが先に······ね?」
互いに譲り合い、埒が明かない状態になってしまったので、アレルは譲るのが正しいのか先に言うのか正しいのか判らないが、話したい事が同じだった場合を考えて自身から話を切り出す事にした。
「じ、じゃあ······俺から話すけど、その今朝からアリシアの様子がおかしいのは俺のせいなんだと思っててさ、謝りたい事もあるし他にも説明しなきゃいけない事もあるって感じてて······だから、直ぐには無理だけど後でちゃんと話をする時間をくれないか?」
「う、うん······それは、構わないけれどアレルが謝る事なんて無いよ。だって、それは······ううん、アレルがそういう時間作ってくれるなら、全部その時に話すね」
最初、どこか驚いた様な戸惑った様な反応を見せていたアリシアだったが、最後には安堵の表情で薄く微笑みを返してくれる。話を切り出した時、僅かながらも不安があったアレルはアリシアのその表情でホッとする。
しかし、直ぐにアリシアからも何かあったのを思い出し、それをアリシアへ切り出す。
「それなら俺の方は良いけれど、アリシアの方の話は?」
「えっ? あっ、いや······私のは、もう良いの。だって、アレルから言ってくれたから」
エヘヘと、アリシアはどこか嬉しそうな照れくさそうな感じで微笑む。それで、やはり自分から話を切り出して良かったとアレルは思うも、一つだけは言っておかないとと表情を引き締める。
「それなんだけど、ここから先は少し立て込んでいるのは話したよな? だから、時間を取れるのはリバッジを越えて公国に入ってからになると思うけど、それでも良いか?」
「うん、私もアレルの邪魔はしたくないから······でも、これだけお願い出来るかな?」
そう言って、アリシアは自身の右手の小指だけを立ててアレルへ差し出す。それに、仕方ないなと思いつつも、アレルは口元が緩まない様に注意してアリシアの小指に自身の右手の小指を絡める。
「約束な」
「うん!」
それでも、微笑みを浮かべてしまったアレルにアリシアも微笑みを返してくれる。そうして、今朝から感じていた二人の間のわだかまりの様なものは、ゆっくりと溶けていくのが感じられた。




