アラブの王子の独白
彼女は俺が今まで出会った女の中で、一番最高にイイ女だ。
俺は女という生き物を屈服したいと思っていた。
理由はきっと、あの女を御しきれなかったあの男の所為だろう。
実の父親は、惚れた女一人守れない、落とした女一人思い通りに出来ない、情けない男だった。
その所為で、自分勝手な母親に家庭を壊され、俺は弟と引き離された。
何度思い出しても腹立たしい。
それは、噛み付いても直ぐに母の言いなりになるしかなかった実の父親に対してでもあるし、そんな身勝手な女に振り回されるしかなかった自分自身に対してでもある。
だからだろうか、いつしか俺の中には、女という恐ろしい生き物を屈服したい、意のままに動かせるようにしたいと思うようになった。
それを可能だと教えてくれたのは、母親に出来た新しい恋人のおかげだ。
そいつは実の父とは違い、自分勝手な母を思うがままに動かしていた。
ヤツに嫌われたくないと、仕事人間だった母が、恋愛に溺れていく様は衝撃的だった。
自分もあんな風に女を変えてみたいと思った。
それは恐ろしいと思ってるモノを克服したいという、純粋に強さを求める気持ちで、異性に対して、興味があったワケじゃない。
でも、俺の容姿が良かった所為か、はたまた教えを乞うた相手が、女を騙して利益を得る詐欺師のような男だったからだろうか。
気が付けば、俺は常に女を何人も侍らすような男になっていた。
そして、女をもっと屈服したいという野望のような感情の延長で、侍らせた女に次々と手を出した。
結果、俺の中に僅かにあった、女に対する恐ろしさはなくなり安堵する。
けれど、あまりの呆気なさに虚しくなるのと同時に、自分の思い通りにならないことはないと傲慢な気持ちにもなる。
女だろうが男だろうが、誰にも自分の気に食わないマネはさせない。
性別すら関係なく、自分の思い通りにならないヤツには苛立つようになった。
そんな満たされているのかいないのか、分からない日々の中、俺は梨愛と出会った。
その出会いは、一番最高のイイ女との出会いとは思えないほど、他の女と同じ。
梨愛はポーッと俺を見詰めていた。
慣れた視線で、条件反射のように、俺は絶対的な自信を持って笑みを返す。
梨愛の瞳が一層熱を持った。
やっぱり、俺に見惚れているんだろうと確信すると同時に、その瞳に自分と同じモノを感じた。
獲物を見付けた目だ。
父親に口答えさせない母親の目だ。
ずっと忘れていた女に対する恐ろしさを思い出して、俺はゾクリとした。
けれど、母親に抱いたような嫌悪感は抱かなかった。
それは意外にも、俺と目が合った梨愛の微笑みが、久しぶりに再会した友人にでも見せるかのような、爽やかな他意のない笑顔だったからだろうか。
その変化はまるで、一瞬怯んだ俺の感情の揺れを敏感に察したように感じた。
俺は梨愛に興味を持った。
コイツを屈服することが出来れば、今までにないくらい満たされるんじゃないのか。
そう思った俺は、梨愛に近付いた。
やっぱり、最初に持った印象通り、梨愛は俺に気があるようで、満更でもない反応を返してくる。
俺が好きだと言えば、好きだと言うクセに、俺のハーレムの中に入ったクセに、自分だけを見てくれなければイヤだと、俺の望まないことを言う。
これじゃ、屈服させた、本当の意味で手に入れたとは言えない。でも、一人の女を特別扱いするのは、俺らしくない。
どうしても、梨愛を手に入れたくて、俺は躍起になる。
気が付けば、他の女ことなんて頭から抜けて、どうすれば梨愛を自分の思い通りに出来るのかばかり考えた。
結果、俺は無意識に梨愛との駆け引きに敗れていた。
梨愛の望む通り、彼女のことだけを考えている。
そう気付いた時の敗北感の、あまりの完璧さに苛立ちよりも、心地良さを感じた。
そうして、俺は梨愛に屈服して、梨愛を手に入れた。
結局、俺も情けない父親と一緒だというワケだ。自分では到底敵わないモノを持つ女に惹かれてしまう。
それを証明するかのように、梨愛は鮮やかに俺を裏切ってみせた。
『ふふっ。愛しているよ、梨愛』
俺のオンナに押し倒され、神々しいほどに美しい微笑みを浮かべる男。
まるで、神聖な儀式でも見ているかのような気持ちになって、これは裏切りだと直ぐには気付けなかった。
我に返って、殺意すら湧いたそいつは、俺が会いたいと願っていた、守りたかった、双子の弟、奏斗だった。
梨愛はマジで最高にイイ女だ。
俺を裏切っていたこと、俺の願いを叶えたこと、カナを幸せにしていたこと、全てが最高だ。
梨愛以上に俺の度肝を抜くような、女にはきっと出会えない。
梨愛とカナ。二人を手に入れた俺は、あの情けない男のようにはならない。二人を守って、手放さない。
梨愛もカナも俺のモノだ。